第194話 「「「いや、お前には無理だ(確信)」」」

圧倒的な力を見せつけた女子陣営。


それに立ち向かう男子はたったの三人。


しかし、先ほどのわずかな時間の間に何があったのか……少しばかり視点を変えた状態で時間を巻き戻す。





僕、歌丸連理は試合開始早々にピンチになっていた。


周囲に雪が降ってきて、それが地面に落ちた瞬間に地面が一気に凍りつくのを見た。



「こ、これまずくない!?」


「正真正銘まずいんだよ!


早く逃げるぞ!」


「どこに!」


「どこってそんなもん!」



言葉の途中で鬼龍院は周囲を見回した。


この雪は周囲に降り始めていて、前後左右すべてに逃げ道がない。



「上、危ない!」


「っ!」



僕の言葉に鬼龍院が反応して身を傾ける。


瞬間、彼の足元が一瞬で凍り付いて靴が地面にくっついた。



「く、この!」



急いでその氷を魔法の炎を発動させて溶かそうとする。


だが、氷は解けるどころか靴がどんどん霜でどんどん白くなる。



「靴脱げ!」


「くそっ!」



まだ凍り付いてない部分を炎で燃やして無理矢理靴を壊して脱いだ鬼龍院。


そのまま靴は凍り付いて氷の中で宙に浮いたみたいな氷像が出来上がる。



「間違いない、ニブルヘイムだ!」



その光景を見て叫ぶ鬼龍院。


思い出した、確か前にモンスターパーティのスケートリンク作ってた魔法だ!


普通の氷と違って三日は解けないとかいう奴!


そうこうしてる間に、周囲は凍り付いて悲鳴が聞こえてきた。



「くっ!」



鬼龍院は片足立ちで顔をゆがめながら周囲を見る。


あれは悩んでいるようだが、どうすればいいか考えつかない顔だな。



「……っ!」



嫌な予感がして女子陣営の方を見ると、弓を構えるファッションメガネ氷川明依の姿が見えた。


あれ、かなりヤバい!


絶対零度の雪に加えて、矢の雨でも降らす気か!


――前後左右には逃げ場がないなら、あとは、あとは……!


そう考えた時、ふと僕は他の逃げ場を思いついた。




「っ! 鬼龍院、穴だ、穴!」


「穴? ……そうか!」



僕の声に気付いた鬼龍院が魔法を発動させる。



「クラック!!」



鬼龍院が足元に魔法を発動させ、地面に大きな亀裂が発生する。


成人男性くらいが簡単に入れるくらいの大きさだ。



「シャチホコ、ギンシャリ、ワサビも来い!」



僕の声に反応し、少し離れたところで雪を避けていた兎たちがやってきた。


そして視界の端で矢が空に向かって放たれるのを見た。


そのすぐあと、空に放たれた矢が光を放ち、その光が無数に分裂するのも見た。



「「うぉぉぉぉぉぉぉおお!」」



そして僕と鬼龍院はその地面のヒビへと飛び込んでいく。


穴は大きく、真下ではなく斜め下へと広がっていた。



「せまい!」


「我儘言うんじゃねぇ!


というか何お前まで当然のように入ってきてんだ!」


「こんな時に器が小さいこと言うな!」


「誰が心も体も小さいだとごらぁあああああああ!!」


「そこまで言ってねぇ!!」



穴の中でそんな下らない言い争いをしていると、物凄い揺れによって穴が崩れた。



「む、むぐっ」

「もが!」



呼吸もまともにできない状況で慌てたが、そこまで深く潜ってなかったことと、魔法で土が少し崩れていたこともあってもがくことでどうにか地上に出られた。




「――ぺっ、ぺっ!」



土の中からどうにか脱出し、僕は口の中に入った土を吐いた。



「し、死ぬかと思った……!」



そして僕と同じように土の中に逃げた鬼龍院が疲れた顔で出てくる。


周囲は土煙で何も見えない。



「きゅ」

「ぎゅ」

「きゅる」



「お前らも無事か。


よし、聴覚共有」



スキルを発動させて周囲の状況を確認する。


……どうやら今は攻撃は止んでいるらしい。



「土煙が晴れたらまた攻撃されるな……どうしようか?」


「……他に誰かいれば合流するところだが……」



状況は絶望的だった。


まだ開始五分も経ってないのに……



『――範囲を20mに限定。


誰か聞こえるか?』



「「!」」



この声は、会津清松先輩か!



学生証から聞こえてきた声に、僕と鬼龍院はそれぞれ学生証を取り出した。



「歌丸連理です」


「鬼龍院蓮山、無事です会津先輩」


『こちら、来道黒鵜。


今男子陣営の会場の端にて潜伏中』


『ひ、日暮戒斗……どうにか無事ッス……あと灰谷先輩も』


『下村大地……生きてます』


『萩原渉、なんとか無事です』


『…………俺は、壁だ』



他にも数人応答したものがいたが、聞き覚えの無い名前の人たちばかりだった。



『殆ど生徒会関係者じゃねぇかよ。


やっぱりフリーで実力持ってる奴はこうなること読んで参加避けやがったな……


まぁそうだよな……あのバ会長のことを知っていて、奴が進んで参加するイベントにわざわざ好き好んで参加する奴はそうそういないか』



学生証の向こうで会津先輩が呆れたようにつぶやいた。



『まぁいい…………歌丸、お前の耳でまだこっちに攻撃してきそうな面子はわかるか?』


「えっと、ちょっと待ってください」



聴覚共有を発動させて耳を澄ませてみる。



「……MIYABIのライブはいったん中断されて、氷川が一緒に後方に下がるように言ってます。


……あと……この息遣い、ユキムラ……マーナガルムが前に出てきました」


『ってことは、瑠璃とバ会長、マーナガルムの三勢力を突破しないといけないわけか』



会津先輩の言葉に、学生証の無線でつながっている面々に沈黙が流れる。



『……無理じゃね?』

『降参したほうがいい気が……』



誰かが無線でそんなことを呟いた。


確かに現状においてはもうそれでも仕方ない気がするが……このままされるがままというのは、あまりにも面白く無さすぎる。


一矢報いたいと考えるのは男の子として当然だろう。



「あの、マーナガルム……というか稲生の相手を僕に任せてもらえませんか?」


『『『いや、お前には無理だ』』』

「いや、お前には無理だ」


「きゅっきゅきゅう」

「ぎゅっぎゅるぎゅう」

「きゅるっるるる」



みんなの心が一つに!



『とはいえ……制限時間は三十分……勝つためには残った戦力で突撃以外のまともな手段はないのも事実。


ハッキリ言って戦力外の歌丸を囮に使うのは定石だろう』


「ひでぇ」


「だが事実だろ」


「そうだけど……!」



分かってるけど他人から言われるとイラっと来る。



『どうせ駄目元だ、お前に任せよう。


あとは瑠璃とバ会長だが……』


『――空にいる天藤は俺がやろう』



聞こえてきたのは灰谷先輩の声だった。



『飛んでいる奴に攻撃手段を持っている奴はそう多くはない。


全力の奴と戦えると聞いて、それなりの武器は揃えてきた』


『頼もしい限りだ。


じゃあ金剛は』『お、俺がやります! 瑠璃のことは任せて下さい!』



次に聞こえてきたのは下村先輩の声だった。



『お前、遠距離攻撃手段は?』


『ウォーリアーは複数の武器の適正があります。


槍の投擲とか、弓矢も使えます』



ほぉ……ウォーリアーって近接だけの職業じゃなかったのか。


ちょっと意外。下村先輩ってオールラウンダーだったんだ。



『よし、決まりだ。


歌丸、下村、灰谷の三人を囮にする。


他の連中は土煙に紛れて移動。晴れる前に来道をメインに隠密スキル持ちのサポートを受けて壁を突破するぞ』



――ということがあったのがついさっき。



「――かかってこいやぁ!!」

「――きゅきゅぅ!!」



僕はシャチホコと共に土煙の中から飛び出して大声を上げる。


今もまだ土煙が残っているあたりには他の面子が移動している。



「牽制する」



灰谷先輩が拳銃みたいに僕の身長くらいありそうな巨大なライフルを軽々と構えた。



「二年、一気に間合いを詰めろよ」


「はいっ!」



かなり気合の入った下村先輩がその手に槍を持って前に出た。



「歌丸」


「は、はい?」



灰谷先輩は僕に対して興味もなさそうだったので声を掛けられたのが意外で少し驚いてしまった。


いったい何だろう?


もしかしてアドバイスとかされるのかな?



「邪魔だと思ったらお前ごと撃つからな」


「えぇ!?」



アドバイスじゃなくてまさかの射殺宣言だった。



「俺の弟子がお前を買ってるんだ。


無様を晒すなよ」



そう言って、灰谷先輩はライフルの引き金を引く。


そこから放たれる銃弾と、巨大な炸裂音で肌がざわつく。


その瞬間に思わず目を瞑ってしまったが、目を開いた時には灰谷先輩の姿はそこにいなくなっていて、遠くへ移動していた。



「は、速い……!」



ガンナーって身体能力が高い方じゃないって聞いていたんだけど……流石は対人戦最強。


平均的な評価じゃ計れない。



「……弟子が買ってる、か」



あの人が言う弟子なんて、戒斗以外には思いつかない。


つまり……戒斗はあの対人戦最強と謳われる人に認められているんだ。



「よし、シャチホコ、気合入れていくぞ!」


「きゅう!」



戒斗の仲間として、情けないところは見せられない。


そう思って僕はより前へと進む。



瑠璃先輩の魔法に狙われるのではないかと思ったけど、さっきの銃弾を防ぐために魔法を使ったようで、そしてその間に距離を詰めてきた下村先輩の対応をしていた。



そして次に脅威だったのは上空を旋回している天藤会長だったのだが……



――ドンドンドンッ!



花火でも打ち上げられているのかと思うような音がする。


それに合わせて上空を飛んでいる天藤会長を乗せた飛竜が激しく動く。


下からライフルを使って撃ち落とそうとしているのだろう。



「これで、遠慮なく戦えるな!」

「きゅっきゅきゅう!」



残りは、僕の目の前にいる巨大な狼



「本気で戦えると思ってるの?」



昨日とは違う、かなり無機質な声。



「痛い思いしたくなかったら降参しなさい」



マーナガルムのユキムラの背に乗る稲生は僕とシャチホコを見てそう告げた。



「僕が、はいそうします、とでも言うと思ってるのか?」


「思ってないけど、一応言っておかないと駄目でしょ。


服を脱がせようとか考えても無駄よ。


他の子と違って、本気になったこの子なら一瞬であなたを噛み殺せる」


「GRRRRRRRRRR……!」



今回は本気ということで、ユキムラからかなり威圧を感じる。


思わず足が竦みあがりそうになるが、気迫で負けてなるかと僕は無理にでも笑顔を作る。



「宣言する。


僕はお前ら完封する!」


「きゅきゅう!」



僕の宣言に賛同するようにその場で飛び跳ねるシャチホコ。


対して稲生。


普段なら僕の挑発に食って掛かってくるところだが……



「――ユキムラ、今なら何しても死なないから全力でやりなさい」

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



まさかの速攻。


意外ではあるが、想定の範囲内だ。



「――そりゃ!」



取り出したのは、ドラゴンスケルトン戦にて使用したベルト型の武装。


東学区の比渡瀬涯ひわたせがい先輩の作品である。


通常は金属のパーツがつながっているだけのベルトだが、僕の魔力を吸収して光の鎖で伸び縮みする鞭のような武器になる。



「GUOW!」



が、ユキムラは構わず突っ込んできて、そしてそのままその牙でベルトにかじりつく。



――バキンッ!



そして、そのままあっさりとベルトの金属パーツ部分をつなぐ光の鎖をかみ砕く。



「脆い武器ね」



ユキムラの背に乗った稲生がその光景をみてそんな感想を言うが……



「――違う、新機能だ」


「は?」



ドラゴンスケルトン戦から時間は経っている。


この武装だってあの時のままじゃない。


東学区より、ドラゴンスケルトンの素材で造られた防具と一緒に帰ってきたこのベルト


ドラゴンスケルトンの素材を使うことで魔力の効率を通常よりも遥かに高め、尚且つ溜めて置けるようになったことで普段の僕ではできないような効果も発揮可能となった新武装!


僕が、僕より強い敵と遭遇したときに生還する可能性を上げるための新機能。


それによりようやく名前をもらったこの武装!


僕の、レイドウェポン!



「光魔法系統拘束具type SINGLE


“レージング”だ!」



砕けてバラバラになった金属パーツ。


かと思えば、それらは即座に光を発して近くの金属パーツ同士がつながり合い、そして一つにまとまろうとする。


その結果、光の鎖を破壊したユキムラを巻き込む形で、レージングはまとまろうとしてこんがらがる。



「GUROO!?」


「な、まさかこんな!?」



まさか僕相手に動きを封じられるとは思っていなかったであろう稲生が泡を食ったようだ。


しかし、すぐにユキムラの身体を拘束するレージングを見て冷静さを取り戻した。



「ふぅん……あんまり丈夫じゃないみたいね、この拘束具」



稲生の言う通り、ユキムラの身体を押さえつけるためのレージングの金属パーツは現在進行形でヒビが入り、そして徐々にそれが大きくなっている。


アームコングならもうこれで完全に動けなくなるのだが……流石はマーナガルム。


とんでもない怪力だ。


一応、ドラゴンスケルトンの素材の効果で自己修復機能が付いているが、壊されてしまえば試合中は再使用が不可能になるだろう。



「この程度でユキムラを止められると思ってるんじゃないでしょうね!」


「ああ、思ってないさ。


あくまでもそれは時間稼ぎさ!」



条件はそろった。


まずは稲生とマーナガルムをセットで、僕の“射程範囲内”に入れること。


その状態で数秒でも動きを止められれば十分。



「――土門先輩、早速使わせてもらいます!」





「……いいんですか、そんなことして?」



時間を昨日まで遡る。


昨日のリハーサルの会場にて、土門先輩と話していた時だ。


そこで僕は、土門先輩からの提案に戸惑っていた。



「ああ、問題ない。


昨日も言ったけど、俺はもう学生証の力に頼るつもりはないんだ。


だから、どうせなら必要そうな奴に渡す方が良いと思ってな」


「でも……やっぱり残しておいた方が後々で役に立つんじゃ……?


それに、先輩の今までの努力の証でもあるわけですし…………それに」


「相田和也のことか?」


「…………まぁ、そうですね」



他人の力を自分の力として扱う。


それはあいつを連想させられて……抵抗感があった。



「結果は同じに見えるが、本質はかなり違う。


俺はお前に力を与えるんじゃない。


お前に俺の夢を託すんだ」


「夢……?」


「希望とか、意志とか、あとは心配とか保険だとか言い方は色々あるだろうけど……うん、俺は夢って言葉の方がしっくりくる。


お前には、俺がしたくてもできなかったことや、俺が考えもしなかったようなことができるんだって、それを期待してるんだ。


だから、俺はお前に夢を託す。


それを背負わせる駄賃として、俺にとって必要のないものを渡すだけだ」



そう言って、土門先輩は僕に手を差し出した。



「与えられた役割も満足にこなせないような半端者の力だけどよ、受け取ってもらえないか?」





拳をふりかぶり、それを勢いよく僕は地面に叩きつけた。



「耕耘 Lev10 発動!」



拳を叩きつけたところを中心に、凍りついて固くなった地面が一気に盛り上がり、そして細かく砕けていく。



「な、なに!?」

「GUR!?」



足元の急激な変化に戸惑う稲生とユキムラ。


足元が急激に柔らかくなって体勢を崩して動きが止まる。


だが、まだ終わりじゃない。



「電気柵 Lev10 発動!」



スキルによって耕された地面。


その周囲を囲むように、突如として出現した電撃の網


それが僕を中心に、稲生とユキムラ、そしてシャチホコもまとめて囲む。



「な、何、これ……あんた、一体何したの!?」



状況の変化に対応しきれずに、稲生の奴が声を荒げた。


対する僕は、勝利条件を満たしたことで先ほどまでと違って余裕の笑みを浮かべる。



「覚悟しろ。


今の僕と戦うってことは」



最初にこれをもらったときはどう使うんだと思ったが……流石は三年生。


その活用方法に目から鱗が落ちる思いだ。



共存共栄Lev.3 能力贈呈プレゼント



そのスキルの効果は、自分の修得したスキルを他者に渡すというもの。


そして僕の持つスキル特性共有ジョイントは、スキルを他者と共有するというものであり、戦闘時の効果は良く似ているように思えた。


だから最初は僕は、このスキルは特性共有の上位版程度としか考えていなかった。


だが、違った。


土門先輩がその可能性を指摘し、そして実証した。



「――この学園最強のファーマー…………柳田土門を相手にすることと同義だぞ」



今の僕は、土門先輩が三年間培ったスキルを引き継いでいる。

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