第192話 目的:警備員の確保
「「はぁ……」」
今日は模擬戦の行われる日。
僕と戒斗はなんとなしにため息をついたのだが、何やら同じタイミングになってしまった。
「戒斗、元気ないね」
「そっちもッスよ。まぁ、昨日のことなのはわかるッスけど」
「まぁね…………あと、あれから英里佳も詩織さんも紗々芽さんにもまともに連絡とれなくて……」
「まったくの音信不通ってことッスか?」
「いや、一応確認事項とかメールで聞けば返答は来るよ。
……事務的な箇条書きで」
「……まぁ、とにかくこれが終わったら打ち合わせで顔合わせにはなるわけッスから、その時にこっちもそれとなく口利きしてやるっスよ」
「ありがとう……で、戒斗はどうして元気ないの?」
「こっちは……まぁ、ちょっと俺がどうこうってわけじゃないんスよ」
「じゃあ誰?」
「それはちょっと……」
ああ、他人のことをそう簡単に話すのもマナー違反ってものかな。
「――っ!?」
「えぇ!?」
急に戒斗が銃を取り出して構えたので驚く。
「……ふっ、及第点だな」
「そりゃ、どうもッス……!」
何が起きたのかわからないのに、先ほどまでテンションの低くダルそうだった戒斗は、たった一瞬で表情を引き締めて額に冷や汗が噴き出た状態になっていた。
そして戒斗の見ている方向を見れば、見覚えのある人物が手に拳銃を持って佇んでいた。
……い、いつの間に……全然気づかななった。
「……って、あの……あなた確か、灰谷昇真先輩、ですよね?」
「ん? ……ああ、まともに話すのはこれが初めてだな歌丸連理。
お前のことは聞いているが……ガンナーじゃないから、まぁどうでもいい」
「は、はぁ……」
僕に対して灰谷先輩は特に興味もなく、冷や汗をかいている戒斗を見た。
「それより、ガンナーとして少しは鍛えられたようだな」
「おかげ様で……っていうか、今俺が構えなかったら撃ってたッスよね?」
「当然だ。あれほど訓練したガンナーならば、逆に反応出来なければ生きる価値がない」
「あはは、評価されてるようで泣くほどの思いッスよぉ……」
それはきっと、泣くほど嬉しいじゃなくて泣くほど怖いって意味なんだろうな。
顔色悪いし。
それより……この人やべぇ奴だ。
僕が直感的にそう悟るのに時間はかからなかったので、下手に関わるべきじゃないと素早くその場から離れる。
「連理、お前何逃げようとしてるんスか!?」
「人聞き話の悪いことを。ちょっと二人に気を利かせようと思って」
「それ俺に気を利かせてないッスよ!」
「ふっ……丁度いい、模擬戦の前の準備運動に付き合え」
「ちょ!?」
「安心しろ、撃ちはしない。
――お前が反応出来ればな」
「くっ!」
そしてお互いに銃を構えたまま動かなくなった。
時折、灰谷先輩の身体が揺れたかと思うと戒斗の指や足がかすかに動く反応を見せているのだが…………あれかな、達人同士の読み合い的な奴かな?
とりあえず邪魔しても良くなさそうなんで離れていよう。
巻き込まれても怖いし。
『本日は快晴。
まさに外に出て運動がしたくなります。
そして本日、この北学区特別会場にて残りわずかと迫った体育祭の種目の模擬試合が開始されようとしています!』
スピーカーから響き渡る聞き覚えのある声
それを聞きながら、僕はその場で屈伸などして体をほぐす。
『本日の実況は、西学区所属放送日、
「ん? なんか聞き覚えのある名前のような……」
「阿呆。俺たちの模擬戦の実況をしていただろうが」
背後から声を掛けられて振り返ると、いつものように不機嫌そうな顔をした
「あれ、お前もこっちなんだ」
「俺だけじゃない。
渉も大樹もこっちだ」
「…………………あ、ダイナマイトと壁くんのことか!」
「お前……」
鬼龍院がもの凄く呆れた目で僕を見ている。
自分でもちょっと失礼な気がしたので思わず目を逸らしてしまう。
「こほんっ……まぁとにかく……他の参加者の様子を見るとやっぱり今回の模擬戦って男女別なのかな?」
「だろうな。
紅白戦と言っていたが、男女別のことだったようだな」
本日は、一昨日急遽開催が決定した模擬戦の日。
北生徒会関係者は全員参加で、一昨日と昨日で参加者を募り、腕に覚えのある者たちがこの場に集まってきている。
みんな、西の学園との対決にそれだけ燃えているということなのか。
「……しかし、となるとチーム天守閣の面子はお前と日暮だけか」
「ん? なんだよ、その目は」
「はっ…………戦力が半分以下どころか、邪魔にならないといいなと思っただけだ」
と、言いながら鬼龍院の奴は鼻で笑ってきやがった。
「言っておくが今回はパートナーの使用制限は無いのは確認済みだ。
僕を相手にするということは、シャチホコたちを相手にすることと同義と知るが良い!」
「それを堂々と自慢するのは、それはそれでどうかと思うぞ……だが、そうか。
それなら戦力に期待はできるな。
内二匹は進化してるそうだが、強いのか?」
「かなりね。ギンシャリは特に接近戦向けだね。
詩織さんも完封されて勝てなかったと言ってたし」
「三上詩織が?
……技術だけならすでに二年後半に達してると思っていたんだが、お前のパートナーの力はそれほどなのか」
「まぁ、稲生先輩のおかげだけどね。
……というか、その……チーム竜胆としてお前ら今回呼ばれたんだよな?」
「ん? ああ、その通りだが」
「…………稲生のやつ、来てる?」
「来てるが…………まさかお前何かしたのか?
今朝会ったときから妙に不機嫌そうだったんだが」
「……あ、あはははは……したというか、されたというか……」
事が事なのでとても答えづらい。
というか、そうか……来てるのか。なんかやりづらいかも。
「で、お前一人か。珍しいな」
「さっきまで戒斗と一緒にいたんだけど……ほら、あそこ」
僕が指さした先に戒斗がいて、そしてとても緊迫した表情で警戒心全開で、とある人物と相対している。
会話じゃない。
相対
ただ向き合っているだけだが、お互いに得物である拳銃を手に持っている。
どうやら試合が始まるまであのままのようだ。
戒斗頑張れ。
「あ、あれは!? 灰谷昇真! 北学区最強の一角がなぜここにいる!」
「今回の模擬戦に参加するらしいよ。
それで今は準備運動とか言ってああなってる」
まったく動いてないけど、戒斗はすでに汗かいてるみたいだから別にいいかな。
「戦いの手ほどきを受けていたのは知っていたが…………まさかこうして訓練を受けているところを見られるとは…………しかし、何の訓練なんだ、あれは?」
「ほら、あれだよ……達人同士の読み合いみたいなやつ。
で、そっちは? 壁くんはともかく、ダイナ――萩原くんとはいつも一緒にいたのに」
「渉は戦力の確認だ」
「戦力の確認って……男子陣営の? 敵じゃなくて味方のはずだよね」
「情報収集っていうのは敵だけじゃなく己も含めてだ。
孫氏でも言っているだろ」
孫氏…………えっと、有名だから僕でも知ってる。
「敵を知り、己を知れば……ってやつだっけ?」
「その通りだ。
特に今回は一般の生徒も参加しているからな。
前情報が無い味方は敵よりも面倒だ。
下手に前に出て、後ろから魔法を受けるなんて間抜けなことはしたくないからな」
「なるほど……まぁ、鬼龍院らしいな」
徹底的な情報を元に、効率的な作戦を講じようとするのは、ドラゴンスケルトンの一件からも良く分かった。
あの時は助かったが、それもこういった普段からの積み重ねがあってことなのだろうな。
「で、壁くんは?」
「会津先輩に呼ばれている」
ああ、チーム竜胆ってもともと会津清松先輩の管轄ギルドの所属だっけ。
その関係での呼び出しなのかな。
『え……それではこれより、模擬戦のルールについて説明をします』
アナウンスの声に、周囲のざわめきが収まった。
僕たちもルールを覚えなければと耳を澄ませる。
『今回の模擬戦の種目は“攻城戦”とします。
紅組、女子チームが守り、白組、男子チームが攻めという構図です。
紅組は白組から自陣に設置してある所定のフラッグを制限時間の三十分間守りきれば勝利。
逆に白組は時間内にフラッグを手に入れた方が勝ちとなります』
「僕たちの時とはルールが全然違うね」
「旗さえとれば勝ち、か……参加人数が圧倒的に男子が多いから、俺たちの方が有利に思えるが……」
『また、今回の模擬戦では、事前に告知が合った通り…………男子チームが勝利した場合、自主参加者は一人あたり100万円の支給がされます!』
「「は?」」
実況のアナウンスに僕と戒斗は唖然とする一方で、周囲の生徒たちは「うおぉぉぉぉぉ」とか歓声を上げた。
「え、ひ、100万円……何それ、聞いてないんだけど!」
「お、俺だって知らん! そんなの初耳だぞ!」
『また、こちらで指定した実力者を撃破した生徒にはさらにボーナスが追加されます!』
驚愕する僕たちをよそにさらに聞こえてきたアナウンスに周囲の人たちのボルテージが上がる。
『一方で女子チームが勝った場合は、参加した男子全員に体育祭時の警備強制参加のペナルティを負ってもらいますが、こちらは競技中撃破されても発生します。
その場合は報酬はなくなりますが、その分を他の参加者に分配されます』
つまり、男子が勝てば何人を女子チームが倒しても支払う額は一緒ってことか?
なのに生徒のペナルティって、たった一週間の警備の仕事って割に合わな過ぎる。
というか、女子チームにメリットが全くないぞ!
参加者に女子が少ないのってそれが原因だったのか?
「い、一体生徒会は何を考えてるんだ!
この場にいる連中全員に100万円って……どう考えても予算が足りな過ぎるぞ……!」
周囲を見渡せば人、人、人、少なく見積もっても100人とかは軽く超えている。
もしかしたら200、300……下手したら500人も超えているかもしれない。
告知の期間が短いわりに人が集まった理由はそれか……
しかし、どうしてそんな無茶を………………
「…………あ」
同時に僕は察した。
この大盤振る舞いともいえる様な報酬の最大の理由を
「お、おいどうした!」
「いや……うん……生徒会、金払う気サラサラ無いね。冷静に考えてみると」
「は?」
こいつは頭が良いのに動揺すると回転が一気に落ちる。
でもたぶんこいつもすぐに気付くだろう。
そもそも、この試合に誰が出てくるのか……灰谷先輩が姿を見せた時点で察すべきだった。
というか、おそらくあの人、それを知ってるから出てきたんだろう。
なんかお金とか興味薄そうだし。
たぶんもらっても必要最低限もらって返しそうだ。
『また、今回は本番を想定し、学長の協力を得て会場内に結界を張ります。
基本的に致命傷を負ったら結界の外に強制転移され、その時には傷は完治していいるというものとなります。
リタイア宣言をした場合も同様となります。
開始五分前に結界は張られることとなりますので、それまでなら飛び入りの参加も可能ですが、結界を張られてからは出入りは制限されますのでお気を付けください』
なんという安心安全の心遣い。
それがなおのこと僕を確信させる。
「……あー、確定だこれ。絶対本気で仕掛けてくる」
「おい、どういうことだ? お前何に気付いた?」
「鬼龍院……僕たちはこれから誰と戦うことになる?」
「は? 女子チームだろ」
何を言ってるんだ、的な目で僕を見る鬼龍院。
こいつはまだ気づかないのか。暢気だな。
「じゃあさ……この学園の最強って誰?
そして……立場上、性格上、その他諸々の要因は違えど、この模擬戦に参加しているであろう女子を思い出してくれ」
「は…………………………………………………あ」
そして察しがついたらしい。
そう、現時点で、簡単な人数だけでは覆せない差があることを。
一般生徒とのその隔絶とした差というものを僕は察しているし、GWのレイドに参加したことのある鬼龍院なら、僕よりも知っているはずだろう。
『それではまず最初に、攻城戦ということで、女子チームは自陣の防御を固めるための活動をそろそろ開始するように指示されているはずなのですが……まだ何もしていませんね。
これではすぐに攻められてしまいますが…………解説の学長、どう思いますか?』
『そうですねぇ~』
スピーカーから聞こえてきて聞きなれてるけど聞きたくない声に思わず渋い顔をしてしまった。
間違いなく、あのドラゴンだ。
この学園で起こるトラブルの九割に関わってるクソドラゴンがこの試合を見ている。
……まぁ、そうか。
結界を張るんだからこいつもいるよな。
『そもそも時間を掛けずとも一瞬で終わるからではないでしょうか。ほら』
『え』
意味深なセリフが聞こえて来たかと思えば、僕は地面が揺れるのを感じた。
「じ、地震?」
「いや……違う、これは……!」
鬼龍院は驚いた様子である方向――たしか、女子チームが待機してる方向を見た。
釣られて僕もそちらを見たのだが、先ほどまで見えていた姿が見えなくなり、地面が急速に盛り上がっていくのを見た。
「…………えぇ………」
ただただ困惑。
土が盛り上がったかと思えば、僕たちの目の前には巨大な壁が出来上がった。
高さはおそらく軽く5mは超えている。
そんなものが試合が行われる敷地内を完全に分断した。
そしてさらに奥に、壁より高い土でできているであろう建物らしきものが完成し、西洋風の城と表現してもいい形で固定された。
「……あれ、どう思う?」
「……おそらくお前のギルドの代表だろう。
あの人はアークウィザードとしては別格の威力と精密さを誇っている。
あれくらいの芸当は朝飯前だろう」
そうか……うん、そうか……
「……僕たち、これからあんなことできる人と戦うんだぜ?」
「言うな……人数が多いから有利と考えていた自分の軽率さを後悔してるところだ」
周囲を見回したところ、参加者の男子は唖然した表情で壁を見ているのがほとんどだ。
その反応だけで、実力の差がうかがえた。
「ん……お、おい、なんか壁の上に誰か立ってるぞ!」
誰かがそう叫び、誰もがその方向を見る。
一人は、相棒である飛竜と共に壁の上に着地したフルアーマー状態の竜騎士
――天藤紅羽
そしてそのパートナーである飛竜のソラ。
兜を外したところから、満面の笑みを見せている。
そしてもう一人、クリアスパイダーの戦いのときは見たことのないような巨大な弓を手にしたファッションメガネスナイパー
――氷川明依
いつものトレードマークであるファッションメガネを外し、何やら鬼気迫った目でこちらを睨んでいる。
さらに現れたのは、これから模擬戦をするとは思えないような煌びやかな衣装を身にまとった世界のアイドル
MIYABI
そして最後は……
学園最強の魔術師
デストロイヤーとかいう異名がつけられた、二年生でありながら最強の一角に数えられる才女
僕のいる風紀委員(笑)の代表
金剛瑠璃
……なん、だけど……
「なぁ、あの先輩、いつも笑顔な印象だったんだが……」
「う、うん……そうだね」
そう、鬼龍院の言う通り、瑠璃先輩は基本いつもニコニコと笑っているのが平常時。
何かトラブってるわけでもなく、今日みたいなイベントはむしろ率先して楽しむようなはずなんだけど……
「……なんか怒ってないか、それもかなりガチで」
「怒ってる……ね……なんで?」
「俺が知るか。お前がまたなんかやったんじゃないのか?」
「なんで僕になるんだよ、僕は何もして――――してなにっ!!」
「してなに、ってなんだ!
お前今何を動揺した!
やっぱりお前が何かやらかしたのか!?」
掴みかかってくる鬼龍院
僕は困惑しつつ首を横に振る。
「ち、ちがっ……いや、違くはないけど……いや、その実際に何があったのか知らないし、もしかして位で……」
しどろもどろに言い訳をしてしまう僕。
いや、まぁ心当たりはあるけど実際に何があったのか全く知らないわけで……
「――やっぱり怒ってる」
「「ん?」」
どこからか聞こえてきた呟きに、僕も鬼龍院もそちらを見る。
するとそこにいたのは、真っ青な顔をしたギルド風紀委員(笑)の下村大地先輩だった。
「せ、先輩……あのあと何があったんですか?」
「……わからない」
「え?」
「気づいたら俺は気絶してて、そしてそれからずっと着信無視されてるんだ…………俺は一体、あいつに何をしてしまったんだ……!」
自分の顔を手で覆ってその場に跪く先輩。
その姿はとても痛々しいというか……悲壮感が半端ない。
『あ、あー……男子チームの皆さん、聞こえますかー?』
そしてスピーカーから聞こえてきたのは実況の水島夢奈や、解説のドラゴンでもない。
向こうにいるMIYABIの声だった。
『今回、見た所男子と女子とで人数の差が大きいようなので……私、今から飛び入り参加しまーす!』
その言葉の意味を理解するのに、それほど時間はかからない。
英里佳と詩織さんの攻撃力を、学園最強の天藤先輩並にまで引き上げる支援能力を持ったディーヴァの力
それが、敵チームに施される。
そうでなくとも強力な相手に、とんでもない支援
鬼に金棒どころの話ではない。
鬼にアームストロング砲を装備させるような所業だ。
『みんな、お互い正々堂々頑張ろうねー!』
普段なら大盛り上がり間違いなしのMIYABIの応援
しかし、その言葉は今は僕たち男子チームにとっては死の宣告のように聞こえて、事態の脅威をようやく認識した周囲の面々は沈痛な面持ちを見せるのであった。
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