第193話 初手ブッパは基本される側。
『え、えー……それでは守備の準備が整いましたので…………試合開始です!』
そのアナウンスを合図に、ライブが始まった。
敵陣にいる、MIYABIのライブ
GWのクリアスパイダー攻略戦にてその効果は僕も実感していたのだが、今回はその効果は僕たちには無い。
代わりに、今も壁の上に立っている生徒会メンバーの三人や、そして姿を見せていない他の参加者に身体能力や魔力の補正がガンガン入っている。
さらに、おそらく向こうの参加者にもエンチャンター系の職業の人がいるのか、何やら
「……これ、やばくない?」
「ヤバいんだよ、正真正銘!
速く兎出せ! そして突っ込ませてライブ止めろ!」
「わ、わかった!」
鬼龍院に従うのは癪だったが、言い争ってる時間ももったいないと僕は急いでアドバンスカードからシャチホコたちを召喚する。
「あの歌を止めろ!」
「きゅう!」
「ぎゅう!」
「きゅる!」
僕の言葉を受けて三匹の兎が疾走する。
一番速いのはワサビ、続いてギンシャリ、そしてシャチホコの順番に、それでも人が走るよりも遥かに速く壁へと迫っていくのだが……
「――GRUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
大気が震え、肌がざわつくほどの風が周囲を包む。
「なっ!? これは、まさか――!」
隣で鬼龍院が驚愕する。
そして僕も、この遠吠えには聞き覚えがあった。
「ユキムラ……!」
「ハウルシェイカーだ!」
確か、遠吠えを強化した状態で発するスキル。
その技名通り、遠吠えにより大気を揺さぶるものであり……
「きゅるん!?」
「ぎゅぎゅ!?」
「きゅきゅうー!」
その衝撃波によって、体重が軽い兎たちはあっさりと吹っ飛ばされて戻ってきた。
これでは近づくことすらできやしない!
そう思った直後だった。
――夏間近の季節に、雪が降ってきた。
■
『白き霜降り深淵の、角笛響く死者の国』
その口から語られるのは詠唱。
本来の魔法ならば彼女は必要もなく、それこそ手に取る様に魔法を放つ。
それだけのスキルと技術が彼女にはある。
それこそが北学区最強のアークウィザード・
『眠りし死者は目を開き、戦よまだかと待ち侘びる』
その彼女が詠唱をする。
そのような魔術があるのか?
――ある。
逆を言えば、最強である彼女であっても詠唱をしなければ発動ができない。
それこそが、人類現時点での到達限度とされる最高位の魔法
『私は願う。軍勢よ、眠り続けてくれ。
私はこの平穏を手放したくはない。
永久に眠り続けてくれ。
終わらない冬こそが、私の平穏。
死者よ、熱よ、音よ、光よ、全て、止まれ』
現状最高位と呼ばれる魔法は全部で四つ。
代表的なものが周囲を溶岩地帯に変える“ムスペルヘイム”
物体を徹底的に破壊する雷を放つ“ケラウノス”
物体を完全に破壊し、そして周囲も巻き込む最強最悪の自爆技“ノヴァ”
そして最後の一つは……
『――ニブルヘイム』
周囲一帯を一瞬で凍土へと変貌させてしまう最強氷結魔法。
それが今、ドラゴンの結界内部の七割以上の敷地に向けて放たれた。
純白の雪が降ってきたかと思えば、その降った場所が一気に凍りつき、巨大な氷柱が発生する。
「ぎ、ぎやあああああああああああああああ!」
「わああああああああああああああ!」
「さ、さむっ」「がああ!?」
阿鼻叫喚。
雪を体に触れさせてしまった生徒はその個所から一気に体が凍り付き、氷像となってしまう。
そして瞬時にその姿は光に包まれてその場から消えていく。
死亡判定されて結界の中から強制退場させられたのだろう。
だが、その際に痛みが一切ないのかといえばそうではなく、体が凍り付く寸前に絶叫をしていく。
いくら模擬戦とはいえ、その光景はまさに地獄。
そしてそれを見ながら……
「………………」
無表情。
金剛瑠璃は、自身の魔法で作り上げられた地獄を前に一切表情を変えない。
「お、意外と生き残ってるわね。
まぁでも、足が凍り付いて動けなくなってるわね」
「GUW」
一方で対照的に目の前の光景を愉し気に眺めている天藤紅羽
パートナーである飛竜のソラの背に乗って、その手に巨大な槍を構える。
「明依、ちょっと誘導お願い」
「はい」
天藤紅羽はそのまま飛翔していき、指示された氷川明依は、その巨大な弓に一気に四本の矢をつがえる。
「弾数増幅」
スキルを発動させたのか、矢に淡い光が宿る。
「自動追尾」
さらに光が宿る。
「貫通強化、強度増幅、気流無効、加速強化、瞬間重量強化」
七色の光を宿す四本の矢をつがえて、氷川明依は上空へと弓の弦を引き絞る。
「本当は、こういうスキル頼りの射法は好みませんけど……」
そう言いながら、視線は前方の男子たちに向けられる。
「――お金を払うわけにはいかないので、絶対に外せません」
外さない、ではなく、外せない。
万が一女子が負ければ、総額5億円以上の支出。
絶対に男子生徒を勝たせてなるかという意思が、普段は戦意の薄い彼女を戦場へと駆り立てる。
これまで見せたことのない覇気が込められた矢。
それが上空に向けられて放たれた。
そのまま空へ消えた言ったかと思えば、それは雨のように七色の光が男子たちに向かって降り注いで来た。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
「ひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「や、やだ、いやだあああああああああああああ!」
ニブルヘイムを辛うじて生き残った多数の生徒に、それらの矢は一切の慈悲なく降り注ぐ。
たった一本の矢。
触れる前に撃ち落とそうとしても弾くことすらままならずに、盾を構えれば貫通し、避けようとすれば矢は軌道を変えて体を貫く。
そしてそれは突き刺さるのではなく、抉る。
本来の弓矢では考えられないような重さで、体から肉を引きはがすかのように抉り込んでくる。
その想像を絶する痛みに、矢を受けた誰もが悲鳴を上げて光となって消えていく。
その光景はまさに天の怒り
天から降り注ぐ七色に輝く矢は、まさに天罰と言わんばかりに金に釣られてこの場に集まった男子たちを一掃する。
「無理に避けるな!
そして生半可な防御も駄目だ!
追尾してくるから、防御特化の奴に誘導して防いでもらえ!」
そして現時点でまだ生き残っているベテランが慌てふためく者たちに指示をだす。
それは正しい判断だった。
いまだに矢は降り注ぎ、そしてそのすべてが当たれば死亡判定確実の急所を狙って追尾してくるのだから。
だが――それを向こうが想定していないはずがない。
「ソラ……ブラストフォールダイブ」
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
背に乗った天藤紅羽の指示に、飛竜が地上に向かって火炎の吐息を発する。
だが、それは攻撃のためではない。
何故ならば、飛竜はそのまま翼を一気に折り畳み、それどころか魔力を使って風を起こして自分の身体を地面へと向かわせたのだ。
その際に、自身が吐いた炎を体に纏い、さらに加速する。
そしてその背に乗った天藤紅羽も、相棒の発した炎を騎乗槍へと纏わせる。
すでに顔は鎧で覆われているが、その兜の中で歓喜笑う。
狙いは一点
――男子が集団で固まっているポイントだ。
「き、きた!?」
「な、駄目だ、避けろ!」
「邪魔だどけ!」
「待て、矢がまだ来て!」
「防御防御防御!!」
流星のように燃えながら降ってくる飛竜の姿を確認したときにはすでに男子たちは手遅れだった。
密集したことでまともに動けず、そうでなくても足場が凍り付き、さらには矢の追尾もまだ続いている。
「ぁあ……」
結果、その場に集まっていた者たちは殆ど避けることもできなかった。
――瞬間、島全体が揺れ、爆弾でも落ちたかのように大量の土砂が天へと舞い上がったのであった。
そして、その光景を少し離れた結界の外にて見ていた、実況の水島夢奈は開いた口がふさがらないという表情を体現していた。
『……あ……え、えと……すいません、あまりの状況に……言葉も出なくなってしまいましたが………………すいません、学長、一体何が起きたのでしょうか?』
『一言で言うなら蹂躙、ですかね』
普段ならば大抵のことは笑って楽しむ学長も、この一分と満たない戦いとも言えない惨状に心なしか声が沈んでいる。
『まぁ、薄々はわかっていましたけど……女子陣営も本気ですね。
まさか生徒会メンバー三人揃ってレイドウェポンを持ち出すとは……』
『レイドウェポンを……?』
『はい。
まず、最初にニブルヘイムを放った金剛瑠璃さん。
あの杖は去年の年越しの際に出現した怪鳥の尾羽、蛇の尾、山羊の角と、複数のレイドボスの素材を使用した杖。
複数あるレイドウェポンの中でも間違いなくトップクラスに位置する一品です。
登録名は確か……通常の形式とは完全に異なるためにオリジナル扱いですね。
複合系統魔法杖type TRINITY “ガンド
『瑠璃式……ですか?』
『つけたのは私ではなく金剛瑠璃さんですからね?
魔法の効果を高め、詠唱を短縮し、消費する魔力を減らしてくれることはもちろん、使った魔力の回復や、事前に杖に魔法の術式を仕込んでおくことで即座に発動可能など、様々なギミックが搭載されており……それゆえに扱いがとてもピーキーな仕様です。
他の人が使えば暴走して魔法の暴発が高確率で起きますね』
『なるほど……ではあれは、金剛瑠璃さんの完全専用武器ということですね』
『そういう意味では他の二人も同様ですね。
まず、氷川明依さんの弓も、他の方では本来の性能を発揮はできないでしょう。
ウッドドラゴンという、私が面白半分で私の血液を水代わりにして育てて作り上げた植物がいまして……これがもう、下手なレイドボスより強い上に、植物なのに二足歩行で動き回って大暴れするんですよ』
『あなた何やってるんですか……』
流石の水島夢奈も聞き流せない単語があって思わず突っ込みを入れるのだが、ドラゴンはどこ吹く風である。
『育ちすぎて処分に困ってレイドボスとして出しまして、で、その素材があの弓に使われています。
ウッドドラゴンの身体は言ってみれば植物の繊維の集合体。
その神経代わりの部分は、魔力の伝導率が地球上に存在する物質の中でもトップクラスとなっていることです。
さらにその他の部位も相当丈夫、それでいてしなやかに曲がる。
あの弓は金剛瑠璃さんの杖とは逆に、その素材しか使っていません。
これほど柔軟で強固な物質はないと自負しています。流石私の育てた植物』
『どう考えても育てる役割放棄してますよね?』
『拡張系統魔法弓type SINGLE “ミストラル・タスク”
その最大の特徴は、複数のスキルを重ね掛けが可能であるということです』
『スキルの重ね掛け、ですか?』
『スキルの重ね掛けは普段からしてる人もいますが……実際のところ、攻撃するわずかな一瞬しか効果が無いものなんです。
そんな短時間では、熟練者でもできて二度、天賦の才を持つ者が努力しても、三つ重ね掛けできればいいほうです』
『ですが、先ほど氷川明依さんは七つのスキルを使ったように見えたのですが……?』
『その通りです。
先ほど見たようにあの弓は本来射つ直前でしか発動できないスキルをその前から溜めて置いて、直前にまとめて矢に付与し、複数の効果を一度に同時に発動させられるのです。
普通の弓は魔力を流すような仕組みはありませんから当然これはできません。
ですが、これには魔法職でも無いにもかかわらず、本職顔負けの魔力操作が要求されます。
スキルを使うだけなら学生証の効果で誰でもできますが、それを貯めておくように調整するにはどうしてもそっちの技術が必要になります。
もちろん、それはあの弓があって初めて実行できることではありますが、彼女以外が使えば、丈夫な弓以上の性能は発揮しないことでしょう』
『なるほど……では、最後に会長のレイドウェポンというのは?』
『ああ、他二つと比べてそちらはシンプルです。
武器のランクとしてはレイドウェポン中、最下層の部類でしょう。
超が付くほどの稀少鉱石である“オリハルコン”に、私の眷属の素材を使った騎乗槍。
ただ丈夫というだけで魔法に関する加工は一切施されていません。
名称は……不滅武装type LANCE “ランケア”でしたね』
『不滅武装、ですか?』
『現代技術において破壊不可能とされる武器であると認定されたものですね。
まぁ、私には関係ありませんけどね!
こほんっ……まぁ、とにかく丈夫で壊れない。ただそれだけに特化した武器です』
『そんな武器がレイドウェポン扱いで大丈夫なんですか?』
『本来ならば駄目でしょうが……ですがまぁ……あの槍だけなんですよ。
今のところ……天藤紅羽さんの全力を出しても壊れない武装というものは。
彼女はこの学園に置いて最強なのは間違いありません。
それゆえに、大抵の武器は彼女の本気に耐えられずに壊れてしまう。
それを耐えられるという意味では、レイドウェポン扱いなんですよ。
……おっと、少し話過ぎましたが……ようやく土煙が無くなってきて、女子の方に動きがありましたね』
『あ、はい、そうですね。
えぇ……女子の陣営より、ディーヴァのMIYABIさん、氷川明依さんが陣営奥へと戻っていきました。
天藤紅羽会長は未だに上空を旋回し警戒、そして壁の上では杖を構えた金剛瑠璃さんが残っています。
おっと、さらに壁の奥からマーナガルムが飛び出してきました!
その背中にはパートナーである稲生薺選手の姿が見えます!』
『ふむ、残った男子への追撃が狙いでしょうね』
『えっと、先ほどの攻撃で男子参加者の数多くは失格となったように見えましたが、一体何人が残っているのでしょうか?』
徐々に晴れていくフィールドを、水島夢奈は目を凝らして観察する。
「――おや」
そして、水島夢奈の隣で、いち早くその土煙の中から姿を見せた者たちの姿に意外そうにドラゴン眼を丸くした。
一人は、灰谷昇真
対人戦最強と言われた彼ならば、あの中を生きていても不思議ではない。
もう一人は、下村大地
目立った戦績は少ないが、それでも二年生の中でもトップクラスの実力を持ち次期生徒会候補と目されている生徒だ。
生き残っていてもおかしくはない。
そして最後の一人は……
「――かかってこいやぁ!!」
「――きゅきゅぅ!!」
他の二人よりも土の汚れがかなり目立つ歌丸連理と、その相棒であるシャチホコが元気に叫びながら前に出た。
『これは、僅か三人が生き残っていますが…………これでは勝負にならないのではないでしょうか?』
水島夢奈の懸念に対して、ドラゴンはわずかに口角を吊り上げた。
『いえいえ、どうやらここからが本番のようです。
まずは見せてもらいましょうか、彼らがどうやってこの逆境に対処するのか』
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