第99話 モンスターパーティ① 迷宮再現コース、やったね予習できるよ!
『さて、それでは入札を現時点で受付を終了し、最終オッズが表示されました。
やはり、一位の予想が多いのは伝説の魔獣の名を持つ
そしてそれを駆る南学区期待のルーキー、
今回の解説にして、南学区生徒会長の柳田土門さん、これはどう思いますか?
なんでもプライベートでも交流があるとか』
『まぁな。
昔からの幼馴染で、うちの副会長、ああ、三年の稲生の妹だ。
昔から“お兄ちゃんお兄ちゃん”って後ろからついてきていてなぁ……ぐすっ、あんなに立派になって』
土門会長、止めてあげて。
稲生のやつ、顔を赤くしながらプルプル震えてるから。
「きっ!」
なんでそこで僕を睨む?
『第50層以降で出現するエリアボス、北欧神話の神殺しの狼として知られるフェンリル、その名を持つ迷宮生物の体毛や血液などからDNAを採取し、ハウンド系や様々な犬種と交配した結果誕生したマーナガルム
あいつはそのうちの一頭だ。
南と東学区の共同合作の成果、ある意味人類の繁栄の証でもある。
強力だが、手懐けるには気難しい性格なんだ。
その辺りはナズナのテイマーとしての技量が試されるだろうが、あいつのテイマーとしての才能は生徒会役員全員が太鼓判を押すぜ』
「(ドヤァ)」
もうさっきから何なのこの子?
『なるほど、パートナーはもちろん、学生の方も期待というわけですね。
そして一方、オッズの倍率は出場者最高、今回のレース一番の大穴、歌丸連理さんです』
『コース全部じゃないが、騎乗が許可されているレースでエンペラビットは不利かもな。
とはいえ、申告されているステータス上エンペラビットが一番足が速いのは確かだな』
『ということは、歌丸選手がどれだけ早くゴールするかが勝負の決め手となるのでしょうか?』
『それはどうかな?』
『と言いますと?』
『歌丸連理は北学区のホープであり、世界最速の短期間攻略レコードホルダーの一人だ。
あらゆる予想を飛び越えてくれるし、それを俺はこの間の
ぶっちゃけると、俺、あいつに上限いっぱいまで金を賭けたぜ』
『な、なんとぉ!?
まさかの柳田会長、北学区のホープを一着と予想!
これは流石の私も予想外、歌丸選手からレース中目が離せませんね!』
やめて下さい、そんなプレッシャーかけないで。
稲生がもの凄く怖い目で僕を見てきているんですけど。
『それでは、いよいよランプ点灯です!』
赤いランプが一つ着いた。
二つ、三つと赤いランプが点灯し、周囲の学生たちや迷宮生物たちが身構える。
そして、一瞬そのランプが消え、青いランプが点灯し、ブザーが鳴り響いた瞬間
「――WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
獣の咆哮が
『おおっと、スタートと同時にマーナガルムが吠えたぁ!!
突然の咆哮に、多くの学生と迷宮生物の動きが止まってしまったぁ!!』
『ベルセルクの“
スキルってわけじゃないから攻撃にカウントはされないが、あの威圧感から吠えられたらどんな生き物だって身がすくんで動けなくなる。
ほれ、スタート早々気絶してる奴までいるぞ。
だが……』
『な、なななんと!
マーナガルムの咆哮などなかったかのようにスタートから一番に飛び出したのは、予想外!!
歌丸選手だぁ!! ――って、あれぇ!?』
『……なんであいつ、エンペラビット頭に乗せてんだ?』
いきなりマーナガルムが吠えたのは予想外だったが、
予定通り、ギンシャリを頭に乗せて僕は全力疾走でその場から走り出す。
「な、待ちなさい!!」
後ろから追いかけてくる稲生とマーナガルム
スタートから第一チェックポイントまでは騎乗はできないから普通の徒競走だ。
他の人がまだ咆哮で動けないなら、ここで距離を稼ぐ。
『おっと、歌丸選手、ここでいきなり加速しましたぁ!』
『シーフ系の持っている逃走スキルと似たようなスキルをあいつも持っていたはずだ。
それが今発動してるんだろうな』
その通り、後ろからマーナガルムが追いかけてきている状況が、僕に
おかげで体が一気に軽くなり、いくらでも全力で走れる。
「――チェックポイントまで先回りして!」
自分の足では追いつけないと判断した稲生は、マーナガルムを先行させた。
このスタートから第1チェックポイントの間は攻撃も許されないから、先にマーナガルムを生かせるという算段なのだろう。
そしてやはりその巨躯は伊達ではないということか、あっという間にマーナガルムは僕を追い越していく。
そしてその姿はすぐに前方にある林の中へと入って見えなくなる。
第1チェックポイント、森林エリア
各チェックポイントは迷宮でのエリアを元にしているらしい。
森林エリアに一度足を踏み入れ、そしてその奥に設置されている木に触れることがこのエリアの突破条件
すでに森の中にはマーナガルムが潜んでいる。
このまま突っ込めば確実に奇襲されるが、僕は構わずその森の中へと突っ込んだ。
『これは……歌丸選手、先行したマーナガルムがすでに潜んでいる森林に臆することなく入っていきましたね。
定石通りならば、先にパートナーである迷宮生物を先行させて安全確認してから入るはずですが?』
『そうだな。
森林エリアは最もスケープゴートバッチを破壊されやすいエリアだ。
遮蔽物が多いから、奇襲に最も適している。
マーナガルムは巨体に見合わないほど素早く、あのエリアは格好の襲撃場所だ。
例年、ハウンド系の迷宮生物があの場所で陣取って他の選手のバッチを破壊するし、ナズナもそれを実践したんだろう』
『歌丸選手はそう言ったことを知らない故の行動なのでしょうか?』
『いや、レースの定石は知らないだろうが、あいつはナズナ以上に森林エリアには詳しいはずだ。
なんせすでに迷宮で本物の森林エリアに入っているはずだし………………あ、なるほど、そういうことか』
『どうしたのですか、会長?』
『奇襲されるとわかっていたから、あいつはエンペラビットを頭に乗せていたんだよ』
『はい?』
『見てれば分かる』
流石は土門会長、僕のスキルについてよく知っている。
その予想通りだ。
足音は殆どなく、人の耳では聞き取れないほどに小さい。
だが、エンペラビットの耳は誤魔化せない。
「GUOOOOO!!」
右斜め後方から、勢いよくマーナガルムがとびかかってきた。
瞬間、僕は左斜め前方に飛んで回避した見せる。
『な、なんと!? 歌丸選手、マーナガルムの死角からの攻撃を完璧に回避しました!
まるで背中に目がついているかのような完璧なタイミングです!!
会長、これはいったいどういうことですか!!』
『正確には目じゃなくて耳が良いんだ』
『耳? もしや、音でマーナガルムを感じ取ったと?』
『その通り。語感の共有……アドバンスカードの基礎的なスキルの一つだ。
今あいつが拾っている音は頭の上にいるエンペラビットの音なんだ。
マーナガルムの隠密性は確かに高いが、エンペラビットの耳を誤魔化しきれていないんだろうな』
『なるほど、エンペラビットの耳の良さは有名ですからね!』
『おそらくああいう風に頭に乗せて攻撃を回避するってのは初めてのことじゃないんだろうな』
その通り。
奇襲が予想されるときとか、より正確にどの位置に敵が潜んでいるのかを探るときとか、今見たいにシャチホコを頭に乗せていた。
ギンシャリで同じことをやるのは初めてだったが、特に問題はないようだ。
「ふっ!」
『歌丸選手、地面を蹴って木の枝に飛び移った!
まるで忍者! なんという身のこなし! 枝から枝へと飛び移り、マーナガルムの追跡を逃れています!』
『あの巨体じゃ流石に木の枝は足場にできないからな』
一度の不意打ちなら防げるが、しつこく追われれば僕も危ない。
「ほら、僕ばっかり気を取られてるとご主人の方が狙われるよ!」
「GRR!?」
やはり知能が高い。
僕の言葉に反応して背後の方を見るマーナガルム
すでに方向から復活した連中が森林エリアの方に向かっており、稲生のすぐ後ろから迫っている。
あれでは森林エリアに入った瞬間稲生が狙われる。
マーナガルムは僕の追跡を中断して稲生の守りに戻った。
その間に僕はチェックポイントの印がついた木を発見し、それにタッチして次に向かう。
『第1チェックポイントを一位で抜けたのは本レースのダークホース、歌丸選手、続いてマーナガルムに騎乗して一気に距離を縮めた稲生選手
そこから咆哮から復活した加藤選手、佐原選手と続いていきます!』
■
一方、レース状況をリアルタイムで移しているモニターを見て日暮戒斗は唖然としていた。
「これは……予想外過ぎるッス」
「そうだな」
隣にいる下村大地も同じような顔でモニターを見ている。
「正直、普通にビリになると思ってたぞ、俺」
「……俺もッス。
それでその後すぐにあの二人に土下座してる姿を予想したッス」
そう言いながら戒斗が視線を横に移すと……
「レンりん急げー!」
「もっとしっかり腕を振りなさい!」
容姿が良いのに、血走った目で応援している二人
あまりの迫力にその二人を中心にわずかに空間ができているほどだ。
ちなみに、すでにスタート地点から出場者たちの姿は見えなくなっており、声援など当然届くはずもない。
聞こえるとしてもレース状況を出場者に伝えるための実況と解説が聞こえる程度だ。
モニターにはマーナガルムの背後からの攻撃を完全に回避し、むしろ逆にギンシャリをけしかけたりする姿が映る。
「普通あんな迷宮生物に攻撃されたら怯むはずなんだがな……俺でも身構えるぞ」
「連理は度胸だけは座ってるッスから。
じゃなきゃレイドボス相手にあんな大立ち回りもできないッスよ」
「……確かにな」
「…………万が一このまま連理が優勝したら、どうするつもりッスか?」
「…………どうしよう」
頭を抱え込んでしまう大地
後輩を応援したい気持ちと、その後に自分が遇うであろう状況を憂うという複雑な心境だった。
「先輩、ぶっちゃけもう薄々気付いてるッスよね、現状」
「…………まぁな」
大地は別に鈍感というわけでもない。
ただ、突然の状況の変化に戸惑っているだけなのだ。
良くも悪くも……悪い面が目立つが、歌丸がかき回したおかげで大地は自分が今どういう状況に置かれたのかを把握できたのだ。
二人は歌丸の応援に夢中で気付いていない。
「弟として姉があのままじゃ放っておけないんで、迷惑なら迷惑って言ってやってくれないッスか?」
「そう、なんだが…………うまく傷つけずに断る方法が思いつかないんだ。
亜里沙のことは学区は違っても生徒会役員として尊敬してるから、そういう気持ちを無下にするのは、どうもな……
………………ん? もしかしてお前、俺が…………(瑠璃を一瞥)…………知ってるのか?」
「あー……まぁ、連理が気付いてたっス」
「あいつに? 地味にショックなんだが……」
「というか、知ってたから引っ掻き回したんスよあいつ」
「質悪いな」
「同意ッス。
でも……」
『第2チェックポイントももらったぁ!』
モニターに映る歌丸連理の姿を眺める戒斗
彼の姿を、今多くの人たちが見ていて、驚いている。
「あいつは別に、本気で誰かに不幸になって欲しいって思ってるわけでもないと思うんス。
あいつが人の都合を考えないときって、決まってその人やその周りのことを考えての時ッスから」
「…………なんか、尻を思い切り蹴られてる気分なんだが」
「あいつ無自覚にそれやるッスよ。
もっと質が悪いのは、行動に入る直前まで自分が苦労するのを勘定に入れないことッス。
今もこうして苦労してるのに、懲りないんスよねぇ……」
「お前も苦労してるんだな」
「今は別に下村先輩ほどじゃないッス。
ただ……俺からも言わせてもらうなら……下村先輩は、もう少し連理みたいに他人の都合を無視するくらいの方がいいッス。
時にはそれが一番優しいときもあるはずッス」
戒斗の言葉に、大地は少しばかり黙って日暮亜里沙を一瞥した。
だがまたすぐにモニターに視線を戻す。
「…………とりあえず、今はあいつの頑張りでも応援するか」
「……そうッスね」
■
第2チェックポイントがあるのは森から打って変わって洞窟のエリア
光源が一切ないのが特徴らしい。
今回は大きなコンクリート製の大型のパイプを迷路みたいにつなげて、その上に土をもって洞窟っぽい外観にしあげたのだとか。
入ってみると本当に真っ暗で何も見えないが、洞窟入り口に設置されていたヘッドライトを装備してその中に入る。
『実際の迷宮では遭難者が多発する危険エリアの一つとされる暗闇エリア
実際の迷宮と同じように今回はトラップも仕掛けられており、うかつに進むと危険ですね。
流石の歌丸選手もここではペースが落ちますね』
暗闇の中だが、どうやら中には暗視カメラでも仕掛けられているようでこちらの映像はわかっているようだ。
『稲生選手も別のルートから暗闇エリアに入っていきます』
『今回のエリアは入り口が複数あって、最初に人が入るとシャッターが下りる仕組みだ。
同じ場所から入ったら臭いを追跡して後から来る奴が有利ってこともあるからな。
作るの地味に手間かかったぜ』
『今さらですが、今回のコースは柳田会長監修の元、実際の迷宮エリアを訪れてから作ったそうです』
確か他の学区は20層まで行けば卒業に問題はないはずだが……土門会長、現段階でどれくらい潜れるんだろうか?
そんなことを気にしながら僕は慎重に進むのだが……
――カチッ
「あ――ああぁあああ!?」
「ぎゅぎゅっ!?」
何かスイッチ的なものを踏んだと思ったら体が急に浮かび上がり、身動きが取れなくなった。
確認すると大きな網でギンシャリごと僕は吊り上げられていた。
『あー、歌丸選手ここでトラップにかかってしまいましたね』
『一応脱出すればレースに戻れるが、無理そうなら棄権しろよぉー』
『あれ? 柳田会長、歌丸選手に上限まで入札したのでは?』
『あ、やべっ、連理、急いで脱出するんだぁ!!』
なんか急にやる気がそがれたが、言われるまでもない。
「ギンシャリ、
「ぎゅう!」
暗闇の中で光るギンシャリの額
そこから出現した小さな角を網に当てる。
そして数秒後には網の一部が切れた。
シャチホコが以前にやったような方法での脱出だ。
時間はかかるが問題はないはずだ。
『おっと、ここで稲生選手が暗闇エリアを一位で突破した!
なんというスピード! あらゆる障害を文字通り踏みつぶしていきました!』
『トラップも全部まとめてマーナガルムが破壊したからなぁ……あれ以上威力上げると殺傷性出てくるからなぁ……』
『そして続々と他の者たちも暗闇エリアを突破していきます!』
ま、まずい。
「急げギンシャリ」
「ぎゅ、ぎゅっぎゅう!!」
ブチっという音とともに網がばらけた。
「どわっ――たぁ!?」
着地に失敗し尻もちをつく。
まぁ、大した痛みではない。
「よ、よし、今度こそ」ピコンッ「え――ぐわはっ!?」
なんか変な音がしたと思ったら頭部に衝撃が。
威力はそれほどでもなかったが、大きな音がしてちょっと頭がクラクラする。
ちょうどギンシャリを乗せてないところに、なんだ?
『トラップを解除したと思ったところに金ダライ!
他の選手は一つトラップが終われば普通に先に進むことができたのですが、これはどういうことでしょう?』
『あ、そこ面白半分で作ったトラップ異様に集中してる通路だ。あいつそこ入ったんだな』
『なんという不幸!
歌丸選手、一番最初に入って貧乏くじを引いてしまったようです』
何してくれてんの!?
「くっ――ギンシャリ、トラップの位置はわかるか?」
「ぎゅう!」
「よし、お前が先行して僕がついていくぞ!」
迷宮で一番スタンダードなやり方
もはやビリ同然ならば奇襲を警戒することもない。
『おっと、エンペラビットが進んだ道を歌丸選手が進んでいく。
トラップは…………発動しませんね?』
『エンペラビットのトラップ感知能力か…………結構隠すのに自信あったんだが、これでもわかるとは流石だな』
遅れながらだが、暗闇エリアを無事に突破した。
『次は砂漠エリアだ。
流石に気候の再現まではいかなかったが、足場の悪さはお墨付きだぜ。
なんせ砂は現地調達だからな』
第30層以降の砂漠エリア
迷宮の中では実際どうなっているのかは知らないが、とにかく足場の悪さが目立つ――が、何も問題はない。
『歌丸選手、ペースが一切落ちません!
マーナガルムですらペースが落ちる砂漠地帯を全力疾走です!』
『敵から逃げるとき、もしくは悪路を走るときに補正が入るスキル、か。
普通の徒競走ならまだしも、障害物競争となると歌丸の独壇場なのか?
あいつ普段よりもよっぽど活躍してるぞ』
こんな場所でも悪路羽途が発動するとは予想外
しかしこれならば実際の迷宮でもかなり楽できそうだなと思いながら走る。
しばらくするとオアシスを模した水場があり、その近くにチェックポイントの岩がある。
トラップで遅れたので僕がビリとなったが、これで少しは遅れは取り戻せたはずだ。
『さーて、レースもいよいよ折り返し、トップを独走するマーナガルム、それを追走するアイアンホーク、シャドウライダー、そしてファングトータス!
最後尾を走るエンペラビットも、まだまだ挽回が可能な距離!
まだまだレースから目が離せません!』
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