第188話 自分の気持ちを知りたくて。



「………………」


(怒りによる重圧が……消えた……!)



つい先ほどまで、歌丸連理が稲生薺と共に出ていたステージを隠密状態で眺めていた榎並英里佳と日暮戒斗


連理とナズナの二人の親密さに苛立っていた英里佳であったが、先ほどの連理のきざったらしい告白を聞いた途端に自身の肩にかかる圧力が消えたことを戒斗は感じていた。


ただ、これは安心はできなかった。


彼の本能がいまだに自身の肩を掴む英里佳に何らかの脅威を感じていたのだ。


男としての勘か、はたまた三下アイデンティティであるが故の弱者の嗅覚か。


なんにしても自分がいまだに安全ではないと確信に近い予測をたてる。



「あ、あの……榎並さん、分かってると思うッスけど……あれどう考えてもあいつの演技ッスからね?」


「……そうだね」


「いやまぁ、分かってるならいいんスけど……あいついっつも考えすぎて空回りして馬鹿なことしてるし……今回もそれッスよ」


「……そうだね」


「……あ、あははは……ははっ………………はぁ」



これが嵐の前の静けさ……なんてことではないことを、戒斗は心から祈る以外にできることが何もないのであった。






「………………あの、怒ってる?」


「別に」

「何が」



どうも、歌丸連理です。


まだ他にも第一回戦のアピールタイムは終了し、十分間の休憩となったわけですが……控室、というか簡易のテントに戻ると無表情な詩織さんと紗々芽さんに出迎えられた僕です。


特に何も言われてないしされてないけど、なんとなく二人の前で正座しました。


いつでも土下座可能な体勢を取ってしまう本能。なんか悲しい。



「いや、その……あれは、その……渡された台本をもとにアレンジしたアピールというか……ちょっと演技に熱が入ったものでして……」


「別に何も聞いてないけど」

「何が言いたいのかちょっとわからない」



「……あの、ですから……まずちょっとこっちを向いていただけないでしょうか……」



表情は能面の様に何もないのに、決してこっちを見ない二人。


物凄く申し訳ない気持ちになる。


いやだって……詩織さんには真っ直ぐな好意を示されて、紗々芽さんには、その卒業後には……その、ごにょごにょが…………



「あの、あの時はフタマタ連理という不名誉なあだ名を取り消すことを第一に行動した次第なので、別段他意はなかったと言いますか、僕も慣れないステージで緊張してオーバーリアクションを取ってしまっただけでして……」



自分でもわかってしまうくらい冷や汗ダラダラで言い訳を開始する僕。


もうとにかく二人に許してもらいたい気持ち一杯で焦る。



「――――ぷっ」

「あ、ちょっと早すぎだよ」

「ご、ごめんごめん」



「……え?」



しかし、急に詩織さんが噴き出したかと思えば、紗々芽さんの雰囲気も一気に和らいだ。



「はぁ、焦り過ぎよ連理。


どうせそんなことだろうなって初めからわかってたわよ」


「え…………わかってた、の?」


「そりゃ歌丸くんがいきなりあんなこと言うとか不自然すぎだし……流石にもう二ヶ月以上一緒にいるんだからわかっちゃうよ」



どうやら僕はからかわれていたようだ。


そう分かった途端に安心したが、同時に物凄く疲れた気分にさせられる。



「えぇー……だ、だったらなんであんな態度取るの?


僕めっちゃ焦ったんだけど……」


「言わなくてもわかってるんじゃないかしら?」


「そうだよねー、歌丸くん、言わなくてもどうして私たちがそうしたか本当はわかってるんじゃないかなー?」


「分かってるわよね、確実に……ねぇ?」


「わかってないはずないもんね……ね?」



「――マジですいませんでした」



本気で怒ってないけど不愉快ではあったのだろう。


いやそうだよね、現状僕って二人の好意を聞くだけで何にも答えてないわけで、それなのに演技とはいえ他の女子に告白って…………うん、切れるわ。


ラブコメだったらちょっとコメの部分で済まされないくらいに切れるわ。


確実にシリアスパートに突入させられるわ。



「はぁ……色々言いたいことはあるけど、まぁいいわ。


今回は見逃してあげる。そもそも私たちがこの場に呼んだのが原因なわけだし……それに」



詩織はそう言って意味深な視線を紗々芽さんに向ける。



「……うん、そうだね。


線引きはしっかりしておくべきだよね。


少なくとも今はまだ、ね」


「そうね。一朝一夕で決めていいことでもないもの。


決めるにしても、役者全員揃えてからじゃないと始まらないもの」



お互いに意味深なやり取りをしてから、再び二人は僕の方を見る。



「こっちもそうみたいだし」


「そうだよね」


「「はぁ」」


「え……え……?」



二人の意味深なやり取りを見て……とりあえず、現時点で僕が踏み込むべきではないことなのは確実だ。





「……はぁ」



会場から少し離れた女子トイレにて、稲生薺は鏡の前でため息をつく。



「私……何やってんだろ……?」



そういいつつ、先ほどステージで受け取ったまま持ってきてしまった狼犬のぬいぐるみを見る。



「これ……やっぱり他の誰かのプレゼントだったのかな……?」



そう呟きながら、狼犬の耳を触ってみて……なんとなく彼の一番身近にいてしょっちゅう狼の耳をはやす少女のことを思い出す。



「…………どう考えて、あいつのあのフェチって榎並さんの影響よね」



そう呟きながら、この間、それとなく連理の妹である歌丸椿咲との会話を思い出す。





『は……? 獣耳、ですか……?』


『その……変なこと言ってる自覚はあるんだけど……そういうのに凄い反応しめすことって日本にいた時もしょっちゅうあったの?』


『しょっちゅうあるんですか、学園では?』


『そこまでではないんだけど……まぁ、日本でもああだったのかなぁって思うと中学とか大丈夫だったのかなってなんとなく思って』


『あ……』


『? どうかしたの?』


『い、いえその……………えっと、兄は……その、同年代の交流関係は当時はあまり広くなかったので、そういった本音を話すこともなかったと思いますし…………別にそういうのが好きだとか、そういうことも少なくとも私は初耳でしたけど……』





と、何か言い辛そうで誤魔化された感じではあった、ナズナがこの言葉から推測するかぎり日本ではあそこまで獣耳への執着心は見せていなかったことは想像に難くない。



「となると、やっぱり………………はぁ」



考え、そして答えを導きだしてしまうと勝手におおきなため息がでてくる。



「――随分と落ち込んでいらっしゃるようですね」


「っ! な、し、白木先輩……! いつの間に……」


「いえいえ、そろそろ休憩時間が終わってしまうのに戻らないようなので様子を見に来まして……ずいぶんとお顔の色が悪いですが、大丈夫ですか?」


「べ、別にそんな……」


「嘘は良くないです」


「嘘なんてついてませんっ」


「いいえ、嘘ですね……だって」



そう言いつつ、白木小和はその手元に何やら端末機器を手に取った。



「私の服のセンサーの簡易うそ発見器がバリバリ反応してますっ」


「プライバシーの侵害じゃないですか!?」



思わず服をもとの制服に戻そうかと思ったが……



「嘘です、カマかけました」


「あ……」



ナズナがしまった、という顔をすると、白木小和は着けていたマスクとサングラスを外し、わざわざ素顔を見せてから頭を下げた。



「……すいません。軽い気持ちで台本を渡してしまって、どうやらあなたを傷つけてしまったようですね」


「私は別に……」


「いえ、私の責任です。


これではあなたのお姉さんに顔向けができません」


「なんでお姉ちゃんが……?」


「おっと、失礼噛みました。


あなたのおーいえー、に顔向けできません」


「私の“おーいえー”ってなんですか?」


「テンションアゲアゲ?」


「私が聞きたいんですけど……」


「まぁ、とにかくです。


……こうなったらガチで勝ちに行きましょう。


反応を見る限り、まんざらでもない感じです。


何やら色々と周囲でこじれているという前情報もありますがここは攻めの一手。


むしろ、ここを逃せばもはや土俵に上がる権利すら逃すと考えるべきでしょう」


「あの……ちょっとよく意味が」


「わからなくても大丈夫です。


ただ感じればいいのです」



そういって、小和は懐から何やら小瓶を取り出してそれをナズナに手渡した。



「これは……香水ですか……?」


「緊張感を和らげるものと、ちょっとだけ楽しい気分になれるものです。


それを少し使ってみてください。効果は保証済みです」


「え……でも……私は別にもう」


「四の五の言わずに使ってください。


そして、もう少しだけ素直になってください。


人の心は尊いものですが、移ろうものでです。


私が考えるに……ここを見過ごせばあなたはたぶんそのまま何もせずに終わってしまう。


それを良しとする人がいるのでしょうが……」



そう言って、小和は今日の撮影に使ったデジタルカメラを操作して、そしてその画像を一枚見せる。



「私は叶うなら……他の誰かではなくあなたと彼のその先を見たいです」



そこに映っていたのは、一緒に並んで、普通に一緒に手をつないで笑顔で縁日エリアを歩いている自分と、歌丸連理の姿があった。



「あ……」


「彼をよく知っているわけではありませんが……何にも思ってない相手と、こんな自然な笑顔ができるような器用な人間には到底見えませんよ」


「……それは」



自分も、長く彼のことを知っているわけではない。


だが、ナズナもまた、同じ気持ちであった。



「私は……先輩の言ってることとか、自分の気持ちとか……正直よくわかりません」


「………………そう、ですか」



ナズナの言葉に小和は寂しそうにしつつも、それが本人の意志ならば仕方がないと考えた。



「だけど」



だが……



「よくわからないけど……このままモヤモヤするのが嫌なんだって言うことは、わかります」



そう言って、ナズナは狼犬のぬいぐるみを自分の胸に抱く。



「だから……とりあえず……………………………………」


「……………………?」


「えっと…………その……………だから、えっと…………あれが、あれで、その……えっとぉ……」


「……………あの、稲生さん?」



何か言いたいのだろうが、やはり現時点で何を言いたいのかわかっていないという残念なナズナ。


そして、小和は知らない。


この子の残念さは連理とは比較的マシなだけで、十二分に残念であるということを!



「――ふんっ!」


「って、あ、ちょっとそれ飲み物じゃありませんよ!


ぺっしてください、ほら、ぺっ、ぺっ!」



迷った末にとりあえず手にある香水を飲もうとする稲生。


そしてそれを慌てて止める小和。


本当に残念な絵面である。


――下手に人を焚きつけるのは良くないな、と白木小和は後に語るのであった。





休憩時間も終わり、一回戦の結果から二回戦に出場するカップルが決定する。


スタンダードに仲のいい先輩のカップル。


すでに婚約の約束をしているカップル


そして百合カップル役の詩織さんと紗々芽さん。


で、僕と稲生がいるわけだけど……



「うぇ……」


「お前大丈夫か……?」



なんか稲生の顔色が悪くなっている。



「たぶん大丈夫かもしれない気がするぅ……」


「それ大丈夫じゃないだろ……気分悪いなら辞退するか?」


「くっ……ここで逃げたら女が廃るわ……!」


「お前は何と戦っているんだ?」



なんか決意めいたものを感じるのだが、休憩中に一体何があったんだろこいつ……?



「はっ、ライブチケットゲットしたも同然だなぁー!」


「そーそー、私達マヂ最強だしー」



で、僕たちのほかにいる最後のカップルだが……


なんでもこのカップル、本当は二回戦に出場予定はなかったそうだが……どこでそれを聞きつけたのか審査員に直談判して騒ぎ出し、仕方なくここに置いたとか……


そもそも今回のリハーサルにも本当は呼んでなかったのだが、あまりに騒ぐので仕方なく入れたとか……


どうも今回はたくさんの人が忙しいのでまともに対処できなかったのだろう。


このあたりも課題になるかなぁ……



「さて、個性的な方たちが残りましたが……では、二回戦の内容を発表します。


――ずばり、お互い素直な気持ちを語り合おう!


その名も『貴方のここが好きなんです! 告白タイム』!!」



そのタイトルを聞いただけでなんとなく次にさせられることを察した僕は、なんとなく稲生の方に視線を向けた。


お互いに目を配し合い、頷く。



「二番煎じだよな、これ」


「そうよね」



流石に二回目ともなれば気が楽になるなと、そんなことを考えていた時だ。



「――となるだろうと思ったので、歌丸くんと稲生さんペアだけルール変更しまーす!」


「「え」」



みれば、MIYABIが審査員席で立ち上がって満面の笑みを浮かべていた。



「ずばり、二人にやってもらうのは――――プロポーズです!」



MIYABIの宣言に、会場から「おぉ」とどよめいた。



「もちろんプロポーズしたいというのなら他のペアもしてもらってもいいよー!


最終結果は私と観客の皆さん全員の多数決で決定するから、感動的な告白orプロポーズを期待してるからねー」



会場の盛り上がりと反比例して、僕は内心でめちゃくちゃ焦っていた。



「ぷ、プロポーズって急に言われても……ど、どうする稲生?」


「…………」


「お、おい稲生? まさかここでフリーズしたのか?」



反応が無いので肩を軽く叩いてみたら、稲生は急にこっちを向いて僕の手を掴んだ。



「こうなったら最後までとことんやるわよ!」


「なんで急にやる気見せる?」



もう状況が混沌としすぎて、僕の頭はパンクしてしまいそうだった。


ただ一つこの状況で考えることがあるとしたら…………



――英里佳がこの状況を見に来ていないことを祈ろう……



そんなことばかりを考える僕なのであった。

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