第313話 歌丸連理の価値⑧



首が締まる圧迫感が気になる。


普段から着用している制服にもネクタイはあるのだが、この礼服用のネクタイはなんだか落ち着かない。



「こ、こんなに背中開いてるものなんですか……?」



カーテンを隔てた向こう側で、戸惑った稲生の声が聞こえる。



「これくらいは普通です。


気になるのなら移動中はストールを羽織って大丈夫ですから」



ちなみに現在僕たちが居るのは、西学区に向かうハイヤーの中


カーテンで中を仕切り、僕は白木先輩から渡された礼服をストレージにいれて、他の生徒が迷宮に入るときのように一瞬で制服から礼服に着替える。


以前教えられえたフルパックコーディネートシステムとやらで、髪型までばっちりワックスで決められ、左右に流しつつも髪が盛られた感じである。


ちなみに、迷宮に入る場合は香料で迷宮生物に察知されるのを防ぐためにワックスは付けないか、整えるために少量程度で、北学区の生徒で普段使いは基本的にしないものである。


まぁ、とにかく、そんなわけで一瞬で着替えられるので、同じ社内で男女同時にカーテン一枚隔てて着替えるわけで……



「さぁ、お着換え完了です」



カーテンが開くと、そこには白っぽい黄色のドレスを身に着けた稲生がいた。


腰の辺りがきゅっと締まってスタイルの良さが伺える。


そして……一応胸元から肩の辺りにも布があるのだが、シースルー、という奴だろうか。一見すると胸元から上がさらけ出されている感じ。


かなり際どい。


稲生のお父さんがこれ見たら激怒しそう。


……いや、するな。あの人はするな。うん。する。



「な、なにジロジロ見てんのよ」


「…………」



髪型も後ろの高い位置でリボンのつけられたバレッタでまとめられており、背中のうなじもばっちり見える。



「……え、な、何よ黙って……もしかして、変……だった?」


「……歌丸くん」



白木先輩に小突かれ、僕は我に帰る。



「あ、いや、その……ちょっと見惚れてた。凄く綺麗だと思う」


「っ」



――パシャ



唐突にフラッシュが焚かれ、僕も稲生もそちらに顔を向けると……マスクやサングラス、帽子さらにマフラーで完全に顔を隠した白木先輩が親指を立てていた。



「白木先輩、何やってんですか?」


「初々しくも穏やかに語り合うカップル……いいです、とてもいい」


「カ、カップルって……」



稲生は白木先輩の言葉にいちいち過剰に反応し過ぎではないだろうか……



「……あの、白木先輩は僕のことどう思ってるんですか?」


「え……私、口説かれてます?」

「……歌丸」


「ちがうちがうちがうちがう」



首を素早く横に振る。


うん、確かに今のは僕の聞き方が悪かったかもしれない。



「そうじゃなくて……その、僕、全国どころか全世界が見てるところで英里佳と……その、キスしたのは知ってますよね?」


「あれ知らない人間はそうそういないと思いますよ」


「そうねー……あれだけ見せつけられてたら嫌でも目立つわよねー」



稲生が白い目で僕を見てくる。


さっきまで照れていたのに凄い切り替え速いな。



「ん、んんっ!


とにかく……その……僕は英里佳とそう言った関係なわけでして……そんな僕が稲生と一緒にいるのを見て、普通はどう思いますか?」


「何を今さらへたってんのよ」


「いや、僕自身はそこはもう開き直ってる」


「それはそれで駄目でしょ……」


「稲生、ちょっとツッコミ自重してなー」


「きゅぽ」「きゅぷ」((ままー))

「わわわ!」



アドバンスカードから子兎を召喚して無理矢理押し付けて黙らせる。


二匹とも稲生から離れたがらないが、着替えを擦るってことで一旦カードに入ってもらった。


出てくると同時に即座に抱き着く。


……あ、毛とか付けちゃまずかったかな? まぁ、後で毛取りのコロコロとかやればいいか。



「おお、これはこれは!」


「あの、先輩」



ヴァイスとシュバルツを抱きしめる稲生を見て興奮気味にカメラのシャッターを切る白木先輩。


この人、稲生のこと好き過ぎではないだろうか。



「おっと失礼しました」


「……いえ撮影しながらでいいんで」



別に真面目な話をしたいわけではないしなぁ……



「ふむ……一夫多妻制の政策が発表されましたが、世間一般で見れば歌丸くんは男性としてかなりだらしないという印象が持たれるでしょうね」


「……まぁ、そうですよね」


知ってた。知ってて聞いたんだから、別に気にしない。気にしないったら気にしない。


「でも、不思議と歌丸くんって、恋愛事でドロドロする未来が想像できないんですよねぇ……」


「……修羅場にならないってことですか?」


「日常生活が修羅場な歌丸くんの口から言われると違和感凄いですね」



やかましい。



「それは……単純にみんなが仲がいいだけじゃないんですか?」


「単純って言いますけど、現代の恋愛事が絡んだ関係でそれってかなり稀有ですよ。


それが本当に単純なら、世の中に離婚とか慰謝料請求とかは存在しません」


「まぁ……確かにそうですよね」


「そもそも歌丸くん、今の関係って歌丸くんが主導したんですか」


「あー……いや、その……」


「違いますよ。歌丸にそんな甲斐性はありませんから」


「おい…………おい」



いつの間にかヴァイスとシュバルツが寝かしつけられている。


くっ! 子守上手め!!



「ですよね。苅澤さんが歌丸くんを囲い込んでいるというのは、ある程度の関係者だったらすぐに気づきます。


そしてそれでうまく回っているから、私も安心して稲生さんを相手役に推せます」


「……紗々芽は、まぁ……そう……です、ねぇ……はい」



何故か苦い表情を見せる稲生。


え、何、どういう感情から来てるのその表情?



「でも、逆を言えば関係者じゃない人には僕が五股かけてる下種野郎ってことですよね?」



英里佳、詩織さん、紗々芽さん、稲生……そして、休み明けにはこちらに転入してくる千早妃


この五人と僕は恋人に近い……というか恋人関係にある。千早妃の場合は自称婚約者だが……


うん、自分で言っててもかなり最低な男だと思う。



「そんな僕が宣材写真のモデルとして適してるんですか?」


「ふむ……歌丸くんの言ってることはごもっともです。


確かに、歌丸くんが懸念しているような声がないかといえば、嘘になるでしょう」



やっぱりあるんだ……シャチホコの耳でも最近はあんまり僕を誹謗中傷する声は聞こえなくなったけど、やっぱりそういうのあるんだ。



「ですが、そんなものは些細な物です。


ドラゴンを倒す覚悟と意思の強さとそれを示した実績に比べるべくもなく、むしろ、歌丸くんという存在の親しみやすさの演出になっています。


ですので、そういった評判はむしろ人気の現れと考えていただいても問題はありません。


そういうことで、絵的にも華があるので女性の稲生さんが一緒の写真の方が好ましいのです」


「色んな意味でいやらしいわね」



他人事みたいにいう稲生だが、お前もガッツリ巻き込まれてるんだからな。



「そしてそんな歌丸くんのことを知りたいという女子は多くいます」


「え……」

「何ちょっとうれしそうにしてんのよ」


「べ、別にしてねぇし……」(震え声)



薄々周囲からそんな感じのことを言われたことがあったが……西学区の白木先輩からそういわれるってことはかなり信憑性が高い情報だ。


……え、僕ってそんなにモテモテだったの!



「女の子のために血だらけになりながら、文字通り骨を折るくらい頑張る。


実際に目にした側の私はドン引きしますけど、女の子的にはそういう男の子に憧れを持つ人は沢山います」



さりげなく私は違いますと主張する白木先輩。別にそういう期待は一切無かったが地味に傷つく。



「将来性が凄くありますから、女の武器で歌丸くんを落として迷宮学園の地位を確立しようなんて不届きなことを考える女子も、少なくはありません。


そして様々な団体からもそういうことを狙って女子を派遣する動きがあるのです。


ハニートラップ、ですよ、ハニートラップ。略してハニトラです」


「ハニトラ」


「そういうのにかかってしまうと色々と大変そうなので、こうしてカップル写真を大々的に広げて予防を張ろうという意味合いもあるのですよ」



それとなく聞いていたが、やっぱり僕って色んな方面で有名になってるんだなぁ……今更だけど。



「……でも、私でその役目って何とかなるんでしょうか?」



子兎たちを抱っこしてる稲生が急に不安そうにそんなことを呟く。


その言葉の意味がよくわからず、僕も白木先輩も首を傾げる。



「なんだよ藪から棒に?」


「だ、だって……それってつまり、他の女子に牽制するってことでしょ……?


どう考えても私じゃ役不足なんじゃ……」



言動が一致してない。物凄く自意識過剰でいらっしゃる。



「ふふっ、物凄く自信があるんですね、流石です稲生さん」


「え?」



白木先輩が微笑んで流そうとしたのだが……どうやらボケじゃなくて素で間違えたらしい。



「役不足じゃなくて力不足って言いたいんだろ……意味逆になるぞ」


「そ、そうなの?」


「あ、笑うところではありませんでしたか。


ちなみに役不足は役者の実力には明らかに不釣り合いな役をやらせることを意味します。ハリウッド女優に通行人やらせるような感じですね」


「…………私じゃ力不足だと、思い、ましてぇ…………」



耳まで真っ赤にして、体を縮こませながらそんなことを言う稲生。


シリアス顔で間違えてんだからめっちゃ恥ずかしいんだろうな。



「ふむ……私はそうは思いませんけど、どう言った点が力不足だと」


「だって……英里佳みたいな強さも私には無いし……あと、あんなに可愛くないし」



お前、ユキムラという迷宮学園でもトップクラスの戦闘能力を誇るパートナーいるじゃん。


あと十分に可愛いし。



「詩織さんみたいなみんなをまとめ上げるカリスマ性もないし、綺麗じゃないし……」



テイムしたとはいえ、言葉が通じない迷宮生物の手綱を取れるじゃん。ある意味で詩織さん以上の才能あるぞ。


あと普通に綺麗さも持ち合わせてるし。



「紗々芽みたいに腹黒…………頭も良くないし……プロポーションだって普通だし」



腹黒って言った。寧ろそれは美徳というか……紗々芽さん、結構面倒くさがりなとこあるから、それと比べれば稲生は真面目で良いと思うけどな。


あとどことは言わんけど、稲生は同年代と比べると出るとこ出てて引き締まってる。

おっぱ――げふんげふん、胸囲は紗々芽さんに負けると、ウェストとの差があるからむしろかなり強調されてる気がする。今の格好とも合わさってぶっちゃけエロい。これで獣耳があったら僕の僕が色々な意味で大変だっただろうな。ふぅ。



「大丈夫ですよ。


稲生さんの美少女っぷりは迷宮学園屈指のものです」


「美少女って……私そんなんじゃないですよ」


「いえいえ、ここ最近は、稲生さんがチーム天守閣への移籍が決定してからは、稲生薺ファンサイトが炎上状態ですから」


「「なにそれ」」



思わず僕も稲生と同じことを言ってしまう。


ファンサイトって何?



「非公式ですけど、生徒会役員になった人にはだいたい作られますね。


生徒会役員は学園の生徒の生活の中枢を握る重要人物ですから、有志の方々が色々情報を持ち寄って共有してて……いつしかそれがファンサイトという形になったんです。


批判的なサイトもありますけど、稲生さんの場合は好意的な意見ばかりですよ」



そう言って白木先輩が学生証を操作して掲示板を見せてくれた。


―――――――――

【悲報】なずにゃん、歌丸連理に奪われる【悲報】


1.歌丸氏ね


2.歌丸氏ね。


3.歌丸タヒね、氏ねじゃなくてタヒね


4.歌丸頃す。


5.歌丸頃せ


6.歌丸頃そーぜ


7.やっていい?


8.ヤっていーよ!!


9.勝ってこい、いや、狩ってこい


10.殺伐としてるなぁ…………俺も混ぜろ。


11.歌丸狩りじゃぁーーーーーーー!!


12.一狩り行こうぜ!!


13.ガチの“人狩り”で草

―――――――――


「ね?」


「ね? って言われえても、僕への殺害予告しか見えません」



おかしい。稲生のことが掛かれてない。「なずにゃん」って……もしかして稲生のことか? 名前がナズナだからか?



「あ、すいません、これは最新の掲示板でしたね……えっと、こっちです」


「え、最新? ちょっと待ってください、それ最新っていつ更新されたやつですか?」



見間違いかな……更新日付が今日になってたような気がする。


何、僕、これから殺されるの?


そんな風に不安を抱く僕を他所に、別の掲示板が表示され……そこには稲生に対して好意的なコメントが多く表示された。


中には厳しめなコメントもあったが、それでも来年、再来年と次を期待するコメントもあった。


そして多くには稲生が可愛いとか、頑張ってるところを応援したいとか、まるで駆け出しアイドルを応援するようなコメントまで散見された。


まぁ、アイドルのこととか詳しくはないけど……稲生がかなり人気者だったということは僕でもわかる。


そして……そんなアイドルに手を出した僕がこの掲示板のまとめサイトの中ではかなりの悪者扱いされているのもわかる。



「し、知らなかった……」


「まぁ、非公式ですし……俗なコメントも多いので、過保護なあの夫婦があなたに見せたがらないのも理解できます」



まぁ、確かに稲生のお父さんの牧人さんほどではなくても、土門先輩も稲生先輩も稲生には甘いからなぁ……



「とはいえ、これだけの人たちが稲生さんのことを可愛いと言っているのです。


これを美少女と言わず、何と言うですか?」


「それは、その……あの、えっと」



困ったような目線を泳がせつつ、稲生は僕の方を見た。



「僕から見ても、稲生はすごく美少女だよ」


「っ~~~~~~!!」



今日一番顔を真っ赤にする稲生。


そして再びシャッターを切る白木先輩。



「これでもまだ自信が持てませんか、稲生さん?」


「…………が、がんばります」



そして、丁度話が一段落ついたところで車が止まる。


着いたのは西学区の中でも多くのお店が軒を連ねるメインストリート


その中にある高級感のあるフレンチレストランだ。



「んー……!」



ヴァイスとシュバルツは寝静まっているのでカードの中に戻し、今度は稲生ペースの姿をしたシャチホコが、稲生と近い色合いのワンピースを着ている。


可愛らしいとは思うが、本人はあまりお気に召さないようだ。



「それでは、シャチホコちゃんを中心に三人で手をつないでください」


「わかりました」

「はい」

「んんー……!」



ひとまず僕と稲生でシャチホコの手を握る。このまま放っておくと抜き出してしまいそうだ。



「――――うっわぁ! かっわいいーーーーーーーーー!!


写真でも見たけど、本当に人間みたいになってるぅ!!」



そんな時、物凄くテンションが高く、尚且つ物凄く聞き覚えのある美声に嫌な予感がした。



「おや、もう来られたのですか。


小橋さんからはまだスケジュールが詰まっていると伺っていたのですが……」



「そんなの全部キャンセルしてきたわ。


実際に今日、この目で見れるって聞いたら他のこととか集中できないし」



自由奔放っぷりに、マネージャーである小橋副会長を軽んじるあの発言は……


「え……なんで、MIYABIが……?」



稲生は信じられないという様子で、此方に駆け寄ってくるこの学園のマジもんのアイドル、世界的な歌姫であるMIYABIの存在に目を見開いた。



「紹介します、今日の特別ガイドを務めて下さる、歌手のMIYABIさんです」


「えええぇーーーーーーーー!!」



僕とシャチホコの隣で稲生が黄色い声を上げているが……



「えぇ……」

「きゅきゅぅ……」



僕とシャチホコは、物凄く不安になるのであった。

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