第178話 “にゃんにゃん”か“わんわん”か、それが問題だ(キメ顔)

北学区での備品の確認終了後、僕と英里佳と詩織さんは昼食を済ませて南学区へとやってきた。


あ、お弁当滅茶苦茶美味しかった。


詩織さんのお弁当も美味しいけど、紗々芽さんのお弁当はなんかこう、優しいというか、丁寧というか……詩織さんには悪いけど、多分紗々芽さんの料理の方が好みかもしれない。


まぁ、本人には流石に言わないけどね。


食べてる最中も、なんか詩織さん難しい顔してたから、腕前が紗々芽さんの方がうまいことを気にしてたみたいだし。


まぁ、それはさておき……



「――というわけで、トウモロコシの収穫状況の確認に来たんですけど……まさか土門会長がいるとは思いませんでしたよ」


「会長は止せって、今の俺はただの三年ファーマーさ」


「ただのって……生徒会抜けただけでまだれっきとしたギルドの代表じゃないですか。


今回の体育祭の食材の準備でしっかり代表者として名簿に載ってますし」



椿咲の見送りの時に顔を出すと稲生会長と約束したが、こんなに早くなるとはちょっと自分でもびっくり。


今現在僕たちは南学区にやってきており、そしてそこで学園側で用意しておく食材の確認をした。


できるだけ新鮮な食材を用意したいとのことで、収穫して洗浄、そして検査が通った物から随時南の生徒会関係者の学生証に保管してあり、その内容をチェックするだけの簡単なものだった。


単に学生証を見せてもらうだけだったしね。


分量や種類も学生証に記載されるんだから、いや本当に学生証って便利。


で、今はちょうど収穫時期の夏野菜も持って行く予定である。


特にトウモロコシの収穫は今がピークで、収穫した後もサイロ詰めの作業があって大変なんだとか。


あ、サイロって言うのはトウモロコシを刈った後の葉っぱとか茎を細かく砕いたものを入れておく大きなタンクの施設で、別にトウモロコシに限ったわけじゃないけど、家畜の飼料となるものを長期保存しておくための施設全般のことを言う。


うちの実家は果樹中心でそういうのはなかったけど、北海道の酪農は、家畜のえさ確保のためにわざわざトウモロコシとか稲を作ったりしてそういう施設があるそうだ。


まぁそれはさておき……



「……機械とか手作業で収穫してるんですね。


ファーマーには収穫を短時間で行えるスキルがあるって聞きましたけど、使わないんですか?」



作業風景を見て、思わずそんな質問してしまう。


結構大きな機械がトウモロコシ畑の中を走っていて、一方ではたくさんの人が手作業でトウモロコシをもいで籠に入れたりしているが……スキルとか学生証を使えばもっと早く終わらせられるはずなのにどうしてしないのだろうか?



「ああ、急ぐ場合は使うんだが……できるだけスキルには頼らない様にしてるんだ」



土門先輩は首にかけたタオルで汗を拭きながら、楽しそうに収穫風景を眺める。



「俺を含めて、ここにいる連中は全員が卒業後に学生証を持って行けない。


だから、今のうちに学生証が無い状態に慣れておきたくてな」


「学生証の無い状態……ですか」



そうか、確かに冷静に考えると……基本的にほとんどの学生は卒業と同時に学生証の恩恵を失うものだった。



「改めてやってみてちょっと自分でもびっくりしたが……機械を使うのも手作業で収穫するのも意外と大変でな、自分がこの学園に来てどれだけ楽してたのか改めてわからされたぜ」



以前、銀杏軒でラーメンを食べていた時よりも大分日に焼けた土門先輩


口調とは裏腹に、少し楽し気だ。



「他と確認して今のところ必要最低限の収穫は済んでるみたいですけど……さっき戒斗の方と連絡とりまして、出店形式で焼きトウモロコシやりたいって人が多くいるみたいで、経費を抑えるために収穫できるものはできるだけ持って行きたいのでよろしくお願いします」


「わかった、任せとけ。


とりあえずできるところまではこのままでやらせてもらうが……そうだな、遅れそうならスキルでも使って間に合わせるから、増えることはあっても、不足分は出さないようにするよ」


「よろしくお願いします。


念のために用意したスケープゴートバッチで、予算カツカツみたいで……食材を本島で仕入れることはできるだけ避けたいんですよね」


「あー……結局学長が日本全国に結界張るってことで在庫余ったんだよな。


まぁ今後を考えると多すぎて困るものじゃないが……タイミングが悪かったな」


「ですよねぇ……それで、何か手伝うことあります?


こっちでの管理がきっちり過ぎてあと僕らのやること殆ど無いんで、何か作業があったら手伝うように言われてきたんですけど」


「ん? あー……手伝いって言われても、この作業だって俺たちの勉強会みたいなもんだからなぁ……スキル使えばすぐ終わることだからわざわざ手伝ってもらうわけでもないしな」


「ですよね」



この農作業も一見大変そうだが、どちらかというと土門先輩や他の三年生が日本に戻ってからの感覚のリハビリを兼ねているものだ。


わざわざ手伝っても僕たちが農作業の経験を積むだけで作業が早く終わるようなものでもない。



「……せっかくだし、少し私たちも収穫作業しておくのもいいんじゃないかしら?」



そう考えていると、詩織さんがそんな提案をした。



「何事も経験だし、私達って牛や羊とか飼育の手伝いはやったけど、こういう農作物の収穫ってまだやったこと無いじゃない」


「言われてみると……確かにそうかも。


……ああやって籠背負いながらの作業もトレーニングになるかもしれない」



詩織さんの意見に英里佳も賛成のようだが、考え方が少し戦闘よりだ。


まぁでもどっちも一理ある。



「ふむ……そうだなだったら……ん、ちょっとすまん、連絡が来た」



そう言って学生証を取り出す土門先輩



「よぉどうした? え……ああ、確かにこっちに来てるが……は?


ああ、うん、わかった今スピーカーに……え、他?


えっと……三上と榎並もいるが……え、あ、あー……うんうん……はいはい、なるほどな。


ちょっと待っててくれ」



そう言って、土門先輩は僕たちの方に向き直った。



「折角農場まで来てもらってすまんが、また牧場の方に手伝いに行ってもらえないか?


力仕事になってな、何でもそろそろ生まれそうな牛がいるんだが引っ張る人出が欲しいそうだ」


「……牛の出産って引っ張るんですか?」


「その方が母子ともに安全なんだよ。


まぁすぐに生まれるわけじゃないし、もしかしたら今日じゃなくて明日になるかもしれないが……その場合はこっちの企画内容でも見学してみろよ。


確かフレッシュバターづくりのワークショップのリハーサル予定だったし、参加してみるのもいいんじゃないか?」


「ほぉ……」



牛の餌やりとかはしまくったけど、冷静に考えるとお客さん的な感じで牧場に行くのはまだなかったかもしれない。


行ってみるのも一興かな。



「そうね……南の催しの視察も警備担当の私たちの役割の一環だし、一応安全かどうかも見ておいた方がいいかもしれないわね。まぁ、どうせ大丈夫なんでしょうけど」


「バターづくりって結構重労働って聞くけど……どれくらい負荷がかかるんだろ」



どうやら二人ともそっちで問題ないらしい。



「じゃあそっちに行こうか。


では土門先輩、僕たちそっちに行きますので」


「ん、あ、すまんが連理は俺と一緒に別のところ行ってもらえないか?


牧場に行く途中に校舎なんだが」


「え?」



土門先輩の言葉に僕だけでなく英里佳も詩織さんも首を傾げる。



「いやな、さっき牡丹から連絡があってな。


南学区でも何かワークショップ以外に色んな企画を体育祭で出したほうがいいって話になってな、アニマル喫茶を今回試験的に開催するらしいんだ。


そのためのお客さんを呼んで欲しいってことで連理が指名されたんだ」


「なんで僕に?」



喫茶店とかなら意外だけど英里佳たちが三人で良く行ってるみたいだから僕よりそっちの方が参考になると思うけど……



「喫茶の主導が植木がやってるから、男子の目線が欲しいんだ。


ほら、この間ラーメン屋で会っただろ? 三年の役員の一人の女子」


「…………ああ、あのリサーチャーの。


シャチホコたちにすごく興味持ってた先輩ですよね」


「……ああ、あの人」



どうやら英里佳も思い出したらしい。


直接的な会話はあまりしてないが、南の生徒会役員が全員集まった場という意味で結構印象的だったしね。



「……じゃあ、途中まで私たちが送っていきますから、連理は終わったら連絡してその場で待機してて。


そっちが終わったら迎えにいくから」



渋々と言った様子でそんな提案をする詩織さん。


僕への扱いが夜道を歩く小学生を心配する保護者な感じなのは気のせいじゃないよね、これ。



「……流石に過保護すぎじゃないかなぁ?」


「あんた、私達がちょっと目を離した隙にこれまで何度危険な目に遇ったか冷静に数えてみなさい」



そう言われると反論できない。


僕も好きでトラブってるわけじゃないんだけど、なんか申し訳ない気持ちになる。



「えっと……だったらやっぱり僕も牧場の方がいいんじゃないかな?


折角のお誘いだけど……牛の出産には人手がいると思うし」


「別にいいわよ。


私達の筋力値ならまったく問題ないし折角のお誘いを断る方が失礼でしょ」


「まぁ、連理が生徒会役員になるかはともかく、関係者であるなら顔は見せておいても損はしないだろ」



……なるほどな。


まぁ、確かにそのアニマル喫茶とやらの警備の確認もしないといけないだろうし……別に問題ないか。



「わかった、じゃあ僕は土門先輩と一緒に行くよ」


「シャチホコたちを今のうちに出しておきなさい。


変な奴が近づいたらすぐに逃げて私たちを呼ぶのよ、あと近くに人がいるなら悲鳴を上げることも大事なんだからね」



女子から女子らしい扱いをされる僕って一体……



「ま、まぁまぁそこまで心配するなって。


俺はファーマーだが、一応これでも三十層に到達してるし、結構強いんだぞ」



そうだった。


北学区以外でも迷宮の攻略はある程度義務付けられてるし、三年もいる土門先輩が弱いはずがないか。


少なくとも僕よりは強いんだろうなぁ……はぁ……



まぁ、そんなこんなで僕と土門先輩は牧場に向かう途中にある南学区の校舎に到着


厳重に注意されたのち、二人は牧場の方へと向かって行った。


一応、万が一の僕が誘拐されたときのためにワサビがついていった。


いやぁ、至れり尽くせりですなぁ(棒)



「……なぁ、連理。


お前らがあまりに普通の態度だったんで聞きそびれたんだが……榎並のあのゴーグルはなんだ?」


「イメチェンらしいです」


「そうか、北ではああいうのが流行ってるのか……斬新だな」


「そういうわけでもないんですけど……」



うん、このままだと間違ったイメージが北に定着してしまうかもしれない。英里佳が原因で。


いや、第一人者僕なんだけどね。


とはいえ、具体的に英里佳がどうしてあんなゴーグルをつけてるのかいまいち聞けなかった。


心なしか、他のみんな訳知り顔だった気がするんだけど……



「ところで、もう一つ気になるんだが……」



そう言って土門先輩は足元に視線を向けた。



「ぎゅぎゅぅ……」

「きゅきゅきゅ……」


「そいつら喧嘩でもしてるのか?」


「いえ、そういうわけでもないんですけど……」



そこにはギンシャリとシャチホコがいるのだが……最近、前より仲が良くない。


別に喧嘩してるわけじゃないし、シャチホコが一方的にギンシャリを敵視しているのだ。


現に今だって、シャチホコからの睨みを受けてギンシャリが気まずそうに歩いているだけだし。



「シャチホコが進化してるギンシャリたちに嫉妬してるみたいでして」


「嫉妬ねぇ……普通、迷宮生物は大抵進化した同種に対しては従順な態度を示すはずなんだがなぁ……」


「まぁ、一応スキルの関係上はシャチホコが群れの長って扱いなんでそれが原因なのかと」



そうこう話してるうちに、目的の教室に到着だ。


扉から中を除こうとしたが、なにやらのぞき窓に暗幕が張られていて何も見えない。



「さて、それじゃあまず今回のアニマル喫茶だが、基本的に南学区の息抜き企画の一環だ」


「息抜き、ですか?」


「ああ、毎年体育祭の主役は北学区の生徒の大乱闘的な展開でな、普通の安全競技が終わったらあとは見学するくらいしか他の学区はやることがない。


だから、体育祭の期間中に出場競技が終了した生徒はその期間中に何かしてて、それが恒例行事になったんだ。


で、基本的に北以外の学区では体育祭のことを裏文化祭って呼ぶ連中もいる。


このアニマル喫茶もその一つで、参加者を楽しませ、やってる連中も楽しむのが目的な模擬店になる。だから喫茶、って部分はあんまり期待はするな」


「はぁ……」


「で連理、この喫茶店に入る前に参考として聞くが……猫と犬、どっちが好きだ?」



ふむ、中で待機してる動物がいて、触れ合える動物が選べるって寸法か。


今回はあくまでリハーサルだから、その二種類だけってところなのかな。



「そうですねぇ……どっちかというと猫ですかね。犬はなんとなくハウンド思い出すんで」



苦戦した相手ではないけど、色々と怪我をさせられた相手ではあるしね……



「わかった、じゃあちょっと待ってろ」



そう言って、まるで僕に中を見せたくないかのように土門先輩は目の前の教室の扉を小さく開いて潜り込むように中へ入り、すぐに締めた。



一体何なのだろうか?



漠然と不安になってきたが、扉が小さく開き、そこから土門先輩が手だけを出して手招きをしてきた。


入っていいということのようだが……



「それじゃあ失礼しまーす」



どんな動物が待っているのだろうかと少し期待しながら扉を開ける。


そこでまず最初に僕の視界に入ってきたのは……



「い、いらっしゃいませ――にゃんっ!」



猫耳生やして猫っぽい尻尾をつけて猫っぽい手袋つけてメイド服姿の女子がいた。


というか、稲生にゃんだった。


稲生にゃんが、なんかヤケクソ気味にポーズ取ってる。


かわいい。



「かわいい」


「にゃっ!?」



おっと、つい口から本音が……


それはそれとして、僕の言葉にびっくりして目を白黒させる稲生にゃん


かわいい(確信)



「きゅぅ……」

「ぎゅぅ……」



足元にいた二匹が呆れた目で僕を見上げている気がしたが……きっと気のせいだろう。


とにかく僕はこの時点でこの店の概要をおおよそ把握した。



「とりあえず入店し直すので、次、犬バージョンでお願い。


ワンワン――じゃなかった、ワンモアプリーズ」


「や、やりにゃおしとかしにゃいからさっさと入りにゃさいよ、バカーっ!」



かわいい(確定)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る