第187話 火の無い所に煙はたたない。



「それでは続きまして、北学区のホープ!


チーム天守閣の女子二人の登場です!」



司会者の言葉に、ぎこちない表情でステージに上がる三上詩織と苅澤紗々芽。



「それではお二人の仲の良さのアピールをしてください。持ち時間は五分間です。はいどうぞ!」


「どうぞって言われても……アピールって何すればいいのよ……」


「あ、分かってると思いますけど公序良俗は守ってくださいね!


キスくらいまでなら見ない振りしますから!」


「しないわよ」

「しません」



司会者は特にそれ以上アドバイスをする様子もなく見に徹している。


ここまで前の参加者はお互いがどれだけ好きなのかを叫んだりスキンシップをしたりとしていたようだが……



「えっと……とりあえず仲が良い所を話せばいいんだよね……」


「そうしましょうか……別に負けても良いけど、このまま黙ったままは流石にまずいし」



色々と諦めて何かないかと考える。



「えっと……私たちは小学校からの幼馴染でして、この学園に来てからもルームメイトでずっと一緒いて……その……だからもう、姉妹みたいなもので」


「ふふっ……じゃあ私の方がお姉ちゃんなのかな」


「な、なんでそうなるのよ?」


「えー、だって詩織ちゃん、朝って一人で起きられないでしょ?」


「ちゃんと目覚まし使えば起きれるわよ!


それに、ほら、歌丸のスキル使えばまったく問題なく起きれるわ」


「そういうの良くないって自分で言って、結局目覚ましも壊しちゃうし……その癖一人で起きるって意地になって目覚まし時計買ってまた壊して……日本にいた時もおばさんに何度朝起こすの頼まれたか」


「い、今は壊してないでしょ!」


「学生証の目覚まし使ったのにうるさいからって投げて、朝にどこやったかって慌てて泣いてたのはどこの誰だったかなぁー?」


「ちょっとそれ今言うのやめてよっ!」


「「「はははははっ」」」



二人の何気ない日常的な会話に、会場が盛り上がる。





「なるほど……ああいうのでもいいのね」


「というか普通に仲が良いからかなり高得点になるんじゃないかなぁ……」



日常生活のちょっとした仲の良さをエピソードとして聞ける。


中々面白いし、詩織さんしっかり者なんだけど意外とだらしないんだなってわかった。



「で、問題は僕たちなんだけど…………なんか語れるようなエピソードとか無いよな、ぶっちゃけ」


「そうよねぇ……無いわね」



僕も稲生も、気を許せる仲ではあるとは思うけど、まだ会ってからそれほど時間は経ってないし……



「――では、これはどうでしょうか?」


「わっ!」


「おっと……白木先輩?」



急に出てきた白木先輩に驚いて稲生が腕に抱き着いてきた。



――カシャ



「これが台本です」


「ちゃっかり撮影して何事もなかったかのようにしないでください……って、台本ってなんですか?」


「これはあくまでもイベントです。


同じことをし続けて観客を盛り下げてしまうのは、前提として一番ダメなことです。


というわけで、こういうイベントの時に用意しておいた、盛り上げようの台本です。


何かできることに悩んでいるのなら是非参考に」


「はぁ……ではありがたく」



まだ次の登場まで時間がかかるので、台本の内容を確認する。



「ちょっと、私にも見せなさいよ」


「ああ、悪い」



並んで一つの台本を共有して内容を確認する。



「ふむふむ」

――カシャシャシャシャ



「……あの、白木先輩」


「お気にせず。


あ、ちょっと今回だけ学生服に戻してもらってよろしいですか?」


「ちょっと内容を集中してみたいので、部外者は出て行ってくれませんか?」


「私、生徒会役員。バリバリの関係者ですっ」



そうだった。



「……じゃあカメラは少し控えて下さい。シャッター音で集中が削がれます」


「わかりました、ムービーにしておきます」



そういうことじゃないんだけど、もう言っても聞かなそうなので諦めた。



「何種類かシチュエーションがあるのね」


「台詞の多いのはちょっとなぁ……覚えられる自信がない」


「だったらコントみたいなの面白いけどハードル高いわね。台詞多いし」


「ウケを狙っていくのも戦略の一つだけど、失敗したらなおのこと白けるし……無難に普通に仲の良さをアピールするのが妥当か」


「あ、これとかいいんじゃない? 台詞少ないし」


「これ後半ずっと抱き合って最後にキスするみたいだけど」


「……へ、変態っ!」


「お前が先に言ったんだろうが!」



何か丁度いいものは無いかと台本をめくってみる。


過激な内容が多いし、そうでなくても台詞が多いものばかりだ。



「あ、これとかいいかも……」


「どれどれ?」


「いや、これとか……あ、駄目だこれ変わり種の案だね、難易度高すぎる」



この案は使えないなと諦めようと思って他のを探そうとしたのだが……



『――それでは、続きまして……チーム天守閣の歌丸連理さん、南学区の新生徒会役員の稲生薺さんカップルの登場です!』



「え、もう!?」


「ど、どうすんのよ?」


「えっと……こうなったらなんか今ちらっと見た中で使えそうなセリフを状況に応じて適宜臨機応変に使い分けて場を乗り切ろう!」



つまりノープランです。



「わかった、そうしましょう」



そして僕たちはステージの方へと向かって行き……なんか途中で疲れた表情の詩織さんと、楽しそうな紗々芽さんとすれ違い、軽く手を上げて挨拶するだけにして僕と稲生はステージに上がった。



「それでは、お願いします!」



司会者の言葉に、まずはどうすべきか考えた僕だったが――速攻で顔に衝撃を受けた。



「ぐはぁ!?」



いきなり顔を殴られてなんだと思った僕。


見れば稲生が手を振り切った状態でそこにいた。



「お、お前いきなり何を……!」


「あ、あの女一体誰よ!


今この場でハッキリしてもらおうじゃないの!」


「は、はぁ!?


何言ってんだよお前……――――はっ!?」



この流れ、さっきの開始直前に見ていた台本の始まり!


こ、こいつなんでよりにもよってそんなことを……!


そう考えた直後、台本を閉じる前に言ったセリフを思い出す。



――――えっと……こうなったらなんか今ちらっと見た中で使えそうなセリフを状況に応じて適宜臨機応変に使い分けて場を乗り切ろう!



こ、こいつ僕の言葉鵜呑みにしやがったぁーーーーーーーーーーーーーーー!?


ノープランっていうの恥ずかしいから適当なこと言ったけど、それを額面通りに受け止めたよこいつ!



「何黙ってるのよ、さっさと白状しなさいよ!」


「ま、まて落ち着け! その、それは色々とまずいというか、今この状況では正しくないというか!」


「何よ、逃げる気!」



この女、覚えてるシチュエーションが少ないからって最後に見た奴をそのまま続ける気だ!


というより僕は素で言ってるのにこっちがそれに沿って返してると思って話を聞く気がねぇ!!



「お、おっとこれは……一体どういことでしょうか?


審査員のMIYABIさん、どう思いますか?」


「歌丸くん結構モテるから、彼女差し置いて他の女子にちょっかい出してんじゃない?」



――マジかよ最低だな歌丸

――死ねばいいのにあいつ

――マジ、フタマタ連理



なんか語呂イイ感じに人の名前を改悪しないでくれませんっ!?



などと思いつつも、このままでは僕の評判がガタオチしてしまう!


もうイベントでのコンサートチケットとかどうでもいいからなんとか名誉をまもらなければ!


そして今この場でやめろとか話を聞いてくれとかそういう釈明はこいつの演技への燃料投下となる。


そう、これは演技なんだと、このステージ専用の茶番であることを分かってもらうために僕も演技に乗っていけばいい……!



「――待つんだ“ナズナ”」

――イケメンボイス風



「にゃ!?」



なんか名前を呼んだだけで怯んだ。


よし、ここで巻き返すんだ!



「君は誤解している。


僕の気持ちは、すべて君のものだ。


いったい、どうしてそんな悲しい勘違いをしてしまったんだい?」


「え! ……えっと、その……えっとぉ……」



よし、言い淀んだ!


一方的に受けに回っては泥沼確実なので向こうに引き出させる。


そうして演技にボロを出させることでこれが茶番であることを周知徹底!


稲生には多少恥をかいてもらうことになるが、そこは僕もフォローして有耶無耶にしてしまおう!



「……あ!


わ、私と一緒にいながら、別の女へのプレゼント用意してたじゃないの!」


「そんなことはしていないさ。


いったいいつ僕がそんなことを?」


「型抜き屋さんで、私に隠してたじゃない!」



――こいつうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!


考えられなかったからって実際に起きたことをそのまま持ってきやがったぁ!!


しかもよりにもよってなんでそれをチョイスしやがったんだよ!



「そ、それこそ誤解さ……」



いやまぁ、実際はこいつじゃなくて別の人へのプレゼントでゲットしたんだけどさ……


だがこのままでは僕に“フタマタ連理”という悪名が追加されてしまう。


断腸の想い……は言い過ぎだけど、後ろ髪が引かれる想いを感じつつ、僕は学生証から、型抜き屋さんでゲットした狼犬の手のひらサイズのぬいぐるみを出した。



「……これは、君へのプレゼントさ」


「え……」



受けに回った途端にキョトンとするのやめろ!


誤解されちゃうだろ!


クソ、こうなったら歯の浮く台詞連発して周囲をドン引きさせてやる!



「君の好きな物はなんだろうと考えた時……こんなものしか思いつかなかった。


他にもどんなものが好きなのかと色々考えて目移りしてしまったが……ごめんね、そのせいでいらない心配をさせてしまったよ」



僕はもう羞恥心をかなぐり捨てて自分を乙女漫画の登場人物だと思いこむくらいの気持ちで語り、稲生の前まで来て片膝をつき、その手を取って見上げる。



「ナズナ、君は……とても綺麗だ」


「にゃ、に……にゃに、いってんにょよぉ!?」



ふふふっ、こっちのペース巻き込んでやったことで向こうのペースを崩してやった!



「そんな君の笑顔が見たくて……色々と悩んでしまったけど、こんなものしか用意できない僕を許して欲しい」



稲生の手に、僕はぬいぐるみを置いた。



「あ……」


「不甲斐ない僕をどうか許してくれ。


だけど…………許してもらえるならば、これからも君と共にありたい。


君の好きな物を、君を笑顔にするものを君と一緒に見つけたい。


――稲生薺さん、僕と……お付き合いをしてくれませんか?」



「え………」



稲生の手を一度離して、今度は僕が手を差し伸べた形で待機。


稲生は僕が上げたぬいぐるみを大事そうに胸を抱えて、左手を僕の方へと向けてきた。



「はいっ……」



そして今日一番の笑顔で僕の手を取った。





「…………………………………………はっ!


あ、じ、時間終了です!


素晴らしいアピールタイムでした!


皆さん、お二人に惜しみない拍手を!」



――パチ……パチパチ……



司会者の言葉に疎らであるが拍手がおこり、そして徐々にそれは大きくなる。



――パチパチパチパチパチパチ!!



そして拍手はより大きくなり、僕はひとまずその場で立ち上がって頭を下げ、稲生の手を引いて舞台袖へと移動する。



「あ、あの……歌丸」



そして僕たちの姿が観客たちから完全に見えなくなったのを確認して……



「おいこら稲生こら」



その頬をつかんで引っ張った。



「ふぁ、ふぁふぃふんふぉよ!」


「何すんのはこっちのセリフだよ!


お前使うセリフを少しは厳選しろよ!


危うく僕の名誉が失墜どころか地下に埋められるところだったじゃねぇか!」



僕がそういうと、稲生は再びキョトンとした顔になる。


ちょっとは反省したかと思い、手を放す。



「……セリフ?」


「即興の演技にしては、まぁ観客の反応見るに悪くないんじゃないかな……でもおかげでここまで恥ずかしい思いをさせられるとは……!


もうこれくらいで貸しの一つ分は無しにさせてもらえないかな……ほんとに精神的にキツイ」


「……キツイ?」


「ん……どうした稲……せっ!?」



なんか稲生の方を再び見たら、これまで見たことが無いほどに冷たい目をして僕を見てきている。



「そうよね……ええ、そうだったわね……演技よね、全部、全部まとめて演技よね」


「え……お、おい、そんな当たり前のことを何言って……?」


「――――ふんっ!!」


「ぐぼぇあ!?」



なんの脈絡もないボディブローが僕を襲う。



「ちょっとお手洗い行ってくる」



そう言ってその場を去る稲生。


残された僕は腹を押さえてただただその場にうずくまることしかできない。



「……な、なんで……?」



僕の疑問に答えてくれる人は誰もいなくて……



「――同情すべきかしないべきか……悩みどころです」

――カシャ



訂正、一応人はいたけど僕のことをただ写真に撮っているだけでした。

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