第289話 シャチホコ、進化への道! ⑪理想の兎

「きゅう」



堅牢でありながら、再生される壁


北学区における実力者二人が揃って尚も歯が立たなかった壁を突破したエンペラビットのシャチホコ


自身が空けた穴から颯爽と降りてくる。



「きゅきゅう」


「あ、ああ……」


「きゅっきゅきゅきゅう」


「お、おぅ」



何やら言っているシャチホコ


当然であるが、二人には何を言っているかさっぱりわからない。



「おい、お前……何言ってるかわかるか?」


「歌丸に聞いてくれ……」



ちなみに、パートナーである歌丸連理もニュアンスでしか把握していない。



「きゅ、きゅきゅきゅきゅきゅう!」



シャチホコは頭の耳を器用に動かし、自分が掘り進んできた穴と、もう片方の耳で交互に黒鵜と清松を指してきた。



「……駄目だ、意味が分からん」


「諦めるのが早いだろ……だが……妙だな」



来道黒鵜はシャチホコの様子をこれまで観察してきていた。


その性格も、歌丸ほどではないが知っている。



「普段のシャチホコの行動を考えれば真っ先に歌丸の元に向かうはずだ。


そしてこいつらは歌丸がどれだけ離れた場所にいてもどこにいるのかを感じ取れる。


そして、こいつの物理無効スキルは壁を壊し、尚且つその再生を阻害する。


俺たちと違って何も阻むものはない」


「……確かにそうだな。


いつも一緒にいるイメージだし」


「きゅきゅきゅ、きゅっきゅきゅきゅう!!」



急かしているのか、その場で飛跳ねながら何かを訴えるシャチホコ



「……お前一人だけが戻るだけじゃ駄目だってことか?」


「きゅう!」



黒鵜の言葉に大きく頷いて見せるシャチホコ



「どういうことだ?」


「どうもこうも……さっきの声、俺たちをここに閉じ込めた奴はあの道の先で待ち構えているのは確実だ。


そして、そいつを相手にするのは銃音たちじゃ無理だってこいつは判断したんだろ」


「それで俺たちを呼びにわざわざこっちに来た……ってことか?」


「きゅきゅう!!」



今度は清松の言葉に大きく頷くシャチホコ


可愛げのあるやつだなと思う反面、歌丸たちの状況がかなり切迫したものであるという危機感を抱く。


シャチホコに限らず、エンペラビットは人見知りが種族的にも激しいのだ。


シャチホコだって、普段から慣れ親しんだ相手以外には触らせないどころか近づこうとすらしない。それが今、特段親しくない自分たちの元にやってきたという時点でかなりの大事だ。



「まぁ、状況は分かったが、どうする?


流石に俺たちにはこいつのサイズの穴は通れねぇぞ」


「……通れないどことか、もう穴すらないがな」


「は」「きゅ」



来道が壁を懐中電灯で照らす。


つい先ほどシャチホコが掘り明けた穴がそこにあったはずなのだが、もうそこには穴など初めからなかったかのようにただただ壁があるだけだった。



「きゅきゅ!?」



自分のスキルに何気に自身の在ったシャチホコは少なからずショックを覚えた。


本来のシャチホコのスキルならば、呪いの付与によって傷の回復を止める効果があったのだ。


しかし、その効果がこの短時間で無効化されてしまった。



「俺たちをここに閉じ込めた奴は、何が何でも俺たちを歌丸たちとは合流させたくはないらしいな」


「……は、上等だ」



清松の眼に闘志がたぎる。



「さっきまで脱出するしかないと言っていたのに、随分とやる気だな」


「ああ、前言撤回だ。


俺たちがここから地上に逃げることこそが敵の目論見通りだって言うなら、わざわざそれに付き合ってやる義理はねぇ。


それにな……よくよく考えてみれば、ここまで虚仮にされたのは久しぶりだ」



清松の表情が、獰猛な物へと姿を変える。



「この俺を、たかだか壁で封じた気になってるだ……?


――ざけんじゃねぇよ」



人間重機ヘヴィ―の異名を持つ会津清松


彼が学生証を操作してストレージから取り出した武装は、剣でも斧でも、槌でも槍でも、パイルドライバーでもドリルでもなかった。


むしろ、防具として使われることの方が多い武装


ガントレット


それが、会津清松が取り出した武装だった。


そのガントレットを見て清松に黒鵜は疑問を抱く。



「お前それ、ドクターストップ掛けられてただろ」


「ああ。でもよぉ、今のこの状態なら――歌丸のスキル効果がある今の状況下なら、問題はないだろ」



ガントレットを手に付けて、獰猛な笑みを浮かべたまま壁を見る清松



「……さっきも言ったが、骨は回復しないんだぞ?」


「安心しろ、俺の骨を折れる存在なんて、この世において可能なのはドラゴンと、どこぞのバ会長だけだ」



ガントレットを両手に装備し、ガツンと拳同士を叩く。



「この程度の壁で折れるほど、柔な鍛え方はしてねぇ」



止まる気皆無な清松に、やれやれと嘆息する黒鵜。



「シャチホコ、俺の後ろに来てくれ。


あと、そうとう音デカいから気をつけろ」


「きゅきゅう」



腰を低く落とし、右拳を引いて目の前の壁を睨む清松


獰猛な笑みにより吊り上がった口角


そこから見える白い歯が、ギリっと食いしばられる。



「文字通りの突貫工事、始めるぜ!!!!」





『ぱぱ、ぱぱこっちこっち』


「わかったわかった、あんまり離れるなよ」



白い比率の多い子兎――ヴァイスは、ぴょんぴょんと飛跳ねながら僕たちを先導する。



『まーま、まーま、まま』


「はいはい、ちゃんと見てるからねー」



そして背後を警戒する形の黒い比率の多い子兎――シュバルツは先ほどから稲生を何度も呼んでいる。



「「…………」」


「……言いたいことがあるならハッキリ言えよ」


「いや、別に」



鬼龍院は肩をすくめて微笑む。



「三股から四股になったところで今更……ああ、いや、近々五股にもなるのか。すまんな」


「鬼龍院テメェこの野郎」


「公衆の面前でハーレム宣言してたくせになんか文句あるのか?」


「ぐふぅ……!」



それを言われと何も言えない。


確かに体育祭のリハーサルでそんな宣言してしまったけど……!



「とりあえず知り合いとか思われたくないから近づくなよ歌丸連理」


「こっちのセリフだ!」



銃音寛治にまでも呆れられた目で見られる。


くぅ……! 凄く納得いかない!!



「とりあえずこれはもう責任取る方向に動くべきじゃないのか」


「土門先輩、別に僕がこいつらに呼ばせたわけじゃなくて……」


「いや、ナズナが」


「私っ!?」



身内からのまさかの追撃に稲生が本気で驚いた様子で目を見開く。


僕も同じ心境だ。何故稲生の方に流れ弾が……?



「え、なんでそうなるの?


どういうこと、お兄ちゃん?」



余りにも慌てて「土門先輩」と言い直すことも忘れている稲生



「いくら迷宮生物とはいえ、赤子に母とまで呼ばれているんだぞ。


そして両方とも連理のパートナーであり、そして父と呼んでいる。


赤ン坊には両親が必要。つまりそういうことだ」


「「どういうことですかなの!?」」


「ほら、息ピッタリだ。


俺は前から連理とお似合いなのはやっぱりナズナだと思ってたんだよ」



この人、いつぞや言ってた稲生と僕をくっつけるということまだ諦めてなかったのか。


体育祭のリハーサルの時、僕は盛大に稲生に振られたわけで、今更そんな話を蒸し返されても……



「ナズナだって、別に連理のこと嫌ってるわけじゃないだろ」


「べ、別に私はこんな、歌丸のことなんて全然好きとか、そんなんじゃないんだからね!!」


「うーん、絵にかいたようなツンデレ」



稲生のリアクションを見て何故か満足げな顔をする土門先輩


――後で聞いたが、最近農作業が忙しくて妹と触れ合えずに寂しかったらしい。



「……なぁ、お前の仲間っていつもああなのか?」


「いえ、普段は周りに気の遣えて気さくで話しやすい奴です。


視野も広くて、色々と助けてもらってます」


「ほぅ……」



「だいたい、私はこんな、女の子相手なら誰彼構わず鼻の下伸ばしちゃうようなのなんて、絶っっっっ対に願い下げです!!」


「それは流石に言い過ぎだろぉ!! 誰でもとか、そこまで見境なしな獣扱いはされるいわれはない!!」


「なによ! この間だって英里佳と二人っきりでイチャイチャしてたんでしょ!!」


「それは別に問題なくないか!?」


「何よこっちの気も知らないで――――はっ――…………べ、別になんでもないしっ……どうでもいいもん、だし」


「……………ぉ、おぅ」



……いや、まぁ……ラブコメ系ラノベ主人公みたいに僕も鈍くはないので……一応、分かってはいるつもりであるが……ここまで真正面から言われると流石に照れるというか……なんというか……



「…………チョロすぎないか?」呆然の銃音


「普段は全然そんなことないんですけど……」苦笑いの鬼龍院


「どうだ、うちの義妹は可愛いだろ」どや顔の土門先輩



三者三様のリアクションであるが……



『『まま』』



そんな時、稲生の声に反応したのか、先行していたヴァイスと、後方を警戒していたシュバルツの両方が稲生の足にすり寄ってきた。



『まま、こわい……』

『まま、ごめんなさい……おこらないで』


「え、あ、違うから、貴方たちを怒ったわけじゃないから……あぁ~、ごめんね~」



うるうるとした目で見上げられ、そんな二匹を抱き上げてあやす稲生


兎って基本的にあんまり鳴かないけど……もしあの二匹が人間の子供だったら大泣きしていたところだろうな。



『ぱぱと、なかよく、が、いい』

『ぱぱも、ぱぱも』


「「え」」



子兎たちのその言葉に、僕も稲生も目を合わせて固まった。



「非常事態なんだ、手短に済ませろ」


「さっさとやれ」



他人事だからと軽く行ってくれる銃音と鬼龍院。お前ら仲良しか?


まぁ、今はこの二匹が要だから下手に機嫌を損ねたくないから口出ししてこないんだろうけどさ……



「……ふっ」



そんな僕の肩に、いい笑顔でサムズアップしてくる土門先輩


どうしよう。普段から尊敬してる相手だけど、今だけは引っ叩きたい。



「……歌丸、ほら、この子たちが寂しがってるから」


「ん、あ……ああ」



まぁ、シャチホコがいない今は、この子たちが命綱だ。


しかもまだ幼いし、仲間たちと離れて不安なわけだし……これくらいでそれが慰められるなら安いものだ。


そう、これは決して稲生と合法的に触れ合えるとかそういうのではなく、緊急事態故の不可抗力なのだ。



「えっと……で、どうしたらいい?」


「そんなこと急に言われてもっ……頭、撫でてあげるとか?」


「お、おう」



ひとまず言われた通りに撫でてみる。


……ふむ、さらさらとした撫で心地……



「ってなんで私を撫でるのよ!?」


「え……あ、ごめんっ!」



どうやら僕は混乱してたらしい。


冷静に考えれば普通に子兎たちを撫でてあげるはずなのに、うっかり稲生の頭を撫でていた。



「あれ、狙ってやってないか?」

「あいつ動揺するとすぐに頓珍漢になるんで」

「どうだ、凄いだろ」



背後からの視線はひとまずスルー


稲生の胸に抱かれている二匹の頭を撫でる。


……うっかり稲生の胸部に触れないように細心の注意を払いながら撫でる。


すると、二匹とも気持ちよさそうに目を細めてくる。


……しかし、先ほどから稲生との距離が近い。


先ほどから稲生から甘い匂いがしてちょっとクラクラする。


でも、これって僕の臭いも稲生に嗅がれてるよな…………汗臭くないか、僕……臭いとか思われてたら地味にショックなんだが……



『ぱぱも、ぱぱも』

『ぎゅー、ままと、ぎゅーっ』


「「っ」」



幼い二匹のその言葉に、僕も稲生も完全に固まった。


再び目が合う。


あ……稲生のやつ、耳まで真っ赤に……


そんな稲生の反応を見ていると、なんか……こっちまで照れるというか……それはそれで可愛いと思えて……



「おい、さっさとしろ。こんなところでぐずぐすしてられないんだよ」



銃音うるせぇ!


しかし、それも一理ある。


こんなところで足を止めていたって状況はかわらないのだから。



「……稲生、行くぞっ」


「え、ええ、どんと来なさいっ」



お互いに気合を入れる。


稲生は二匹を抱っこしているので、自然と僕が腕を広げて構える。



「……こいつらは何の勝負をしてるんだ?」



黙れ鬼龍院!!



ひとまず僕はゆっくりと稲生に歩み寄り、稲生の手が僕の胸の辺りに当たり、僕はそっと稲生の背中に手を回して、お互いの距離が密着した状態になる。


僕と稲生の間にいる子兎たちは嬉しそうにきゅーきゅー鳴く。



「「…………」」



お互いに距離がとんでもなく近く、顔から火が出そうだ。


稲生も稲生で、もう顔全体が真っ赤になっているのが丸わかりだった。



「いいよいいよー、はい、ちょっと目線こっちくださーい」



そしてカメラマンになった土門先輩


それはそれとして……さきほどまで泣き出していたヴァイスもシュバルツも安心しきったように目を閉じている。


というか寝た。


……しっかし……子どもってこんな両親が仲良くなっただけでこんな安心しきるものなのか?



「……あの……もう、いいんじゃない?」


「そう、だな……うん」



少し名残惜しいような気がしたが……気のせいだろう。うん。気のせい。


自分にそう言い聞かせて稲生の背に回していた手を離す。



「ぁ……」



気のせい。稲生から寂しそうな声がしたのは気のせい。



「……無駄に時間食った挙句、最終的に寝かしつけてんじゃねぇよバカップル」


「「…………」」



僕も稲生も銃音寛治を睨む。


しかし、ここで怒った声を出すとまた二匹が泣き出すので我慢する。



「「……きゅ」」



ピンと、寝息を立てていた二匹が目をぱっちりと明けた。



『おと、まえから!』

『たくさん、たくさん!』



二匹のその言葉に、すぐさま僕たちは戦闘準備を取る。


稲生は二匹だいたまま後方に下がり、僕は稲生を守れるように少し前に出て魔剣・鬼形を抜く。


そして僕の隣で鬼龍院も魔法を使う準備をして、前衛をすると言っていた銃音と土門先輩も身構える。


二人とも、本来戦闘職ではないのだが……それでも戦うための術を持っているのは先ほど確認した。



「行くぞ土門」


「ああ、久しぶりに大暴れといこうか」



――二人のその手には、黒い学生証が握られていた。

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