第186話 型抜きって結構店主の匙加減だよね。え、僕だけ?

少々トラブルはあったが、僕たちは引き続き縁日エリアを見回っている。


とはいえ、最初のように稲生も細かく、そして厳しく注意するのではなく調理の手順をみてどこが悪いのかを軽く指摘して後日レシピを渡すのでそれを参考にするようにという口頭での指導だ。



「いちご飴って初めて食べたけど……意外とうまいな」


「うん、これは中々いいけど……もう少し大きい品種の方がいいのかな?」


「いや、これくらいでいいだろ。これくらいの方が食べやすい」


「なるほど……」



二人で並んでそんなことを話し合いながら歩いていく。


今は稲生もさっきのことで凝りたようでスニーカーを履いている。


僕も疲れたので普通のスニーカーに履き替えている。うん、やっぱり靴最高。



「……ん?」



ふと、屋台を見回していると見覚えのある人がいた。



「稲生、ちょっとあそこいいか?」


「え……型抜き? したいの?


ふふん、子供ね」


「いや、そうじゃなくて……ほら、あそこで型抜きに挑戦してる人」


「え…………あ」



僕の指摘で稲生も気づいたらしい。


僕たちはそちらへと近づいていく。


その人は今も集中して、針で砂糖でできた細い板から細かい模様をくりぬこうと悪戦苦闘していた。



「……ふぅ」


「栗原先輩」



一息ついたところを見計らって声をかける。


すると、ギルド風紀委員(笑)の先輩である栗原浩美先輩がこちらに気付いて振り返る。



「ん? あら、歌丸くんと……稲生さんもいたのね。


浴衣に着替えたの? 二人ともに合ってるわね」


「ありがとうございます。


先輩は型抜きですか?」


「ええ、でも意外と難しいくてこれで三枚目なのよ」



そう言って少し疲れた顔で型抜き途中の板を見る栗原先輩


これは…………かなりデフォルメされているが、ゴブリンかな?


結構複雑な形をしているが……



「ゴブリンベイビー、ゴブリン、ゴブリンソルジャー、ゴブリンナイト、ゴブリンウィザード、そしてゴブリンエリートからゴブリンキングと徐々に難易度が上がっていくわ」


「なんでゴブリン押しなんですかこのテキ屋」


「迷宮っぽいかららしいわよ」


「もっと他にもあるでしょうに迷宮っぽいもの……」


「そうよね、ゴブリンライダーが無いのはおかしいわ」


「稲生。違う、そうじゃない」


「え? だってゴブリンって意外とテイムスキル高いわよ?」


「ゴブリンの話じゃない、型抜きの話だからな、今」



こいつの天然は今に始まったことじゃないし、少し放っておこう。



「確か成功するとお金もらえるんですよね……そんなに高いんですか?」


「ここだともらえるのはお金じゃなくて特別なアクセサリーよ。ほら、あそこに一覧があるわよ」



栗原先輩に促されてみてみると、確かに型を抜いたゴブリンの形によってもらえるアクセサリーに違いがあるようだ。



「……え、キングをクリアするとスケープゴートバッチもらえるんですか……?」


「形は複雑すぎて絶対にできないわよ。


たった百円で手に入るかもしれないってのは美味しいけど……流石に無理。


私が欲しいのは後ろから二番目よ」


「……ターコイズの首飾りですか?」


「パワーストーンの一種よ。


今は実際に効果のあるタリスマンが迷宮で作られるから廃れ気味だけど……幸運を引き寄せてくれるのよ」


「先輩もそう言うの信じてるんですか?」


「変かしら?」


「いえ、僕もこういうの結構気にしますから、ちょっと親近感持てます」


「そうなの。でも残念、信じてるのは私じゃなくて瑠璃の方よ」


「瑠璃先輩が…………もしかして、プレゼントですか?」


「まぁね。まだお祝いできてないし……これで少しはケジメをつけたいと思って」


「そうなんですか……」



……そういえば、この人も下村先輩に好意向けてたんだっけ。


その踏ん切りとして、かな。


ここは邪魔しない方がいいのかもしれない。


そう思って僕はこの場から離れようと思ったのだが……



「あ、割れた……すいませーん、これもう一回」


「はいよ」



稲生が勝手に席について型抜き始めていた。



「おいこら稲生。お前最初に子供っぽいとか言ったのに何普通にやってんだよ?」


「だってなんか面白そうだし……あんたもやりなさいよ。


折角なんだから」



そう言って針片手に真剣な顔で型抜きに挑戦する。


こいつ……挑戦してるのは三番目に難しいっていうウィザードか。


何がもらえるのかと思って見てみると……そこにはタンザナイトのイヤリングとある。


青色をした綺麗な宝石だ。



「これ欲しいのか?」


「お姉ちゃんにプレゼントしたくて。


最近生徒会長になったから色々大変だし……私も手伝ってるけど、逆に気を遣われてるばっかりだから何かあげたいなって」


「なるほど…………じゃあ、僕も何か……ん?」



景品の一覧を見て、ふとあるものが目に着いた。



「……よし、じゃあ僕はこれで」


「はい、百円ね」



というわけで僕も挑戦。


しばし無言で細い針を片手に砂糖の板をくりぬいていく。


――パキンっ



「うっ……」



そんな声が聞こえてきた。


見ると、案の定稲生が途中で型を割っていた。


もう見事にバッサリとゴブリンの持っている杖が割れていた。



「む、難しすぎる……」


「無理せず簡単な奴にしとけ」


「で、でも……」


「ここで無駄にお金かけて結局手に入りませんでしたってなったらそれこそ本末転倒だろ。


それに感謝の気持ちを伝えたいなら、お金はそれほど重要じゃないと思うぞ…………よし、できた」


「え、早すぎない?」


「だって一番簡単な奴だし」



そう、僕が選んだの一番簡単なゴブリンベイビー


デコボコとかほとんどないから結構簡単だった。



「これで交換お願いします」


「はい、ではこちらからお好きなものをどうぞ」


「それじゃあこれで」



お店の人からもらった景品をすぐさま学生証へと収納する。



「何もらったのよ?」


「大したものじゃないよ。


でも結構品は良いし、プレゼントとして申し分のないラインナップが揃ってると思うぞ」


「ほんとに?」



僕がそう言うと、稲生は改めてゴブリンベイビーでもらえる景品を確認する。



「へぇ……色々揃ってるわね…………よし、じゃあ私もこっちにする」



そう言って、稲生はおとなしくゴブリンベイビーの方を選んで再挑戦。


十分とかからずに型抜きを完了させた。


そして稲生がもらったのは柴犬をデフォルメしたような手の平サイズのぬいぐるみであった。



「稲生会長って犬好きなの?」


「実家で北海道犬飼ってたの」


?」



過去形の言い方に僕は首を傾げる。



「去年、死んじゃったの。結構おじいちゃんだったから仕方ないんだけど……それ知って、お姉ちゃん凄いショックだったみたいで。


お姉ちゃんが物心ついたころからずっと一緒だったから、最後に会えなかったの残念そうで……代わりってわけじゃないけど、これで少しくらいは寂しさを紛らわせないかなって思って」



……本当、家族のことが大事なんだな。



――カシャ



そしてじんわり感動してたところに水を差すシャッター音



「いい笑顔です。ぐっと」



今まで普通についてきていたけど、ずっと黙っていたんで存在を忘れていた白木先輩である。



「個人的にはお互いへのプレゼントなら尚ぐっとです」


「そこは適当にそういう設定の煽りでもつけてください」


「ねつ造はいけません」


「どの口でそれを言うんですか?」



ついさっき思い切りねつ造しそうなこといってましたよね貴女。



――ピピピピピッ



「ん? 着信……?」



僕の学生証から聞こえてきている。


通話機能が開いており、詩織さんからだ。



「はいもしもし、詩織さんどうかした?」


『連理、今どのあたりにいるの?』


「どこって……縁日エリアだけど」


『よし、ちょうどいいわ。


今から縁日エリアの端の広場でイベントが開催されるからすぐにそっちに来て。


二人でよ、二人で。稲生さんはいる、いなかったらもうこの際英里佳でもいいんだけど』


「一応恋人役ってことだから稲生は近くにいるけど」


『じゃあすぐに来て。いい、すぐよ、急いで』



なんとも切羽詰まった感じで一方的に通話が着れた。


一体なんだろうか。


そう不思議に思いつつも、まぁ詩織さんの頼みを断るわけにもいかないか。



「稲生」


「聞こえてたわよ」


「栗原先輩……は、今はやめておくか」



先輩は今も真剣な顔で型抜きに挑戦中だった。



「よし、行くか」


「ええ。なんか焦ってたし急ぎましょう」



というわけで、さっそく何やらイベントが開かれているという広場へと向かった僕たちだったのだが……




『それではこれより、東部迷宮学園、ベストカップル決定戦を開催しまーす!』



即行で帰りたくなった。



「なにこれ……」



僕の隣で稲生が死んだような目でそんなことを呟く。


僕も同じ気持ちだ。


これを観客席で見ているのならまた違った感想も抱くのだが……今の僕たちは、このイベントの参加者としてステージの上に立っているのだ。



「……二人とも、ごめんね」



そしてそんな僕らを見て、紗々芽さんが申し訳なさそうに手を合わせている。


当然、紗々芽さんも参加者だ。


――詩織さんとの女同士のベアで。



「……なんで二人がこんなイベントに?」



僕がそう問うと、詩織さんは苦々しい顔である方向を指さす。



「……あそこの審査員席で、笑ってる人がいるでしょ」



いる。


めっちゃ笑顔の人がいる。


はい、そうです。


西学区のトラブルメーカー


超絶人気アイドルのMIYABIがそこにいた。



「たまたま顔を合わせて、私たちの設定を聞いたら」

「OK、わかった」



どうせ百合カップル疑惑設定を面白がって無理矢理参加させたのだろう。



「それでなんで私達まで……?」



僕たちは奴と接触してない。


仮に無理矢理登録させられたとしても、無視していたわけなんだが……少なくとも僕たちは詩織さんから呼ばれなければこのイベントの存在も気づかなかったのだが……



「道連れよ」


「シンプル!」

「言い訳ですらない!」



まさかのぶっちゃけに僕も稲生もびっくりである。



「お願い二人とも、私達だけじゃ流石に不安で……ここは助けると思って……ね?」



紗々芽さんが本当に困った様子でそう言ってくる。


そんな風に言われると断りづらい。


だが稲生を巻き込むのはよいのだろうか?


そう僕が悩んでいると、稲生が僕の袖を引く。



「……まぁ、いいんじゃないの?」


「……いいのか?」


「もうすでに参加者としてステージにいる時点でもう手遅れでしょ。


それに、リハーサルのイベントとはいえ優勝すると商品がもらえるみたいよ」


「商品?」



それは一体なんだろうかと思って見てみると、MIYABIがステージに上がってきた。



「優勝したカップルには、体育祭最終日の私のライブ、特等席のチケットをプレゼントしちゃうよぉー!


優勝カップルに投票した人にも、一般チケット優先購入権が与えられるから、最後まで見て行ってねー!」



「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」」」



……ライブのチケット、か。


まぁ、確かにそんな特典でもないとこの場にいるのは不自然だもんな。



「椿咲さん、ファンみたいだしあげたら喜ぶんじゃない?」


「そうだね。


………………え? 椿咲、MIYABIのファンなの?」


「この間本人がそう言ってたわよ。


結構詳しいみたいだけど……なんで兄のあんたより私の方が詳しいのよ?」


「ぐっ……」



なんかそう言われると辛い。


立派な兄になると決めたのにこんなところで躓くとは……!



「と、とにかくそういうことなら優勝を目指す!


稲生、力を貸してくれ!」


「貸し、これで二つ目よ。


後で色々買ってもらうから覚悟しなさい」



あ、そういえばまだ昨日の間接キスの一件での弁償してなかった!



「……お、お手柔らかにお願いします」



体育祭で兄としての株をグンと上げるために、ここで負けるわけにはいかない。


僕の兄の尊厳を確保するための戦いが、今始まるのであった!



『では、まずは呼ばれたカップルから順番に――――イチャイチャアピールしてください』


「「え」」



そして初っ端から躓きそうな予感がするのであった。

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