第190話 明かされる主人公の意外な新事実(棒)
■
歌丸連理が会場から走り去っていき、会場は沈黙に包まれていた。
「――――」
そしてその会場の隅で一人、周囲にいる者たちには気づかれていないが病気ではないのかと心配になるほど顔が蒼くなっている少女がいた。
「え、榎並さん……今のって、もしかして……?」
そしてその少女――榎並英里佳と共にいた戒斗は先ほど起きた現象に驚愕していた。
先ほどステージにいた稲生薺が転んだ瞬間
その時にプレッシャーを誰よりも間近で感じたのだ。
「ち、ちがっ……わたし、そんな……つもり、全然、なくて……」
普段から口数は多くないが、それでも言葉はハッキリとしていたはずなのに、今の英里佳はそれすらもたどたどしくなっている。
「落ち着くッス。
マジは深呼吸を」「――なんなのよこれ!」
戒斗は英里佳を落ち着かせようとしているのに、また会場が騒がしくなる。
見れば、先ほど連理に殴り飛ばされた男のカップルの女がヒステリー気味に叫んでいた。
「ちょっと誰か通報してよ!
さっき逃げたあいつ!!」
「お、落ち着いてください」
「うるさい、さっさと捕まえなさいよ!」
司会が制止しても一切耳を貸そうとせずに、それどころか命令する女
「なんなのよ!
私達が何したって言うのよ!
ブスが笑えることして笑って何がおかしいのよ!」
――ギシッ
「「っ」」
女の言葉が会場内に響き渡った瞬間、会場内部の空気が変わった。
先ほど、ナズナが転ぶ原因となったプレッシャーと同等のものが、今度は一瞬で消えることなく留まり続けている。
――それも複数。
あまりの脅威に、戒斗も英里佳も言葉を失った。
「もう最悪、何よあんな頭の悪い気持ち悪いコンビ馬鹿にして一体何が悪いのよ!
それにマジになって、あの男子マジキモイ!」
「――ところでさ」
そして、観客席から一人の帽子をかぶった男子が立ち上がる。
「お前らは自分がどう見られてるか理解してるのか?」
「はぁ? 何言ってんのよ? 馬鹿じゃないの?
誰がどう見ても私達被害者でさっきの歌丸連理は犯罪者でしょ!
あんた達全員黙って見てないでさっさとあいつ捕まえに行きなさいよ!」
――ぶちっ
「……駄目ね、言うだけ無駄だわ」
その男子の隣にいた女子も立ち上がる。
此方も帽子をかぶっており、サングラスも着けていた。
「流石にこれは、目に余ります」
そして舞台袖から帽子に大きなサングラスと口元をスカーフで完全に顔を隠した女子も出現した。
その三人は騒いでいた女子の方に近づき、退路を塞ぐ。
異様な三人に迫られて、女子はたじろいだ。
「な、なによあんたたち?」
「何って……そうだな……今は特に肩書とかねぇからシンプルに言うと」
帽子を脱ぎ捨てた男子
「――稲生薺のお兄ちゃんだよ」
元・南学区生徒会長 柳田土門
そしてもう一人の女子は帽子とサングラスを外す。
「――稲生薺の姉です」
現・南学区生徒会長 稲生牡丹
さらに舞台袖から現れた少女はスカーフとサングラスを外して顔を晒す。
「このイベントの運営の白木小和です」
西学区会計 白木小和
「え……あ……」
自分たちに迫っている三人の正体を知り、女は目に見えて顔を蒼くする。
自分がどれだけの存在に対して反感を買ったのかようやく自覚したらしい。
「――あー……白木先輩も来てたんですね」
そしてそこにさらに一人が追加
「み、MIYABI……!」
女は壇上から降りて来た世界的なアイドルにすがるような目で見ているが、対するMIYABIは冷めた目で女を見ている。
「とりあえず白木先輩、これ、どう処分します?」
「え」
「仮にもアイドルがそういう物騒なことを言わないでください。
まぁ……まずはイベントを滅茶苦茶にしたこととと、この態度を見るに普段の素行も悪そうなので一度徹底的に洗わないと駄目でしょうね」
「そっちは私に任せて。
こう見えても顔が広いから」
「どこからどう見ても顔の広さは学園一ですけどね……お任せします。
ひとまず、この場は業務妨害ということでお縄についてもらいましょうか。
お二人はその後で良いですか?」
小和の確認に、牡丹も土門も頷いた。
「ええ、構いませんよ」
「ああ、こっちはこっちでたっぷり絞らせてもらうからほどほどに頼むぜ」
「え……え……?」
自分が反論することもできず、ただただ一方的に今後のことが決められていることに気付いた女は、気絶してる彼氏をおいてその場から逃げようとした。
しかし、そこに先に土門が回り込む。
「おいおい、そう怖がることはねぇよ。
ただお前らはさ……――やられて当然のことされるだけだ」
にこやかに微笑んだかと思えば、真剣な表情にドスの効いた声で告げる。
「安心しろ、暴力は振るわねぇ。
ただひたすらお前らのねじ曲がった根性を、合法的に叩き直してやるから覚悟はしておけ」
そして、そのまま女と気絶した男は、四人に連れられてその場から消えていく。
その光景を見送ってその場はまた沈黙が流れたのだが……
司会の生徒は我に帰り、状況を見回してからマイクを回収して口を開く。
「え、えー…………緊急事態により、大変申し訳ございませんが……その……今回のイベントは中止とさせていただきます」
■
「はぁ、はぁ……」
イベント会場から飛び出したはいいが、稲生の奴が見つからない。
あの格好で遠くまですぐに行けるとは思わないが……
「――なぁ、さっきの見たか?」
「――ああ、凄かったな。あれが噂のマーナガルムか」
「っ!」
聞こえてきた言葉に足を止める。
「ち、ちょっとその話詳しく!」
「え?」
僕が詰め寄った相手は突然のことでキョトンとしていた。
「マーナガルム、どこで見たんですか!」
「あ、あー……さっきその建物の上をぴょんぴょん跳ねながらあっち向かって行ったぜ」
「ありがとうございます!」
建物の上か。
ならばここから登ったほうが速そうだし、ユキムラに乗ってるなら遠くに行ってるはず。
僕一人では追跡は難しい。
「――出てこいワサビ!」
「――きゅるるん!」
出てきたのはエルフラビットのワサビ。
「稲生の声とか、ユキムラの声とか覚えてるか?」
「きゅる」
僕の質問にワサビはしっかり頷いた。
頼もしい。
「ユキムラを追うから、音のする方向を教えてくれ。
建物とか障害物は飛び越えていい。最短距離でナビ頼む!」
「きゅるん!」
僕の言葉に頷くワサビ。
そしてその場から走り出したかと思えば、即座に目の前の建物の壁を飛び越えていく。
「――悪路羽途!」
生存強想Lv.1
足場が不安定な場所を進むときに体重が軽くなるスキルを使い、僕はワサビの後を追って目の前の建物の壁をほぼ垂直で駆けあがる。
背後で多くの人のざわめきが聞こえたが、それはひとまず無視。
「きゅるるん!」
建物の小さな足場や、時には空中を飛び跳ねながら真っ直ぐ進んで行くワサビ。
それに置いていかれない様に僕も全力で手足を動かしてついていく。
屋根の上、煙突、建物の壁など、時には大ジャンプしながら西学区の街中を走り抜けていく。
それからどれだけ走っただろうか。
気付けば街中を抜けていて、人気のない海岸が見えた。
西学区の郊外、寮とか社宅とかがあるエリアからさらに離れた特にまだ開発もされていないエリアだ。
「いたっ!」
息が切れてきたが、大きな白い狼の姿を捉えてもう少しだと足に力がこもる。
砂浜の上まで来て足を止めると、ずっしりと体に重さが戻ってきた。
「ぜーっ、ぜーっ……げほ、ごほっ」
肉体的な疲労はないが、息が切れていて咳き込む。
「……GRR」
そして僕の姿を確認してユキムラが助けを求めるように喉を鳴らした。
ああ、そういえばずっとカードに入れられてたから状況を知らないのか。
「……おい、ユキムラ困ってるぞ。
おおよそ、人のいないところに連れて行けって言っただけで何も言ってないんだろ」
「…………」
息を整えて話しかけたのだが、ユキムラの傍で膝を抱いたままうつむいている稲生は何も答えない。
借り物のウェディングドレスは砂で汚れているのだが、本人は気にもしてない様子だ。
いや、気にしてる余裕も無いのか。
「……なんで」
「ん?」
「なんで来たの」
稲生は顔をあげないまま僕にそんなことを言ってきた。
来て欲しくなかったのだろうか?
まぁ……逆の立場だったらと考えもするけどさ……というかユキムラまで使って全力で逃げるくらいだろうしな。
「今一人にしたらお前絶対に悪い方にしか考えないだろ」
「知った風な口、利かないで……」
「知った風じゃない。確信だ」
「…………」
黙ってしまった稲生の近くまで行く。
そして少しだけ距離を開けた状態で隣に座る。
「座んな」
「断る。
ユキムラ、ワサビと一緒にちょっと離れててもらっていいか?」
「ぐるぅ」
「きゅるっ!?」
僕の言葉にユキムラは頷いたが、ワサビは若干驚いていた。
あ、そう言えばワサビはあんまり得意じゃなかったか。
「じゃあ……出てこいギンシャリ」
「ぎゅる!」
出てきたのはドワーフラビットのギンシャリ
「お前らでちょっと遊んで来い」
「ぎゅるん」
「ぐるぅ」
「きゅる……きゅるるん」
ギンシャリがユキムラの背に乗り、それについていくようにワサビも背中に乗って、その状態でユキムラが走り去っていく。
その場に残されたのは僕と稲生だけとなった。
「……何してんのよ」
「お前の足を奪った。どうだ、これで逃げられないだろう?」
「馬鹿じゃないの」
「どうせ馬鹿だよ」
そのままなんとなく、僕は目の前の海を眺めた。
「今更ながら、僕とお前って似た者同士なのかもな」
「どこがよ」
「落ち込みたいときは人気のない所に来るところ、とか?
僕と同じで、海に来る辺りとか丸被りだ」
「……あんたの地元、内陸側で海無いでしょ」
「そうだよ。
でもつい最近、僕も落ち込むことがあってさ……その時も海に来た」
「……あんたでも落ち込むことあるんだ」
「あるよ、いっぱい。
……でも……本気で辛い時に傍に誰かにいてもらえなかったら、多分今もこうして僕は動けてなかった。
一人になりたいって思っててもさ……心のどこかで誰かに寄り添ってもらいたいって思うんだ。
少なくとも僕はそうだったし……稲生、お前もだ」
「……一緒にしないでよ」
「一緒だよ。
お前と僕は凄く似てる。
今なら本気でそう思う。
だから……僕は僕が一番正しいと思ったことが、お前の望んでいることだって信じる」
「自意識過剰よ」
「かもしれないけど……それでも僕は今こうしている瞬間も間違ってないって思ってる」
「発想がストーカー染みてる」
「誰かを本気で想うことって、結局行きつくところまで行くとそうなるよ。
恋人とストーカーの違いは、それが相互か、一方通行かってところだと思う。
まぁ後者は犯罪だとは思うけどさ」
「じゃああんたも犯罪者ね」
「いや、少なくとも現時点で僕はそうじゃない確信があるんだけどなぁ~?
あの時、お前が何て言いたかったか当ててやろうか?」
そこでようやく稲生が顔をあげた。
ずっと泣いていたのか、うっすらと施していた化粧が涙で流れて泣いていたのがはっきりとわかった。
顔は赤くなっていて、今にも怒り出しそうなほどに表情は険しい。
「あんたっ――……その顔、どうしたの?」
怒鳴られるかと思ったら、なんか急に稲生は心配そうに僕を見ている。
「顔? ……あー、さっきあのカップルの片割れに殴られた痕かな?
腫れてる?」
「うん……って、殴られたってどうしたのよ?」
「イライラしたから観客の前で思い切り馬鹿にしてやった。
そしたら殴られたんで、正当防衛で殴り返した。
見せてやりたかったくらい見事にぶっ飛ばしてやったぜ」
僕がぐっと親指を立ててそう言うと稲生はぽかんとした顔をして僕を見る。
「――ぷっ……そんな顔腫らして何自慢げに語ってんのよ」
「えー……そこまで腫れてるのか?」
「ちょっと見せて」
稲生は腰を浮かせて少しこちらに寄ってきて、そして僕の頬に手を当ててきた。
「いてっ」
「あ、ごめん」
「いや、大丈夫……ちょっとびっくりしただけ。
というか、思ったより腫れてたんだな……」
「……あれ、上級生でしょ。
下手な一年よりも強いんだから当然でしょ……まったく」
そんな風に呆れたような口調だが、稲生の表情は少し和らいだものになっているような気がした。
「……敵わないな、やっぱり」
「なんがだよ?」
「あの子たち、お姉ちゃんが進化させたんでしょ」
稲生の視線はユキムラと一緒に鬼ごっこらしきものをしているギンシャリとワサビを見ていた。
事情を知らなければ巨大な狼が兎を狩ろうとしているようにしか見えない。
「私はユキムラと向き合うだけで精いっぱいなのに……お姉ちゃんは私と同じくらい、それで沢山の子たちと本気で向き合えてる」
「それはお前の色眼鏡ってもんだ。
稲生会長は確かに凄いけど……お前がそれに負けてるとは僕は思わない」
「負けてるよ。だって……私は逃げた」
「別にあれはそう言うのじゃないだろ」
「ううん。逃げた。
私自身が……そう思ってるもん」
そっと、僕の頬に触れていた稲生の手が離れた。
「……今さら、私はもう何か言える勇気が出ない。
だから…………虫のいい話だけど、今日のこと全部忘れて……お願いだから」
そのまま手が離れていく。
そうなる前に、僕はその手を掴んだ。
「やっぱ、お前僕と似てるよ」
「……放して」
「断る」
「放して……お願いだから……」
肩を震わせ、俯く稲生。
涙が零れ落ちていて、砂がその水をすぐに吸い込んでいくのが見えた。
泣いているのだろう。
……その涙を止めてやりたいと思った。
だが、どうにもやっぱり、僕には良い感じのセリフが思いつかなかったので……
「――正直に言うと、お前のメイド姿にかなり興奮してた」
「………………は?」
素直に思ったまま、本音をぶちまける方向でいった。
「猫耳とかスゲェ似合ってたし、お持ち帰りして色々と口で言うのも憚られるようなことしたいとか思ったりもした」
「…………え、ちょっと……え?
何言ってるのか、あの……全然わからないんだけど」
「そうか、じゃあもっと噛み砕いて言うぞ」
「……う、うん」
「――お前に、ムラムラしてる」
ここ最近で一番のキメ顔とイケボだったと自負している。
「変態だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
稲生が強引に腕を振るって逃げようとしたが、そうはさせぬと僕は手に力をこめる。
「離しなさいよ変態!」
「断る」
「通報するわよ!」
「やってみろ。その前に口では言えないようなとんでもないことやってやる」
「どんな脅迫よそれ!?」
稲生はいくらぶんぶんと腕を振っても僕が話さないと悟ったのか、肩で息をしながらようやく止まった。
「お前がどんな思いをしたのか、それでどれだけ辛い思いをしたのか……それはお前にしかわからないだろうけど」
僕は強引に稲生の手を引っ張って、そのまま一気に抱きかかえた。
「な、ちょ、な、何すんのよ!?」
いわゆるお姫様抱っこである。
それに目に見えて狼狽える稲生に、僕は笑顔で笑いかける。
「お望み通り、全部忘れさせてやるよ」
「……歌丸?」
「――ユキムラ、ちょっと乗せてくれ!」
「BOW」
僕の呼び声に反応して、鬼ごっこしていたユキムラこちらにやってきた。
「ギンシャリ、ワサビ」
「ぎゅう?」
「きゅる?」
「ちょっと向こうでいろいろと準備してもらうからそのままついてきてくれ」
以前ならともかく、今のギンシャリなら重いものとか持ち運べるだろうし頼りにさせてもらおう。
「な、何する気よあんた?」
しゃがんだユキムラの背に乗せて、さらに僕が逃げられないように後ろから手を回した状態で乗る。
「決まってるだろ」
困惑する稲生に、僕は断言する。
「ちゃんと返答するんだよ」
■
イベントはトラブルがあり、空気はお世辞にもあまりいいとは言えなくなった広場。
すでに人はまばらで、口直しと言わんばかりに縁日エリアの方へと移動を始めていた。
『あー、あー……マイクテステスー』
そんなとき、どこからか声が聞こえてきた。
『すぅ……――――全員、ちゅうもーーーーーーーーーーーーーーーーーーくっ!』
確認する前に響き渡る絶叫。
音割れが酷く、ハウリングが広場に響き渡って耳をふさぐものまでいる。
「な、なんだ!?」
「うるさっ!」
「おい、上に誰かいるぞ!」
誰かが上を指さして見上げていて、それにつられて多くの人がその方向を見上げた。
先ほど、ベストカップル決定戦が行われたステージ
そのさらに上。
ステージ上の屋根に、一人の少年の姿があった。
そしてその下のステージには、巨大な狼と、耳を塞いでいる二匹のウサギ
そして、つい先ほどこのステージから走り去っていった稲生薺の姿があった。
『――北学区一年!
歌丸連理!!
告白させていただきまーーーーーーーーーーーす!』
■
ギンシャリとワサビに指示して勝手に配線をつなげたスピーカーから、僕の手に持ったマイクが拾った僕の声を大音量にして響かせる。
その振動を肌で感じつつ、そして眼下に多くの人が、そして遠くからもこっちを見ている人がたくさんいる。
そうだ、僕を見ろ。
このイベントの主役は僕だ。
他の誰でもなく、僕を一番この場で強烈に記憶に刻め。
『稲生薺!』
「は、はいっ」
名を呼ばれ、下にいた稲生がビシッと背筋を伸ばした。
『最初にはっきり言っておく。
――僕はお前の他に好きな女の子がいる』
「あ……」
その瞬間、稲生は寂しそうな顔をしたが、同時に納得したような顔をしていた。
『だけど、ぶっちゃけ……お前は僕の好みにドストライクだ!!』
「…………え」
『顔とか十分可愛いし、スタイルもかなりいいし、話しててもけっこう楽しい。
出会う順番が違えばお前に惚れていたかもしれない』
これは本音だ。
ただ順番が違ったら、実際に僕はこいつに惚れていたかもしれない。
本気でそう思ってる。
『そして現在、日本でも一夫多妻の制度が始まるんじゃないか的な話が出ているわけで……』
「は?」
「「「は?」」」
稲生はもちろん、会場で、そして離れた場所でも僕の言葉を聞いている人たちの「は?」が重なった。
みんなの気持ちが一つになった。
そしてざわつきが消え、会場の空気が冷めていくような気がしたが、気にしない。
『つまり、何が言いたいのかというとぉ!』
こういう場とテンションだからこそ、普段は思ってるけど理性で言えないことをぶっちゃけちまえばいいと思う。
『未来の第二夫人ってことで僕と付き合ってくださいっ!!!!』
僕の、ある意味で全力の告白。
思っていたことを一切偽ることなくぶちまけたことで、内心とても清々しい気分になる。
いやぁ、スッキリ。
叫ぶのがストレス発散になるって本当なんだなぁー。
さてさて、何やら会場どころか周囲全体が沈黙してしまった。
ひとまず稲生の回答を待ってみようと視線を下に向けたその時だ。
「――――――――――」
「ひぃ!?」
稲生が瞳孔を開き切ってこちらを見ていて、その迫力に思わずたじろいでしまう。
「ユキムラ」
「B、BOW」
名を呼ばれて巨体を見るからにビクッと震わせるユキムラ
奴も主人の空気の変化を感じ取っているらしい。
「――そいつ、今から引きずり下ろすから受け止めなさい」
そう言って、稲生が学生証を取り出したかと思えばウェディングドレスから一転
制服姿になる。――ただし迷宮仕様
その腰に付けた武器の鞭を手に取って……
「おっと急用思い出し――たわぁ!?」
空気がはじけるような音が手元からして、手に持っていたマイクが破壊された。
「喜びなさい。
その歪んだ根性、この場で徹底的に調教して直してあげるわ」
バシンと床を鞭が叩く。
その姿はいつぞやの模擬戦でも見たけど、今回は女王様的な雰囲気が前回よりも強まっている。
っていうか鞭を使いこなすあたりがハマり役って感じだ。
そ、そういえばテイマーって動物相手にする感じだからそりゃそういう武器も使うよね。
「い、いやでも……流石にそれは……」
「問答無用」
「え、あ、ちょ!?」
脚に鞭が絡まったかと思えば、そのまま一気に屋根から引きずり落とされる。
「BOW」
床に叩きつけられるかと思ったら、そこはユキムラが体をクッションにして受け止めてくれたのだが……
「ちょ、あ、あの……?」
僕の足に絡めた鞭とはまた別の鞭を、稲生は手に持って構えている姿がそこにあった。
「安心して、手加減用のスキルも覚えてるから傷は残らないわよ」
「わ、わぁ……凄いなぁー……」
にこやかな笑顔なのに、目が一切笑っていない稲生に恐怖を覚える。
「あの、そういうのはちょっとご遠慮したいといいますか……あ、あの、ちょっと、マジでそれはやめ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
スピーカーなど一切通していないのだが、僕の悲鳴が広場から周囲へと響き渡る。
――その後、何が起きたのか……僕はもう語りたくなかった。
ただ……ただ一つだけ言えることがあるとすれば……
僕はドMではなかった、ということだけである。
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