第290話 シャチホコ、進化への道! ⑫兎は突貫工事中です。
■
時間を少し遡る。
「歌丸連理、これに見覚えはあるな」
戦闘職ではないはずの銃音寛治が前衛になる根拠として提示された黒い学生証
僕はそれに見覚えがあった。
「それ、犯罪組織の連中が使っていたやつ……!」
忘れもしない。
その黒い学生証によって、どれだけ僕やシャチホコが翻弄されたことか……
本来はネクロマンサーでしかなかったはずの鼠と呼ばれた男が隠密スキルを使ったり、蛇と呼ばれたアサシンがウィザード系のスキルを使ったり……
「この学生証は、本来は登録されている本人しか使えないはずの個人認証の制限が解除されている。
まだこの学園に入学すらしていないお前の妹もこれを使ったという証言は取れている」
それは僕も知っている。
僕が人質に取られたとしり、自分のみと引き換えに僕を助けようとした椿咲。
その時は戒斗たちに護衛されていたのだが、黒い学生証の力を使って隠密スキルを使って抜け出したと。
「その学生証の力を使って戦おうってことですか?
でも……所詮は付け焼刃ですよね、それ」
借り物の力を使っている僕は人のことを言えないが……むしろだからこそよくわかる。
自分の者ではない力を使いこなせるようになるのは、一から身に着ける技術とは違う。
僕も伊都先生のスキル使う時とか、パワーストライクを使う時とは比較にならない集中力を要する。
感覚が全然違うのだ。
サドルとか滅茶苦茶高くて、体格に合わない自転車を漕ぐようなものだ。
歩いて進むより遥かに速く進むが、安定性はない。そんな感覚。
「そこは経験の差だ。
そもそも、前職と同じ学生証を用意してるんだぜ、俺も……土門もな」
「ああ、流石に俺もウィザード系とかまったく使ったことないやつは選ばねぇよ」
そう言って、二人は自信ありげに微笑むのだった。
■
そして現在。
前方から聞こえてくる足音
ヴァイスとシュバルツが聞き取れた音が僕たちにも聞こえるようになる。
そしてその敵を、鬼龍院がライトボールの魔法で照らす。
迫ってきているのは、筋骨隆々な四足の獣
ハウンドとは違う、どちらかというとライオンとか虎を連想させる巨躯
耳まで避けているのではないかと思うほど大きな口と鋭い牙で、噛みつかれたら一瞬で殺される自分の姿を幻視する。
「ハンガーサルクスか。
中々珍しいな、森林エリアで低確率で出現する迷宮生物だったか」
銃音寛治の姿が目深くフードを被った黒を基調としているゆったりとした服装に変わる。
顔も体型も隠しやすくしてあるあの衣装――見間違えるはずがない、アサシンだ。
「ああ、バジリスクほどじゃないが、サルクスも危険なために育成は禁止されてるんだが……」
そして、土門先輩の方は、軽装の鎧を身に着けており、手足には棘のついた手甲や足甲がある。
……あれ……なんか、ちょっとあの初期装備に見覚えがあるんだけど……
「首輪がつけられてるってことは、犯罪組織が育てたんだろうな…………それもこんなに」
「それだけじゃねぇ……明らかに人の味を覚えてるぞ、こいつら」
そうこう考えているうちにその姿を確認する。
最初に姿を確認したハンガーサルクスとやらはまだまだ小柄だった。
後方から、さらに体の大きなハンガーサルクスが続いて迫ってくる。
その数、6体
「っ……!」
その迫力に思わず気圧されそうになる。
「連理、今共有してるの、万全筋肉と超呼吸、それと三つ目は痙攣無効だったよな?」
「え、あ、はい」
「痙攣無効を意識覚醒に変えといてくれ。俺たちはスキル連続では使わねぇからな」
「っ……わ、わかりました!」
土門先輩のその指示で、僕は確信した。
今の土門先輩のその職業
「おい土門、ここで下らねぇ動物愛護とか語りだすなよ」
「そこまで頭はお花畑じゃない。
共存できない獣は害獣だ――速やかに駆除するぞ」
銃音寛治の手にナイフと……オートマチックの拳銃が握られる。
「動きを止めろ、俺が仕留める」
そして土門先輩は、その手に構えるのは、大振りな鉈
戦闘態勢を取った二人は、今の己が使えるスキルを発動する。
「ハイディング」
姿を消した銃音寛治。
「――■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
土門先輩が口を開いたかと思えば、全身がざわつくほどの咆哮が響き渡る。
これは……
そのスキルの効果によって、迫っていたハンガーサルクスの動きが止まり――その時、止まったサルクスの中でも大きな個体の上に、銃音寛治が現れる。
「――死ね」
その耳に拳銃を突っ込んだかと思えば連射
耳という隙間から直接脳へと弾丸を放たれたサルクスはそのまま倒れ、動かなくなる。
群のボスだったのか、それが倒されたサルクスたちは明らかに動揺している。
「
そして、その隙をついたかのように、土門先輩が続けてスキルを発動させる。
元々大柄な体格は、さらに筋肉が隆起して盛り上がり、その肌の一部が毛皮に覆われていく。
『――ぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
血走った目で雄たけびをあげる土門先輩
その姿に、少なからず僕は恐怖を覚え、近くにいた鬼龍院すらも息を呑んだ。
英里佳と同じ――いや、あれこそが本来のベルセルクの正当スキル
その名前の由来である、熊への獣化により得られた、強大な膂力
英里佳が鋭い刃を思わせる威圧を放つのならば、これは鈍器だ。
重たい鈍器を振り上げられた状態で、その真正面に立たされているようなプレッシャーが、背を向けられているはずなのに感じられた。
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
ハンガーサルクスの一体が、土門先輩に向かっていく。
対する土門先輩は、その場から動かないどころか両手を広げて重心を落としている。
まさか、受け止める気か!?
「無茶な……! 歌丸!!」
「どうにか転ばす!!」
いくらベルセルクでも、真正面からあの巨体を受け止めるのは危険だ。
これが会津先輩……いや、下村先輩あたりだったら任せられるが、土門先輩はあくまでも非戦闘職
いくらベルセルクのスキルを使っているからといって吹っ飛ばされてしまう可能性が高い。
「余計なことせず、後続の警戒をしてろ」
「「っ」」
近くから銃音寛治のたしなめるような声が聞こえた。
そしてそのせいで反応が遅れた。
こちらが技を放つ前に、ハンガーサルクスの大口が土門先輩に迫る。
「先輩!!!?」「お兄ちゃん!!!!」
僕の声と稲生の悲鳴が響く。
『――どっっっっっっこいしょぉおお!!!!!!』
だが、その声を打ち消すほどの大きな掛け声が、僕や稲生の不安を一気に打ち消した。
『ふはははははは!!!!
気分が高揚し続ける!! その癖頭はハッキリしてる!!
凄いな連理、お前のスキル!!』
「あ、はい」
普段より低く、そしてなんだかよく響く声……というか、もはや雄叫びを発する土門先輩
迫り来るサルクスの牙を、こともあろうにしっかり受け止めて、動きを止めてしまった。
「GUWO、OOO!?」
上と下の両方の牙をつかまれたサルクスは口を閉じることも離れることもできずにジタバタともがくが、それは何の意味もなさない。
制服は破けていないが、盛り上がった背筋が、その土門先輩がどれだけの膂力をもっているかを物語る。
実物を見たことは無いが、金剛力士像を思わせるほどの筋肉である。
『やっぱり動物の気持ちを理解するならベルセルクぅ!!!!
俺の仮説は間違ってなかったぁ!!!!
ああ、わかるぞお前の気持ちが、ああ、まさに、これこそ、人と
「GUROOO!!??」
いえ、メッチャ怯えてるよ、そのサルクス
『――来世はいい子に生まれろよぉ!!!!』
そして、足を上げて、そのブーツでした後を踏んだかと思えば、サルクスの顎を外し、引きちぎった。
「「「」」」
あまりのショッキングな光景に絶句する僕ら
――ちなみにその瞬間、稲生は子兎たちの目を塞いでいた。ナイス。
そして顎を引きちぎられたサルクスの脳天を肘で叩き潰し、完全に仕留める。
『さぁさぁさぁ!! どんどん来いよ来い来い来いぃ!!
兄ちゃんが全力で遊んであげるぞぉおおお!!!!』
二体のサルクスが倒され、残った四匹は小柄だった。
四匹とも、返り血に塗れた熊の獣人となった土門先輩に恐怖している。
背中しか見えないが、おそらく今の土門先輩の顔はとんでもないことになっていることだろう。
「GAUOOOOOOOOOOOOOO!!」
先ほどの土門先輩の姿を見て、一匹のサルクスが回れ右をして逃げようとした。
しかし……その巨体が突如地面に倒れる。
何が起きたのかよくわからなかったが、良く目を凝らすと光を反射する糸――ワイヤーが低い位置に張られていたのに気が付いた。
「よっし、おまえら耳塞いで口開いとけ」
「「「え」」」
なんかまた銃音寛治がいつの間にか僕たちのすぐそばにいて、地面に膝をついて何かを担いでいた。
……なんか、その肩に担いでるの、映画とかゲームで見たことがある。
長い筒の先端には、花のつぼみを連想させるような物体がつけられておりその筒に付けられたグリップとトリガーを、銃音寛治はしっかりと握っていた。
どう見てもRPG――対戦車ミサイルですね。
「稲生、子兎たちの耳!!」
「わかってる!!」
「はい、発射」
こちらの焦りなどお構いなしと、物凄い軽いノリでトリガーを引く銃音寛治
肌が熱くなるほどの火柱を噴出させて飛んでいく爆弾が、転んだサルクスに叩き込まれる。
「GUBYAO!!!!!!」
短い悲鳴と共に、文字通りに爆散したサルクス
…………汚ねぇ花火、リアルで見せれた。
自分たちの背後でさらに仲間が一匹爆発して、原型すら残らないその死にざまに残りの三匹が完全に動きを止める。
『ほーらほら、行くぞお前らぁあああああああああああ!!』
そして、動かなくなった三匹のサルクスに向かって嬉々とした声を発しながら迫っていく土門先輩。
というか……おかしいな、僕のスキルで狂化は抑えられてるはずなのに……土門先輩の様子が明らかにおかしい。
「あいつは一年の頃、南学区なのにベルセルクを選んだ馬鹿野郎として有名だった」
「ベルセルクって……土門先輩がですか?」
「ああ、動物の気持ちが一番わかるはずだと、戦うためじゃなくて、動物の気持ちをわかるためだと言ってな。
普通はテイマーなのに、あいつは何故かベルセルクを取った。
その後は、南学区の癖にハウンドと仲良くなるためだと、北学区も真っ青になるくらい迷宮に潜り続けた変態だ。
そんなわけで……素の身体能力は高くもなるからな、スキル無しでも十分に強かった。
本人としては今みたいな上位スキルを取りたがっていたが……まぁ、なんやかんや合って今の嫁にガチで説教受けてファーマーに転向してたな」
稲生先輩グッジョブ。
しかし、それでもやっぱり普段と違い過ぎないかなと僕は驚いていると、背後で稲生が何かを思い出したように呟く。
「……あぁ、そういえばお兄ちゃんって昔からああいうところあったっけ」
「どゆこと?」
「まだ私が小学校に入る前だったかな……お兄ちゃんの実家で大型犬をボランティアで預かったりしててね……物凄く狂暴で元の飼い主もお手上げだたらしいの。
でも、お兄ちゃん道具も何にも使わずにあんな感じのテンションでその犬と遊び出して……というか喧嘩しだして、最終的に組み伏せて大人しくさせて、主従関係を教え込んでたの」
「……つまり、土門先輩のあの態度って……」
「素面よ」
「………………」
土門先輩を過度に刺激するのはやめておこう。
僕は心にそう強く誓ったのだった。
『ひゃっはぁあああああああああああああああああああああ!!!!』
詳しくは語らないが……残ったサルクスが可哀想だった。とだけ記しておこう。
「以前より明らかに力が強くなってるな……腕力にポイント振っていたのか?」
「ん? いや、農作業してたらこれくらいのパワーは出るぞ」
「お前の普段の農作業ってどんだけ過酷なんだよ……」
「そういうお前こそ、いきなりRPGとかぶっぱなすとかどんだけだよ」
「買ったはいいが、意外に使い道がなくてな、丁度よかった」
「お前こそどんだけ貯め込んでんだよ……」
軽い雰囲気で語り合う二人
「……北学区って変人が多いとか言われてるけど……あの二人も相当だと思うんだよね」
「不本意だが……その点は合意しよう」
鬼龍院も同じ感想らしい。
これまで見た誰よりも狂戦士っぷりを発揮する土門先輩
淡々と銃とワイヤートラップ、果てには対戦車ミサイルをぶっ放す銃音寛治
……うん、どっちもヤベェ。
「生徒会関係者って学部関係なくああなるものなのかな……」
「まるで自分は正常みたいに言ってるけど……一番変人なのは間違いなく歌丸だと思うわよ」
「そうだな」
「えぇ……」
なんか僕まで変人扱いされるのはちょっと納得いかない。
……まぁ、とにかくこれであの二人の戦闘能力もとんでもないことが良く分かった。
あんな狂暴そうな相手を、たった二人だけで圧倒してしまったわけだしね。
「とにかくこれで黒い学生証の試運転は終わりだ。
鬼龍院、ここから指示出しはお前に任せるが、あんまり難しく考えるな。
いつ、どこからどんな敵が来るかだけ教えてくれればいい。あとはこっちで判断する」
「はい、わかりました」
「連理も、あんまり無理して前に出なくていいぞ。
お前のスキルの効果のおかげでベルセルクのスキルを十全に使える卯ようになってるしな。
それよりは後ろ、というかナズナを守ることを優先してくれ。
ナズナも、テイマー系のスキルが通じる相手ならどんどん使ってくれ」
「はぁ……わかりました」
「任せて」
正直、スキルありきでそれ以外求められてないというのは不満であるが……あれだけの実力を見せつけられた以上は反論できない。
土門先輩のタンクとしての役割は完璧だし、後方にいたこちら側としては安心感すら覚えた。あのパワーは、先ほど見た会津先輩に勝るとも劣らないものだ。
銃音寛治も、土門先輩の存在感の影に隠れて見事に奇襲をこなし、トラップまで仕掛けるほどの手際の良さ。無駄にRPGを使ったのはどうかと思うが……それだけの引き出しを隠し持っていると考えればそこが知れない。
今はこの場にいない二人には及ばないのは確実だが、それでもこの場にいるに足る実力者であることも事実。
――だからこそ、あのシルエットの実力が読めない。
この先に待ち構えているのは確実だし……再び会敵したときに対処できるか……
「歌丸、ぼぅっとしてどうしたのよ?」
「っ、い、いや何でもない」
稲生に顔を覗き込まれながら心配された。
「何をぼさっとしている。さっさと兎を先行させろ」
「……わかってる。ヴァイス、頼めるか?」
「きゅぽ!」
僕の言葉に答えるように鳴き、稲生の腕の中から飛び出す子兎
その背を見つめながら、僕たちは再び前へと進んでいくのだった。
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