第293話 シャチホコ、進化への道! ⑮次、次来るから、多分!!
■
――ほんの少しだけ時間を戻す。
「一瞬だけ隙を作る。
その隙に、スキルを発動させて歌丸と合流しろ」
子兎たちが歌丸連理と稲生薺と融合させること。
それこそが、鬼龍院蓮山が現状を打破する可能性があると判断した一手だった。
「でも、迂闊に動けばキラービーが……」
「このまま動かなければ結果は同じだ。
大丈夫だ、いざという時のために血清は用意してるし、アドレナリン注射も用意してる。
それに……一人の方が存分に魔法を放てる」
蓮山が現状で動けないのは、ナズナを守るためというよりは、自身の高範囲の魔法でナズナを傷つけないためという理由が大きい。
妹の麗奈ほどではないが、彼とて攻撃用の魔法は使える。
もしナズナがその効果範囲内に高速で脱したのなら、即座に蜂を全滅させるように動ける。
「すぐに全滅させてそっちに支援に行く。
それよりも、問題はお前らの方だ。
言い出してなんだが……どうにかなる保証はないぞ」
「――大丈夫」
「きゅぷ」「きゅぽ」
ギュッと、ナズナは足元にいたヴァイスとシュバルツを抱き上げる。
「英里佳みたいなことは私にはできないだろうけど……それでも、きっと大丈夫。そんな気がする」
「楽観的過ぎる……だが、結局はそれにすがるしかないか」
この状況を打開する手段が見当たらず、結局は連理の力に頼っているという事実に苛立つ。
だが、プライドのために彼の力を否定するということもしない。
「閃光であちらの動きを止める。
タイミングを誤るな」
「任せて」
キラービーは先ほどから羽音を発し、顎をギチギチと音をたてながら動かしてくるが、攻撃はしてこない。
知性は薄く、難しい指示は受けられないのだろう。
会話をしても攻撃し来ず、ゆっくりと蓮山は己の懐に手を入れるが、動かない。
そしてフラッシュバンを取り出して、ぎゅっと安全装置解除のレバーを押しながら、安全ピンを抜く。
――キラービーは、まだ、動かない。
「――今だ」
即座にフラッシュバンを投げる蓮山。
それに合わせて、稲生が動く。
「お願い、シュバルツ」
「きゅぽ!!」
この時点でようやくキラービーが動き始めた。
「――目を瞑れ!!」
蓮山が叫んだタイミングでフラッシュバンが炸裂し、閃光と音でキラービーの動きが止まる。
その間に、ナズナがキラービーの群を突破して隣の部屋に入り、そのタイミングでナズナに抱かれていたヴァイスが連理の元へと飛び出し、こちらも融合が完了した。
「歌丸連理!!」
そして二人が合流したのを確認し、蓮山は叫びながら魔法を発動する。
「一分以内に二人から黒い学生証を奪え!!」
次の瞬間には、此方とあちらの部屋をつなぐ破壊された扉を、魔法によって隆起させた石の柱で塞ぐ。
部屋に残ったのは、自分と、大量のキラービーの群。
そのすべてが今、蓮山に向かって襲い掛かってくる。
「さぁ、来い、全部まとめて叩き潰す!!」
己の魔力を腕輪型のレイドウェポン――クロスリフューザーに気合と一緒に叩き込む。
■
鬼龍院がいる部屋とこちらの部屋が突然現れた石柱によってふさがれた。
キラービーの群がこちらに来ないようにしてくれたのだろう。
あんな大量のキラービーを相手に危険だとは思うが……今はこちらの方が危ないか。
「歌丸、私がお兄ちゃんの学生証奪う」
「行けるのか?」
「何年一緒にいると思ってるの、行動パターンなんてわかる切ってるわ」
幼馴染パネェ。
「「っ!!」」
感心したのも束の間、僕と稲生はほぼ同時にそれぞれ別方向に飛ぶと、先ほどまで僕たちが立っていた場所にシルエットが立っていた。
『有象無象が鬱陶しい……時間の無駄だ、さっさと殺す』
「させる、か!!」
逃げては駄目だ。
それではこいつは稲生の方に向かってしまう。
しかし、迫ってくる僕に対して、シルエットは殆ど反応を示さない。
僕を脅威じゃないと判断しているからだろう。
――だが、甘い、甘すぎる。
「食らっとけぇぇええええええええええええ!!!!」
お前の弱点は、とっくにシャチホコが教えてくれてんだよ!
「――“
今、ヴァイスはシャチホコの群として認定された個体で、シャチホコのスキルが使える。
まだ未熟なので、ヴァイス単体では使えないが――そこは僕が、気合でカバーすればぁ……!!
『なにっ!?』
振りかぶった右手の拳が一瞬だけ淡い紫色の光を宿し、その拳がシルエットの腹部に当たった。
その瞬間、一瞬だけ僕の拳が触れた個所から黒いモヤが消えたように見えた。
そして、一瞬だけボタンの外れている薄汚れたスーツのジャケットらしきものが見えた。
『ぐ――!?』
ダメージとしては殆ど聞いてないはずだが、シルエットは大袈裟なくらいに後方に下がり、勢いがつき過ぎて自ら壁に激突した。
……シャチホコの時の反応から、凄く物理無効攻撃を嫌がっているのは気付いてたが……ここまで嫌がるのか?
物理無効は確かに強力だが、結局はなんだかんだ合っても地力がなくちゃダメージ自体は大したことにはならない。
なのに、この嫌がりようは一体……?
『――殺せ!!』
一方で激昂したらしきシルエットがそう叫ぶ。
――って、そうだ、早く学生証を奪わないと!!
「よし取った!!」
「よし取られた!!」
「え、早っ」
なんか僕がシルエットの対処してる間に稲生が土門先輩から黒い学生証を奪い取り、奪い取られた土門先輩は元気いっぱいな様子だ。
「やっぱり後ろポケットに入れてた。スリに狙われたら危ないってお姉ちゃんに言われてたでしょ」
「いやぁ、つい癖で」
「和むの後にしてもらえる!?」
土門先輩が戻ってきたのはありがたいが、今の状態は戦えないわけで、しかもまだ銃音寛治が残っている。
「ああ、そっちは問題ねぇぞ」
「は?」
「だってあいつ」
土門先輩の言葉の意味が分からないが、いきなり部屋の中で響く発砲音にビクッとなった。
今シュバルツと融合してるから凄くデカい音に聞こえてさらにビビった。
何だと思ってみると、銃音寛治がシルエットの方に向けてアサルトライフルを二丁構えてフルオートで射撃していた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
声は低く、しかし明確にわかる憎しみの込められた怨念を呟きながら銃を放つ銃音寛治が、そこにいた。
「最初からずっと正気だったぞ」
「正気ってなんだっけ」
怨念に駆られたやべー奴にしか見えない。
……って、え?
「あいつ、普通に動けたのに僕のこと攻撃してたんですか!?」
「ああ、あいつ、捕まえた奴から黒い学生証のことは聞いた上で解析してたし、今回操られることも可能性の一つとして想定はしてたし……ぶっちゃけ作戦の内だな」
「僕めっちゃ刺されたんですけど!!」
「ああ、敵を油断させるためだったんだろ……別に庇うわけじゃねぇけど、傷の深さの割に血が出てないし……止血剤と麻酔も一緒に打ち込んでるんじゃないか?」
「え……あぁ……言われてみれば」
確かに、痛みは少なかったし、血も思ったほどじゃなかった。
そのせいでシルエットからボロクソ言われたわけだけど……
「実はあいつが持ってたカード、見た目だけ印刷したただのカードで学生証じゃないんだ。
今のはあいつの素の能力を学生証を使ってる。この日のために、アサシンに転職してきてるんだ」
「え……でも学生証を使ったら制服変わりましたよね?
普通の学生証なら迷宮に入った瞬間に姿が変わるんじゃ……」
「犯罪組織の連中が使ってる黒い腕章を懐に入れてるんだ。
効果は生徒会の腕章とほぼ同じなんだが、逆に迷宮内部でも学生証のカードの効果を抑える機能がある。
それを使って、あたかも黒い学生証を使ってると相手に思わせえてたわけだ」
「……あれ、じゃあ土門先輩が黒いカードを使っていた意味は?」
「相手を油断させるための囮だ」
「あの野郎……」
「絶対に後で殴る」
僕だけならまだしも、土門先輩まで囮に……仲良さそうに見えたのにマジで外道過ぎる。
稲生も、大事な身内がそんな風に扱われていると知って正常ではいられないらしい。
「まぁとにかく、黒いカードはあのシルエットに隙をつくつもりで使ってたんだが……想定外のところから更にデッカい隙が出来たから、そっちを利用させてもらったんだよ」
血走った目でライフル打ち続ける銃音寛治
弾が切れたライフルを捨て、もう一方で射撃を続けながら器用に片手で学生証を操作し、別のライフルを取り出してさらに射撃を続け、弾が切れたらまた別のライフルを取り出してと、これを繰り返す。
殺意が半端ない。
……一体、どんな恨みがあの男をここまで駆り立てるんだ?
とか思ってる間に、シルエットの方は煙が酷くて姿が見えなくなる。
コンクリートの壁にも弾丸が当たってそれで煙が発生してしまったのだろう。
「土門、これ持ってろ!!」
「ああ」
一度射撃を注視し、銃を構えながら顔を向けることなく銃音寛治は土門先輩に向かて新たに取り出したライフルを投げ渡してきた。
受取った土門先輩は、元々使い方を知っていたのか、安全装置を解除しながら後方に下がる。
「――おい、兎夫婦!!」
「「誰が夫婦だ!」よ!」
「さっき見たが、物理無効スキル使えるな!
隙を見てどんどんやれ! あの黒いモヤみたいなもんは物理的な干渉を跳ねのけて弾も殆ど弾かれた!
お前らがそれを払ったら、直後に俺が弾丸を叩き込んでやる、いいな!!」
こっちの都合はお構いなしな感じでまくし立ててくる銃音寛治
ブチ切れていたようだけど冷静に観察してたのか。
「それと、さっさとこれ飲め、麻酔はこれで切れる!!」
そう言って、さらに僕に向かって水薬の入った瓶を投げ渡す銃音寛治。
いや、お前がやったんだろうが、という内心の怒りはぐっと堪える。いちいち言動が腹立たしいが突っかかってる暇はない。あとで殴ろう。
そしてさっさと薬を飲みほし、空になった瓶を捨てる。
「連理、ほれ受取れ」
「っ――ありがとうございます!」
いつの間にか鬼形を拾ってくれた土門先輩がそれを投げ渡してくれた。
抜き身で危なっ! と思ったが、ヴァイスと融合してるおかげで普通に見えてキャッチできた。普段なら普通に落としてたな。
左手は少ししびれるが……動くし、ちゃんと握れる。
これでまたスキルは使えるようになった。
「稲生、僕がやるからお前は下がっ」「二人で、よ」
僕が言い切る前に、稲生は僕の隣に並び立つ。
「今は猫の手も借りたい状況でしょ。あんたにできたなら私だってできる」
稲生の眼に確固たる意志がある。
「だが…………――わかった、二人でやるぞ」
「うんっ」
そして稲生も、今はシュバルツのスキルである数秒先の未来が見える
そうこうしてる間に、煙が腫れて、シルエットの姿を目視できた。
……てっきり煙に紛れて不意打ちしてくるかと思ったが、そのまま動かなかったらしい。
『――この、ザコどもめぇ……!!』
相変わらず顔が見えないが、それでも怒りの感情が見て取れる。
「歌丸、あいつの足元……」
「ああ……まったく無傷じゃないらしい」
少しばかりだけ血痕がある。
おそらく僕が物理無効スキルで攻撃した箇所に弾丸が当たって、そこから流れた地なのだろう。
「稲生、お前は適当に動いて」「みなまで言わなくていいわよ。わかってる」
ああ、今の状態なら僕の思念が断片的にでも伝わるんだっけ。凄い便利。
「頼む」
「はい、頼まれた」
英里佳も詩織さんも紗々芽さんも、戒斗だって、シャチホコまでもいない状況だが……今の稲生のその言葉が、凄く頼もしく思えた。
だから僕は、鬼形を構え、全力で叫ぶ。
「反撃開始だ、クソ外道!!」
先ほど、“兎ニモ角ニモ”が発動した感覚を思い出し、体が光った瞬間に合わせて颯を発動し、一気に迫る。
『っ!!』
やはり物理無効スキルに触れられるのを嫌がり、再び回避に走ったシルエットだが――
「――ここで、こう!!!!」
『ごはっ!?』
シルエットが逃げた先で待ち構えていたかのように、稲生が、背中に肘鉄を叩き込んだ。
――後で聞いたが、
痴漢対策の護身術として俺が教えた、と後で土門先輩がドヤ顔で語っていた。
とにかく、そんな強烈な肘鉄を物理無効スキルを纏った状態で食らったシルエットは頭から地面に倒れ込む。
「死ねっ!!」
そこを待っていたと言わんばかりに射撃を開始する。
『ぐっ――』
背中を守るように寝返りを打って銃弾を受けるシルエット
直後、その姿が消えた。
――銃音の背後!!
「っ――銃音伏せろ!!」
頭に稲生の声が聞こえ、反射的に叫びながら僕は颯を発動させた。
「なっ――」
銃音の奴も咄嗟にしゃがみこんだので、僕はそのまま奴の背中を踏み台にして鬼形を振るうと、シルエットの拳とぶつかった。
このまま押されれば僕が負けるが――まだ勢いは終わってない。
「――パワーストライク!!」
「ごはぁ!!」
そのままスキルを発動。その反動で踏み台が悲鳴をあげたが、ひとまず無視。
物理無効スキルを纏わせた膝をシルエットの腹部に叩き込む。
「――の、野郎!」
そして踏み台――じゃなかった、銃音寛治は顔を地面にこすりつけた情けない状態のままその袖から刃を飛び出させる。
その刃はそのまま、シルエットの腹部――黒い靄が無くなって見えた紺色のスーツに刃先を差し込まれた。
『ぐ――!!』
焦ったような短い声と共に再びその場から大きく下がるシルエット
「おいもっとちゃんと刺せ、あんなのかすり傷くらいじゃないか!!」
「テメェこの野郎、誰のせいだと思ってる……!!」
「うるせぇバーカバーカ! 助けてやったんだから感謝しろバーカ!!」
まぁ、ちょっと私怨が混ざったのは否定しないが……なんで刃物? 普通に銃使えばよかったじゃん。
それならあんな僕に踏みつけられて土下座ポーズの状態からでも有効な攻撃はできたはず……って、ああ、なるほど。
銃音寛治の思惑をすぐに僕は理解した。
『ぐ……!!』
シルエットは何やら顔を抑えながらその場に膝をついて立ち上がろうとしない。
……さっきの刃、毒を仕込んでいたのか。なんて恐ろしいことを。
「お前らザコに前衛何て任せられないからな、短期決戦だ」
この野郎、後でもう一回踏んでやろう。
そしてさっき、まるで長期戦に持ち込ませるみたいな言動もこの攻撃を読ませないためのブラフの一つだったのか……抜け目ないな。
とか思ってる間に、先ほど鬼龍院がふさいでいた石柱が破壊された。
「戦況はどうなっている!!」
キラービーに刺されたのか、何カ所か血が滲んでいる鬼龍院。
しかし見た所動けるようなので平気っぽい。
「ふっ……今終わったところだ」
と、さっきまで無様な土下座姿勢だったのにどや顔でそんなことをいう銃音
『く……この、人間、風情が!!」
シルエットのぼやけた声が、ハッキリした声に聞こえてきた。
「安心しろ、死にはしない。もっとも……放っておけば一生半身不随になるけどなぁ……」
ニチャァっという音が聞こえてきそうなほど邪悪な笑みを浮かべる銃音寛治。
……こいつの方がよっぽど犯罪者っぽいな。
「さぁ、お前らのことを洗いざらい吐いてもらうぞ。
さっきの言動からしてお前も下っ端なんだろ。ボスは誰だ、どこにいる。
言ってみろ。それとも言えないのか? 下っ端だからお前も大した情報は持ってないのか?」
「――下っ端、だと……!」
シルエットの身にまとっていた黒い靄が完全に消え、憤怒の形相でこちらを睨む男がそこにいた。
「この、私を――下っ端だと、ほざくか、人間風情が!!!!」
赤みの強い茶髪に、透き通った青い瞳
白い肌に、高い鼻筋に、堀の深めの顔立ちは明らかに日本人とは異なる。
「……英里佳?」
性別も年齢も全く違うのに、その男の特徴に、その怒りの形相に……僕は何故か英里佳の姿を幻視してしまったのだった。
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