第311話 歌丸連理の価値⑥
■
「まったく、いきなり何なんだか……」
「ぎゅう」
つい先ほど、歌丸連理から妙な通信を受けた戒斗
また妙なことに巻き込まれた……否、首を突っ込んだと言った方が正しいのかもしれない。
近くにいる連理のパートナーであるギンシャリも、特に慌てた様子もないからひとまず危険な状況ではないと判断した。
「まじめにあいつに首輪付けて三人……いや、四人のうちの誰かに管理させたほうがいいかもしれないッスね」
「……あなたも相当に毒されてますわね、愚弟」
一応自分の義兄(予定)になるはずの連理に対してさらりととんでもないことを口にする戒斗に、姉である亜里沙はなんとも言えない表情になる。
多少の自覚は覚えつつも、しかし、内心で戒斗は思う。
(下村先輩の盗撮写真で大興奮してた人に言われえてもなぁ……)
と、その時、戒斗の顔のすぐ横を高速で何かが通過して背後の壁に穴をあける。
「――言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」
「なんでもないッス。
というか、いきなり撃たないで欲しいんスけど……」
「あんた昔から私に何か文句があるとき瞬きが多くなるのよ。
……ふぅむ、反動も想定の範囲内ね。
ちょっと私の趣味とは異なるけど……一応拳銃としても機能はするわね」
現在、戒斗は姉の亜里沙に新しい武器を作成してもらって言える。
通常時に使用するジャッジ・トリガーとは別の、正真正銘の必殺の一撃を放つためのものだ。
しかしそれは、拳銃というにはあまりにも巨大。
アサルトライフルというには、グリップに該当する個所が一つしかないし、明らかにバランスの悪いデザインだ。
しかし、ほぼ常人と変わらない身体能力しかない亜里沙の細腕でも持てるほどに、外見と違って軽量化もされていると思われるが……
「愚弟、ちょっと握って見なさい」
亜里沙は机の上に拳銃を置き、これを持てと戒斗に顎で示す。
戒斗はそっと銃を持ちあげる――が、
「――あだぁーーーーーーーーーーー!?」
軽い調子で持ち上げると持ち上げると、想像以上の重さに指を挟んでしまった。
「こ、これなんなんスか!?
10キロとか軽く超えてる重さじゃないッスか!」
人並み以上に身体能力を高めている戒斗ですらすぐに上げられずにおもわずそう叫ぶ。
どうして亜里沙がこれを軽々と持ち上げられたのか理解できないという様子であるが、一方の亜里沙は悪戯が成功したと言わんばかりに微笑んでいる。
「ドラゴンスケルトンの翼の指骨だから、重力魔法が簡単に発動するのよ。
こんなゴツイ拳銃が軽いはずないじゃない。
魔力を流しながら持ってみなさい」
「えぇ……」
半信半疑でグリップに手を当て、魔力を流すと指でつまんだ程度で軽く持ち上がってしまった。
「……すご」
素直な感嘆が口から零れ落ちる。
「それ、銃としての性能を見た場合はハッキリ言ってジャッジ・トリガーには遠く及ばないわ。
普通の拳銃よりも威力が出ないし、物理的な通常の弾丸のセッティングもできないから、迷宮ではほぼほぼ使い物にならない。
その代わりに自己修復機能とかでメンテナンス不要の丈夫な武器だけど……むしろ 鈍器として見た方が良いかもしれないわね」
「でも、この中には他の銃には絶対にできない特別な力がある。
そうッスよね?」
「……まだサイズを測っただけだし、反動の保護用のテイマー系統の魔法を調べないといけないのよ……まったく……テイマー系の補助魔法を刻むとか、聞いたことがないわよ」
「ぎゅぎゅぎゅう」
足元でギンシャリがペシペシと前足で亜里沙の足を叩く。
「え、ちょ……わ、わかってるわよ。
一切手を抜く気はないから」
少し大きいとはいえ、可愛らしい兎であるギンシャリに詰め寄られ若干満更でもない様子の亜里沙はそれでも弟の前だと体面は崩さなかった。
若干口元が緩んでいるのは愛嬌というものであろう。
「こほんっ……ひとまず、あとは本番までには間に合わせるから、あんたはそれを使いこなせるように魔力制御に磨きをかけておきなさい」
「今の状態だと使いこなせないってことっスか?」
「不明よ。
こんな武器、人類は未だかつて使ったこと無いんだから当然でしょ」
「……まぁ、確かに」
言われて納得する。
自分の今手にある武器は、どう考えても普通に武器として使うにはあまりにも荒唐無稽というか……動物愛護団体とか、いろんなところから批判を受けても仕方がないくらいの代物である。
そんなのすでに使っている世界など、色々と終わっているなと、戒斗は納得したのである。
そしてふと気が付いた。
(そういや、連理の奴にちゃんと許可貰ってなかったッスね……)
当の本人――いや、本兎であるギンシャリがやる気満々だったが、パートナーである連理にもちゃんと一言言っておくべきだったと今さらながら思う。
「じゃあ、俺は連理の奴の様子見に行くんで、あとはお願いするッスよ、姉貴」
■
「――と、いう感じで
そして半刻ほどたった北学区のとあるベンチにて、戒斗は頭を抱えていた。
仲間である連理に呼び出された場所にギンシャリに案内されて行ってみれば、そこに連理とは犬猿の仲であるはずの氷川明依がいることにも驚く。
そしてこちらに移動する間に考えたという大規模戦闘に向けた作戦を聞いて驚愕を通り越して疲労感すら覚えた。
「お前……マジか?」
「マジだよ」
表情は普段と大差ないが、目に強い意志がある。
こうなった歌丸連理は止まらない。
今までの彼を見てきた一人として、戒斗はよく知っている。
肩が下がるほどに大きく息を吐いて、ゆっくりと思考を再開する。
あまりにも、いっそ悪意すら感じるほどに腹黒い作戦に面食らった戒斗だが、冷静になって考えてみると実効性は高いと言わざるを得ない。
アイデアは多分、連理が出したのだろうが、それを実現可能な段階まで落とし込んだのは、今も静かにベンチで思考を続けている氷川明依だろうと予想する。
「恩を仇で返す、なんて言葉があるくらい人は善意に対してどんな反応をするか読みづらいけど……仇に対して人は殆ど仇で返すと僕は思う。
自分に対して何らかの不利益があるなら、なおのことさ」
「確かにそうかもしれねぇッスけど…………もう一回冷静に考えろ。
これ、結局お前が一番危ねぇだろ。
いつものことだ、なんて投げ槍に考えてるならマジで俺もみんなも黙ってねぇぞ」
「僕一人ならそうなるけど、今は違うさ。
氷川が僕のリスク管理をする」
歌丸連理と氷川明依は犬猿の仲。滅茶苦茶、仲が悪い。
しかし、それを踏まえても歌丸連理は氷川明依の立てる作戦に全幅の信頼を置くのは、彼女の作戦がそれだけ優れているからだ。
敵対して正攻法で挑んだ場合、それこそ歌丸連理のようなイレギュラーが存在しない限りは戦況を覆すの困難を極める。
実際に、男子と女子で別れて模擬戦をした時は、歌丸連理が単独で稲生牡丹とマーナガルムのコンビを抑えこまなければ男子の負けは確定していたほどだ。
「……だけどなぁ」
しかし、戒斗としては承服しかねるものだ。
戒斗も氷川明依の実力は一切疑っていないが、それでも定期的に不測の事態を起こす大迷惑存在のドラゴンがいるのだ。絶対に安全とは言い切れない。
「――舐めてんじゃないわよ」
「っ!」
ぞくりと、背筋が凍るような寒気がする。
戒斗が咄嗟に振り返ると、先ほどまで黙考していた氷川明依が、体勢をそのままに目線だけを戒斗に向けていた。
血走った瞳で。
あまりの迫力に後ずさる戒斗
現状、この近距離で一対一で戦った場合は戒斗は氷川明依を圧倒できる技量の持ち主となったのだが……今は逆に圧倒されるイメージしか戒斗には浮かばなかった。
「私がこの学園で今までどんだけ辛酸をなめ続けたと思ってるのよ?
たった一人、そこの歩く迷惑製造機のお守りくらい、完璧にして見せるわよ」
「おいこら」「うるさい」「あはい」
さらっとディスられて文句を言おうとした歌丸も、流石にこれには引き下がる。
「私は、全てを掛けるって決めたのよ。わかる?
全てよ。今まで築いたキャリアも、この先の約束されたエリートコースも、私の知識も、感情も、プライドも……命だって賭けて、作戦を振り絞ってるのよ。
それを、何、あんたは不満だっていうの?」
「あ、いえ、そういう意味ではなく……」
「そういう意味に聞こえるんだけど、この、私、本人、が、ねぇ」
「ち、違うんス、あの」
「――黙って私に従いなさい。日暮戒斗、あなたが今回の私の切り札なのよ」
「え、お、俺が?」
「東学区に行ってたんでしょ。
完成度はどれくらい?」
その言葉に、氷川明依が何を言っているのか理解した。
一方で歌丸は「え、何の話?」と尋ねているが、二人ともスルーする。
「あなたの行動が、そのまま歌丸連理の生死に直結するわ。どうなの?」
「……完成度について訊ねるのは愚問っスよ。誰が作ってると思ってるんスか」
「シスコン」
「誰がッスか……ただ、使いこなせるかどうかは俺の技量次第ッス。
魔力操作の訓練つけてくれる人、教えてくれないッスか」
「それなら金剛瑠璃……と言いたいところだけど、あの人、天才肌の感覚派だからコーチとしては役に立たないわ。
……苅澤紗々芽を頼りなさい。
あの子も天才肌だけど、三上詩織に訓練つけられるみたいだし聞いといて損はしないはずよ」
「なるほど……わかったッス」
「歌丸連理」
「あ、はい」
「湊さんからもらったメニューを確り食べて骨を丈夫にして、100mを8秒以内に走れるようになりなさい」
「え……100mの世界記録って、確か9秒くらいだったはずでは?」
「正確には9秒58よ」
「……無理じゃね?」
「歌丸連理、確かにあんたの肉体はゴミのように貧弱よ」
「おい」
「でもそれはあくまでも迷宮学園の中でよ。
身体能力は学生証で強化されていて、学外の人間と比べれば間違いなくトップクラスになっているわ」
「な、なるほど」
「走るフォームを矯正すれば、それだけで走る速さは変わるはずよ」
「わかった、やってみる。
……でも、走る速度を上げるだけなら単純に“颯”を使えばいいのでは……?」
「それはあんたじゃなくて別の人に使わせるから」
魔剣が本人の許可なく勝手に他人への貸し出しが決定されたが、事実自分以外の人の方が使いこなせるのは三上詩織が証明しているので何にも言えない歌丸であった。
「それと並行して、さらに広告宣伝に力を入れるわよ」
「「広告宣伝?」」
唐突に出てきた一見すると大規模戦闘とは無関係そうな単語に首を傾げる二人だが、一方で影の濃い笑みを浮かべる氷川明依。
「教師陣は本来ならネガティブキャンペーンみないたことしたかったけど、ドラゴンに邪魔されてたし……でも、逆のパターンなら誰にも止められたりなんてするはずないわよね……うふふふふっ」
「え……こわ」
「相当ストレスたまってたみたいッスね」
「うるさいわね。
今回の方針で作戦を組み立てていくなら、人員は居れば居るほど効率が上がるわ。
そういう情弱な馬鹿どももまとめて釣りあげて、私たちの掌の上で転がしてやるのよ。
たしか今年度の予算の予備費と……あとこれまでの大規模戦闘やドラゴンスケルトンで浮いた福利厚生費分はっと……」
ストレージに入れていたと思われえる電卓をたたいて何かを計算し始める氷川明依
もう、とにかく怖いというか物騒というか、色々と不気味さがにじみ出ていた。
「うん、行けるわね……西に交渉を持ち掛ければ、面倒な事務関係は適任者に任せるとして……ああ、そう言えばこういう馬鹿騒ぎに彼女は好きそうだし、うまく言いくるめればロハでライブを組んで…………もう笑いが止まらないわね……ふふふふふっ」
「戒斗……氷川明依ってこういうキャラだったっけ?」
「他人事みたいに言ってるッスけど、お前の影響だからな絶対」
「え……」
何やらショックを受けたような顔をする歌丸連理であったが、足元にいる兎二匹も戒斗の言葉に無言で頷くのであった。
――レイド開始まで、残り10日
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