第189話 覚悟の言葉

「どうすんだこれ……」



プロポーズなどというとんでもな課題を出され、僕は頭を抱えていた。



「――はい、ではありがとうございましたー」



悩んでいる間に、一組目の告白タイムが終了した。



「はぁ……緊張しちゃった」


「まぁ、でもこれでようやく楽になったわ」



たった今告白タイムを終えた詩織さんと紗々芽さんが若干疲れた様子で戻ってきた。



「反応、どうだった?」



参考までに訊ねてみると、詩織さんと紗々芽さんは顔を見合わせてから苦笑いを浮かべる。



「可もなく不可もなく、って感じね」


「うん。


そもそも私達本当のカップルってわけでもないから……まぁお互いに普段どう思えるかちゃんとわかり合えたって意味では貴重な時間だったかな」


「二度とやりたくはないけどね」



ふむ、告白といっても必ずしも好意を伝えるわけじゃないからね……まぁ、この二人の場合はやっぱりそうなるか。


しかし……僕の場合はプロポーズと限定されているわけで……



「おい稲生、どうする?」



先ほどから隣で黙りっぱなしの稲生に聞いてみた。


先ほどからいくら悩んでも妙案が思い浮かばない。


いや、正確には別に何か特別な対策みたいなのが必要な状況ですらないんだけど……プロポーズの言葉とか急に言われても何を言ったらいいのか全然わからないのだ。



「…………え?


あ、ごめんなさい……聞いてなかった。何?」


「いや、何って……だから僕たちの番に回って来た時どうするのかってことだよ。


さっきみたいな即興とか流石に何度もできないぞ僕」


「……そうね、どうしましょうか」



なんか受け答えが上の空だ。



「――俺、マジでお前のこと愛してんだ」



そうこう会話してるうちに、次のペアの告白タイム……いや、言動から察するにプロポーズなのかな? とにかく二回戦が始まっていた。



「お前のためなら俺は世界中を敵に回したってかまいやしねぇよ」


「きゃー! リュウ君かっこいいー!」



……壮大なセリフなはずなのになんとも安っぽく感じてしまうのは僕だけだろうか?


この場所からは見えないが、観客席のギャラリーの白けた顔が目に浮かぶようだ。



「それにしても……よりにもよって大トリを務めることになるなんて……」



二回戦の順番は完全にくじ引きで決定し、よりにもよって僕たちは最後となっていた。


悪意を感じる。


仮にもイベントを盛り上げる側の人間として、下手なことはやりたくはないのだが……なんともプロポーズをしろっていうのは気が進まない。



「はぁ……」


「あんた大丈夫?」



詩織さんが心配そうにそう訊ねてくれる。



「大丈夫、別に気分が悪いとかそういうのじゃないんだけど……だけど」


「気が進まない?」


「……まぁ、そうなのかも」



紗々芽さんの言う通り、なんとも気が進まない。


自分でもびっくりするほど気分が乗らない。


フリとはいえ、プロポーズをしろと強制されるのは、なんかこう…………違う気がするのだ。



「ええい、やめだやめ! 白木先輩、台本貸して下さい!


さっきみたいに何か使えそうな奴みたいんです」



先ほどからこの場には黙ったままだが白木先輩がいる。


さきほどの台本をもう一回見返して使えそうな内容を探そうかと思ったのだが……



「お断りします」


「え?」



まさかの拒否。


その返答に僕は呆気に取られて間の抜けた声を出してしまう。



「な、なんでですか?


さっきはあんなノリノリで見せてくれたのに!」


「同じやり方では芸がありませんし、それこそ二番煎じというもの。


この件に関しては私はノータッチ。


撮影に専念させていただきます」


「そんな……」



なんだろうかこの突然はしごを外されたかのような感じ


言いたいことはわかるけどそれはあんまりだ。



「大丈夫よ」


「え?」



不意に稲生が口を開く。



「今回は私が主導で行くから、あんたはそれに合わせてくれればいいわ」


「お前主導って………………大丈夫か、本当に?」


「大丈夫。


別に演技とかするわけじゃないし」


「はい?」



その言葉の意味がわからず、僕は首を傾げると稲生はその場から立ち上がる。



「白木先輩、少し手伝ってもらいたいことがあるんですけど、いいですか?」


「お任せです」



僕の時と違ってなんかやる気を見せる白木先輩


そのまま稲生と白木先輩は一緒に控室から出て行ってしまった。



「いったいどうしたんだろ……?」



出ていく二人は僕は首を傾げて見送ることしかできなかった。


その一方で、なんか詩織さんと紗々芽さんが神妙な顔をしていた。



「あれ、どう思う?」


「……多分、保護者会の差し金かな……もしくはあの先輩が発破かけたとか」


「保護者会?」



この学園に保護者会とか無いはずだけど……基本的に生徒しかいないし。



「こっちの話よ、気にしないで。


それより連理」


「あ、はい」



詩織さんが詰め寄ってきて、僕の肩をガシッと掴む。



「真面目に、気合を入れてやりなさい」


「え」


「え、じゃない。


気の抜けた受け答えしたら本気で怒るわよ」


「……う、うん。


わかった……真面目にやる」


「君の想定の数倍真面目にやった方が良いと思う。


あと、慌てないように受け答えする前に深呼吸を忘れないようにしてね。


歌丸くん、勢いでとんでもないこということあるし」



さりげなく酷いことを言われたような気がする。


しかし…………一体僕は何を言われるのだろうか?


元よりふざけるつもりなど毛頭ないが……



「……不安だ」



何が起こるのかわからないという漠然とした環境というのが、実は一番しんどいものがある。



「マジで俺たちが、一番最強のカップルだぜ!」


「きゃー! リュウ君かっこいいー!」



あ、まだやってたんだ。



そしてそんなこんなで時間も経過。


他のカップルたちの告白、もしくはプロポーズを控室で聞いて、いよいよ僕の番だ。



「稲生、戻ってこないけど……大丈夫かな」



現在、僕は舞台袖にて一人で待機していた。



「――お、俺は……その! 本気でお前を幸せにしたい!


それが、俺にとっての幸せなんだ!


だから、卒業してからも、ずっと俺と一緒にいて下さい!」



現在、僕の前のカップルのプロポーズシーンを間近で見ているこの現状。


次が自分の番だと思うと、こういう感動的なシーンも素直に見れないものである。



顔から火が出るのではないかと思うほど真っ赤にしながら精一杯にん想いを伝える三年生の男子の先輩の言葉を受けて、相手の女子の先輩は目に涙を浮かべ、顔を手で覆っている。


嬉しさのあまり大声を上げそうになっているのを我慢しているように見える。



「……僕もあれするのか」



本来の感動などより、数分先の自分の姿を思い浮かべて少しブルーな気持ちになる。


別に稲生がどうこうとかではなく……今の自分の立場で、フリとはいえ愛を語ることはどうにも……許されないような気がするのだ。



「稲生に合わせるって言われたけど……やっぱりああいうのは男子がした方が盛り上がるよなぁ……」


「それは思い上がりというものですよ歌丸くん」


「うぉお!?」



背後からいきなり話しかけられて思わず驚きに声をあげてしまう。


振り返れば少し呆れたような目をした白木先輩がいた。



「あ、あれ? 白木先輩?


稲生のやつはどうしたんですか?」


「すでに準備は済んでます。


呼ばれたまず歌丸くんだけでステージに行ってください。


そのあとに稲生さんも出てきますので」


「は、はぁ……」



なんとも不安だが、ここは稲生と白木先輩を信じよう。



「感動的なプロポーズ、ありがとうございました!


では、次で最後!


歌丸くんと稲生さん、どうぞ!」


「で、ではいってきます」


「はい、くれぐれも真面目にお願いします」



白木先輩の念押しを背中に受けて、僕はまず一人でステージへと出る。



観客の期待のこもった視線を一身に受ける状況に息苦しさを覚える。



「おや、歌丸くんだけのようですが……稲生さんの姿が見えませんね」


「まさか歌丸くん、愛想つかされた?」



MIYABIの言葉に観客席から笑い声が起こる。


僕だって状況分からないんだからなんとも言えないのだが……



そんなことを考えてきたとき、足音が聞こえてきた。



自然とそちらに視線を向ける。



そしてその姿を確認したとき、僕は思考が完全に停止し、僕と同じようにその姿を確認した者たちも言葉を失った。


賑わっていたこの会場の音が、数秒間だけ完全に消えたのだ。




「……お、お待たせ」




そこに現れたのは稲生だ。


しかし、その格好は先ほどまでの浴衣ではない。


ウェディングドレス


純白の、ドラマとかでしか見たことの無いようなドレスを着た稲生が、そこにいたのだ。


元々容姿は整っていると思っていたが、ドレスを着た、というだけで呼吸も忘れるほどに僕は見入ってしまった。



「…………なんか、言いなさいよ」


「え……あ、ああ」



いつの間にか目の前まで近づいていた稲生の言葉に僕は頷く。


そして先ほどの紗々芽さんの言葉を思い出して一旦深呼吸をする。



「……その……凄く、綺麗だと思う」


「……ありがと」


「う、うん」



なんか、こう……凄い照れる。


僕の人生で生でウェディングドレスを見る機会があるとは思ってなかったし……それも稲生ような美少女がそれを来て目の前に現れるなんて夢にも思ってはいなかった。


普段はあれやこれやと口喧嘩するけど、稲生の見た目は間違いなく美少女だからなおのこと緊張する。



会場全体が沈黙し、全員の視線が稲生に向けられている。


稲生もそれに気づいているはずだが、何やらとてもつない決意をもってこの場に……いや、僕の前に姿を現している。



「すぅ……はぁ……」



呼吸を整え、そして再び稲生は僕を見た。



「私は、最初はあなたのことが嫌いでした」



その言葉に、沈黙の中に戸惑いの声が漏れた。


しかし、僕はその言葉を黙って受け入れる。


それは初めから知っていたことだし……そしてなにより、その言葉に続きがあるとわかっていたからだ。



「知ってる。


いきなり喧嘩売られたし」


「うん。


他所の学区の癖に、テイマーでもないのに南で注目されているって……正直面白くなかったし、モンスターパーティで恥かかせてやるって考えてた」



「だよな。


あの時だって、黙って普通にゴール目指してれば普通に優勝できたのに、変にちょっかい出してきてたもんな。


なんか懐かしいけど、まだそんなに経ってないんだよな」


「うん。まだ三カ月も経ってない」



ゴールデンウィークが終わって、南学区で泊まり込んで……



「そのあとお前チーム竜胆で練習試合で戦ったっけなぁ……」


「人前で脱がすとか言われたあの時は、ほんとどうなるかと思ったわ」


「あー……その点については悪かったと思ってる。


でもあの時は勝つために仕方なかったってことはわかってくれ」


「知ってる。


あの時は私も慌ててたし、別に本気じゃなかったんだって今ならわかるし」



……いざとなったら本気で脱がそうかと考えていたことは黙っておこう。



「……嫌な奴って、本気で思ってたのに……変な奴って思って、面白い奴って思って……凄いんだなって、少しわかってきた」


「それを言ったら、お前の方が凄いって。


僕は結局、一人でできることなんてほとんど何もない。


仲間の力を借りて今こうしてここにいるわけだし」


「それはみんな一緒よ。


私も、そしてあなたの仲間も……みんな一人じゃ何もできなかった……だから」



言葉は途中で止まり、稲生はゆっくりと深呼吸してから僕を真っ直ぐに見る。



「いつも一生懸命に頑張ってるところを見ました」


「関係ない他人相手でも、優しくあろうとするところを見ました」


「誰かを助けようと無茶をする貴方を見ました」


「どんな時でも、笑顔でいようとするあなたを見ました」



顔は真っ赤で、先ほど見たプロポーズしている男子の先輩のような、不安と羞恥で押しつぶされそうになりながらも、一生懸命に何かを伝えようとしている表情の稲生がそこにいた。


その姿に、僕は意識が釘付けになる。



「いつも前だけ見てて、そのためにすごく頑張ってて…………それでも私の手を引いてくれて」



ぎゅっと、不安に耐えるかのように胸の前で手を握る稲生。



「その温かい手が好きで」


「っ……」



その言葉に、僕は完全に呼吸を忘れた。



「誰よりも前に進もうとするその真っ直ぐな眼が好きで」



その先の言葉が何なのか、もう聞かなくてもわかった。


だけど聞かなくてはならない言葉であるということも分かった。


だから僕は、黙って真剣にその続きを待つ。



「だから、私は――――」



瞬間、空気が凍った。



「っ!?」



スキルによって本来は体が硬直することなどありえないのだが、それを上回るほどのプレッシャーを僕は感じた。


一瞬、いや、もしかするともっと短いのかもしれないがそれでもこの時の僕は確かに体が動かなくなった。


そして何より驚いたのは、それが僕に向けられたものではなくて、余波であるということだ。


どうしてそこまでわかるのか僕にはわからない。


ただ、今のプレッシャーは観客席のどこからか放たれたものだということはわかる。


それがどこなのか、それを確認しようとした時だ。



――バターーーーンッ!



何やら大きな音がした。



「……あ」



今のプレッシャーによって虚を突かれた僕は慌てて視線を音のした方に向ける。


そうだ、今のプレッシャーは僕に対してではなく――……



「ぅ、つ……」



プレッシャーの直撃、といえばいいのか……とにかくその矛先であった稲生は硬直どころか立ってすらいられなくなってステージの真ん中で倒れてしまったのだ。


プレッシャーは一瞬のことで、この会場にいたほとんどの者たちは何が起きたのかわかっていない様子だ。


いや、正直僕だって何が起こったのかだって全く分かっていない。


いないのだが……



「――ぷっふぅ! うわぁ、だせぇ!!」



もっと場の空気を分かっていない奴が、この場にいた。


二番手にプロポーズモドキをしていたカップルが、何故か控室ではなく観客席の箸の方でこちらを見ていて、よりにもよって大声でそんなことを叫んでいたのだ。



「うわ、めっちゃ恥ずかしいんですけど~!


っていうか、こんなところでドレスとか重すぎぃ~」



カップルの女の方までも周囲の人に……いや、ステージにいる僕たちにまで聞こえる位に大きな声でそんなことを言い出す。



「ないわー、マジで今のはないわー!


そうでなくても重いのに、それで転ぶとか…………あ、これもしかしてコントか!」


「あ、やっぱりだよねー!


こんな場であんな格好してマジ告白とかキモイしねぇー!」



――こいつら……!


頭に血が上り、イベントとか生徒会役員とかそういうの関係なくぶん殴ってやると本気で思って僕は前に踏み出そうとした。



「っ……!」


「あ、い、稲生!?」



だが、その前に稲生がその場で立ち上がって舞台袖の方へと消えていく。



「うわ、逃げた、ださっ!」


「ほんと何しに来たんだろうねー」


「まぁでもこれで優勝は俺らで決まりっしょ!」


「だよねー、他の奴らとかマジで心こもってないっていうかー」


「ああ、少しは俺を見習――えばっ!?」



会場に酷いハウリングが響いた。



「……え、あ、あれ?」



司会の人は自分の手からマイクが無くなっていることに気が付いたようだ。


そう、そのマイクは今、先ほどからうるさいカップルの男の片割れに向かって思い切り投げられたのだ。


一体誰が投げたのか?


決まっている。



「――お前ら五月蠅いんだよ」



僕だ。



「つ、ってめぇ、このザコガキが、何調子のってんだよこらぁん!?」


「五月蠅いって言ってんだよ低能がっ!」


「はぁ!? 北のザコ代表が何言ってんだよ!」



僕は学生証で衣服を浴衣からいつもの着慣れた動きやすい学生服に変えてステージを降りる。


既に男はこちらに向かって目に見えて怒りながらこちらに来ている。


その制服を見れば西学区の上級生であることはわかる。



「え、あ、ちょっと、お、おちついて下さ」「リュウくんやっちゃえー!」



司会が何やら言っているが、僕が投げたマイクを拾ったカップルの女の方がその言葉をスピーカーからの声で遮る。


丁度いい、止められると面倒だったしな。



「北にいて強くなってるつもりかよ?


知ってるぜ、お前本当に弱くて、強い仲間に守られないと何にもできないザコなんだろ。


今なら土下座すれば一発殴る程度で許してやるぜぇ?」



どこまでも上から目線。


ある意味で慣れたような態度だが……今はそれすら腹立たしい。



「チンパンジーが人語喋ってんじゃねぇよ」


「……あ?」


「そこのブスと一緒にそこらで盛って腰振ってろよ野生動物」



自分でも酷いなと思うほどに悪口が出てくる。


そしてそれは止められないし、止める気にもならなかった。



「死ねやクソザコがぁ!!」



大きく振りかぶった拳。


それが僕の顔に思い切り当たった。



「はっ、どうだザコ」「一発」「あ?」


「一発もらったから……これで正当防衛だ」



拳を握りしめ、僕は間抜け面を晒してる目の前の男に向かって全体重を乗せる。



「うぅ―――――らぁああああああああああああああああああああああ!!」



僕の拳が、男の顔面に突き刺さる様に入った。


手にかすかな痛みと、これまでに無いほど確実に“芯”に入ったという手応え。


ここ最近で間違いなく会心の一撃だ。



「げぱ、ぷ、ぐげっ!」



男の身体は地面から完全に離れ、そして地面に落下して転がる。


そのまま男はピクリとも動かない。


その場にいた全員が黙ってしまって、沈黙が流れる。



「――すいません、あとお願いします」


「え、あ、ちょ、えぇ!?」



僕にそう声を掛けられ視界の人は狼狽えた様子だったが、僕はそれを無視する。


すぐに稲生を追いかけなければならない。


その一心で僕はその場から走り出したのであった。

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