第195話 サブヒロインが可愛いという風潮…………あると思いますっ
「お兄ちゃんの……スキル……?」
僕の言葉に、稲生は理解できないと言った風に硬直してしまった。
その隙は、はっきりいって致命的だぞ、稲生!
「――土いじり Lev.10!」
体を使った土に干渉する動作すべてに補正をつけるこのスキル。
「は、え……えぇ!?」
それを使って僕はすぐさまその場で地面を勢いよく掘り進み、ものの数秒で地面の中へと潜りこみ、そして稲生はそんな僕を見てただただ驚くだけだ。
最初に耕耘スキルで柔らかくした地面の中は十分に空気を含み、すぐに息苦しくなるということはなかった。
「な、何よこれ、いったい何がどうなってるのよ!?」
聴覚共有スキルで稲生が慌てふためいているのがシャチホコを通してわかる。
対して僕は学生証を取り出して無線で話しかける。
「見たか、これが僕の新しい力だ!」
「僕のって、思い切りお兄ちゃんの力頼りじゃないの!」
「先輩公認だから問題ない」
「っていうか何してるのよ!
私倒すとか言って隠れてるだけじゃないの!」
「バーカバーカ! 誰も倒すなんて言ってねぇし!
僕は、完封するって言ったんだよバーカ!」
「…………は……はぁぁーーーーーー!?」
ようやく僕の思惑に気が付いたのか、稲生の絶叫が聞こえる。
「電気柵スキルは、使用者が“農場”と認識した場所を囲みこむスキルだ。
そしてそのレベルが高いほど範囲と高さ、さらに電圧が強力になる」
「そ、それくらい知ってるわよ!
でも、その程度でユキムラが止められると本気で想っているのかしら?」
「止められないだろうな。
だが、冷静に考えてみろ。
突破できるのはユキムラだけだよな?」
「……………………あっ」
僕の言いたいことがここでようやくわかったのか声を漏らす稲生。
顔を蒼くしているのが目に浮かぶ。
「そうだ、いくらユキムラが電気柵を力業で突破できても、お前は無事では済まない。
死にはしないだろうが、気絶するほどに強力な電圧を受けることは必至。
仮にユキムラがそれを飛び越えようとしても、それは地上に残っているシャチホコが妨害する。
逆に地面に潜っている僕を探そうとしても地面を掘っている隙にシャチホコがお前を狙う算段なのさ!」
「こ、この……いつもいつもそうやって姑息なことばっかりしてぇ!」
「人聞きの悪いこと言うな」
まるで僕がいつもいつも姑息なことしているようじゃないか。
「とにかく、これでお前もマーナガルムも完全に封じた。
無駄な抵抗はやめて、時間一杯までそこで大人しくしているんだな!」
「ぐぬぬっ……!」
稲生の悔しがる顔が浮かぶ。
「あんた、そうやって地面に潜って隠れて過ごすとか、カッコ悪いとか思わないわけ!」
「ぐふぅ!」
くっ、人が地味に気にしていることを!
『これは歌丸選手、予想外の戦略でマーナガルムを閉じ込めることに成功したようですが……』
『あははははは、流石姑息ですねぇ~』
「がはぁ!?」
アナウンスからもまさかの姑息扱い。
もっとこう、公平な扱いをしてもらいたいんだけど……
いや、わかっていたけど……わかっていたけど、正面からぶつかったらどう考えても僕に勝ち目はないわけでこれ以外に方法は思いつかなかったわけで……
とかいろいろ言い訳を考えるがあんまり喋るとユキムラの聴覚で見つかりそうなので黙っていよう。
「――なんでいつも、そうやって自分から泥被るようなことするのよ?」
音量をできるだけ絞った学生証から、稲生のそんなつぶやきが聞こえてきた。
「昨日だって……今だって、わざわざあんたがそうやって頑張る必要性なんて無いじゃない。
誰も文句なんて言わないのに……」
先ほどの威勢が無くなり、何やら落ち込んでいるかのような声がする。
「…………えっと……その、とりあえず昨日の件は改めて謝るので後でで良いから話を聞いてもらいたいといいますか」
「初めから怒ってないわよ」
「いやそれは嘘だろ、絶対。めっちゃ痛かったし」
「…………もう怒ってないわよ」
言い直したってことはやっぱり怒ってたんじゃないか。
「で、でもあれってあんたが私にそうするように仕向けた節もあるでしょ?」
「ノーコメント」
「なっ、ちゃんと答えなさいよ!」
「そういうのは敢えて明言しないもんだろ!
そういう空気を読めよお前は!」
「――ちゃんと言ってくれなきゃわかんないでしょうがぁ!!」
「GR」「きゅ」
怒鳴った稲生の声に、ユキムラもシャチホコも身をビビったようだ。
僕も思わず身をすくませた。
そんなことを知ってか知らずか、稲生は大声で叫ぶ。
「昨日だって、あんたがわざとあんなパフォーマンスしたことだってわかってる!
わかってるけど、あんたがどこまで本気なのか全然わかんないの!
あの言葉がどこまで嘘で、どこまで本当なのか全然わかんないの!
全部本当だったらそれはそれでイラつくし、全部嘘ならそれはそれでムカつくし!
お兄ちゃんに聞いても誤魔化されるし、お姉ちゃんに聞いても自分で考えなさいって言われるし、誰に聞いてもわからないし!
自分でいくら考えても、ムカついてイラついて腹立つし!」
「それ全部一緒じゃね?」
「うるさい!」
「ごめんなさいっ!」
思わず突っ込んじゃったけどここはおとなしく黙っておくべきだったか。
「答えなさい!
あんたのあの告白は、どこまで本気だったの!
それとも全部嘘のパフォーマンスだったの!」
「それは……えっと」
答えづらい。
昨日は勢いもあったんだけど、冷静になってまた言えってなるとなかなか難しい。
「答えなさいよ!
――ユキムラ、吠えなさい!!」
「G、GRUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「きゅきゅ!?」
「うぉぉぉおお!?」
稲生の指示に従ってスキルを使って吠える。
その衝撃波でシャチホコは身を低くしてどうにか耐え、一方で僕は地中にいながらその振動を感じた。
――バキンッ!
この影響でおそらく拘束具も破壊されたようだ。
ここからはもうユキムラを縛るものは何もない。
「――シャチホコ!」
「きゅきゅぅ!」
遠吠えがおさまったところでシャチホコが動き出す。
姿は見えないが、聴覚共有で風切り音が聞こえてくる。
「GRUOOO!」
「きゅっきゅう!」
マーナガルム相手にも果敢に挑んでいくシャチホコ。
その間に僕は僕で準備を整える。
風切り音が強まっているあたり、シャチホコもユキムラも激しく動き回っているのだろう。
「そうやって逃げる気!」
「っ……」
そして今も、シャチホコの聴覚と、学生証から稲生の声が聞こえる。
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「ぐ、ごほっ!?」
結構近い場所で吠えられたのか、振動がかなり激しい。
土がこぼれてきて口の中に入って思い切りむせた。
「答えなさい、歌丸連理!」
■
『これは歌丸選手、マーナガルムを閉じ込めたようですが……何やらそのまま地面に潜って出てこなくなりましたね』
『正確には、出てこられないと言ったところでしょう。
現状、歌丸くんではどうあがいてもマーナガルムへの対抗手段はありませんから』
歌丸が発生させた電気柵。
その内側にて暴れまわるマーナガルムと、それを追うエンペラビットという奇妙な構図が出来ていた。
『何やら叫んでいるようですが、結界の影響で音声はある程度カットされてるので何を言っているのかわかりませんが……稲生選手が怒鳴っているように見えますが、どうでしょうか学長?』
『その解釈で間違ってはいませんよ。
とはいえ、あの二人に関してはもう結果が見えていますけどね』
『といいますと?』
『歌丸くんはとても弱い。
しかし、すでに並に一年では及ばない経験を重ねてきている。
そんな彼が敢えて一人で何かするということは、すでにその時点で9割9分の勝利が確定しているということなんですよ』
■
「――稲生薺!」
僕は拳を天高く掲げ、頭上を思い切り殴る。
すると、少し硬い手ごたえがあったがすぐに腕が伸び切った。
そこから地面が崩れていく、立ち上がっていくとパラパラと土から体を伝って落ちていく。
「歌丸……いつの間に……!」
ようやく姿を現した僕の姿……というより、僕のいる場所を見て驚いた顔をする稲生。
「答えろって言ったな、
その答えは今言う」
地面から出てきて、僕はゆっくりと立ち上がって地面に立つ。
頭にかぶった土だけ払う。
制服も凄い汚れているが、こちらは払っていたら切りがない。
「さっきは黙ってて悪かった。
でも、こういうのは面と向かって言う方が良いと思うからさ」
「…………」
「そう睨むな…………まず、昨日の言葉だが……勢いで言ったことは否定はしない」
「っ」
僕の言葉に、稲生は悲し気な顔をした。
「だけど……全部本音だから勢いでぶちまけられた」
そんな顔はしてほしくなかった。
だけど僕にはそれを止める方法がわからないから、やっぱりただただ自分の素直な気持ちを伝えることにした。
それが一番正しいことだと思うから。
「……つまり……どう言い繕っても、私は一番じゃないんでしょ」
「ああ……僕の一番は、他にいる」
そう答えると、ますます稲生が泣きだしてしまいそうな顔になる。
「……私とあの子、何が違うの?」
「……僕が最初に彼女に出会った。
それだけだよ」
「たかが順番じゃない、そんなの!」
とうとう涙をこぼす稲生。
それを見るととても胸が痛むが、それでも僕は堂々と向き合う。
それが彼女に対しての僕のするべき礼儀だと思ったからだ。
「そうかもしれないけど……それが今の僕の気持ちのすべてなんだ。
一番、傍にいて欲しかった時に、一番近くにいてくれた。
それで僕は救われた。
現金かもしれないけど……僕はそれで彼女が好きになった。それだけだよ」
「…………そんなの……そんなの、ズルい……ズルいよ」
俯き、肩を震わせる稲生。
「GR……」
「きゅぅ……」
稲生を乗せているユキムラと、そしてユキムラを攻撃しようとしていたシャチホコ
二匹とも、涙をこぼす稲生に対して心配そうな目をしている。
「……すぅ」
そう思ったとき、稲生は急に息を吸い込んだ。
何を、と思ったら……
「わぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「ぅおっ!?」
「BOW!?」
「きゅきゅ!?」
急にその場で絶叫する稲生に思わず驚く僕たち。
一体なんだと思ったら、稲生は顔をあげる。
「ふぅ……………」
自分の袖で顔を拭う。
「……………うん、すっきりしたっ」
手を顔から退けると、今までと打って変わってとても清々しい表情をする稲生がそこにいた。
「……い、稲生?」
「何よその間抜け面?」
僕が心配してそう呼ぶと、稲生はいつもみたいな調子で僕を見ていた。
「何って、それはこっちのセリフだよ。
急にどうしたんだよ?」
情緒不安定だろうか?
「急にじゃないわよ。
私だって昨日、あの後ずっと考えて、それであんたの言葉聞いてようやく踏ん切り着いたのよ。
まだなんかモヤモヤはするけど、さっきよりだいぶマシだわ」
「……許してくれるのか?」
「許すって言うか…………えっと……うん、むしろ、ごめんなさい。
昨日のこと……私は本当ならあんたに助けられたんだから……本当に、ごめんなさい」
「あ、いや……まぁ……うん」
なんかさっきまでめちゃめちゃ怒られてたのにこうして謝られるというのは不思議な気分だ。
でも真剣に謝っていることはわかるわけで……なんか調子狂う。
「……じゃあ、これでチャラってことでいいよ」
「え?」
「元々昨日は、お前の買い物に僕が付き合うって話だっただろ?
結局それは達成できなかったし……でも、お前が今回のことで僕に対して引け目を感じるとかいうなら、それとこれとで差し引きゼロ。全部チャラだ。な?」
「…………そっか。
わかった。あんたがそういうなら……うん、そうする」
そうして、稲生は僕に微笑みを向けて……
「ところで、もう一つ聞いていい?」
「まぁ、うん、どうぞ」
何聞かれるのかなんて分かりきってるけどね。
「あんた、どうして電気柵の外にいるの?」
そう訊ねてくる稲生の顔を、僕は電気柵越しに見て、なんとなく気まずくなって視線をそらしてしまった。
「まぁ、その……これが当初のプランというか…………土門先輩から教えてもらった、迷宮生物捕獲戦法というか」
「………………今まで土の中に潜ってたのは、ユキムラの攻撃を回避するためじゃなくて、潜って外に出るためだったと?」
「まぁね」
まず、地面を柔らかくほぐす耕耘スキルを発動する。
地面が柔らかく、植物を育てることに適した範囲を自分の農場と定める。
そして農場を定めることによって害獣から守るために張り巡らされる電気柵スキルができるようになる。
ここまでならファーマーの通常の使い方というか、迷宮内部での防御方法としても使える。
土門先輩流の場合、まずは対象を自分の農場まで誘い込む。
その状態で耕耘スキルとは違って、自分の身体を使う土に干渉する行動すべてに補正が入る土いじりスキルを使って地面を掘る動作に補正を発動させて地面を掘る。
そしてそのまま地面の下を通って電気柵を抜ける。
電気柵は基本的に空中にも発生するが、土中までには伸びてこないのである。
そして使用者がそのまま脱出が完成すれば、あら不思議。
害獣を防ぐための電気柵が、対象を閉じ込めるための檻へと大変身。
「一つ言っていい?」
「……どうぞ」
「モグラかあんたは」
「ぐぅ……!」
まったく反論できない。
自分でも穴掘っててモグラ気分だったし。
「こほんっ……まぁ、とはいえこれでお前を封じたぞ!
さっきも言ったけど、お前は電気柵突破できないし、万が一ユキムラが電気柵を突破でもすればその間にシャチホコがお前を倒す!
穴を掘ろうとしてもその間にシャチホコがお前を狙う!
どうだ、完封してるだろ!」
「はぁ……まったくもう……あんたはホント、負けず嫌いよね」
「いや、お前が言うなよ」
「私、あんたほど意地汚くないもん」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいや」
「「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」」
あ、もうこれキリがない。
「ま、まぁ、とにかくシャチホコ、ここは任せたぞ!」
「きゅう!」
まだ試合終了まで20分以上時間がある。
僕のスキルなら問題なくあの壁も突破できるだろうし、急がねば!
「歌丸!」
「なんだよ急に!」
振り返ると、稲生はいつものように勝気な笑顔を見せて僕を指さした。
「言っとくけどあんたみたいな貧弱男の二番目とか、私は願い下げだからねっ!」
「い、今それ言うのかよ!」
別にOKもらえるとは思ってもなかったけど、別に今言わなくても……!
僕がそう考えていると、稲生はさらに続ける。
「だから、私のことなんてさっさと忘れて一番のことだけ考えなさい!」
「あ……」
「私に言えたのに、そっち言えないなんて言わせないわよ!
良いわね、絶対に自分の気持ち、ちゃんと嘘偽りなく伝えなさい!!」
「……………」
その言葉と、そして……この間、日本へと戻っていった妹の椿咲の言葉を思い出す。
「――わかった」
今更、黙ったままなんてことはできないだろう。
いや、黙ったままでいていいわけがない。
「ありがとな稲生!
お前、本当にいい女だよ!」
僕は今度こそ女子陣営に向かって走り出す。
丁度、そこに向かうべき理由が一つできたからか、先ほどよりも足取りが遥かに軽く思えた。
「……知ってるわよ、あんたが、そう言ってくれたんだから」
――シャチホコの聴覚共有のスキルを解除するその直前
稲生のそんな悲し気なつぶやきが聞こえたが……僕はそれを聞かなかったことにして胸の奥にしまうことにした。
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