第197話 主人公が土下座してる一方で その①
■
時間を少しばかり遡り……囮を買って出た三人、歌丸連理、下村大地、灰谷昇真が姿を現している一方
まだ土煙が残っているあたりから女子陣地を目指す者たちがいた。
しかし、彼らの姿は常人の目には映らない。
何故ならば、学園屈指の実力者である来道黒鵜を筆頭に、隠密スキル持ちが分担で姿を隠しているからだ。
「よし……壁を登れ」
この場の指揮を預かった三年の生徒会会計である会津清松の言葉に、男子生徒が持ち前の身体能力で女子陣営の壁を登って向こう側へと行く。
隠密スキルは維持したまま、できるだけ音もたてずに、だ。
「――清松、この先は任せていいか?」
「あ?」
他の者たちが壁の向こうへと移動を終え、いよいよ自分の番と思えば、同じく生徒会のメンバーで副会長である来道黒鵜がそんなことを言ってきた。
「灰谷には悪いが、ソラとのコンビになってる紅羽は一人じゃ荷が重すぎる。
俺が支援に入らないと時間内に突破されて防御に回されたら勝ち目はないぞ」
黒鵜の提案に清松は一瞬ばかり思案する。
「その前にとっとと勝負を決めればいいだろ…………ってのは無粋か。
そうだな、元々これは模擬戦だ。
後輩どもに経験を積ませないといけないし、速攻で試合が終わる方が問題だしな。
精々あのじゃじゃ馬の手綱でも掴んで来い」
「わかった」
そう言って黒鵜は隠密スキルの精度を向上させて清松からも姿が見えなくなった。
そして清松は自分の隠密が解ける前にと急いで壁をその身体能力で登りきる。
――――♪
「っ!」
そして驚愕した。
壁を降りた瞬間に、向こう側では一切聞こえてこなかった歌声が耳に入ったのだ。
それも、全身に響くほどの大音量
「これは、MIYABIのライブだとっ!?」
ディーヴァの能力値を向上させるライブが、まだ続いていた。
歌声が聞こえなくなったので終わったと思ったら、まだまだ続いていたのだ。
「ぐ、ぅおおおおお!」
「お、押し切られる……!」
先に女子陣地に入っていた面子が、待ち構えていた女子生徒複数に一斉に攻撃されていて防御で手いっぱいという状況だ。
「うぉおおおおおおッス!!」
「俺は……壁、だぁ!!」
「くっ……これがディーヴァか……!」
「歌だけじゃねぇ、素でも強いぞこの人たち!!」
この場にいる一年生男子である日暮戒斗、谷川大樹、鬼龍院蓮山、萩原渉も上級生の女子相手にどうにか奮戦しているが、やはりこっちも守りで手いっぱいだ。
「どうなってんだこれは……!」
着地し、身の丈超えるような強大なハンマーを取り出して構える清松
「ディーヴァの持つスキルの一つですよ。
本人はあまり使いたがらないようでしたがね」
「氷川!」
待ち構えていた女子の集団の指揮をしていたのは、生徒会副会長を務める氷川明依であった。
その顔にはトレードマークのサングラスはなく、その手には先ほどの矢の雨を放った弓が握られている。
「ディーヴァ専用スキル“ライブドーム”
任意で仕切りをした空間の中限定で音を増幅して歌の効果を高めるスキルです。
一方で、仕切った空間の外には一切の音が漏れなくなる遮音性も発揮します。
ああ、一応言っておきますがMIYABIはフラッグの近くで歌っているのでここにはいませんよ」
明依の言葉に、清松の表情は険しくなる。
よりにもよって一番に倒したい相手が一番奥にいるというのだから仕方がないだろう。
「歌丸連理のエンペラビットがいるなら、音で情報を判断した上で、安易に突入してくると思えば……予想通りですね」
「けっ……可愛くねぇな。
あと一応言っておくが、別にライブが聞こえてようと突入はしてたぞ」
「でしょうね。
男子にはもうそれ以外の選択肢はありませんから――ねっ!」
言葉の途中で一気に弓を放つ明依。
それを豪快にハンマーで撃ち落とす清松。
ライブで相手の能力値が上昇している以上、長引けが自分が不利だと一気に勝負を決めようとする。
しかし、その前に無数の斬撃を重ねた結界ともいえる様な脅威に、足が止まった。
「っ! これは――!?」
「げっ!?」
驚く清松の後方で、斬撃を放った主の姿を確認して戒斗が呻く。
「栗原先輩までいるんスか!?」
風紀委員(笑)所属の二年生、栗原浩美
職業は二刀の剣を使った高速連撃を放つソードダンサー
迷宮生物よりも、対人戦においてより高い効果を発揮する職業であり、彼女はその中でも頭一つ抜けた実力の持ち主だ。
「現役生徒会役員と、次期生徒会役員候補か……!」
「あと、他の皆さんも相当の実力者ですよ。
さぁ、どうしま――ぷふぅ!?」
明依は言葉を途中で遮られ、多くの者が何事かと驚いた。
「ぎゅぎゅう!」
「きゅるるんっ!」
現れたのはドワーフラビットのギンシャリ、エルフラビットのワサビである。
二匹は揃って明依の顔目掛けて左右から蹴りを放ち、その勢いに明依は後方にぶっ倒れた。
「「「………………」」」
あまりに突然で予想外の光景に誰もが呆気にとられる。
「ぎゅう!」
「きゅる!」
一方で兎二匹はそのままハイタッチして、何事もなかったかのように先へと進む。
倒れた明依は肩を震わせながらゆっくりと立ち上がる。
その両頬にはくっきりと二匹の兎の足跡がついている。
「く、ぐ……う、歌丸連理……!
いつもいつも……そして今もまた、私の邪魔を……!」
「いや、あいつそんな命令はしてないッスけど……」
「じゃあ今の何ですかっ!?」
「単純に、あいつら氷川先輩のこと歌丸の影響で嫌な奴って認識だから攻撃したのかなと思うッス」
「やっぱり歌丸連理のせいじゃないですか!!!!」
「あー……うーん………………そうッスね」
それとなくフォローしようと思ったが、日頃の行いが結実したものなので無理だなと諦める戒斗なのである。
「もう堪忍袋の緒が切れました!
稲生さんじゃなくて私が奴に引導渡してやりますっ!!」
「副会長、落ち着いて、ね?」
それとなく明依をフォローしようとする浩美。
そんな彼女を横から来た巨大な鉄塊が襲う。
「……え?」
急にその場から姿を消した浩美に唖然とする明依
その視界には、獰猛な笑みを浮かべる清松が入ってきていた。
「――俺も舐められたもんだな。
まさか目の前で下らないおしゃべりされるとは…………なぁ!!」
「っ!!」
至近距離で豪快に振られたハンマー
明依は持ち前の動体視力でどうにか躱すが、その風圧で態勢が崩れてしまう。
「しゃぁあ!!」
体勢が崩れたところに、容赦のない前蹴り。
それによって明依の身体はくの字に曲がって吹っ飛ばされた。
自分たちの指揮官がたった数秒目を離した瞬間に吹っ飛ばされ、他の女子たちも動きが止まる。
「――大樹!!」
「っ! ウォールライン!!」
名前を呼ばれ、谷川大樹は身を反転させて、敵である女子たちに背中を向けた状態でスキルを発動させる。
「一年ども、兎を追ってフラッグ取ってこい!
他はそこの大樹を死守しろ!
そいつが倒れたら、壁の向こうの火力馬鹿二人とマーナガルムが戻ってくるぞ!!」
清松の言葉に、多数の女子たちに押され気味だった面々はすぐに動いた。
場の空気が変わったのだ。
「いくぞ渉!」
「ああ! 大樹、頼むぞ!」
清松の指示に、動きが止まっている女子の隙をついて先へと飛び出す蓮山と渉。
「ハイディング」
そしてちゃっかり隠密スキルを使ってその後をついていく戒斗。
自分だけ攻撃されない様にするところなど、戦術として有効だがセコイ。流石三下。息をするように三下。
「くっ…………女子相手に……まさかここまで容赦ないなんて……!」
「油断、した……!」
「ちっ……あーあ、殺しても死なない結界っていうから本気で攻撃したんだがなぁ……氷川はともかく……栗原、だったか?
お前まで生き残ってるって言うのはちょっと……自信無くすぜ」
「一応……防御はしましたので……!」
立ち上がった浩美。
先ほどまで二刀を構えていたのだが、今は左手に一本しかない。
見れば右手はだらんと下がっているだけで、少し後ろには刀身が折れた剣が転がっていた。
それらを確認した清松は冷静に浩美を見る。
「あの不意打ちに一瞬で反応して防御、か……なるほど、反応速度の速さは三年の上位クラスだな。
だが……それを活かせる技術はまだみてぇだな。
よし、かかってこい。少し揉んでやる」
軽々とハンマーを担いでそう宣言する清松
それに相対する二人の女子は戦意をその眼に宿す。
「次はもう……容赦しませんよッ」
「けほっ……私も一手、ご教授お願いします」
先ほどまでと違い、油断など一切ない。
模擬戦であるからと、気を抜いていた自分を省みて頭を完全に切り替える。
――目の前にいるのは、殺すべき敵だ。
迷宮に挑む北の生徒、その上位の生徒として、本気で戦おうと明依と浩美は覚悟を決めた。
「見た感じここに残ってるのは主力で、奥にいるのは保険だろ。
ってことはチーム天守閣とチーム竜胆の一年女子だけ……つまり……お前らを倒せば」
そして清松も、獰猛な笑みでさらにもう一本のハンマーを出現させ、それぞれを両手で構える。
「俺たちが買ったも同然だな」
北学区三年 会津清松
――
■
「このまま先を目指すぞ!」
鬼龍院蓮山を先頭にフラッグを目指す三人。
「というか、先に行った歌丸の兎二匹で十分対処できるんじゃないか?」
「ああ……あいつら進化して対人戦能さらにえぐくなったッスからねぇ……」
「お前ら! 兎に抜かれて悔しくないのか!!」
そんなことを言い合いながら走る一向はフラッグのある、土でできた城へと入っていく。
城と言っても天井があるわけではなく、分厚い壁で空間を仕切っているだけなのだが、最初に足を踏み入れた空間で三人の足は完全に止まった。
「これは、樹木だと?」
「おいおい……この土の要塞だってできてまだ十分くらいしか経ってないだろ。
構えろ! どう考えても自然のものじゃねぇ!」
蓮山と渉が見渡す限り、その空間は足の踏み場がないくらいに木の根っ子に覆いつくされていた。
その一方で、戒斗は真っ先にこの現象の答えにたどり着いた。
「ララの根っこ……ってことは、苅澤さんッスか!」
「――ううん、ササメはいないよ」
戒斗の言葉に答えるように姿を現したのはドライアドのララだった。
「ぎゅ!」
「きゅる!」
「ギンシャリに、ワサビまで!
まだここにいたんスか!?」
先行したはずの二匹の兎が目の前に現れて驚く戒斗。
この二匹ならばとっくにフラッグの元にたどり着いていると考えていたのだ。
「おい、なんか空中が黄色くかすんでるんだが……あれが噂の胞子か?」
渉は周囲を見回して誰よりも先に上空の異常に気付く。
空中を移動できるはずのエルフラビットまで足止めされているという事態の妙に気が付いたからこそ見つけた違和感だった。
「そう。
あなたたちなら、そこまで効果ない、けど…………その子たちがまともに吸えば、すぐに動けなくなる」
「なるほど……兎の足止めってわけか。
だが……俺たち全員相手ならどうかな?」
三人の学生に加えて兎二匹
単純な戦力ならば、ララでは勝利は難しいと言わざるを得ない。
「――その子たち以外は、素通りしてもいいよ」
「……は?」
ララからの提案に、好戦的に笑っていた蓮山が呆気にとられた顔をする。
「私の役目、その子たちの二匹の足止め。
他は別にいいって言われた。
……それとも、全員で私を相手にする?」
ララが小首をかしげてそんな風に訊ねてきたが……
「わかった、俺たちは先に行くぞ」
即決だった。
蓮山は構えを説いて先へと進んで行き、渉は何も言わずについていく。
「え、ちょっと、それ大丈夫なんスか?」
「考えてる暇はない。
ここでこいつを相手にしていたら時間が無くなるぞ」
「いや、だけど……!」
自分のパートナーではないとはいえ、仲間である二匹を置いていくのは気が引けた戒斗
そんな戒斗を見て、ギンシャリはその背中を蹴った。
「おっと!」
「ぎゅぎゅ!」
「えっと……ここは任せて先に行け……ってことッスか?」
「ぎゅう!」
「……わかったッス」
文字通りに背中を押され、戒斗も先へと進んだ。
同時に、その通路はすぐさま木の根によって蟻が通る隙間もないくらいに完全にふさがれた。
■
※ここから都合上、意訳となります。
「ふっ……やれやれ、手のかかる小僧だ」
「主でもないのに、私たちの気をかけてくださるのですね……」
「…………それで、あなたたちはどうする?
このままうごかない、なら……私は何もしない」
ドライアドのララの言葉に、ギンシャリとワサビはそちらに顔を向ける。
特に、ギンシャリの態度はかなり分かりやすかった。
「当然、相手になってもらおうか」
「……前から思っていたけど……かなり好戦的……だね」
「然り。今でこそ主に仕える身であるが、かつては一族の戦士なれば戦に臨むは本望よ」
「役職あるんだ……」
「更に言えば……かつての雪辱、この場で晴らさせてもらおうかっ!」
以前と違い、ドワーフラビットという戦闘向けに進化したギンシャリはララに向かって前歯をむき出しにして威嚇する。
かつて、ララがまだ歌丸たちと出会う前、精神的に錯乱していた彼女はエンペラビットの生息地までその根と胞子を届かせ、被害を出していたのだ。
「…………そのことについては……ごめんなさい」
「謝罪など不要。
その気持ちに偽りが無いのならば、全力での相対を望む!
それこそが我らへの最上級の贖罪と心得よ!」
「……わかった。手加減はしない。
……それで、あなたは?」
「当然、私も戦わせていただきます」
ララの言葉を受け、エルフラビットのワサビは一歩前に出た。
「……お前は元々戦士ではない。
付き合う必要はないのだぞ?」
「私とて一族。
そして今は主に仕える者として、同胞である貴方と共に在るのは必然です。
そして何より……いつまでも後ろに隠れているような、か弱い存在と思われるのはそれこそ屈辱というものです。
貴方が何と言おうと、戦います」
「……ふっ……頑固者め」
「どちらが……」
二匹は互いに目配せをして、そして頷く。
「というわけだ、ララ殿。
我ら二頭と、立ち合ってもらうぞ」
「降参してもよろしいのですよ?」
その二匹の言葉に、ララは態度で答える。
周囲から木の根が伸び、葉が茂り、花が咲き乱れ、花粉が散る。
「進化したからと言って……あまり調子に乗らない方がいい。
貴方たちと私とじゃ、キャリアが違う」
二匹のエンペラビットと、ドライアド
嘗ては弱者と強者として一方的に虐げるだけの関係だった者……者?
……者たちが、対等な敵同士として向かい合う!
戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた!!
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