第312話 歌丸連理の価値⑦
■
大規模戦闘が迫ってきた日々の中……とある発表が騒がれていた。
――北学区生徒会の大規模戦闘に向けた公開訓練の中止
つまりは、生徒会は前線から手を引いたのだ。
これには様々な意見が出ていたが……大半が喜びの意見だった。
――生徒会の邪魔が消えた!
――特別クラスに入るチャンスが増えた!
――これで好きに暴れられる!
そんな意見ばかりで、生徒会の氷川明依が誰のためにバッシングを受けながらも訓練を行っていたのかなど考えもしない。
逆に中には生徒会が無責任だと非難する意見も出たが……続く特別クラスの報酬に生徒会から追加があると報じられ、その意見は即座に消え失せた。
・卒業後の希望進路への推薦確約
・西学区での施設無料優待パス発行
・レイドウェポン優先支給
etc.
余りにも破格。
卒業後の進路だけでなく、世界でも最先端の娯楽が集まる西学区の施設を予約なしでタダで楽しめる上に、北学区の生徒なら誰もが羨ましがるレイドウェポンまで手に入る。
この知らせに、今回の大規模戦闘には、他の学区に移った者たちまで出てみようかと思う始末である。
ちなみに、これらの考案者も氷川明依であるのだが……その辺りはぼかしてある。
そして、そんな当の氷川明依本人は……
「足をもっと高く! 地面を蹴る瞬間よりも前に出すことを意識して!」
「はいっ!」
「ストライドを大きく! そこ、べた足! 地面を足の指で掴むイメージで爪先もっと意識!」
「はーいっ!!」
僕、歌丸連理の短距離走フォームの改良に励んでいた。
まぁ、実際は短距離とか言いっているが、正確に言うと短距離走の速度ですでに400mのトラックを十周以上してるんですけどね。
「は、ふ、は!」
そして僕よりすこし遅れて一定のリズムで呼吸して走っているの稲生薺
そしてそのパートナーであるユキムラは、現在トラックの真ん中の芝生のところで……
「GUWOOOOOOOOOO!!」
「――く、が、ごぽ!?」
「ちょいやー」
「ぎゃふ!?」
「ぎゅぅう!」
「ふぁっほ!?」
人型(英里佳ベース)になったシャチホコ、ギンシャリと計三体で、戒斗に手加減気味の体当たりを続けている。
言い方が悪いがほぼリンチ。でもこれは戒斗も了承済み
ちなみに……
「ほら、魔力の集中乱れて消えてるよ。
今は攻撃しなくていいから、避けながらライトボールを白く光らせ続けて」
これは紗々芽さんが最短で魔力コントロールを上げる方法として編み出した訓練法である。(本人はやったことがない)
魔力に反応して光るライトボール、それをちょっと改造し、魔力をため込むことが出来ないが、魔力を注ぎ続けると光を発する、魔法職の初心者訓練用道具。
さらに注ぎ込んだ魔力量によって色が変わるという者で、白、黄、橙、赤という具合に魔力を注いだ状態で色が変わる。
それを持ったまま普段通りに動けるようにする訓練の真っ最中なのだ。
「あっちは大変そうだな……」
「――あら、じゃあこっちも次のステップに進みましょうか」
「え」
僕の独り言が聞こえたのか、いつの間にか氷川明依の手には弓が握られていた。
いつぞやの模擬戦で使用していた、弓矢をえげつないくらい打ってきたレイドウェポンを構えていた。
矢を一本、弦を引き絞った状態で。
「自動追尾、強度増幅、衝撃軽減、自動回収」
「え、あの、ちょ」
「受けたら死ぬと思って走りなさい」
「いや待――」
僕が止める前に、引き絞った弓の弦が放たれる。
「やりやがったぁぁああああああああああああああ!!」
とにかく僕は全力で走った。
横から、迫る矢をとにかく全力で走りながら、避けると、通過していったはずの矢がまるで意志を持つかのように曲がって再び僕を追いかける。
「ううぅおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!」
先端にはしっかり鏃が付いているので、当たったらシャレにならない。
僕は必死に走って逃げる。
「稲生さんは気にせえず自分のペースを維持しててね」
「は、はぁ……」
「「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」」
運動場に、僕と戒斗の悲鳴がしばらく木霊し続けることになるのであった。
そして、しばらくして…………
「背中が……背中が……!」
僕も戒斗もボロボロで、トラック中央の芝生の上で倒れていた。
ちなみに僕は結局自動追尾になった矢を避け切れず、常に背中の射られ続けた。
衝撃軽減という効果のおかげで、刺さりはしなかったが……それでも痛いものは痛い。
おかげで今夜は仰向けに寝られそうにない。
「結構できる方だと思ってたんスけど……俺、結構魔力無駄に魔力流してたんすねぇ……」
一方の戒斗は仰向けになりながら自分の手にある訓練用のライトボールを眺めている。
さきほどまでユキムラ、シャチホコ、ギンシャリにボコボコにされていたのに……意識高いな。
……まぁ、それくらいの意気がなければ僕もこいつにギンシャリを預けたりはできないけどさ。
戒斗が準備しているレイドウェポンについては先日利かせてもらって、最初聞いた時はふざけんなとも思ったが……冷静に考えると僕も前に似た様な事していたのであまり強く言えず、ギンシャリ自身も乗り気だったので渋々であるが承諾したという形だ。
「二人ともお疲れ様。お昼にしよ」
そんな僕たちの近くにレジャーシートを広げてお弁当を準備する紗々芽さん。
……先ほどまで戒斗にリンチのような訓練をさせていた少女とは思えないなぁ……
「歌丸くんには雲母先輩からの提示されたメニューで、他の人たちはみんなでこっちね」
僕の方にはとにかく骨を強くするための食材をたっぷり用意されていた。
ちなみに、紗々芽さんは何でもないように今も僕と戒斗に同時に回復魔法をかけている真っ最中だ。
もともと魔力コントロールは凄いとは思っていたが……ここ最近は色々と多芸になってる気がする。
「い、いただきます」
「いただくっす……」
肉体的には大丈夫なのだが、やはり精神的にキツイ。
僕も戒斗も、ひとまず美味しいご飯を食べて英気を養うことにする。
「横からの攻撃にはしっかり対応できてるわね。次は本数増やすから、速度は常に一定を維持して避けなさい。
あと苅澤さん、歌丸の足の間接、少し熱を持ってるみたいだからアイシングしつつ回復魔法を重点的にかけてあげて」
「わかりました」
そう言いつつ、芝生からなんか草が伸びてきて、紗々芽さんがストレージから取り出した保冷剤を掴み、服の上から僕の膝関節に押し当てて固定してきた。
「……紗々芽も本当に器用だけど……氷川先輩、よく見ただけで分かりますね」
「逆よ、見ることでしかわからないだけ。
スナイパーとして視力を強化し続けた結果、こうなったのよ」
そう言いながら色の薄いサングラスをクイっと指で位置を直す氷川
「ナズナちゃん、どうかしたの?」
「……なんか、私あんまり役に立ってないなって思って。
今こうしてる間にも、英里佳や詩織さんは迷宮で他の生徒の補助して。
歌丸も日暮くんも訓練頑張ってるのに」
さっきから元気ないと思ったらそういうわけか。
まぁ、僕もよくわかるというか、いつも同じようなことを考えているから凄くよくわかる。
実際の迷宮での攻略中とかも、僕だけ凄い楽させてもらってる印象でちょい居心地悪くなっちゃうときあるんだよなぁ……
「そこは適材適所よ。
本番のレイドでは、その二人以上にあなたとマーナガルムには頑張ってもらうのよ。
連戦に備えて、貴方にもある程度筋力付けてもらう必要があって鍛えてるんだから、そんなこと考えなくてもいいのよ」
ちなみ普通に走っていた稲生だが、その両手足には錘がつけられていた。
獲得したポイントは殆どユキムラの強化のために使うテイマー系の稲生も、僕と同じように素の身体能力を高めて大規模戦闘に備えているのである。
「それに、あなたと歌丸、それにシャチホコには行ってもらうところがあるから。
まったく気にしなくてもいいのよ、本当に」
「「え?」」
バテバテな僕と落ち込み気味の稲生、二人して首を傾げる。
パチンと、何やら大袈裟に氷川が指を鳴らすと、僕と稲生の近くに日差しの強い夏には似つかわしくない体全体を防寒着で覆った人が現れた。
「おぉお……!」
「え……白木先輩?」
僕も稲生も、その人に見覚えがあった。
体育祭前のリハーサルにて、色々とお世話になった西学区生徒会会計の
「あ、日暮さんご協力ありがとうございました」
「いえいえ、隠密スキルの練習にもなったので大丈夫ッスよ」
どうやら戒斗のスキルでずっとここにいて、知らなかったのは僕と稲生だけっぽい。
つまり、スキル使いながら魔力を制御しつつ三匹のリンチを回避というマルチタスクを続けてたのか……戒斗も徐々に人間離れしていってるよなぁ……僕の周りってなんでこう、超人ばっかりなんだろうか?
ちょいちょい自信無くす。
「で、白木先輩はなんでここに?」
「宣材写真の撮影です。
特別クラスの特典が増えたのはご存じでしょう?」
いつぞやのリハーサルの時もみたカメラを手に持っている。
「ああ、優待パスの……」
そこまで呟いて、僕も稲生も顔を見合わせる。
「……なんか、デジャブ感じたんだけど、気のせい?」
「僕も同じこと考えてたよ」
そして半ば呆れ気味に僕と稲生は氷川の方を見ると、逆に何やら察しらしきものを手渡された。
「これは?」
「明日配布予定の、特別クラスの特典をまとめたパンフレットよ。
構成はほぼ終わってるから、あとはここにピッタリな写真をいれるだけ。
流石は西学区、才能あふれる白木先輩の直属ギルドね。一晩で仕上げてくれたわ」
「うちの子たちは札束で頬を叩けば若さに任せてだいたいのことはしてくれますよ」
なんか物騒なことが聞こえてがひとまずスルーして中身を確認すると、何やら西学区の娯楽施設やホテル、レストランの特集があった。
「今回、歌丸連理を使ってそれらの施設を世界的に宣伝するという条件で優待パスの件を突貫で話が通ったのよ。
だから、急いで撮影してきて、そこに載ってる施設全部回って来なさい」
「え、聞いてない」
「言う必要ある?」
真顔で首を傾げられた。殺意が沸いた。
この女、本気で僕に対して連絡必要ないと思っていやがる。
「というか紗々芽、私も聞いてないわよ」
「サプライズで驚かせたくって……」
「笑ってる! 凄く目が笑ってる!!」
表情は戸惑っているように見えるのだが、確かになんか面白そうな目で稲生を見ている。なんか、紗々芽さんって稲生に対してちょっと意地悪なところある気がする。
「さぁさぁ、少々急いで食べて下さい。
時間が押してますからね。
移動のためにハイヤーもとってあります。
特別な運転手とガイド付きですよ」
「え、あの、私もですか?
歌丸だけで十分なのでは……?」
「男女ペアの方が写真映えします」
「な、なら紗々芽とか英里佳とか詩織とか他にも……!」
「私も詩織ちゃんも英里佳も自分の仕事で忙しいから……私たちの分まで、楽しんできてね!」
「だからさっきからあんたは目が笑ってるっての!!」
周囲から注目を集めるためのスケープゴートとして稲生を使う気満々だな、紗々芽さん。
英里佳や詩織さんも、自分がそう言うポジションになるのが嫌だから黙認してるんだろうなぁ……女の友情って意外と儚いのかもしれない。
まぁ、僕も戒斗に変えられるならあらゆる手段を使って押し付けるけどね。
とはいえ、今回の作戦のために僕が指名されているのなら断るわけにもいかないか。
「しかたない、さっさと準備するぞ稲生」
「え……あんたはいいの? こんな見世物みたいな真似……」
「みたいというか、まんま見世物よ」
「氷川黙れ。
こほんっ……もとは僕が望んだことから始まってるし、ここで嫌だなんていってられないよ。でも、どうしても稲生が嫌なら僕一人で済ませるからさ」
僕一人でもなんとかなるかもしれないし……
「そうですね、その場合はシャチホコちゃんを相手役にさせましょう」
「……いや、流石にそれは」
「相手からも事前にそれでOKは出てます。
人の姿になれる迷宮生物となれば、南学区も大賛成でしょうし」
そうなった場合の自分を想像する。
・歌丸連理、ロリコン疑惑!
・自分のパートナーを恋愛対象に見るヤベェ奴
・ケモナー〈ガチ〉
さらにはネットから迷宮学園の情報をよく見るという妹の軽蔑する顔が浮かぶ。
「……稲生、ごめん、やっぱ来て下さい。お願いします」
「え、ええ、わかったわ」
僕と同じことを考えたのか、稲生もすぐに頷いてくれた。
よかった、僕の残り少ない尊厳が何とか守られた。
「さてさて、それじゃあ今回もお二人に合わせた衣装を用意してますので、期待していてくださいね!」
やけに元気な白木先輩とは裏腹に、僕も稲生も若干陰鬱な気分になってしまうのであった。
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