第291話 シャチホコ、進化への道! ⑬求めたモノ



「おらぁ!!!!」


「きゅきゅ!!」



道を文字通りその手で作っている会津清松。


頑丈で再生能力を持つ壁を剛腕で砕き、すかさずシャチホコが呪い付与のスキルで再生を阻害する。


しかし、時折その剛腕でも壊し切れない壁の層が発生する。



「くっ――黒鵜!!」


「任せろ!!」



そこはすかさず来道黒鵜が目の前の壁を切り刻む。


そこで強度が脆くなったところに、すかさず清松が剛腕を振るう。


先ほどからノンストップで続くこの作業。


平時ならばとっくにへばっている清松は、歌丸連理のスキルによって得られた無尽蔵のスタミナを使って己の限界を突破した動きを見せていた。



「――清松、そろそろガントレットを交換した方が良い」


「ん? ……ああ、そうだな」



壁に何度も叩きつけてているガントレットは表面がボゴボコと変形していた。


一旦手を止めて、変形したガントレットを外すと、指を包む個所が根元から外れた。


接合部を破損していたようだ。



「しかし、戻る道がふさがれた時はどうなるかと思ったが……やはり変性の仕様が適用されるか、俺たちが居る個所は塞がれないのは助かったな」



元来た道や進もうとした場所は壁が修復して消えれども、今自分たちが居る空間は一定以上狭くなるとそこから動かなくなる。


その事実を確認した黒鵜は、安心したように壁に寄りかかって嘆息した。


一方、清松の表情は渋い。



「……歌丸の奴、スキル構成変えやがったな」


「どうした?」


「さっきから手が震えて打撃の軸がブレんだよ


痙攣無効、だったか……あのスキル、地味に役立ってたんだな。スキルの連続使用にしか使えないと思ったんだが……」


「そうか……おそらく土門が黒い学生証を使ったから精神耐性のスキルを使わせたんだろ。


他の二つが変更されなくて助かったな。特に超呼吸が変更されていたら即詰みだった」


「ああ、その辺りは土門と寛治も気を使ったんだろ」



離れていてもお互いの行動を予測し、気遣う。


そんな二人と、この場にいない二人の上級生には確かなつながりがあると、シャチホコは見ていた。



「きゅう……」



シャチホコは今、この場にいない仲間を想う。


一番最初に気を許した人間、歌丸連理


自分と融合を果たした榎並英里佳


優しく撫でてくれる三上詩織


なんか怖いけどご飯をくれる苅澤紗々芽


自分よりも力の強いギンシャリ


自分より速いワサビ


新しく加わった子兎のヴァイスとシュバルツ


…………あ、あと日暮戒斗



そんな彼らの存在が、シャチホコはとても恋しく思った。


そして同時に、自分は一人だけではなんと弱いのかと自覚もした。


強くなりたいと、連理の前ではそう振舞うが……そんな彼らが傍にいないだけで、とてつもなく心細い。


とにかくすぐに彼らの傍に行きたい。


そんな衝動に駆られていた。


しかし、それだけでは駄目だと理性が止める。


今目の前にいるこの二人がいなければ、連理の身が危ない。


自分だけでは駄目なのだと、そう強く自覚しているのだ。



「……きゅきゅう!!」


「ん……ああ、そうだな、さっさと先を目指すぞ」



申し訳ないとは思いつつ、二人を急かす。


今も本能的に感じ取っているのだ、歌丸連理の身が危ない、と。





現在、僕たちの前に立ちはだかるのは、緑色っぽい肌色をした毛深い巨人


トロール


分類的にはゴブリン系の上位種とされており、再生能力が高く、弱い一撃じゃすぐさま再生するという厄介な敵だ。


それが現在7体現れ、その内5体はすでに倒し、残り2体中1体を僕と鬼龍院で仕留めることになった。



「足を止める! ――クラック!!」


「――颯!」



鬼龍院の魔法により発生した地面の亀裂


それに足を取られて動きの止まったトロールの首を、僕は素早く切り裂く。


流石に首を完全に切り落とすことはできなかったが、頸動脈を深く切ることで致命傷は与えた。


これで普通ならが倒せるが、相手はトロール。首の傷がすでにくっつき始めている。



「――斬鉄一閃!!!!」



完全にくっつくより前に、一度振りぬいた剣を体を回転させながら勢いを落とすことなくスキルを強制連続発動させ、もう一度切り裂く。


その一撃は最初の颯よりも重く、今度はトロールの首を完全に切り落とす。



「よしっ……」


「まぁ、及第点だな……普通に一撃で仕留めて欲しかったが」



折角倒したのに減らず口を叩く鬼龍院。


お前だって一撃で倒すのに手間がかかるだろうが……!


そうこう言ってる間に、残り一体のトロールの首が180度半回転されて倒れる。


流石にあれだけ曲げられたら治らないか。



「ふぅ……倒せないことは無いし、肉体的には元気なんだが……流石に精神的に疲れるな」


「弾も無限じゃないんから節約したいんだがな……」



剛腕を振るう土門先輩も、拳銃を持つ銃音寛治と同様に疲れ気味だ。


先に進むにつれて、敵の数が増えている。


幸いなのは強さ自体は大したことが無いことだが……



「……ごめん、私がもっと支援できれば楽に進めた筈なんだけど」



申し訳なさそうな表情を見せる稲生


だが、彼女を責める者は誰もいなかった。



「おい歌丸連理、お前のパートナーだろ、戦闘中くらいカードにいれておけ」



というか僕が銃音寛治に責められた。


そう、現在、ヴァイスとシュバルツは稲生の腕に抱かれた状態なのだ。



「きゅぽぽ……」

「きゅぷぅ……」



敵がいなくなればひとまずナビはしてくれるのだが……逆に敵が出現すると怯えてしまって稲生から離れなくなり抱っこをせがむようになった。


最初は驚いて固まっていただけで済んでいたが、迷宮生物という存在を自覚したことで明確に怖がるようになったのだ。


もともとエンペラビットは凄い臆病な上にこいつらは赤ン坊だからしかたがないが……その結果、両手を塞がれた稲生はテイマーとしてのスキルを発動できなくなった。



「GRRRR…………」



一方で、稲生にテイムされたハウンドは凄い不満そうだ。


稲生のことを主と認めているのに、その主が自分ではなく他の奴にばかり構っていて面白くないのだろう。


本来ならあのハウンドにも撹乱に回ってもらう予定だったのだ。


細かい指示はある程度の信頼関係がなければできないが、テイマースキルを使えば撹乱を命令したりはできるはずだったのだ。


まぁ、それ以上にナビとしてヴァイスとシュバルツには頑張ってもらえているいいんだけど……もしあいつらがいなかったら、多分トラップのせいでここまで無事に進むことはできなかったし。



「――きゅぷ」


「ん……どうしたシュバルツ?」



黒い比率の方がおおいシュバルツが、稲生の腕から飛び出したかと思えば、急に僕の方にやってきた。



「きゅぷ、ぷぷ、きゅぷぷぅ!」



ぴょんぴょんとその場を飛跳ねて何かを主張するシュバルツ


一体どうしたのかと思ってよく見ると、その耳で僕の腕を示していた。何故?



「あ、歌丸、手、怪我してる」


「ん……あ、ホントだ」



良く見ると、鬼形を握っている右手の手の甲から血が出ていた。


さっきの戦闘でどこか堅い所にぶつけたのか、かすり傷が出来ていた。


どうやらシュバルツはこれに気付いたらしい。



「ほら、手を出して」


「そんな大げさな……かすり傷じゃん。消毒液だけ貸してもらえれば十分だって……」



痛みだってないし、正直指摘されるまで存在すら気付かなかったのだ。放っておいても問題は無いが……流石にばい菌とか怖いからね。



「あんたがそれで良くても、この子たちが良くないの」


「きゅぽ」

「きゅぷ」


「う……」



心配そうに見上げてくる二匹の子兎の視線を向けられ、何も言えなくなる。



「ほら、すぐに終わるから」


「……分かった」



手を差し出すと、稲生は手馴れた所作でかすり傷を消毒し、絆創膏を出した。



「慣れてるんだな」


「近所にやんちゃなお兄さんがいたからね」



ああ、土門先輩か……確かに大人しくしてる様なイメージはないな。



「素手で暴れる牛を止めようとするから……」


「それいつの話?」


「私が小学校に入学したばかりの頃ね」



それつまり小3の頃じゃね? まだ年齢一桁の時に何やってんだ。


内心でそんなツッコミを入れている間に稲生の方で治療が完了。



「ありがと」


「別に、しかたなくよ。礼ならこの子たちに言いなさい」



そっぽを向きつつ、ちょっと照れているのかすこしだけ朱くなる稲生。



「「…………」」

この状況で何してんだお前らという目を向けてくる銃音と鬼龍院


「(ぐっ!)」

笑顔でサムズアップしてくる土門先輩。



「ん、んんっ!


……とりあえず……ここが目的地ってことでいいんですかね?」



僕は咳払いしながら、目の前の壁に設置されている“扉”を見た。


ここまでただただ岩の壁ばかりの通路が続くところ、突如現れた人工物



「だろうな。


おい、罠はしかけられているか?」



僕は扉を見て何も感じなかったので、次にヴァイスとシュバルツの方を見たが、2匹とも特別な脅威を感じてはいないようだ。



「少なくとも、即死するような脅威はない。けど、何もしかけられていないとは断定はできない」


「……まぁ、何もしかけられてないはずもないか」



ここは敵の本拠地。


ならば何かしらの仕掛けがあることを前提に判断すべきだろう。



「俺がパワーで扉ごとぶっ壊すか? 上手く行けばそれで仕掛けられたトラップごと破壊できるかもしれないぞ」


「脳筋過ぎる気もするが……馬鹿正直に普通に扉を開くよりマシか。土門、頼む」


「おうっ!」



扉は分厚そうな鉄製で、ドアノブが付いたタイプだった。


土門先輩はその扉の前に立ち、蹴りの構えを取った。



頸鳴躯踏バーストプッシュ



放たれた前蹴りは、扉に当たった瞬間に轟音と共にひしゃげて前方へと吹き飛ぶ。


まるで車が突っ込んだかのような衝撃だった。


狂化状態にさらにスキルを使っているとはいえ、英里佳でも流石にあそこまでのパワーは発揮できないだろう。



「よし、いくぞ」


扉が破壊されたのを確認し、土門先輩を先頭に中へと入る銃音寛治


しかし、扉の奥に入って数歩で二人は足を止めた。



「土門先輩?」



稲生は不思議そうに呼びかけるが、反応がない。



「……鬼龍院、僕が先に入る。いつでも魔法を発動できるように準備しててくれ」


「わかった。


ナズナ、そのハウンドも偵察に向かわせてくれ」


「え、あ、わかった」



稲生の命令で、僕と並んで破損した扉を潜る。


瞬間、僕は殆ど無意識で後方に飛ぶ。



「――GYAN!?」



代わりに、僕より反応が遅れてハウンドが悲鳴をあげ、その首をへし折られた。



「なっ――」

「嘘っ……」



その光景に、背後から息を呑む声が聞こえてきたが、僕はそれどころではない。



「――パワーストライク!!」



地面を蹴る動作をスキルで強化。鬼形の力で強まった膂力により、素早い動きで僕は部屋から出ようとしたが――



「ぐっ!?」



何かにぶつかって前へと倒れる。


後ろには何もなかったはずなのに――そう思ったが、ふと振り返るといつの間にかワイヤーが張られており、それが入り口をふさいでいた。



『さて、次だ』


「この声……!」



急に周囲が明るくなり、目が眩む。


今まで鬼龍院の魔法でしか光源がなかったのだが、この部屋、天井に電気設備があるのか?


周囲を警戒していたが襲われる様子はなく、ゆっくりと目を開く。


そして、部屋の奥に台座らしきものがあるのが確認できる。


……あれって、迷宮の前線基地にもあった、転職の時とかに使う奴と同じものか?


そしてその台座の近くにはあのシルエットがいる。


そして……虚ろな目で僕を見ている土門先輩と、銃を構えている銃音寛治がいた。



「……お前、二人に何をした!!」



表情から察するに、今の二人は正気じゃない。


さっき僕を攻撃し、ハウンドをくびり殺したのは土門先輩


そして逃げる僕の退路を塞いだのは銃音寛治


状況から察するに、あのシルエットに二人とも操られていると見た方が良いだろう。



『そいつらが使っているカードを作ったのは我々だ。


まさか、カードを奪われることを想定せずに何もしてないと本気で思っていたのか?』


「なんだと……!」


『そのカードは確かに誰でも使えるようになっているが、逆にそのカードの使用中は、上位者権限の付与されたカードを持つ者の操り人形になる』



相変わらずシルエットで顔は見えないが、ほくそ笑んでいるのが用意に想像できる。


そして、上位者権限とやらが付与されたカードも、あいつが持っているに違いない。



『その二人がこちらで製造した学生証を所持しているのはわかっていた。


本来の戦力であるあの二人と分断すれば、使うことも予想済み。


だからこそ、歌丸連理。貴様を試すのに丁度いいと思っていたのだ』


「お前、全部わかってて……!」


『恨むのならそこの二人の浅はかさだろう。


特に、たかだか人間程度の知識で解析した程度で、カードのすべてを把握した気になっていたそこの銃音寛治だ』


「…………まぁ、確かに」



今更考えると確かに凄く間抜けだと思う。


便利だとは思う。思うけど、それを普通に使うのはマジでどうかと思う。


だって、解析したからって普通に怪しいし、そのカードって結局はあのドラゴンが製造した学生証じゃん。その学生証だって解析しきれてないのに、普通使うか?


それ使うくらいなら普通に非戦闘員なら引き下がって戦える奴に任せればいいじゃん。


しかも土門先輩まで巻き込むとか、銃音寛治、馬鹿なの?



「」



なんか一瞬銃音寛治の表情がぴくっと動いた気がしたが、気のせいだろう。



『歌丸連理、言っておくがこの二人の今の状態は精神的な作用によるものではない。貴様のスキルでも解除はできんぞ』


「……お前、僕に何をさせようって言うんだ?」


『能力はわかった、実力もすでに見極めた。


ならばあとは、その器を今後も維持できるか、それを試す』


「は?」


『あのお方に渡す器、それを貴様が成長させられるのならば良し、駄目ならばこのまま捕獲し、時が来るまでその器を保管しておくのみ』


「さっきから人のこと器器と、何勝手なこと言ってやがる!!


僕は僕だ、あの方だとかお前なんかにとやかく言われる筋合いは無い!!」



まるで僕のことを物扱い。


それどころか、まるで僕が自分たちの所有物だと言わんばかりの言動に怒りが込み上げてくる。



『人間の矮小な意志など考える価値もない。


だが、それを吠えるだけの威勢があるのならば、貴様の生存本能を示せ』



シルエットが指を鳴らすと、土門先輩が迫ってきて、銃音寛治が拳銃を構える。



『仲間を殺してでも生き残る気概を見せてみろ』

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