第292話 シャチホコ、進化への道! ⑭一人じゃやっぱり弱すぎる。
■
ブンブンと本能的な恐怖を想起させる羽音が、その空間に満ちていた。
「くっ……!」
「こんなにいるなんて……!」
鬼龍院蓮山と稲生薺の二人は、自分たちを取り囲む大量の蜂型迷宮生物――キラービーの大群に囲まれていた。
一体一体の脅威は大したことない。
だが、それが群れとなれば話は変わる。
普通のスズメバチですら人を殺せるところ、この蜂たちはさらに強力な毒をその身に持っており、これだけの数に一気に刺されれば命はない。
倒すならば専用の防護服や広範囲の攻撃手段、もしくは毒ガスなど使うことを推奨されている上に、倒したところで得られるポイントは少ない。
故に、積極的にキラービーと戦おうという生徒は少ない厄介者である。
それが今、何も準備をしてない蓮山とナズナに迫っている。
蓮山だけならば対処自体は難しくはない。しかし、ナズナも守りながらとなればかなり難しい状況といわざるを得ない。
(倒すこと自体は難しくはないが……倒してどうする?
今の状況で下手に動けば、あのシルエットも動く。
先輩たちが操られている状況で、下手に刺激してさらに悪化しないとは限らないが……)
状況を打開するために必死に頭を回転させる蓮山だが、考えるほどに状況が自分たちにとって深刻であるということを再確認するばかりだった。
『その場から下手に動かなければ襲われないぞ』
そして、そんな二人を嘲うような言葉がシルエットから発せられた。
『安心しろ、お前らを殺す気はない。少なくとも今は、な。
大人しく見ていろ』
「外道が……!」
シルエットに対して殺意を向ける鬼龍院だが、当のシルエットは鬼龍院には眼中はない。
ただただ今から目の前で起こることに邪魔が入らないようにしたかっただけなのだ。
『どうした、早くそいつらを殺して見せろ。
でなければ、お前が死ぬぞ』
■
『どうした、早くそいつらを殺して見せろ。
でなければ、お前が死ぬぞ』
「――うるさい、黙れ!!」
シルエットの言葉に苛立ちつつ、見開いた目でこちらを攻撃してくる土門先輩
大振りな動作のテレフォンパンチ、躱すことはそう難しくないのだが……
「――ぐっ!!」
躱した結果、地面に叩き込まれた土門先輩の拳
それは固い石の地面を叩き割り、とんでもない威力であることが伺われる。
そうこう考えているうちに、死線スキルによって背後から脅威が迫っていることを感じ取り、咄嗟に“颯”を発動させて緊急回避。
結果、先ほどまで僕が立っていた場所に向けて、銃音寛治が袖から飛び出したナイフを突き出していた。
……やっぱり銃以外に武器を仕込んでいたのかと思いつつ、再び隠密スキルにより姿を消す銃音寛治を見送った。
「ふぅー……ふぅー……」
見えるし、躱せる。
だが、それは決してこの二人が弱いからでもないし、僕が強いとかそんなことではないのだ。
『どうした、早く殺して見せろ。
その二人の動き、かなり遅くしているのだから簡単だろう』
そう、今の二人は、あのシルエットに操られることで先ほどの戦闘の様に自由に動けないでいるのだ。
だからこそ僕でも見えて対処が可能なわけなのだが……
『このまましていればいずれ助けが来ると思っているのか?
時間の無駄だぞ』
「うるさいっ!」
そう悪態をつきつつ、実は今の言葉に図星をつかれていた。
そう、僕は今、助けを待っている。
具体的に言うと――シャチホコと一緒に、今、こちらに壁を破壊しながら進んできている来道先輩たちだ。
時折シャチホコの様子をスキルで確認し、すでに先輩たちと合流しているのは僕も気付いていた。
しかし、ここは敵のテリトリーであり、下手にそのことを口に出すのは止めていた。
そのおかげもあって、シルエットはまだそのことに気付いてない。
『どうした、そのまま逃げ続けるだけだというのなら……』
「っ……くっ!」
シルエットはその顔の位置を僕から部屋の外にいる稲生と鬼龍院の方に向けた。
現在進行形で大量の蜂に囲まれている二人。
その動作が何を物語っているのか、嫌でもわからされる。
……このまま何もアクションを起こさないのは僕ではなく二人が危険だ。
「――すいませんっ!!」
鬼形を逆に持ち替えて、今できる全力で接近する土門先輩に攻撃する。
頭などの急所は避けて、足を狙って、スキルこそ使ってないが、僕に出せる全力で攻撃した。
骨を折って動けなくする。今僕にできるのはこれしかない。
「ふんっ」
「なっ――ごはっ!!!!」
しかし、僕の仕掛けた攻撃はあっさりと弾かれ、代わりにその拳を腹に叩き込まれた。
「ご――おぇ、えほっ……!!」
口の中が酸っぱくなったが、気絶することは無く即座に立ち上がろうとした。
その瞬間、左肩が一瞬冷たい感触がした。そして続く痛みと視界の端から迸る血液で事態を理解する。
「――こ、のぉ!!」
右手に持った剣を振り回すと、背後に回り込んでいた銃音寛治が数歩下がって余裕で回避した。
奴の袖から伸びた刃は、つい先ほど僕を指したことで鮮血に濡れていた。
「ふっ……」
「テメェ意識あるだろぉ!!!!」
今、完全に鼻で笑いやがった!!
銃音の野郎、さっき僕がシルエットの言葉に同意したこと根に持ってやがったな!
絶対、今の攻撃個人的な恨みこもってたぞ!!
そんな怒りを感じつつ、鬼形を握ろうとしたが……左手が上がらない。
痛みや出血はスキルでいくらでも誤魔化せるし、筋肉の損傷ならばすぐに復活する。
それなのに動かない。
「これは……まさか……毒……!」
感覚が完全に無くなったわけではないし、痛みも思ったほど酷くはなく、
どちらかといえば、痺れるような感覚がある。
「どんだけ手段を択ばないんだよ……!!」
銃火器をぶっ放されるよりははるかにマシだが……それでも状況は芳しくない。
『……どうした、早く殺さなければお前が傷つくだけだぞ?』
「うるさいって言ってんだよ!!」
『ならば、もう少し痛めつけられる方がお好みか』
「――がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
シルエットの言葉に答えるかのように、土門先輩が雄叫びを上げる。
そして先ほど以上に早い動きで迫ってきた。
“颯”で回避――と思ったが、それが出来なかった。
「――あ」
同時に、僕は自分がまだまだ未熟であることを改めて思い知らされる。
サムライのスキルは、基本的に両手持ちで発動する。
技量のある者ならば片手でも発動ができるだろうが、僕の場合はそれはできない。
“颯”もその例に漏れない。
僕は移動のスキルとして使っているが、あれだって本来は攻撃用のスキルであり、狙った対象にその刃を当てるためのものだ。
両手でしっかりと剣を振るい、正しい歩法を合わせることで発動する。
つまり、今回は足が折れていなくても、片腕が使えなくなった時点で僕はサムライのスキルが一つも使えなくなってしまったのだ。
そんな当たり前のことを自覚する間に、僕の眼前に土門先輩の拳が迫っていた。
「らぁあああああああああああ!!」
「っ!!!!」
叫び声も上げられず、僕は土門先輩に殴り飛ばされる。
視界が激しく明滅し、
「歌丸!!!!」
稲生の悲鳴のような呼び声が聞こえたが、僕は答えることもできずに、そのまま壁に背中を打ち付ける。
何かどちゃっという感覚がして、体から徐々に熱を奪われていく感覚がした。
『……まさか、この程度も躱せないだと?』
膝が折れ、地面に倒れそうになったところを鬼形を杖代わりにして踏ん張る。
シルエットの戸惑ったような声が聞こえる。ザマァ見ろと思いたいところだが、要するに今の僕は奴の想定をさらに下回ったという意味合いなのでなんか凄く微妙な気分。
『想定以上に弱すぎる……いや、しかし、確かにバジリスクは倒しているし、先ほどの動きなら対応は可能なはず……』
さっきから何をぶつぶつと言ってるんだ……いや、どうでもいいか。
「――ふぅ!!」
パワーストライクを発動させて地面を蹴る。
サムライのスキルは使えなくても、まだパワーストライクは使える。
接近しながら刺突の構えを取って、狙いを定める。
首は弾かれた以上、普通の個所を攻撃しても駄目だろう。
――ならば、もっとシンプルに、人体の急所を狙う。
「――おおおおおおおおおおおおぉぉぉらぁ!!!!」
シルエットは思案したままで動いておらず、奴と同調しているからか土門先輩も銃音寛治も動かない。
その最大の隙を狙い、眼球があると思われる位置に刺突を放つ。
相手を殺すこともいとわない、本気の攻撃。
確実に殺すつもりで放ったその攻撃は――
『――改めて実力を測る必要があるな』
あっさりと、まるで豆でも摘まむかのような動作で、白刃取りされてしまう。
僕がその事実に驚く暇もなく、腹部に蹴りを叩きつけられ、僕の右手から鬼形が離れていく。
「が、ぁ…………!」
再び地面を転がり、鬼形がもたらしていた戦意の高揚感が消えさり、僕の身体が鬼から人間のものへと戻された。
■
「あぁ……!」
左肩から、そして背中からも血を流して地面を転がる歌丸連理の姿を見て、稲生薺は嗚咽のような声が口からこぼれる。
瞳からは涙が流れているが、本人はそれに気付いていない様子だ。
「きゅ、きゅきゅ……」
「きょぽぉ……」
そしてその足元にいる子兎たちも、自分の主の姿に激しく動揺していた。
「蓮山くん、どうにか……どうにかならないの……!」
「それは……」
現在進行形でキラービーに囲まれていて、迂闊に動けば一斉に襲い掛かられる状況
そしてそれを突破しても、部屋の中には操られている銃音寛治と柳田土門
さらに実力は未知数で、二人を操っているシルエットの存在
「――――」
しかし、それでも思考は止めなかった。
たとえどんな状況であろうと、思考を止めることだけは絶対にしないと、あの日、ドラゴンスケルトンとの戦いから決めていたのだ。
『――なるほど、身体能力を強化する魔剣を使いこなしていたわけではなく、スキルによってデメリットを消して弱点を補っていたわけか』
その間に、シルエットは歌丸から奪った魔剣を確かめ、それを終えると歌丸が吹き飛ばされた方向とは逆方向に放り投げた。
『スキルしか能がないとは認識していたが、想定以上にスキル以外はカスか……』
「……る、せぇ……」
夥しいほどの流血の中でも立ち上がる歌丸連理
現状、一人でしか戦えないのに、一人で戦うための力――魔剣がその手から呆気なく引き剥がされた。
『はぁ……――よくも無駄な時間を使わせたな、残りカス風情が』
シルエットの声に怒りの感情が込められた。
「っ、ぐ、ごほっ!!??」
シルエットが言葉を発すると同時に、再び動き出す柳田土門と銃音寛治
しかし、先ほどのような歌丸を試すような動きではない。
洗練さの欠片もない、ただただありふれた暴力だった。
動きが遅い歌丸に近づいて蹴り飛ばす。
立ち上がろうとすれば転ばせる。
手を動かせば踏みつけ、顔を上げれば蹴り飛ばし、足を動かせば踏み潰す。
そして動きが鈍くなればさらに蹴り飛ばす。
『簡単には殺さない。
――貴重な時間を無駄に使わせたこと、その大罪、しかと戒め、そしてその上でもがき苦しんで死んで行け』
そんなことを土門と銃音の二人掛かりで実行させる。
「――ぁ、くっ……!」
口から血をこぼし、鼻血だって出ている歌丸だが、それでも何度でも立ち上がろうとする。
だが、その度に何度でも二人が歌丸を踏み潰す。
「蓮山くんっ!!」
そんな姿を見ていられずに蓮山に助けを請うナズナ。
「――不可能だ」
「……え」
しかし、帰ってきた答えは、絶望的なものでしかなかった。
「現状、俺にできることは何もない。
この状況をひっくり返せる明確な手段は、皆無だ」
蓮山は先ほどからずっと、歌丸が痛めつけられている間もずっと考えていたのだ。
この状況を変えられる何かが他にないかと。
しかし、駄目だった。
この状況を、確実にひっくり返せる手段は、この場には無い。
いくら考えてもその考えは変わらない。
「――だが」
そう、確実にひっくり返せる手段はない。
「何が起きるか全くわからない可能性なら、一つ――いいや、二つ残っている」
そう言って、蓮山が視線を下げ、それにつられてナズナも視線を下げる。
そこにいたのは、二匹の子兎
蓮山とナズナに見られて、戸惑っている二匹――ヴァイスとシュバルツがいるだけだ。
「そろそろ、三時間経っただろ」
■
「ごほっ……!」
咳き込んだだけだが、口から血の塊が出てきた。
これ、完全に肺の中に血が入ったな。
呼吸が苦しくなるはずだけど、
身体は痛いが、左肩を切られた時の毒……というか、麻酔の類か。とにかく、それのおかげであまり痛みは感じない状況だ。
それにしてもあのシルエット野郎……! 好き勝手するのも、いい加減にしろよ……!!
怒りで腹の奥がドロドロと煮えたぎるような感覚がするが……それを行動に移せない。
動く前に、土門先輩と銃音の奴に妨害される。
しかし、さきほどから間近で見て気付いたが……土門先輩の表情が、険しいものになっている。
銃音の奴の方は無表情で読めないが、やはり、今の二人とも意識はあるのだろう。
それなのに身体だけが自由に動かせないという状況にあるわけだ。
「――お前は、やっぱりクズだ」
『誰が喋っていいと言った、カスが』
頭を踏みつけられ、額をコンクリートの床にこすりつけさせられる。
……重さ的に多分銃音の方だろう。
土門先輩と違って、こいつの攻撃に一切躊躇いを感じないのはなんでだろうか。
しかし、どうする……相手が僕をいたぶる方向にしてるから時間稼ぎはできているのだが……シャチホコたちがまだこちらに来る様子はない。
もう少し時間が掛かるのか?
『不快な目だ……それだけ痛みつけられてなお、悔い改めようとすらしないか』
「くっ……!」
頭を踏みつけられたままだが、それでも身をよじってシルエットの方を睨む。
「――目を瞑れ!!」
そんな時、急に僕とシルエットの中間あたりに穴が複数明けられた金属製の筒――フラッシュバンが放り投げられた。
僕は咄嗟に目を瞑ると、瞼の上からでもわかるほどに強烈な光と、耳が痛くなるほどの音がした。
そして、頭に乗せられていた足が退けられる。
「――」
「っ」
何かが接近してきて体にぶつかった。
だが、衝撃は無く、むしろ体が少し軽くなった気がする。
「――こっちに走って!!」
目を瞑ったままだが、ほとんど反射的に声に従って僕は走り出す。
そして走った先で、誰かに抱き留められた。
いや、より正確に言えば、走り出した時にはわからなかったが、抱き留められた瞬間に相手が誰なのかはもう理解していた。
目を開くと、そこには目を稲生の顔がある。
そして、その耳は兎のものに変化している。
一方で、僕自身も変化している。
鬼形が手から離れたことで白髪から黒髪に戻ったはずなのに、視界の端に映る髪の毛先がまた白くなっていたし、先ほど地面を蹴るときの脚力も強くなっていた。
現在、稲生はシュバルツと、そして僕はヴァイスと融合しているというわけだろう。
一体何が起きたのかと状況を確認したいところだったのだが……
「歌丸連理!!」
鬼龍院は、そんな僕の考えなどお構いなしというように叫んで指示を飛ばす。
「一分以内に二人から黒い学生証を奪え!!」
いや、もう指示でもない、無茶ぶりだった。
あの二人から、一分以内に学生証を奪えって?
普通に考えれば無理が過ぎる。
しかし……鬼龍院がそこまで言うってことは、何かしら勝算があるんだろう。
気に食わない奴だけど、その地頭の良さは信じられる。
「ああ、やってやるよ!」
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