第288話 シャチホコ、進化への道! ⑩強さの道程

「軽い、軽い軽いぞぉ!!」



ぶぉんぶぉんと、豪快な風切り音が渦を巻く。


それを起こしているのは、たった一人の人間


人間重機ヘヴィーの異名を持つ、会津清松先輩だ。


その手に握られているのは身の丈よりもはるかに巨大な戦斧


一応歴史上には斬馬刀なんてものが存在したらしいが……逆を言えば人間が手に持てる武器で一撃で葬れるのはそこまでだということ。


しかし、あの戦斧なら象だって一撃で叩っ斬れることだろう。


ハッキリ言って人間が持つような大きさじゃなく、たとえ学生証によるステータスの恩恵をもってしても扱えるものが何人いるか……


重量は先ほど聞いて、まさかのビックリ100kgオーバー


一応会津先輩の体重はそれ以上らしいが……そんな武器をあれだけ豪快に振り回してどうして平然としていられるのか凄い不思議だ。


……まぁ、あれだけ元気な理由は僕にあるんだけどさ。


万全筋肉パーフェクトマッスルと、超呼吸アンリミテッドレスプレイション


僕のこれらのスキルが現在、範囲共有ワンフォーオールの力によって会津先輩にも効果が発揮されており、普通に使えば筋力を酷使するあんな武装も、一切の枷もなく自由自在に使えるようになっているのだ。


ちなみに会津先輩のあの戦闘方法は短期決戦用らしく、普段はむしろ攻撃は少なく、回避とか防御主体で、相手の間隙に一撃必殺を叩き込むというクレバーな戦闘スタイルらしい。


とてもそうは見えないけど。



「……わかってはいたが、ここまで差を見せられるとはな……」



会津先輩がたった一人で金属でできた動く人形――ゴーレムを、あっさりと砕いて破壊していく。


先ほど、あのゴーレムに対して、鬼龍院は攻撃魔法をとしてフェイクブリザードを放ったが、まったくといっていいほど効果がなかったのだ。


そして当然ながら、僕の攻撃も意味が無かった。




「あんなに生き生きしてる清松は久しぶりに見たな……やっぱりお前らの根っこは戦闘狂あいつと一緒なんだな」


「紅羽と同じ扱いは止めてやれ、流石にあそこまでは酷くない…………はずだ。


………………ギルドの代表になって落ち着いたと思ってたんだがな」



そんな会津先輩を見て遠い眼差しをする銃音寛治と来道先輩



「へぇー、ほほぉー、ここか、ここが良いのか、んん~?」


「はっはっはっ!!」


「……スキルも使ってないのに手懐けてる……」



ここに来るまでに稲生がテイムしたハウンド系の迷宮生物を撫でまくる土門先輩


そして自分が手懐けたのに、自分よりも土門先輩に心を開いているハウンドを見て凄く複雑な表情をしている稲生



「きゅきゅぅ……」



そして、目を見開いて会津先輩の戦っている様子を見ているシャチホコ


明らかにエンペラビットの戦い方とはかけ離れているが、強さに人一倍の憧れとこだわりを持つシャチホコにとっては、今の会津先輩の姿はとても魅力的に見えるようだ。


……ちなみに、赤ン坊兎のヴァイスとシュバルツは疲れて眠ってしまったので、現在は僕のアドバンスカードの中に入れて休ませている。


エンペラビットから進化したとはいえ、まだまだ小さいのだから仕方ないだろう。


そしてそんなことを考えている間に、僕たちを襲ってきたゴーレムはすべて破壊された。


残ったのはゴーレムだった砕けた金属の塊と、すっきりした表情で武器を学生証のストレージに納める会津先輩である。移動には邪魔すぎるもんね、あの戦斧。



「いやー、やっぱりデカい武器は豪快に振り回すのが気持ちいいなっ」


「いくら疲れないからといっても無茶するなよ。


歌丸のスキルの効果はすさまじいが、骨の疲労までは賄えないのだからな」



うん、僕自身、疲労骨折起こすまで気付かなかったもんね。



「わかってるわかってるって。


しっかし、寛治よぉ、ここ、本当に奴らのアジトか?」


「ここに来るまであった、明らかな指向性のあるトラップ……何より、本来はこの暗闇エリアには存在しない魔法生物のゴーレム……明らかに人の手が加えられている。


他にどんな疑う余地がある?」


「だってよぉ、これだけ暴れてんのに設置型のトラップとか防衛装置だけで、犯罪組織の人間が妨害してくる様子がないだろ。


特に歌丸たちをここに送ってきた黒い人影……俺たちを探していたのなら、そいつこそ俺たちを妨害しに来るはずだ」



会津先輩の言葉に、内心で僕も、そして鬼龍院も心境は同じようで頷いていた。



「俺から見ても、相当な実力者でした。


無論、先輩たちが遅れを取るとは思いませんが…………歌丸や俺たちを標的に絞って攻撃してくるとか、もっと有効的な攻撃手段がある状況で何もしてこないというのは、何か裏があるようで不気味です」



鬼龍院と同意見というのは癪だが……この先にいるのは犯罪組織に関わる連中かもしれない。個人のプライドはひとまず置いておこう。



「……まぁ、そうですね。


ここに来るまでで僕とシャチホコでトラップは完全に無駄で、迷宮生物とかの配置をしても先輩たちに倒されるとわかって以上はこの道の踏破は容易なわけで……この先に敵のアジトがあるのなら何かしてきてもおかしくはないはずなんですけど」


「歌丸が真面目なこと言ってる……」



稲生、お前後で覚えてろ。



「だったらなおさら急いで踏破するべきだろ」



そう言って、銃音寛治は僕と、そしてシャチホコを睨み、目線で先を歩けと指示してくる。



「トラップも配置した兵も、時間稼ぎにしかならないと判断したなら、お前らはそのまま敵が悠長に到達するのを待ってるのか?」


「……迎え撃つための万全な準備をするか、もしくは……何か大事なものがあるならそれを持って逃げる、とか」


「そうだ、仮にお前らを襲った連中が控えていたとしても、奴らはいちいちこっちに人を回してる余裕がないんだろうよ。


なんせ、迷宮の中で人間に襲撃されることを想定してなかった連中だ。


やつらの慌てる様が目に浮かぶぜ……!」



今まで見たこと無いくらい邪悪な顔をする銃音寛治


ひとまず僕は先に進む。


ある程度進むと一定間隔でトラップや迷宮生物が妨害をしてくるが、僕たちの前にはほぼ無力であり、先に進み続ける。



「……きゅ!?」



その時、シャチホコが何やら耳をピンと立てる。


次の瞬間、迷宮全体が揺れた。



「なっ……!?」



あまりの強い揺れに立っていることが出来ず、僕はその場で膝をつく。


地面に着いた手は、まるで水風船を触っているような感覚だった。



『――人数が多い上に、実力が高すぎる。これでは試す意味が無い』


「この声、あの時の!」



聞こえてきたのは、僕と鬼龍院、稲生をこの暗闇エリアに送りこんだ奴の声


周囲に人影はないし、近くにいるのならば僕はともかく、来道先輩が気付かないはずがない!


つまり、この声は遠隔から届けられているということだろう。



『標的の侵入者もいるわけだし……少し難易度をあげさせてもらおう』



その時、地面がまるで沸騰する水の様に流動して溶けて、形を変える。



「これは、迷宮変性ディジェネレイト!?


早すぎる、まだ夕刻だろ!」


「まさか、ドラゴン以外に意図的に迷宮変性を起こせるのか……!」



困惑する会津先輩と来道先輩、僕と違ってまだ立っているが、それでもこの揺れで自由には動けないようだ。



『まず、その主従は分断だ』


「っ――シャチホコ!」

「きゅ――」



嫌な予感がして名を呼ぶが、遅かった。


僕とシャチホコの間の地面が一瞬で隆起し、壁となる。



『強すぎるのも論外だ』


「く――清松!!」

「わかってる!!」



会津先輩と来道先輩の周囲を囲むように壁が発生し、包み込もうとする。


会津先輩が武器を使って迫り来る壁を破壊しようとしたが、まるで溶けた飴のように衝撃を吸収する。



「だったら――」



来道先輩が手刀によって迫る壁を切り裂くが、切り裂いた直後からくっついてしまう。



「ちくしょう!」

「歌丸、とにかく生き残れ!!」



そして先輩たち二人が壁に包まれるのを見た。



「先輩!!」



それを確認したとき、ようやく迷宮変性が収まり、地面も元の堅い感触に戻る。



『人数は増えてるが、まぁこれが妥当だろう。


支援系の能力者であるが、最低限の実力を持ち合わせているのも良く分かった。


カスはカスなりに、生きるために賢しくなるものか……だが、やはりあの方の器足りえるのかは疑問が残る。


精々足掻いて見せろよ、人間』



そこで声が聞こえなくなった。


ここまでナビをしてくれたシャチホコ


主戦力であった会津先輩と来道先輩


その両方と引きはがされた。


先ほどまでの安心感は完全に消え去り、不安で胸が焦がされるのを感じた。



「ちっ……おい、先を急ぐぞ」



そんな時に、銃音寛治は何でもないように立ち上がって歩き出す。



「なっ……何言ってんだよお前!


シャチホコが、来道先輩と会津先輩だっていなくなったんだぞ!」


「だからどうした。俺たちに他に何ができる。戻る道も、今の変性でふさがれたんだぞ」


「え……」



銃音寛治の言葉を聞いて振り返ると、確かに、今まで僕たちが通ってきたはずの道が無くなって、そこには壁がただあるのみだ。



「あの二人……というか来道なら、いざとなれば迷宮のどこからでも脱出できるチート野郎だ、心配はない。


それに……運のいいことに、お前にはもいるだろ」


「っ!!」



奴の言葉に我慢できず、僕は拳を握って殴り掛かろうとした。


――乾いた音が迷宮の中に響く。


ただし、それは僕が拳を振りかぶる直前で……僕の拳はまだ、銃音寛治に触れてすらいない。



「今の言葉、訂正してください」



銃音寛治を引っ叩いたのは、稲生だったのだ。



「何しやがる小娘」


「っ……シャチホコは、歌丸の大事な家族です。


それを、道具みたいに予備とか言うなんて、私は許せない」



銃音に睨まれて一瞬怯んだ稲生だったが、それでも目を逸らさなかった。


そして、そんな稲生の肩に大きな手が置かれる。



「――今のはお前が悪いぞ」


「土門」


「……寛治、はやる気持ちはわかる。


この学園でお前が誰よりも、正義感が強い奴だって俺は知ってる。


でもな、そのためなら他人の気持ちを軽んじていいわけじゃないってことも、お前は知ってるはずだ。


そしてお前が誰よりも、今の歌丸の不安に寄り添えるはずだろ」


「勝手なこと抜かすな……」


「……あと、ナズナ、いくら怒っても暴力は駄目だ。そこだけは謝れ」


「あ……は、はい…………すいません、でした」


「……本当なら南の生徒会に責任追及したいところだが、土門の顔を立てて黙っててやる。お兄ちゃんに感謝するんだな、小娘」


「…………………」



銃音寛治の言葉に、顔を若干赤くする稲生。


文脈だけだと照れてるっぽく聞こえてるが、メッチャ怒ってる。土門先輩になだめられた直後だから大人しくしてるが、今すぐもう一発ぶん殴りたいという衝動に苛まれているらしい。


……しかし、今の土門先輩の言葉、どういう意味だ?


銃音寛治が……今の僕の気持ちに寄り添えるって…………それは一体……



「歌丸連理」


「……なんだよ」



もともと、こいつに丁寧に喋るのは癪だったし、今の発言で決定的だ。


こいつには僕はもう、敬意なんて払わない。



「テメェのウサギは、この程度で死ぬほど柔なのか」


「っ……そんなわけない。あいつなら、絶対に生きてる」


「だったらしみったれた面してんじゃねぇ。さっさと他の兎出してナビさせろ。


この先、少しでも油断したら全員死ぬと思え」



その言葉に感化されたわけではないが、僕は自分の頬を叩く。


不安は残っているが、状況が最初より悪くなったわけじゃない。


……大丈夫、先輩たちも強いし、シャチホコだったらそのうちひょっこり合流してくれるはずだ。


……というか、もしかして、今の、こいつなりの励ましだったりするのか……?


いや、きっと違うな。うん。



「さっきから大人しい鬼龍院」


「は、はい」


「戦闘になったら指示はお前が出せ」


「え……俺、ですか?


先輩たちではなくて……?」



鬼龍院がしり込みするのも理解できる。


他の学区とはいえ、銃音寛治も土門先輩も三年生で、片方は元だが生徒会役員だ。


立場的には、指示を出される側なわけだからね。



「前衛は俺と土門が担当する。


こう暗いと周囲の状況もいちいち確認できないからな」


「……あの、失礼ですがお二人の職業ジョブは」



不安そうな鬼龍院のその問いに、「俺は当然、ファーマーだが」と自信満々に答える土門先輩。知ってた。


そして……



「今はバトラーだ」



そう言って銃音寛治の言葉に、僕は稲生に小声で質問する。



「……戦士ってことか?」


「戦士系ならソルジャーとかナイトとかじゃないの?」



どうも稲生も僕と同じ、バトラーという職業に聞き覚えがないらしい。


バトルできる人手、バトラー……ってことか? もしかして特殊職業エクストラジョブだったりするのか?


などと考えていた時、妙に顔色が悪い鬼龍院が見えた。



「バトラー……ですか」


「知っているのか、鬼龍院?」


「……お前は戦闘のバトルbattleと勘違いしているが……バトラーの綴りはbutler……意味は」


「「意味は?」」



稲生とハモった。



「……執事、だ」


「「絶対に嘘だ」」



僕と稲生は同時に確信した。



「本当に仲良いなお前ら」



土門先輩がなんか微笑ましい目で僕と稲生を見てくるがひとまずスルー



「テメェらどういう意味だ……?」


「こんな傍若無人な周囲を舐め腐った執事がいるわけがない」


「そんなの許されるのは少女漫画だけですよ。執事舐めてんですか?」


「先輩舐めてるテメェらにだけは言われたくねぇ」



うん、不安感がさらに強まったぞ。





真っ暗な暗闇の中、硬質な物体同士がぶつかり合う音が響く。



「くそっ! やられたな!」



迷宮変性により分断され、硬くなった壁を叩く会津清松


普通の壁ならば破壊することは難しくないのだが……


懐中電灯で、先ほどまで清松が武器を叩きつけていた個所を確認する来道黒鵜


そして、小さなヒビが割れているだけの壁を見て顔をしかめる。



「完全に対策されているな。硬すぎる」


「お前の能力なら突破はできるんじゃねぇか?」


「転移でなら確かに壁は突破できるが……到着地点をよく見極める必要がある。


地形が変わったなら、最悪壁の中に転移してそのまま圧死だ」


「手刀ならどうだ? 空間事なんでも斬れるのが売り文句なんだろ」


「切れるが、お前が今叩いた壁のヒビもすぐに再生してる。


破壊した直後に再生されるだけだろ」


「ああもうクソ過ぎる!! あんなの反則だろ……!!」



そう叫んで、清松は周囲を見回す。


今二人がいる空間は、周囲を完全に壁によってふさがれた密室の空間


完全に閉じ込められた状況なのだ。



「迷宮変性そのものでは、どんなに地形が変わっても人を直接害さない……あいつらも、ドラゴンのそのルールは破れなかったらしいな。


そうでなければあのまま俺たちは圧殺されていたことだろう」


「悠長なこと言ってる場合か、どっちにしてもこのままじゃ窒息死だぞ。


いやまぁ、歌丸のスキル効果範囲にいるから息は苦しくねぇけど……」


「……いざとなったら地上に向かって転移して脱出はできるが、そうなればこのエリアに戻ってくることはほぼ不可能だ」


「なんでそう言い切れ…………ああ、そうか、迷宮変性を相手が自由に使えるなら、ご丁寧にここまで来た道を残してるわけがねぇよな」


「ああ、地上で歌丸の他の兎たちにナビを頼んでも、道が塞がれててはナビのしようがない。


どうにかここから直接脱出して銃音たちと合流したいところだが……」


「……時間の無駄だな。地上に戻って兎たちにナビを頼むぞ。


そんで俺たちで壊せる壁まで案内を…………あ?」



清松が言葉の途中で止める。


微かな振動を察知したので。


来道も同じように感じたらしく、振動のした方向の壁を懐中電灯を照らす。


すると、固く、再生するはずなのに、懐中電灯で照らした箇所がひび割れして……



「――きゅう!」



額に淡い紫の光る角を生やした兎が、ひょっこりと顔を出したのだった。



「「……えぇ……」」



自分たちが全力を出しても突破できなかった迷宮の壁


それを、小さな兎が貫通したのを見て何とも言えない感情を抱く、清松と黒鵜なのであった。

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