第196話 抱きしめて好きって言ってやりなっ!

稲生とユキムラを封じた僕は、女子陣営へと向かうべく壁へと接近する。



「……なんだ、これ?」



体重を軽くする悪路羽途で壁を飛び越えたまではいいが、その奥へと降りられない。


なんか半透明な壁が行く手を阻んで女子陣営の中に入れないのだ。



「――ウォールライン。


ナイト系の上位防御スキルだよ」


「あ……ドラゴンスケルトンの進行防いだ時のスキル!


ってことは壁くんか!」


「彼、凄いね。


一年とは思えないくらいだよ。


単純なスキルじゃなく、本当に壁に徹する精神力は私じゃとてもできっこないかも」


「いや、壁くんのあれは殆ど誰にもまねできないよう……な……………あ」



今更ながら、僕は誰と会話しているのだろうと思ってそちらを向くと、なんかいつもと違って元気がない、アンニュイな雰囲気の金剛瑠璃先輩がいた。



「る、瑠璃先輩……!」


「連理くんがここにいるってことは……そっか、マーナガルムを突破してきたんだ。


凄いね、どうやってここまで来られたのか想像もできないよ」



お、おかしい。


いつもは頭スカスカな感じで、僕のこと「レンりん」とかって呼ぶ瑠璃先輩が、なんか凄い大人びた女性に見える。


とはいえ現状は敵。


どうにかして対処しなければ…………って、無理じゃね?


この人、詠唱とかせずにポンポン雷撃とか放てるじゃん。


僕一人でどうこうできるはずがない。



「安心して、別に無理して連理くんを倒すつもりはないよ。


抵抗しなければ、だけど。


どうせ、この先には進めないし」


「……は、はぁ……」



助かった、と考えていいのだろうか?


というか、どうしてこんなところで壁くんがさらに防御スキルなんて使ったんだろうか?


打ち合わせではそんなこと言ってなかったはず……



「――私や会長が自陣に戻ることを防ぐためだよ。


今の戦力差は圧倒的で、私か会長のどっちかが防御に回るだけで男子陣営の勝率は絶望的になるから」


「なるほど…………って、あれ? 僕独り言呟いてました?」


「壁を見て、どうしてって顔してたから」


「なるほど……」



なんかキャラ違うよこの人。


昨日の一件で機嫌が悪くなったって言ってたけど……え、何? この人怒ると逆に静かになるタイプなの?



「……あれ、そういえば……瑠璃先輩の相手は下村先輩がするはずじゃ……?」


「あそこだよ」



そう言って無造作に瑠璃先輩が指さした方向。


そこには無造作に岩が並んでいるように見えたのだが……よく見ると、その岩の下あたりに誰かが倒れている。



「し、下村先輩っ!?」



慌てて僕は壁から飛び降りて岩のところへと向かう。



「う……歌丸……か?


お前……どうして、マーナガルムは……?」



意識はあるようだ。


だがどう見てもかなり疲弊している。



「だ、大丈夫ですか? 何か怪我を?」


「そうじゃないんだが……ぐ……ちょっと、精神干渉で……意識が朦朧とするんだ……」


「精神干渉?」



えっと……確か前に教えてもらった気がする。


物理学ではその正体を解析しきれない、学生証を通して人体に宿る魔力


それを使うことで人の肉体面だけでなく、精神面にも効果が表れるという現象だったかな。


強制的にテンションが上がったり、逆に元気が無くなったり、混乱したり喋る内容が思ってることと逆になったりとか……


今の先輩の場合は、元気がなくなるって奴か。



「だったら……今は対戦中だし、紗々芽さんの枠を開けて……――特性共有!」



「っ…………お、おぉ、急に意識がはっきりした」



案の定、僕のスキルは精神干渉にも効果的みたいだ。


下村先輩は元気になってその場から立ち上がって、近くに落ちていた槍を手に持った。



「初めてかけてもらったが……なんか体まで急に軽くなったな。凄いな、これ」



そう言って下村先輩は僕のスキルの効果に何やら感動しているが、こっちとしてはそれどころではない。



「いや、それより瑠璃先輩、普段とキャラ違うんですけど……なんかもう別人? って感じで怖いんですけど」


「あ……ああ……やっぱり怒ってるのか?」



恐る恐る、僕は下村先輩と一緒になって壁の上からこちらを見ている瑠璃先輩の方を見た。



「…………ふぅーん……まだ立つんだ」



まるで道の中心に小石を見つけた、みたいなどうでもよさげな嫌悪を感じる視線に恐怖を覚える。



「き、気をつけろ!


攻撃的な魔法の雨の合間に、さっきみたいな精神干渉の魔法が混ざってきて、俺はそれにやられた!」


「え、いや気をつけろとか言われても――!」



僕の場合、普通に魔法を避けること自体難しいから無理です!


そう言おうと思ったとき、風が吹いた。



「って、ぅお、お、おぉぉおおおお!?」



下村先輩目掛けて僕の拳よりも大きい氷の塊が雨の様に降ってきて思い切り地面を抉る。


直撃したら常人なら骨とか折れそうな勢いだ。


そしてそれに混ざってなにやら雷撃も混じっていて、鎧の形状に変化している土門先輩の制服の端を焦がす。


そしてそれらの攻撃は際限なく振り続ける。


…………下村先輩にだけ!



「お……おぉう……」



待てども僕には一切攻撃が来ない。


一体どうしてだろうかと瑠璃先輩を見たのだが、瑠璃先輩は僕のことなど眼中にない様子で淡々と下村先輩に魔法を放ち続ける。



「……先輩、これガチで怒ってますね」


「そんな、ことは、知って、いるっ!!」



槍から巨大な剣に武器を持ち替えて、器用にその身に降りかかる魔法を払っていく先輩。


凄いな、あんな大剣を軽々振り回すとか。


……まぁ、今は僕のスキルで筋肉の疲労とかもないから振り放題だもんね。



「じゃあ、とりあえず僕は先に行きますね」


「お前この状況で俺を置いていく気か!?」


「この状況だからこそですよ。


だって僕にできることとかもうありませんし。


特性共有はそのままにしておくので、頑張ってください」


「元はと言えばお前が原因だろうがっ!!」



下村先輩には申し訳ないが、ここは男子チームの一員として、勝利に貢献するために動くべきだ!


決して、今の瑠璃先輩が怖いから逃げたいとかじゃないんだからね!



「さて……飛び越えるのは無理にしても、流石に地面の下は大丈夫でしょ」



さっきのユキムラの時と同じ方法で潜って壁を突破しようと思ったときだ。


――僕の前方の地面から槍が生えてきた。



「うぉおおおおっ!?」



思わずビビって叫んでしまったが、槍は僕の身体に刺さることなくあと一寸というところで止まる。



「普通にしてれば見逃すけど……何かすれば連理くんも攻撃しちゃうよ。


だって今、一応敵同士だし」



見上げれば、道端の小石をいるような目で僕を見ている瑠璃先輩がそんなことを言う。


……あ、まずい。


動いたら確実にやられる。



「くっ! 先輩、とにかく瑠璃先輩に謝ってください!」


「なんでそうなる!」


「昨日先輩が何かしたのが原因なんでしょうが!」


「だから根本の原因はお前!」


「土下座でも何でもしますから先輩も一緒に謝ってください!」


「いや、というか今一応試合中で敵同士ってことで……!」


「――瑠璃先輩、昨日ふざけてすいませんでしたーっ!!」


「って、おい!!」



謝る気がないならもういい! 僕一人で謝る!


もう一秒でもいいからこの色んな意味で危険地帯から離れて壁の向こうの(比較的)安全地帯へと逃亡したい僕は即座に土下座を敢行する。



「別に、連理くんのことは初めから怒ってないよ」


「本当ですか! じゃあ!」


「でもこの場で何かさせるかどうかは話は別だよね」


「ですよねー」


「とりあえず、その場でおとなしくしてた方が安全だよ」



そう言って、瑠璃先輩は杖を構えてなんかバカでかい火の玉を出現させて放ちまくった。


マシンガンみたいに。


2~3mくらいの巨大な火の玉をバンバン撃ちまくるって悪夢だよ、ホント。



「お、おい、なんかさっきより攻撃の勢い半端ないぞっ!?」



そんな悲鳴を上げつつも、大剣をフルスイングして防いでいる大地先輩も何気に凄いな。


流石は次期生徒会候補。


二年生の前衛職で最強の一角と噂されるだけのことはある。



「先輩、どうにか頑張って瑠璃先輩を無力化してください!」


「歌丸この野郎っ!」



なんか下村先輩に睨まれたが、あの人は今はあれで手いっぱいみたいだし、とりあえずどうすべきか考えてみよう。



「ん? というか先輩、そもそも瑠璃先輩にまだ謝罪してなかったんですか?」


「だから、昨日、俺、何してか覚えてないって、言っただろ!」


「ならまずちゃんと謝ってください」


「いや、だから何をしたのかわからないって」「謝ってください」



グダグダと文句を言っているが、それは駄目だ。



「相手が怒ってるならまず謝る!


それをしないとそのままですよ!


自分が何かしてしまったんじゃないかって思ってるんでしょ!


そうやって意地張ってたら試合終わってからも口利いてもらえませんよ!」


「ぐっ……ま、まぁ、確かに……!」



あ、ちなみにこうして会話してる間も下村先輩は剣で魔法を防ぎ続けている。


地味に凄い。



「――る、瑠璃!


き、昨日は悪か」「ブレイズセラフィム」



駄目でした。


下村先輩の周囲に、炎の天使が四体出現した。


同じ魔法を使う鬼龍院麗奈さんよりもさらに迫力がある気がする。



「試合中に、やっつけでそんなこと言われても……………正直不愉快かな。


どうにかこの場を凌ぎきろうって魂胆しか見えないし」



淡々とした声でそう言う瑠璃先輩


やばい、また僕余計なことしたかも……



「っ――違う!!!!」



突然下村先輩はそんなことを叫び、あろうことかその手に持っていた大剣を捨てた。



「「っ!?」」



その光景を見て僕も瑠璃先輩も驚愕に目を見開く。


そして次の瞬間には四方向から炎の天使に切り付けられ、どこからどう見ても下村先輩はそれらの攻撃をノーガードで受けた。



「な、何してるの!!」



悲鳴にも近い瑠璃先輩の声がした瞬間に天使が消える。


魔法を解除したのだろう。


だが、直撃を受けたことには変わらず、たったの一瞬で下村先輩の制服はボロボロになって、焼け爛れた肌がそこから見えた。



「ぐっ……は……はは……流石に、しんどい、な……!」


「せ、先輩っ!?」



これはまずいと思って駆け寄ろうと思ったが、下村先輩はそれを手で制した。



「だ、大丈夫だ……!


お前のスキルで、気絶せずにすんだ……おかげで」



明らかに無理しているが、下村先輩は笑みを浮かべて見上げる。



「瑠璃……ようやく、ちゃんとこっちを見てくれたな」


「っ……」


「俺もさ……正直こんな場じゃなくて、もっとちゃんとした場所で話すべきだってことは……わかってるんだけどさ」



額に脂汗を浮かべている。


明らかに火傷で苦しんでいるはずだ。


僕のスキルの苦痛耐性を使えばある程度軽減はされるはずなのに、意地を張っているようで使用しない。


いや…………下村先輩としては、すでに現段階で意識を正常に保っていられるだけで十分と考えているのだろう。



「一分一秒でも早く、お前とちゃんと話したかったんだ」


「…………」



下村先輩の言葉に、瑠璃先輩の表情が揺らいだ。


今まで無表情だった顔が、今は火傷でふらついている下村先輩に対して心配を向けている。



「…………お前の言葉を聞くまで、こんな覚悟も決められなかった腑抜けだと笑ってくれ。


だが……俺は本気なんだ。


お前と話すことを、やっつけとかその場しのぎなんかじゃないことだけ……わかって欲しいんだ」


「……そんなこと言って、油断を誘っても無駄だよ。


どうせ……そのまま倒して結界の外に出しちゃえば怪我はなくなるんだから」



確かにその通りだが、言っている内容の割に瑠璃先輩の表情はとても辛そうだ。



「ああ、お前が望むなら……もう避けはしないさ。


煮るなり焼くなり好きにしろ。


何をしたのか、結局思い出せねぇけど……それで、俺が傷つけたお前の気持ちが、少しでも晴れるなら、俺も文句はない」



いや、ここであなたに負けられると僕も付随して負けが決定されるんですけど……と言いたかったが、場の空気的に言える雰囲気ではないので黙っている僕である。


稲生、ごめん。


なんかお前との約束さっそく果たせそうにないわ。



「――えー、ではここで昨日何があったのか、リプレイしてみましょう」


「「「え」」」



第三者……じゃなくて、第四者の声に僕たち三人は一斉にそちらに顔を向ける。



『あ、あれ、学長!?』



実況の水島夢奈の驚きの声が聞こえる。


それは当然だろう。


先ほどまで彼女の隣にいたはずのドラゴンが、今は何故か僕たちのすぐ近くにいるのだから。



「それでは、肝心の場面をどうぞっ」



VTRを回すテレビの司会者みたいな前振りをしたかと思えば、僕たちの頭上に学生証で見るものと同じ、いや、それを何十倍にも巨大にした空中投影型のディスプレイが出現した。


そしてそこには、昨日訪れた西学区の店のテラスが移っており……なんか同じペアルックの格好をした下村先輩と、瑠璃先輩が………………抱き合っていた。



「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」



自分たちの仲睦まじい姿をこんな大画面で映し出された悲鳴を上げる二人。


なんか、気のせいか今まで周囲から聞こえていた銃声とか剣戟の音とかが止んだ気がする。


そしてそんな周囲の空気は無視して、画面に映る下村先輩が赤い顔のままキメ顔をする。



『可愛いぜ、子猫ちゃん……お前のためなら、世界中敵に回したって本望さ』


「だ、誰だこいつ!?」



あなたです。



『ア、アースくん……少しお水飲も、ね?』


『おいおい……二人っきりの時は……違うだろ』


『あ、ぅ…………だ、大地く……ん』



「わわあああああ、わああーーーーーーーーーーー!!」



自分の声を必死にかき消そうと大声を上げる瑠璃先輩だが、全然意味をなさない。


というか……そっか、二人っきりの時は普通に名前呼びなのか。


なんかますますこの場に僕はいない方がいい気がしてきた。


……というか、僕の記憶が正しければ僕たちが退散する直前って下村先輩が瑠璃先輩に迫っていたみたいだけど……あれか、瑠璃先輩って押しに弱いのかな?



「あ、ちょっと早送りしますねー」


『―――――――――――――』

『――――――――――――!!??』

『――――――』

『っ――――!!』



なんか映像が早く流れていて音声が途絶えているが、何やら下村先輩が瑠璃先輩を口説いているってことだけはなんとなくわかった。



「おいこらクソドラゴン余計なことすんな」


『学長、マジ空気読んでください』


「もっと見せてよ!」

「大事なところでしょ!!」



僕と実況、そして見知らぬ女子生徒の声。


みんなの気持ちが一つになった!



「いえ、普通に見せたら時間が無駄にかかるので。


あとでちゃんとフルバージョン放映しますから」


「「やめてくださいっ!!!!」」



学長の言葉に対して全力で叫ぶ下村先輩と瑠璃先輩。



「さて、ではここが問題のシーンです」


「ん……って、おぉ!?」



学長の言葉にディスプレイを見て僕は思わず驚いた。


何と、あの二人が今にもキスしようという直前だったのだ。



「は…………はぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」



記憶が無いと言っていた下村先輩は、映像の中の自分がしようとしている行動に驚愕から大声を出してしまう。



「ちょ、まっ、え、お、おいこれ、本当に俺かっ!?


全然覚えてないんだけど、え……え、ちょっと、まさか……え、そんな、はぁあああああ!?」



もう傍からはどう見ても困惑している下村先輩


その一方で……



「…………」



瑠璃先輩はなんとも言えないような顔をしている。


悲しそうな……いや、辛そうな……どう言ったらいいのかわからないが……怒っているという感じではない気がした。



そして、映像の中でいよいよ二人の距離がゼロになる――――その直後だ。



『――駄目だ、これは……全然駄目だぁ!!!!』



映像の中の下村先輩は突如そんなことを叫びながら瑠璃先輩から離れる下村先輩



「は?」

「お?」



予想外の行動を取った下村先輩に、当の本人も僕もちょっとびっくりした。



『こんなん嘘だ、全部無しだこんなもんっ!!』



そして何を考えたのか、映像の下村先輩はテーブルの上に置いてあったまだ少し中身が残っていたグラスを一気に飲み…………倒れる。



『――ぐぉー……すかー……』



そしてもう漫画のテンプレみたいなイビキかいてその場で寝てしまう下村先輩



『……………………え?』



瑠璃先輩のそんな短い声を最後に、映像はそこで終わる。



「……というのが、昨日の顛末です。


では、私はこれで」



ドラゴンの姿はそのまま消えた。


おそらく転移で実況席にでも戻ったのだろう。



「……………………」



沈黙が痛い。


俯いたまま動かない瑠璃先輩


その沈黙がなんか……こう、いたたまれない。



「な、なんだ……はぁ……よかった、未遂だったのか」



そんな中で空気が読めていないのか、もしくは現状を理解できてないのか……映像を見てほっと胸をなでおろす下村先輩


……あ、駄目だ。


これは駄目だ。


これは流石に僕でもわかる。


というわけで、僕は速攻でその場から距離を取った。



「――よかった?」



瑠璃先輩の目が、激情に揺れた。



「……駄目って……やっぱり、そういう意味だったの?」


「瑠璃?」


「嘘……だったんだ……全部……全部っ!」



稲妻が飛来し、炎が駆けて、氷が迸る。



「な、ちょ――まっ!?」



再び始まった攻撃に慌てる下村先輩


頑張って避けているが、めっちゃ辛そうだ。



「う、歌丸、こ、これ俺はどうしたらいいんだ!?」


「自分で考えて下さい」



流石にこれはない。


鈍感って言ってもこれは酷い。


というか今まで鈍感だったの瑠璃先輩の方だったのに、なんで鈍感キャラになってんだよこの人。



「いや、元の原因はお前で」

「いえ、今の瑠璃先輩が怒っているのは直前の先輩の発言が原因ですから」


「はっ? なんで?」



直後、雷撃、炎、氷に鉄球が追加された。



「うぉぉおおおおおおお!?」


「……はぁ……残念だ。


せめて壁を越えてみたかったが……ふぅ」


「おい、諦めモードに入るな!


お前今まで無駄に食い下がって勝ってきたのに!!」


「今回に限っては……むしろ先輩は負けた方がいいかなって。


いや、本当に」



もうね、瑠璃先輩の姿が痛々しくて……とてもじゃないけどあんな人倒してこの壁を超えてやるって気概はわかない。



「くっ、ちょっと待て瑠璃どうして、俺の発言で怒って………………って、あ、いや違う誤解だ!!!!」



言葉の途中で自分の失言に気付いたらしい。


いや、まぁ、気付かない方が頭が心配になる。


瑠璃先輩の言葉とかあからさまだし。


なんか普段の下村先輩らしくないが、よく考えれば上級魔法を受けていて痛みで思考が散漫となっているのだろう。


本来ならとっくに気絶してこの会場から退場しててもおかしくない状態だしね、今の先輩。



「瑠璃、聞いてくれ、さっきのはそういう意味じゃなくて!!」


「うるさい、うるさい、もう知らない、何も聞きたくない!!!!」



子どもの癇癪みたいに魔法を連発しまくる瑠璃先輩


鬼龍院あたりならとっくに魔力切れ起こしてるはずの質と量なのに……流石は最強と謳われるだけはある。


……って、冷静に分析してる場合じゃないか。



「先輩」


「今お前の相手してる場合じゃねぇ!!」



ひでぇ。


いや、わかるけど……このままじゃ本当に埒が明かない。



「もうとっとと抱きしめて好きって言ってあげてください」


「お前、今日ふざけすぎだぞ!?」


「投げやりなのは認めますけど、割とマジですよ」


「いや、だが、それで解決するのか!?」


「僕としては力業だけど一番の手かなって。


他にあるなら、どうぞそちらで」


「ぐっ……!」



言葉につまるあたり、やっぱり同じこと考えていたらしい。



「――うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



覚悟を決めたのか、声を張り上げながら前へと進む下村先輩



これはどうなるのかと思って手に汗握ってその光景を見入る。



――その時だ。



背後から爆風が起きた。



「って、ぉおおおおお!?」



突然の衝撃に僕は前のめりに転んでしまう。



「な、なんだ!?」



驚いて振り返る。


そしてそこで僕は見た。



「――足引っ張るなよ」


「――言ってろ」



対人戦最強 灰谷昇真


北学区生徒会副会長 来道黒鵜


二人が肩を並べて、今まで見たことのないような戦意に満ちた表情をしている。



「はっ……いいわよ、まとめてかかってきなさい」


「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



北学区生徒会長 天藤紅羽


そのパートナーの飛竜 ソラ


組み合わせ的にラスボスの風格である。



そんな燃える2VS2という構図の戦闘が、今まさに始まろうとしていた。



…………え、なんか……こう……なんだろう?



――ものすごく見応えありそうな場面を見逃した気がする!!

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