第62話 第9層救出作戦① ドキドキ、飛竜ジェットコースター!

やってきました第8層


まず、初めに一言



さむっ!!」



とにかく寒い。


吐いた息が一瞬で白くなり、思わず手をポケットに突っ込んでしまいたくなる。



「レンりん、第9層はもっと寒いよ。


ここはあそこの入り口から漏れた冷気で気温が下がってるだけだからね」



「なんかモフモフした格好してるなぁっと思ったら……そういうことですか……!」



迷宮に入る前にやけに防寒対策してると思ったら、なるほど納得だ。


これは寒い。


まだ手前の階層でこれとか……どんだけ寒いんだ第9層


いや、まぁ確かに床が“エンパイレン”の高純度結晶体が敷き詰められている場所だからしかたないのか?


エンパイレンは有機物との接触によって火力発電に使える位の熱量を発するが、そうでないときは氷よりも冷たい物質だ。


つまり、第9層は極寒となる。



「あぁ~寒いっ……!」



渡されたときは必要なのかと首を傾げた携帯カイロをこすりながら体を震わせる。


移動の際は邪魔だと思っていた防寒用の道具をアイテムストレージから取り出して急いで身に着ける。



「ほらコレ」



色々着こんでる最中、何やらゼリーパックを一つ差し出された。



「体温をあげてくれる成分の入った栄養剤よ。


アンタも飲んでおきなさい」


「詩織さん、ありがとう」



手渡されたゼリーを空けて飲んでみる。


なんか生姜の風味が若干強かったが、飲んでみると結構おいしい感じだ。



「ふぅ……ん……? なんかちょっと後味が辛い?」


「唐辛子の成分も入ってるからそのせいでしょ。


でも代わりに即効性よ」



言われてみれば、なんか体の震えがもう止まった。


指先とかも、先ほどまではかじかんでいたのだが、もう普通に動かせる。



「おぉ……凄いねこれ」


「東学区から支給された試作品よ。


日暮のお姉さんから私達にって特別に用意してくれたの」


「流石は日暮先輩……あとで礼を言わないとね」



作戦開始まで若干時間がある。


後からやってくる後続部隊が到着するまであと少しだ。



「そういえば連理、さっきのアンタの演説なんだけど」


「あ、うん……演説、といっていいのかはわからないけど、それがどうかした?」


「見るに堪えないほどの酷さだったわよ」


「酷くない?」


「酷いのはアンタよ」


「そうだね」

「そうッスね」



ちゃっかり近くにいた苅澤さんや戎斗にまで頷かれた。傷つく。



「もう見ているこっちが恥ずかしくなるほどにへたっくそな話だったわ。


特に前半とかもうあんたの性癖暴露大会だったし……世界中にあんたがロリコンだって認識が広がったわね」


「何の事だかわからない。


全然覚えてないし聞こえない、僕はもう前だけしか見てないんだ、未来に生きているんだ」



思い出してもみっともないくらいの黒歴史なのでこれ以上掘り返さないで欲しいのだが、詩織さんは指折り数えながら語り続ける。



「先輩たち怒らせて頭下げて、それでなんだかんだ語ったと思ったらもうあんたあの場にいる全員参加してもらうつもり満々で語ってたわよね?


帰っても文句言いませんとか言ってたけど誰も帰らせるつもりなかった感じよね? 本当に何様って感じだったわよ」



「あーああー、きーこーえーなーいー」



「正直に話せとは言ったけど、勢いで話せとは言ってないわよ。


内容の最初と最後とか矛盾とか筋が通ってない感じがいくつかあったわよ。


時間があったんだから話す内容くらい推敲すいこうしておきなさいよ」



「ああああああああー、耳が遠くなったなー」



「聞け」

「アダダダダダダッ!?」



アイアンクローが再び僕を襲う。


というかそんな流れるような自然な動作でやらないで欲しい。


まるで日常的に僕がアイアンクローを喰らってるみたいじゃないか。



「100点満点中、甘めにつけても30点くらいよ」


「痛い痛い痛い、あの、反省するからちょっと離して!」



力は弱められたけど、それでもこめかみに指がめり込むのは本当にキツイのでやめていただきたい。



「でも、アンタが必死だっていうのは伝わったと思うわよ」



その時ようやく手を離された。



「胸張って堂々としなさいよ。


アンタだって榎並を助けるためにここに来たんだから」



そう言いながら、詩織さんは僕の背中を軽く叩いた。



「うん。絶対に英里佳を助けよう」





「……なんというか……アレ、どう思うッスか?」


「どうって?」


「いや、その…………三上さん、性格変わり過ぎじゃねぇッスか?」



地上に戻ってからの二人のやり取りを見て、日暮戎斗ひぐらしかいと下種ゲス勘繰かんぐりだと分かってはいるのだが、あの二人がになったのではないかと思ってしまう。


歌丸連理うたまるれんり榎並英里佳えなみえりかの場合は初々しいカップルみたいな感じだが、歌丸連理と三上詩織みかみしおりではまるで熟年夫婦のような安定感があるようだ。



「うーん…………正直それは私もなんとも言えないんだけど……詩織ちゃん、基本的にすっごく世話焼きだから別におかしくはないかな」



幼馴染として過ごしてきた苅澤紗々芽かりさわささめにとって、詩織のあのお節介なくらいの世話の焼きっぷりはむしろ懐かしさすら感じるものだ。


もっとも、それを同年代の異性に対して発揮したことは初めて見たので戎斗ではなくとも勘ぐってしまう。



(英里佳が戻ってきた後、色々考えないとなぁ……)



まだ救出を果たしていない状況で考えることじゃないとわかっているが、自分の立ち位置はこれまで通りとは言えない。



(英里佳のこと応援するとは言ったけど……もし詩織ちゃんもそうだったら……)



異性に対して詩織があれほどまでに親身になっている姿は初めて見た。


彼女がもし連理に対して好意を寄せているのだとしたら、応援してあげたいという気持ちもあるわけで……



「はぁ……どうしたらいいのかな……」


「どうしたんスか、急に溜息ついて……?」


「こっちの話だから、気にしないで」



連理は鈍いし、この場に英里佳はいないし、詩織も自覚しているのか怪しいし。


当人たちが気づかないまま構築されている三角関係になんで部外者の自分が一番頭を悩ませなければならないのか、紗々芽の脳内に疑問はつきない。



(でも、今はそれ以上に……詩織ちゃんがリスクを受け入れてることのほうが問題だよね)



もっとも危惧すべき事態は、詩織の迷宮攻略に臨む姿勢の変化だろう。


効率的に、しかし安全第一に行動をするのが紗々芽の知る三上詩織という少女だった。


だが、確かに彼女は連理にこんな励ましの言葉を述べた。



『私に命を懸けてもいいって思わせた、こうあるべきだっていうアンタの馬鹿正直な生き方を』



こんなこと、紗々芽の良く知る詩織ならば絶対に言わない。


迷宮の中で何が起きたのかは知っているが、それでもどうして詩織がそんな言葉をいうようになったのか……言葉の内容から察するに、彼女は歌丸連理に影響を受けているということになる。



(でも、なんかこれまで以上に吹っ切れてる感じがあるし……一概に悪いとは言えないんだよね……もともと、詩織ちゃん中学で訓練受ける前はこんな風に無茶する方だったし)



もともと詩織は正義感の強いのだ。


安全のためとはいえ、誰かが困っているのを見捨てて快いはずもない。


その際に枷となる考え方を連理が取っ払ったならば、三上詩織にとっては良いことなのだろうが……



(…………ああもう、なんで私がこんなに悩まなくちゃいけないの……?)



どうしてこうなったのだろうかと考えて視線を巡らせると、何となく呑気な顔でエンぺラビットたちと戯れている連理の姿を見たので……



「うん、全部歌丸くんが悪い」


「どうしたんスか急に?」



ムシャクシャして言った。反省も後悔も、苅澤紗々芽はしなかった。





「「「「限定滞空機動リミテッドエリアルステップ!」」」」


「「「「任意筋力強化アクティブフィジカルアップ!」」」」



待機していたエンチャンターにより、第9層に飛び込む予定の者たちにサポート用の魔法を施される。


100歩限定であるが、空中でも自由に移動できるようになる滞空起動エリアルステップに加え、魔法を受けた者が効果時間の間は自分のタイミングで筋力の強化を行えるようになる任意筋力強化アクティブフィジカルアップ


この二つで万が一足場となる結晶体が無くなった際の保険とする。



「GARRRR」

「QUOOOOO」



そして小型の飛竜が数匹に、大型の鳥型の迷宮生物モンスターも待機しており、その背中には学生がいる。


テイマーと、そしてそのパートナーたちだ。


彼らは学生たちが交代する際のサポート、もしくはエリアボスへの牽制を主な役目とする。



「――GAAAAAAAAAA」



そして、このエリアにいる中でもひときわ大きな飛竜がいた。


他の個体がせいぜい翼を込みで8mくらいだとすれば、この個体は15m以上はある。


翼抜きでも、その体長は裕に5m近くあり、これから挑む第9層のエリアボス以上の威圧感だ。


そしてその飛竜の背には、二人の学生がいた。



「歌丸くん、しっかり捕まっててね」


「は、はい」



北学区生徒会長の天藤紅羽てんどうくれはと僕こと歌丸連理だ。



「あと、チビちゃんたちもね」


「きゅう」「ぎゅう」「きゅるる」



そして僕が着ているコートの中からひょこっと顔を出す三匹のエンぺラビット。


アドバンスカードはシャチホコの分一枚しかないが、ギンシャリもワサビもテイムした状態らしくて僕についてきている。



「それじゃあ、エリアボスは私達で引きつけます。


皆さんは榎並英里佳さんの救出のために動いてください」



「「「はい!」」」



天藤会長の言葉に、頷く先輩方。



「さぁ、行くわよ“ソラ”」


「GAA!!」



天藤会長が手綱握ると、ドスンドスンと大きく体を揺らしながら飛竜が第9層の入り口に向かって走り出す。



「どわ、わ、わ、わぁああああ!!」



走る振動で体が上下に激しく揺さぶられ、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。


だが、こんなのはまだ序の口ですらなかったのだと僕はすぐに知る。



体が一瞬軽くなった気がして、景色が一変する。


肌が痛いくらい寒く感じて、吐く息の白さが濃くなり、あまりに大きく空気を吸い込むと喉が痛くなった。



「――すごい」



だが、僕はその光景に感動していた。


まるでどんぶりをひっくり返したみたいな形に繰り抜かれた空間で、上に行くほど狭く、下に行くほど広くなっていく。


しかしそれでも広さがとんでもない。


今この場にいる僕たちから向こう側の地面の端まで、遠すぎてぼやけて見えてしまう。


気温が氷点下ひょうてんかを軽く下回っている空間で空気が澄んだ状態だというのにだ。


おそらく、中央広場と同等、下手をするとそれ以上に広いのかもしれない。



「口ひらっきぱなしだと舌噛むわよ」



天藤会長にそう指摘され、慌てて口を閉じようとしたその時だ。


視界に赤っぽい茶色い髪をたなびかせながら空中を疾走する人影が見えた。



「――英里佳!!」



間違いない。


手足がボロボロで、すり傷だらけだが今も彼女は戦っていた。


そんな彼女に目掛けて結晶体が上空から降り注いでくる。



「――アレがエリアボスね」



結晶体を削って作ったような、透き通る体を持つ蜘蛛くもがいた。


その蜘蛛が尻の部分、本来ならば糸を吐き出すのに使う部分を英里佳に向けて結晶体を噴出させていた。



「ナイフや銃、そして打撃を続けているけど現状効果はない。


おそらく倒すなら魔法――いえ、炎とか雷撃などが必要なんでしょうね」



天藤会長は結晶体の蜘蛛を見ながらそう評する。



「――ひとまず、エリアボスの注意を惹き付けるわよ。


歌丸くん、振り落とされないようにしっかり捕まって」


「はいっ」


「それじゃあまだ弱い、体を密着させて、腰に手を回して」


「え」「早く」「は、はい!」



言われるがまま、天藤会長の背中に密着して腰に手を回す。


あ、なんかいいにおい――ぶふっ!?



女性に密着できるという感動の余韻に浸る前に、体が突如重くなる。



「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」



天藤会長の飛竜――ソラが、咆哮をあげながら急上昇


その衝撃に僕は振り落とされそうになり、コートの中にいたエンぺラビットたちも悲鳴を上げているようだ。



――キィーーーーーー!



僕たちとエリアボスの距離が近づいてくると、エリアボスは赤く輝く複眼のある顔をこちらに向けた。


その際、体の結晶体がこすれ合っているのか甲高い音が聞こえてきた。



――迷宮生物モンスターは基本的に、知覚できる範囲で最も弱い敵を真っ先に狙う。



つまり、今のエリアボスの標的は英里佳ではなく――僕だ。



「旋回するわよ」



そんな言葉を訊いたのは、エリアボスがその尻部分を砲台のように持ち上げてこちらに構えた瞬間だった。


散弾のように射出された結晶体の数々を、ソラがグルンと横に回転する形で回避した。



「どわああああああああああああああああ!?」



乗っている僕も当然回転され、天地が一瞬とはいえ逆転したその光景に激しく混乱する。


そうこうしてる間に、ソラは蜘蛛の巣の隙間を抜けて、エリアボスよりも上空をとる。



「この蜘蛛の巣、相当厄介ね」



蜘蛛の巣のネットはよく見ると透き通っていた。


それこそ氷でできたみたい一件脆く見える。


だがそれでも一本一本が太い。


どれも最低でも僕の胴回りを超える位の太さだった。



「強度が尋常じゃない……あの結晶体と物質だったなら……相当固いでしょうね」



確かに、先ほどからエリアボスが巣の上をその八本の脚を動かしながら僕たちに向かって迫っているが、たわむ様子すらない。



「ソラ、ブレス」


「GAAAAAAAAA」



天藤会長の指示に従ってその口から炎を吐く。


瞬間、真下にあった糸は形を崩す。


それでもまだ巣としての機能は失わない。



「氷ではないようだけど、熱には弱いみたいね。


壊すとなると時間がかかるわ」



そんな評価をしつつ、ソラをエリアボスからつかず離れずの距離を飛行させながら会長はエリアボスを観察する。



「歌丸くん、迷宮生物の生態は基本的にその姿を準じたものが多いのは知ってるわよね?」


「え、あ、はい」


「なら、どうして蜘蛛が自分の巣に足を取られないかは知っているかしら?」


「えっと……確か縦糸は真っ直ぐに、横糸は螺旋状らせんじょうに糸を張っていて……くっ付くのは横糸だけ、でしたっけ?」



巣をよく見ると、張られて糸の表面に違いがある。


縦に張られている糸は真っ直ぐな杉の幹みたいだったが、横糸はなんだが表面がざらついている。


というか、たぶん鋭いフック上の棘が並んでいるのだろう。


螺旋状にねじれているのか、繊維の一部が千切れて、その千切れた部分が棘となっているのだ。



「彼女すごいわね。


遠目にはわからないはずなのに、横糸部分を踏んだ跡が無い」



今も結晶体を足場にしつつ、時に縦糸を駆け回りながらエリアボスに攻撃を仕掛ける英里佳。


確実に攻撃を与えている。


残念ながらエリアボスに効果はないようだが……



「ほら、また旋回するわよ」


「だわああああああああああああああ!!??」



そうこうする間に再び天地逆転


エリアボスは先ほどから攻撃を仕掛ける英里佳より、完全に弱い僕を標的としているようだ。



「仕掛けが澄むまで、もう少し頑張ってね」


「は、はい!」



とにかく、僕にできることは今はソラの背中から振り落とされないように耐えることのみ――



「どわ!?」


「ぎゃああ!」


「ひぃやあああああああ!!??」



のみ、なんだけど……先ほどから回避行動が激しすぎる。


上下左右前後と激しく揺さぶられ、三半規管がおかしくなりそうだ。



「きゅっきゅう!」

「ぎゅうぎゅぎゅう!」

「きゅるんきゅる!」



「お前らは楽しそうだな……」



僕はグロッキーだというのにこの状況を楽しんでいるっぽいエンぺラビットたちが恨めしい。



「もう少しだけ我慢してね。


そろそろ、下の方も準備が出来そうよ」



その言葉と共に視線を下に向けた僕。


そこには、最初この空間に入った時には無かった“柱”が複数出現していることを確認した。



「――もう、少し……!」



あと少しで、英里佳を捕まえるための準備が整う。

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