第177話 歌姫はトラブルメーカー
■
場所は西学区のホテルのとある会議室
そこには生徒会の各学区の生徒会の主要メンバーが集められていた。
珍しいことに、一日の大半を迷宮で過ごすと言ってもいいほどの人物、北学区の生徒会長の天藤紅羽が、ふてくされた顔で出席をしていた。
その傍らには副会長の来道黒鵜もいる。
「いつまで不貞腐れてるつもりだ?」
「誰のせいだと思ってるのよ……はぁ~あ~」
実は体育祭準備期間中、万が一体育祭当日に迷宮から出てこなくてボイコットされることを防ぐために準備期間から天藤紅羽の迷宮への入場を全面的に学長の力を使って制限したのだ。
故に、彼女は時間を持て余して仕方なくこの場に出席している。
「――やれやれ、これが会長というのだから北学区は本当に大変だな」
そしてそんな紅羽を呆れたような目で見ているのは、アンダーリムのメガネをかけ、若干濃い隈が見えるやせた男子生徒だ。
制服の上に白衣を纏っており、何やら薬草のニオイを身にまとっている。
「そっちが言う?
普段から公務は後輩の副会長に丸投げしてるの、こっちだって知ってるわよ」
「自分はちゃんと書類に目を通している。
仕事のすべてを後輩に丸投げする責任放棄と一緒にしないでもらおう。
そもそも、自分が出るより、日暮亜里沙の方が華があるしな」
「あ~、そっちはいつも不景気そうな顔してるものね。
酷い隈ね、何日寝てないの?」
「ちゃんと毎日仮眠は取っている……累計で行けば六時間は行ってるはずだ」
「あんたの場合、その累計って最低で一週間くらいの話でしょ……」
天藤紅羽にまで呆れられているこの男
東学区の生徒会長を務めている三年生
錬金系の多い東学区では珍しい、薬草を主とした研究をしており、この年ですでに大学院クラスの薬学の知識を持っている。
卒業後は推薦での薬学部への入学が確定し、実は金瀬製薬からの内定ももらっていたりする。
「それで……皆さんはすでにここに集められた理由はご存知ですか?
私今朝になって急に呼び出されたのでまだ概要も把握してないんですけど……」
少し申し訳なさそうにそう言ったのは、南学区の現在の生徒会長を務めている稲生牡丹である。
元副会長から急な繰り上げで会長となったが、もともと仕事の内容も把握していたので、特にそつなくこなしている。
「悪いがこっちも知らないな。
会長限定での呼び出しで丁度時間が空いていたから連れ出してきたんだが……目を離すと逃げそうだから、俺もこの場にとどまっているだけだ」
完全お守り要員としてこの場にいる来道黒鵜
それを聞いて紅羽は不満げな顔をするが、反論しても勝てないとわかっているので敢えて何も言わない。
言わないが、脇腹を抓る。
「いたたたたたたっ! やめろ、お前の力はシャレにならんくらい痛い!」
「ふーんだっ」
抓られた箇所を痛そうにさする来道に悪びれる様子もなくそっぽを向く紅羽
「――相変わらずのクローズっぷりね、胸やけしてしまいそう」
その言葉と共に、四名が新たに会議室へと入ってきた。
西学区の面々だ。
一人は生徒会長の
「……呼んでない奴もいるが……まぁ、妥当なところか」
来道を一瞥してから納得したようにつぶやくもう一人の入室者は副会長の銃音寛治
「どうも皆さん、おはようございます」
礼儀正しく挨拶をするのは同じく西学区の二年副会長の
そして最後の一人は……
「どもどもみなさん、おっはようございまーす!」
世界で唯一の
世界有数のアイドルMIYABIこと、
ちなみに、MIYABIの姿が見えた瞬間に紅羽以外の三人の生徒会役員は物凄く嫌そうな顔をした。
この女、とてつもなくトラブルメーカーであることが生徒会関係者の間でも有名なのだ。
「こほんっ……えっと、それじゃあ…………面倒だから単刀直入に言うけど、この間の歌丸連理救出の際に各生徒会から契約書を書いてもらったことを覚えているかしら?」
西学区会長の堀江来夏の言葉に、黒鵜が顔をしかめる。
「その件ならすでに済んだ話だろ。
捕縛した犯罪組織の二名も、身柄はそちらに渡したし、西の学園の情報だってそちらで独占している」
「黒鵜、話の始まる前からそう言うのは良くないわよ。
何を要求したいのか聞こうじゃないの」
「……お前、自分が仕事しないと思って安請け合いするつもりだろうが、この期間中は絶対に働いてもらうからな」
「物理的に片づけてあげるわよ」
北学区特有の威圧がぶつかり合い、部屋の空気が軋む。
一方が学園最強
もう一方はその懐刀
お互いが本気でぶつかり合えば、こんな会議室ホテルのフロアごと吹き飛ぶことは間違いない。
「まぁまぁ、落ち着けよ。夫婦喧嘩は犬も食わぬって言うだろ」
「「誰が夫婦よ」だ」
「息ピッタリじゃねぇかよ……まぁ落ち着け来道。
お前が言うほど面倒じゃないし、それに今回の体育祭……本気で負けられないと思うならやって置いて損はないことだ。
そうだろ、MIYABI?」
「そうそう!」
銃音寛治から話を振られ、大いに頷くMIYABI
「……要求っていうのは、お前のじゃないのか?」
「俺もそこまで図々しくはないつもりだ。
だが、思い出して見ろ。
歌丸連理救出の作戦の際、MIYABIのゲリラライブを行ったわけだが……あんな都合よくノリノリで無条件に歌ってくれるようなアイドルじゃないことは全員知ってるだろ」
MIYABI以外全員が頷く。
特にマネージャーをしている小橋が力強く何度も頷いているのが印象的である。
「そんなわけで、歌ってもらう条件として、あの契約書で記載してもらった通り責任を他の生徒会に多く分配してもらう形で、俺たちの代わりにMIYABIの要求を叶えてもらいたいわけだ」
「いえーす! 皆さんよろしくおねがいしまーす!」
ハイテンションのMIYABIに全員が警戒している。
「それで……どのようなことがしたいと?」
「群がる敵をビームとかで薙ぎ払いたい」
稲生牡丹の質問に簡潔に答えるMIYABI
簡潔すぎて何も伝わらない。
「もしくは、人がゴミのようだ! とか言って高笑いしながら雷落としたい」
「……ジ〇リ映画でも見たのか?」
あまりに頭の悪い単語の連発に藤吉郎が頭を抱える。
「最近ね、色々と派手なこと続いたでしょ?
だからこの間もなんか凄いこと起きるのかなって期待してたけど……音だけでよくわからなくて私、フラストレーションが溜まってるのです!」
「体育祭のライブまで溜めておいてもらえないだろうか」
「無理」「無理なのか、そうか」
藤吉郎はお手上げだと質問を放棄し、聞きに徹することにした。
頭がいいから、聞き分けの無い相手と話すことの無駄もすぐに悟れるのだ。
「兎に角私は今、派手な戦いが見たいんです!
というわけで、体育祭の競技種目となっている……これを一足先にやりたいです!」
そう言ってMIYABIが提案した競技内容
それを見て、にやりと笑うものがいた。
「……いいわね、これ」
学園最強にして、学園随一のロクデナシ
天藤紅羽であることは、言うまでもない。
■
「はい、それじゃあこっちの備品の確認と、あと食品の準備進捗状況と用意するのに掛かる時間と足りない場合の予算の確認して」
ギルド風紀委員(笑)の一員である栗原浩美先輩から資料とリストを渡される。
僕はそれを受け取り、内容を確認する。
「わかりました。
えっと……じゃあ、倉庫の方を確認したら南学区に行ってきます」
「ええ、お願いね。
あと、何か向こうで頼まれたことがあったら手伝ってあげて」
「はい」
リストの内容を確認すると南学区から持って行く生徒用の食材がメインだった。
と言っても、持って行くのは日本で流通しているもの限定で、厳重に洗浄してからとなるらしい。
迷宮産の食べ物を持って行って何かあってはいけないという配慮からだろう。
これを全部確認するのは少し大変かもしれないが、野菜関連に関しては僕も詳しくなったから意外と何とかなるかな。
そう思いながら自分の席に座る。
「張り切るのは良いッスけど、ちゃんと詩織さんたちと一緒に行くんスよ。
一人だとまた何が起こるのかわからないんスから」
「わかってるよ、流石に一人で全部確認できるものじゃないし……」
まずは北学区にある体育倉庫から石灰と、ライン引きなど、普通の運動会などで使用するような機材の確認だ。
備品管理に関しては原則として生徒会関係者がおこなう。
運搬は学生証で行えるから楽なのだが、逆を言えば学生証の持ち主がいないと無いも同然となるから、此方で把握している人員で行うのだ。
一般生徒に任せて紛失でもしたら困るからね。
そう思いながらリストを確認していると、扉が開いく。
「「おはようございます」」
入ってきたのは詩織さんと紗々芽さんだった。
「……あ、もしかして遅刻ですか?」
中ですでに待っていた僕たちを見て詩織さんは不安そうに栗原先輩を見た。
「まだ十分前だから大丈夫よ。
日暮くんには西学区の出店希望者の内容確認を頼んで、歌丸くんには南学区の食材に関して確認してもらう予定だから、二人はどっちかを選んでね」
「わかりました」
「ぎゅぎゅ!」
今朝詩織さんと一緒に行動していたギンシャリが後から入ってきて僕のところに来た。
「あ、お疲れ。
とりあえずカードの中で休んでて」
「ぎゅ」
アドバンスカードを取り出すとすぐにその中に入ってくれた。
そうこうしてる間に、詩織さんと紗々芽さんでどっちに来るか決めたようだ。
「じゃあ……私は日暮くんと西学区にいきます」
「え? ……あ、わかったッス」
紗々芽さんの提案に戒斗がちょっと意外そうな顔をしながら頷いた。
ぼくもちょっと意外。
紗々芽さん、基本男子苦手だと思ったし……まぁ、戒斗も義吾捨駒奴の対象だけどさ。
「あ、それとこれ、はい歌丸くん」
紗々芽さんは学生証からちょっと大きな筒状のものを取り出した。
これって……保温容器のお弁当だろうか?
「お昼によかったら食べてね」
「え……もしかして紗々芽さんが?」
「うん。
詩織ちゃんとも話してね、やっぱり歌丸くんの身体づくりに関しては協力したほうがいいかなって。
栄養と体づくりを考えた献立だからしっかり食べてね」
「うん、ありがとう。
食べ終わったらちゃんと洗って返すね」
「感想もちゃんと聞かせてね」
弁当箱を受け取って学生証に収納する。
詩織さんの料理は過去に何度か食べたこともあるし、英里佳の料理もたまに食べさせてもらったが、よく考えると紗々芽さんの料理ってほとんどなかった気がする。
でも料理は上手だってお墨付きだし、これは期待大だな。
「「…………」」
なんか栗原先輩と戒斗がこっちを見ているが、どうかしたのだろうか?
「やっほー、みんなおっはよー!」
「よぉ」
そして次に入ってきたのはこのギルドのリーダーである金剛瑠璃先輩と、下村大地先輩だった。
「よし、まだいるな。
ちょっと話すことが……って、あれ、榎並はどうした?」
もうすぐ今日の集合時間が過ぎる。
英里佳ならもうとっくに来てるはずなんだが……どうしたんだろうか?
僕らもそんな風に不思議に首を傾げていると扉が勢いよく開く。
「す、すいません、遅くなりました」
入ってきたのは英里佳だった。
「あ、英里佳、なんか遅かったけどなにかあ――――」
その姿を見て固まる僕
「連理、急にどうし――」
僕のリアクションに不思議そうに振り返った詩織さんも同じように固まった。
他の面々も、少し息を切らせた英里佳の姿を見て唖然と固まっている。
「……あの、みんなもどうかしたの?」
「いや、それむしろこっちのセリフなんだけど…………うん、僕が言うと色々ブーメランなんで……戒斗、お願い」
「自覚あるんスね……じゃあ、一応聞くッスけど…………榎並さん、そのゴーグルはどうしたんスか?」
そう、ゴーグルだ。
今の英里佳は、ついこの間まで僕がつけていたものと同じゴーグルをつけていたのだ。
「これは……えっと……その…………いめちぇん?」
自分で疑問するようなものは付けない方が良いと思う。
「…………えっと、じゃあリカちゃんも来たことだし、話を始めよっか!」
「あれ、瑠璃先輩、これスルーですか?」
「だってレンりんの時もあったし……別にいいかなって」
瑠璃先輩の言葉に、なんか周囲も「確かに」的な空気になった。
え、この異常事態が受け入れられる状況って僕が原因ですか?
そして結局英里佳のゴーグルについてはスルーのまま、下村先輩が咳ばらいをして話し始める。
英里佳は自然と僕の近くにまで来て近くの席に座った。
「……ん?」
「? 歌丸くん、どうかした?」
「あ、いや……別になんでも」
ゴーグル越しの人と会話するのってなんか違和感あるな。
これは椿咲が無理矢理僕のゴーグルを外そうとしたことも納得だ。
それにしても……この間まで一歩半は慣れていた距離は一歩未満まで近づいているが……どうしてだろうか?
別に嫌じゃないし、むしろ安心なのだが……急な変化だ一体何があったのだろう?
「まず、犯罪組織の捕縛した二名についてだが」
下村先輩のその言葉に、全員の表情が引き締まる。
あの二人、捕まえて専用の施設に入れられたのは知ってるが、その後どうなったのだろうかはまだ知らされていない。
何かわかったことがあるのだろうか?
「意識を取り戻したが、記憶を喪失していることが判明した」
「記憶喪失……二人ともですか?」
僕の質問に下村先輩が頷く。
「呪殺のほかにも思考に対しても何かを仕掛けていたらしくてな……まぁ、外部からの干渉なのは明らかだし、時間を賭ければ解呪できるしろものだ。
だがすぐには犯罪組織に関してわかることはない。少なくとも生徒会からはな。
だからお前らもそこまで気を張らず、今は目の前のことに集中してくれればいい。
で、もう一つの連絡だが…………急だが、明後日に模擬戦を執り行うことになった」
「明後日って、随分急っスね……」
「ついさっき決まったことでな、一般からも参加者を募るが、俺たち全員は強制参加だ。
競技内容の詳細は当日発表。ただし体育祭で執り行う競技内容なのは確かだ。
おそらくお前たちがやった団体戦のルールを見直したフラッグ戦、もしくは攻城戦か……どれになるかはわからないが、心構えくらいはしておけ」
随分と急だとは思ったが、まぁ体育祭は負けられないし、模擬戦で経験を積んでおくのはいいことだろう。
「連絡は以上だ。
ひとまず俺たちの仕事は備品の確認と、各担当の手伝いだ。
地味だが大事な仕事だから、しっかりこなすように」
「それじゃみんな、今日も怪我しないように、はりきっていこー!」
瑠璃先輩の声を最後に、ミーティングは終了した。
「じゃあ、私は日暮くんと西に行くね。
英里佳はどうする?」
「えっと……私は歌丸くんと一緒のほうで」
詩織さんが席から立ち上がりながら英里佳に確認し、それに合わせて英里佳も立ち上がる。
「それじゃあまずは倉庫で備品の確認をしてから南学区ね。
三人もいるし、さっさと済ませえちゃいましょう」
「そうだね……うん、そうだね」
そう思いながら僕は席を立つ。
その際、なんとなく視線をさまよわせたのだが……
「ねぇねぇアースくん、こっちの資料なんだけどさぁ~」
「ああ、それは…………ちょっと近くないか?」
「そんなことないよぉ、前からこれくらいでしょ?」
「……んんっ、だとしても、やはりここは節度を持って仕事をすべきで……いいから離れろ」
「……ぶーっ」
下村先輩の言葉に不満げながらも言うことを聞く。
……なんか以前とあんまり距離感が変わってないな。
まぁ、卒業後まで付き合うことはしないとは聞いているけど……瑠璃先輩機嫌が悪そうだ。
まぁ、他人の恋路をどうこう言うのは無粋か。
馬に蹴られる前にさっさと行くとするか。
そして僕は詩織さんと、そしてゴーグルを装備した英里佳と共に部屋を出る。
そして、後日僕は知ることとなる。いや、正確には思い出す。
――世の中には、馬に蹴られることすらスリルして楽しむような連中がいることを
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