第191話 まぁ、自業自得ですね。

酷い目にあった。



「傷が残らないってのは本当だったんだなぁ……」



今思い出すとかなり強く叩かれたはずなんだが、身体にはアザどころか腫れ一つない。



「あー……怖かったー……」



あの稲生の迫力は半端なかった。


ガチでクリアスパイダーとかドラゴンスケルトンより怖かった。



「疲れた……」



稲生は借りた衣装を返すためにステージで動けなくなった僕を置いて去っていった。


鉢合わせしても怖いので、少し時間をおいてから行こうと、今は人気が疎らになっている通りに設置されているベンチで休憩中だ。



「きゅ?」


「ぎゅぎゅぅ」

「きゅるるん」



ついさっき出したばかりで状況がわかってないシャチホコに、すべてを見ていたギンシャリとワサビが「放っておけ」的な感じのことを言っている。


パートナーたちからもそんな塩対応されるほど僕酷いことしましたかね。


……してるか。


うん、してるな。



「はぁ……流石にまずかったか」


「まぁ、そうだろうな」


「え?」



独り言のつもりだったのに誰かにそんなことを言われて顔をあげると、そこにいたのは土門先輩だった。



「あ……」



その姿を見て思わず硬直してしまう。


自分でも顔色が悪くなっているのがわかってしまった。


やばい、怒られるかも。


そう思っていると、土門先輩は苦笑いを浮かべながらその手に持っていた缶コーヒーを手渡してきた。



「安心しろ、別に怒ってねぇよ。


とりあえずほら、おつかれ」


「……ど、どうも」



缶コーヒーを受け取ると、土門先輩は隣に座って僕と同じ缶コーヒーのプルタブを開けた。



「えっと……稲生の奴、怒ってます……よねぇ」


「そりゃまぁ、な」


「あー……やっぱり」


「お前、自分でそうするように仕向けたくせにそこまで落ち込むのな」


「…………ノーコメントで」



僕がそう言うと、土門先輩は含み笑いを浮かべながら缶コーヒーを口元で傾けた。


なんとなく居心地が悪くなったので僕も手に持ったコーヒーを飲む。


砂糖もミルクも入っているのだが、やけに苦みが口に残る。


そうして一息ついてから、土門先輩は口を開く。



「……悪かったな、お前に泥被ってもらうようなことさせちまって」


「別にそんなカッコいいものじゃないですよ、ホント、全然。


ただ勢いに任せて叫んだだけですから……ただただカッコ悪いところ見せただけです」


「そうか?


そういうカッコ悪いことを誰かのためにできるってのは、俺はカッコいいと思うぜ。


少なくとも……ナズナはそれで救われた」


「僕その本人から思い切り鞭打ちされたんですけど?」


「照れ隠しだな」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」



あの目はガチだった。


ガチで僕に攻撃してた。



「まぁ、半分くらいは怒ってたのは確かだな。


そりゃ本命じゃなくて二番目で、とか告白されて喜ぶ奴はいないだろ」


「……で、ですよねぇ~……」



まぁ、うん、そりゃそうだ。納得。



「だが……兄として言わせてもらうと俺は感謝の念しかお前には無い。


……あのままなら、きっとナズナは嫌な思い出しか残らなかった」


「……十分嫌な思い出だと思いますけどね」



結果的には僕が盛大に振られた流れだが、その前に僕は気持ちをはっきりさせた。


――僕の好きな女の子は、稲生薺ではないのだと。



「かもな。


でも、いつの日か笑い話にできるくらいの思い出だ」



そう言って、土門先輩はコーヒーを飲み切って、空になった缶を投げた。


そしてそのまま缶は遠くにあったゴミ箱に吸い込まれていく。



「……婚約者云々については、無かったことにしよう」


「ですね」


「だが……まぁ、お前が本気で付き合いたいと思ったら応援はするぞ。


――泣かせたら殺すがな」


「後半ドス利かせるのやめてください。


ガチで怖いですっ」


「冗談だよ…………半分」



それは後半がなのか、それとも半殺しにとどめるという意味なのか気になるが……怖いのでやめておく。



「さて……とりあえず連理、お前に今回色々迷惑はかけたし……そのお礼って言うにはなんだが……お前のスキル、新しいのあったよな?」


「え……あ、はい。


新しく覚えましたよ。能力贈呈プレゼントっていうやつ」


「能力の詳細教えてもらえないか」


「え……まぁ、いいですけど」



能力贈呈の効果の詳細を話すと、土門先輩はしばし考える様なそぶりを見せてから口を開く。



「だったら、少し試してみたいことがあるんだが…………」



――そしてなんやかんやあって、僕は土門先輩と別れる。


衣装を返す際に白木先輩とも会った。



「もったいない」


「開口一番なんですか?」


「確実に歌丸くんは将来を嘆きます。


逃した魚は大きかったと。


彼女以上に歌丸くんにとってお似合いな女性はいませんよ」


「僕なんかじゃあいつに吊り合いませんよ。最初から」


「……おや、そう返してきますか」


「というか、僕が好きな女の子も、僕じゃ本来は吊り合わないくらい可愛い女の子ですから」


「突然の惚気……でも、意外とネガティブなんですね、歌丸くん」


「むしろネガティブな方が素なのかもしれません。


今までの人生で、そういう考えで過ごしてきた時間の方が長かったので」


「…………自分で仕向けたのに、かなり落ち込んでいるあたり未練もあったと」


「そういう分析はやめて下さい」



土門先輩といいこの人といい、どうしてそう分析したがるのか。



「まぁそれはともかく……随分と思い切ったことをしましたね。


あなたの行動で、今回、稲生さんのイメージをほとんど払拭されたことでしょう。


あの酷いヤジも、結局は貴方のあの最低な告白をするための演出のように見えなくもありません。


ですが……あなた自身の評価はむしろ悪くなりましたね」


「入学初日の時点ですでにいろいろ言われてるので、今さらですよ」


「……そうですか。


いえ、分かった上で実行に移したというのならもう私が言うことは無しです。


これ以上はナンセンスというものです。


とりあえず今回はありがとうございました。


雑誌については、写真の掲載は大丈夫ですか?」


「僕はいいですけど……稲生の方はどうなんですか?」


「そちらはあなたが問題なければ、とすでに許可はいただいてます。


今度見本誌を生徒会経由で送りますね」


「は、はぁ……」



正直、稲生は嫌がると思ったんだが……まぁ、問題がないなら別にいいか。



「それじゃ僕はこれで」


「ええ、お疲れ様でした。


明日は紅白戦があるそうですね。


私は編集作業がありますので見に行けませんが、頑張ってくださいね」


「はい」



そして僕はレンタルしてもらっていた衣装を返却し、帰ることにした。



「……あ、そういえば稲生の買い物に付き合うって約束だったっけ」



今回の建前とはいえ当初の予定をすっかり忘れていた。


しかし今更向こうも僕と一緒に買い物とかしたくないか。



「はぁ……」



気分が沈む。



――ぐぅ~



しかし、腹は勝手に減るというもの。



「少し買い食いして帰るか」


「きゅ」「ぎゅ」「きゅる」



僕の言葉にいち早く反応する兎三匹衆。


本当にこいつら物欲が強い。まぁいいけどさ。


とはいえ、もう夕刻。


学生中心の上に今回はリハーサルなわけですでに店じまいしているところもある。



「……ん?」



ふと、今日寄った型抜きの店の前を通る。



「……あの、まだやってますか?」


「え? いや、もう終わりだが……」


「その、すいません……一番安い奴でいいんでやらせてもらえませんか?」


「一番安いのなら、まぁ……金さえ払ってくれれば景品やるぞ」


「あ、じゃあそれでお願いします」



お金を払い、一番安い手のひらサイズのぬいぐるみを確認する。


……流石に同じものってのは芸が無いし。



「…………よし、これにします」


「はい、まいどー」



というわけでぬいぐるみもゲット。


その後、僕はシャチホコたちと買い食いをして腹を膨らませる。


閉店間際ということで通常よりも値引きしてもらえてとてもお得だった。





「…………」


「どうぞッス」



ベンチで落ち込み、かれこれもう一時間近く動かない英里佳


今はゴーグルを外していて、憔悴したような表情が見える。


そんな英里佳に戒斗は買ってきた紅茶のペットボトルを手渡す。



「……ありがとう」


「いつまでもここにいるわけにはいかないッスよ?」


「わかってる……けど」


「わざとじゃなかったんスよね?」



戒斗の質問に、英里佳は頷く。



「……なら、選択は二つッス。


一つ、素直に謝る」


「それは……そう、だけど……」



戒斗の提案に、英里佳の言葉は尻すぼみしていく。



「……連理の奴に、あれを自分がやったと知られるのは怖いッスか?」


「………………うん」


「でも、あいつも当事者である以上知らせないってわけにはいかないッスよ。


それにさっき、俺たちがあの場から離れてる間にあいつまたなんかやらかしたみたいッスよ」


「え……な、何があったの?」


「俺も現場にいたわけじゃないッスけど……なんか連理の奴、酷い告白して稲生さんに盛大に振られて鞭打ちの刑にあったとか」


「…………何があったの?」



思わずまったく同じセリフで質問し直してしまうが、無理もない。


傍から聞けば本当に何があったのかいが不明なのだから。


一方の戒斗はその質問が来ることを分かっていたので、自分の分で買っておいた缶コーヒーを一口飲みながら答えた。



「あとで本人にも確認はするッスけど……おおよそ、稲生さんのイメージの払拭っスかね。


あれは流石にキツイものがあるッスけど……その印象をまるごと連理が持って行った感じで、もう稲生さんが会場で転んだことを話題に出す奴はいないッス。


よっぽどツッコミどころあふれる告白したと見えるッス」


「歌丸くんが……告白……」


「……あいつの事情を察するに振られること前提の告白ッスから、そこまで思いつめなくてもいいと思うッスよ?


こほんっ……まぁ、とにかく……あいつに知られるのが嫌なら、二つ目の選択肢ッス」



このままではまた英里佳がさらに落ち込んで話が進まないと考えて戒斗はさらに選択肢を上げる。



「このまま知らんぷりして黙ってることッス」


「え」



戒斗の提案が意外だったのか、英里佳は驚いた表情で顔をあげた。



「俺は別に正義感強い方ってわけでもないッスから。


間違ったことを正さなきゃって気持ちもないわけじゃないッスけど……榎並さんの気持ちもわからなくはないし……一応はもう解決してることをわざわざ荒立てる様な事をするメリットも感じないッス。


だからいっそ開き直って、今のまま、黙りっぱなしにしておくのも一つの手だと思うッス」


「それ、は……」



言葉に詰まる英里佳。


それは駄目だとは思いながらも、自分のしたことを打ち明ける勇気もなく、その二つの想いの中で揺れ動いている。


そんな時だ。



「――いやいやいやいや、それは流石にどうかと私は思うなぁ~」



「「っ!?」」



聞こえてきた第三者の声に、二人は即座にベンチから立ち上がって身構える。


二人とも、気配を感じなかった。



「ふふふふっ、前回の失敗に学んだ私は、スニーキングスキルの向上を果たしのであった!」



バサッと、


それは周囲の景色に溶け込んだ布だった。


その布が取り払われた場所には、不敵な表情をした世界的なアイドルの姿があった。



「み、MIYABI!?」



まさかの人物の登場に驚く戒斗


一方の英里佳はその人物の姿を確認して顔を蒼くした。



「やっほー、二人とも久しぶりー……でもないかな。さっきも会場に来てたしね」


「……なんのことッスか?」



確かに会場には来ていたが、ちゃんと隠密スキルを使っていた。


鎌をかけられているのだと判断してしらばっくれる戒斗だが、MIYABIは笑みを崩さずに英里佳の方を見る。



「前にスカート捲ろうとしてあなたの威圧の直撃受けたことあるし、感覚的にあのプレッシャーの正体はわかったの。


声も発さずに同じことできるとは思わなかったけど」


「あ……」


「やっぱり当たりだ」



英里佳の態度に戒斗は内心で舌打ちする。


普段から言葉が少ない分、対人能力が低いのだろう。


腹芸がほとんどできていない。


そしておそらくだが、頭が整理できていない状況にあるため自分が鎌をかけられていることも自覚がないのだろう。



「で、このこと歌丸くんに言ってもいい?」


「それは」「何が目的っスか?」



英里佳の言葉を制して、戒斗が前に出た。


相手は自分もファンであるアイドルだが、仲間のためならと敵意を向ける戒斗。


そんな戒斗にMIYABIはつまらなそうか顔をする。



「別に君には用は無いんだけど」


「俺は榎並さんの仲間ッス。


その仲間を陥れるようなことは、たとえあなたが世界的なアイドルでも見逃せないッス」


「……え、え、もしかして君って彼女のこと」「いやそれは全然」



即答な上に素の声で否定。


まったくもってその気配がないことがわかるので、さらにMIYABIはつまらなそうか顔をする。



「むぅ~……榎並さんをいじめて遊びたかったのに……じゃあいいや、黙っててあげるからそのゴーグルちょっと貸して」


「え」



英里佳の首にかけられているゴーグル。


それは歌丸連理の顔を認識してモザイク処理するというものだが……



「すぐに返すよ。


というか、渡してくれないと歌丸くんにバラしちゃうっ」


「っ……………わかり、ました」



ただゴーグルを渡す、ということならば戒斗は何も言わない。


もともとゴーグルは英里佳が個人的に西学区から借りているもののわけなのだから。



「さて……」



そしてMIYABIはゴーグルの横にある蓋を拓いて、何やらチップを入れた。


そして数秒してまたチップを抜く。



「はいどうぞ」


「え」



あっさりと返されたゴーグルに、英里佳は困惑した顔で受け取る。



「それじゃ、私はこれで。」


「あ、あの」


「あとそれ、明日の紅白戦の間は絶対に外さないでね。


明日私も行くし、外したら歌丸くんにバラしちゃうよ」



そう言い残して、マントを被ったかと思えばMIYABIの姿がその場から消えた。



「…………あれ、なんだったんスか?」


「さ、さぁ……」



返されたゴーグルを見て、英里佳は何やらとても嫌な予感がするのであった。

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