第61話 可愛いは絶対
■
『以上が、今回の作戦です』
寮から中央広場にやってきて一時間と少し。
今、東西南北で深夜にも拘わらず多くの学生たちが集まってエリアボスの討伐が行われる。
そして、第9層の突入部隊
つまり、もっとも死ぬ危険性の高い生徒たちに救出作戦の流れが説明された。
『何か質問は?』
作戦の説明を映像と拡声器で説明した氷川明衣の言葉に誰も手を上げない。
この場で文句をいう者はないようだ。
当然だ、成功報酬は十分に高く、そのために命を懸けてもいいと言う連中が集まっているのだから。
だが、中には当然不満そうなものがいる。
そういう人物は、日本人特有の空気を読むあまり、発言ができないのだろう。
そんな中で、歌丸連理は手を上げる。
『……歌丸連理、あなたは最後、動きを封じた榎並英里佳に接触するだけのはずですが?』
「質問ではなく、今この場に集まってもらった先輩方に言いたいことがあります」
『そんな時間は』「いいじゃねぇか、言わせてやれよ」
氷川を制したのは連理の隣にいた会津清松だった。
会津は連理に拡声器と繋がっている予備のマイクを手渡し、連理はそれをもらって前に出た。
『皆さん、今回深夜にもかかわらずお集まりいただき、誠にありがとうございます』
多くの人目にさらされて、連理は普段より緊張している。
この場の映像は、MIYABIのネットの放送チャンネルでリアルタイムに世界に配信されているので、カメラもある。
『今回、僕の仲間の
僕が、彼女を助けたいと思う最大の理由です』
この時、誰もがこの場で彼の青臭いような告白が来るのだろうと予想した。
下らないと思う者、感心する者、青春してるなぁと遠い目をする者、反応は様々だったが……
『――可愛いからです』
しかし、空気は変わった。
「「「「は?」」」」
作戦が始まる前から、みんなの気持ちは一つに変わる。
『しかもエロい』
「「「「」」」」
絶句、誰もが絶句していた。
こいつはこの場で何を言っているんだろうと誰もが困惑する。
氷川はぽかーんとした顔をしており、マイクを渡した会津も固まっている。
その場にいた
『本当にね、めっちゃくちゃ可愛いんですよ、これが。
ちっちゃくて人形みたいで、それでいて手とかすごく柔らかくて、近くにいるとなんか甘い匂いもしてて、もう興奮しっぱなしで堪りません』
――何言ッテンダ、コイツ?
と、誰もが思った。
『ベルセルクのスキルで獣耳生やしてるときとか、これかなりぐっと来るんですよ!
いや、僕全然ケモナーじゃなかったんですけどね、あれは目覚めます!
最初はベルセルクだっていう先入観で怖いが先行してたけど、慣れてくるとこれがまた愛らしくて、耳がピクピク動いてて、ちょっと調べたらスキルレベル上げると尻尾も生えるらしくて、もうそれを見たくて見たくて仕方ない!!』
拳をぎゅっと握りしめて熱く語る連理。
その姿を見て
そして二人の視線は先ほどから無言の
『スカートの下にスパッツ履いてるのは普段から丸わかりなんですけどね、なんなんですかねあのスカートの黒い生地のはみ出してる部分。
こうぐっと胸に来るんですよね』
「わかる!」『ですよね!』
余計な合いの手を入れるスカート捲りの前科のあるMIYABIだったが、誰もが唖然としていて彼女の発言だと気づけた者は少ない。
『パンツじゃないからエロくない! スパッツだから健全、そうとわかっていてもスカートから覗くあの黒い生地……別名、シュヴァルツシルト領域……この領域が、尻尾という素敵パーツでスカートの中から解放されるその瞬間がいつか来る日を僕は常に楽しみにしているんですっ!!』
「いいぞウタく」「お前ちょっと黙れ」
合いの手はどこからともなく現れた謎のビジネスマン風の眼鏡マネージャーによって止められるが、歌丸連理を止める者は誰もいない。
『もちろんそこだけが魅力じゃなくてですね、胸、バスト、おっぱい!
ここも大変魅力的なんです!』
「おいこれ生放送!?」
どこかのマイクを渡した北学区副会長が喚いたが、やはり止まらない。
『大きいという意味ではありません。
むしろ小さいです、フルフラット、大平原……そう、幼児体系!!』
その時、三上詩織がその場から立ち上がったことに歌丸連理は気づかない。
『おっと勘違いしないでください、僕はロリコンではありません』
ちなみに、ここまで聞いていてこの場にはいないが中継を見ている南学区の生徒会長こと
『同じパーティにいる二人がそれはそれはとても立派なものをお持ちでして……ええ、まぁ(笑)……これがね、揺れるんですよ!!』
ザワッとその場に集まった者たちが反応した。
歌丸の発言に反応したのではない。
彼の背後に迫る脅威に気圧されたのだ。
『迷宮での激しい運動は日常茶飯事で、走るときとかもあるわけでね、その時とかもうバインバインって感じで、戎斗とかそれ見たとき若干前かがみになるくらいだし! 凄いんですよこれが!』
「ちょ――俺を巻き込むなッス!!??」
思わず叫んだ戎斗はその叫びでその場にいた多くの女子に冷たい視線を向けられてしまったことに気づかず、中継を見ていた姉から後で折檻を受けることになるが今はまだ知らない。
『それでそれを見た英里佳がね、自分の胸に手を当ててはぁってため息つくことが何度もあってねぇ……なんかこう、自分の胸が小さいことを気にしてる女の子ってこう庇護欲というか愛らしいというか!
そう、僕は胸の小さい女の子が好きなんじゃない!!
胸の小さいことを気にしている女の子に萌えていたんだと気づかされて頭が潰れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううっ!!!!????』
ゴトンと手にしていたマイクが腕から落ちる連理
その頭は三上詩織の手によって持ち上げられた状態で足が地面から離れていた。
――アイアンクローである。
「確かに私は『馬鹿正直に』とは言ったけど…………誰があんたの性癖暴露してって言ったぁーーーーーーーーーー!!!!!!」
「ああああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?
ご、ごめんなさい緊張し過ぎて余計なこと言っちゃいましたマジでごめんなさい!!
本当にすいません、落ち着いて頭から血が抜けたというか指がめり込んでる骨が軋んでるから離してください死んでしまいますううううぅぅぅーーーー!!!!」
「次はちゃんと真面目にやれッ!」
「ぐふっ!?」
文字通り床に叩きつけられる連理
「……すいません、もう少しだけこの馬鹿に付き合ってあげてください」
そんな風にぽかんとしている上級生たちに頭を下げてから、詩織は元の席に戻っていくのであった。
『ぁあ……あー……すいません、ちょっと興奮してしまいま……い、いや性的な意味じゃないから!』
席に戻った詩織が立ち上がりそうになったので慌てて訂正する連理
ひとまずもう一度立ち上がって軽く咳ばらいをする。
『こほんっ…………えっと……まぁ、つまりですね。
僕はただ、榎並英里佳っていう可愛い女の子を助けたいから…………北学区生徒会を脅迫する形で救出作戦を立案してもらいました』
連理のその言葉に、再び空気が変わる。
「――何を言ってるんですかあの馬鹿は!」
「だから待てって」
氷川は今すぐにでも連理からマイクを奪おうと動くが、それを会津が止める。
「止めないでください、これから作戦だっていうのに、余計な不和をつくるような真似は見過ごせません! 作戦の成功率に関わります!」
「もう遅い、今から止めた方が余計に不和を生むぞ」
「ですけど……!」
その時だ。
連理は決定的に取り返しのつかないことを言った。
『今日、これからこの場にいる人たちの何人かが死ぬでしょう』
作戦説明の時点で、誰もがわかり切っていて、そして敢えて誰も明言しなかったその言葉を、生徒会役員でもないし、死ぬ危険性もほとんどない彼が言い切った。
『だから、皆さんに僕はまずお願いをします。
榎並英里佳という、一人の女の子を助けるために……どうか、命を懸けてください』
その時、連理は頭に向かって何かが飛んできた。
「っ……!」
中身がほとんど入っているペットボトルだった。
蓋は空いていて、当たれば結構な衝撃を受けるし、頭から中身の水を被る。
「何様だテメェ!」「ふざけんな!」
「助けたかったらお前がやれよ」「そうだ、お前が行け!」
「お前が命懸けろよ!」「そうだ、というか死ね!」
その場にいた者たちの多くの罵声が連理に向けられる。
急いで氷川がマイクを手に取って落ち着くように言い聞かせるが、誰も彼女の言葉に耳を貸さない。
『提示されている報酬だけでは不満だけど、場の流れとかでこの場にいる人は今すぐ離脱してもらって構いません。
その人にペナルティを生徒会が課すというのなら、また僕は生徒会を脅してでもそれを止めます』
連理のその言葉に誰もが耳を疑う。
それではまるで英里佳を助けて欲しいといったことを否定しているようだったからだ。
『僕が求めているのは英雄です』
だが、連理は英里佳を助けることを一切諦めていなかった。
『僕は、英雄を求めているんです』
英雄
その言葉は、よく聞くけれど馴染みがない言葉だった。
初めて迷宮学園を卒業した者たちのことをそう評するものはいたが、少なくとも最近の迷宮学園でそう呼ばれるものはほとんどいない。
『僕は弱くて、一人じゃ何もできなくて……だからこうしていろんな人に集まってもらいました。
僕一人が命を懸けたところで……どう足掻いても第9階層にいる英里佳を助けることは不可能だったからです。
だけど……僕は自分の命が大事だって言う人にまで命を懸けろとはいえません』
罵声は止む。
諦観と悲嘆の言葉に、誰もが困惑していた。
『だから、僕は英雄を求めます』
しかしその眼には、誰よりも強い意思が宿っていた。
『たった一人の、明らかに分の悪いとわかり切っていて、それでも命を懸けてたった一人の女の子を救おうとしてくれる英雄を!』
そこまで言い切って、連理はマイクを捨てて声を張り上げる。
「無力で何もできない僕に、希望を与えてくれる英雄を!!」
「自分の命をまったく見ず知らずの女の子のためにかけてもいいという、僕にとって世界中の誰よりもカッコいい英雄を!!」
「この場に集まってくれた、英雄になってくれる人たちに、僕はもう一度お願いをします!!」
連理はその場で深々と頭を下げて、全力で叫んだ。
「僕の仲間を……今も一人で戦っている榎並英里佳を助けてあげてください、どうか……どうかお願いしますっ!!!!」
水を掛けられた頭から、水が零れていく。
頭を下げているので顔は見えない。
だけど、今もその肩は振るていて、今も泣いているように見えた。
「おい待」「ごめんコバちゃん、今は行かせて」
その時、一人の少女が姿を現した。
「ウタくん、この場に集まってる人たちは本当に英雄なの?」
そんな彼に声を掛けたのは、壇上の裾で控えていたMIYABIだった。
世界的に有名な彼女がこのタイミングに出てきたことに誰もが驚き、そして本来ならば歓声も沸くはずだったが、今この場では誰もが耳を澄ませていた。
「ここに集まってる人たちはみんな生徒会が提示した報酬のために集まった人たちだよ。
正直、欲に目がくらんでる人もいて死んでも自業自得って感じだよ。
実際君が何も言わなければ誰も何も言わないわけだし…………そんな風に濡れ
連理はゆっくりと頭をあげて、MIYABIと向き直る。
「確かに、わざわざこんなことを言う必要はなかったかもしれません……だけど、これから戦ってくれる人たちは僕に取って英雄だっていう事実に変わりはありません。
たとえそれが一人であろうと僕は頭を下げて、どうしても気持ちを伝えたかったんです」
「お金目的でも?」
「目的がどうであっても、その人たちがやってきたことの価値は変わらない。
誰がなんと言おうと、貴方が内心でどう思っていたとしても……この場に集まってくれた人たちは英雄です」
連理は堂々と迷いなく真っ直ぐに集まった生徒たちを見た。
「たった一人の女の子を救うためにこれだけの人が集まった。これって凄いことでしょ!
今世界中の迷宮学園で、この場にいる学生が一番カッコいいことをしてるんですよ!
新聞やテレビが、これから死んだ人たちをただの数字で片付けて、その程度の記録で終わらせるかもしれない! だけど、僕や、そしてこの場に集まってくれた人たちの記憶に残る!
ただエリアボスと戦って死んだんじゃない! 女の子を助けるために死んだって! そう胸を張れる!」
連理は自分の胸に手を当てて、その胸に再び熱が宿ったことを確信する。
「ただ漠然と死ぬのが怖いとか、いい加減な生き方をしてるんじゃない!
どんな理由でこの場に集まったとしても、一人の女の子を助けるためにここにいる! そんなカッコいいことできる!
そんなカッコいいことに命を懸けられる人は、誰がなんと言おうと英雄だ!
自業自得なんて適当な言葉で片付けるな!!」
自分が正しいと思ったことを、全力で叫ぶ。
その姿に、誰もが釘付けになる。
「胸を張って生きて、堂々と戦って、カッコよく死ねる!」
「そんなこともできずに貶すような連中は、自分に何も誇れることが無い負け犬だ!」
「理由なんてどうでもいい! 何にもしない連中が、戦っている人を馬鹿にする資格はない!!」
「だいたいさぁ……!!」
そこまで言って、連理は捨てたマイクを拾い、大きく息を吸った。
『――女の子を、しかもとびっきりの美少女助けられるなら理由なんてどうでもいいだろ!!!!』
恥じることも、臆することもなく、それが絶対的な正義だと信じた目をしている連理
MIYABIは真剣な表情でそれを聞いて、次の瞬間に笑う。
「ふ、ふふふ……いいね、とってもいいよウタくん、今私、すっごいインスピレーション感じちゃってる……!」
体を震わせながら肩を抱き、MIYABIは耳に装着しているヘッドセット型のマイクのスイッチを入れた。
『気が変わっちゃった!
私も、今回の第9層での救出作戦、現地に乗り込んじゃうよ!!』
「――――はぁ!?」
壇上の裾で成り行きを見守っていたマネージャー兼西学区副会長の
『ウタ君、私は女の子だけど、可愛い子を助けたいって気持ちは一緒だよ。
そして……君たちのために今日は歌ってあげる。
君と、英里佳ちゃんと、この場に残ってくれるっていう英雄の卵くんたちのために、最高のライブを披露することを約束するわ!!』
『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』』』
MIYABIのその宣言に、会場が割れんばかりの喝采に包まれた。
『それじゃ、ちょっと景気づけに一曲歌っちゃうわよ!』
『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』』』
中央広場全体が揺れているのではないかと錯覚するほどの歓声が起きる。
壇上の裾で頭を抱えながらも急いで何かを準備している小橋副会長の姿を尻目に、連理はMIYABIの人気っぷりに圧倒されてしまう。
■
作戦前で士気も最高潮に達するほどの熱量を発揮している現状に、生徒会役員である会津清松は半ばあきれていた。
「なんか……最後結局全部MIYABIに持っていかれたな」
「確かにな。だが、おかげで士気が一気に高まった」
途中まで冷や冷やした感じで歌丸連理の言葉を聞いていた来道黒鵜副会長はほっと一息をつく。
「――会津先輩」
「ん? どうした氷川?」
「……私は、今……凄く怒っているのかもしれません」
「マイク持たせたことか? 別にいいじゃねぇか。
結果的に士気は上がったんだから」「違います」
淡々とした声で喋りながら、氷川は今も真っ直ぐに壇上の隅の方に移動した連理を捉えている。
「あの男に考えるきっかけの言葉を与えてしまったことをです。
あの時、私が余計なことを言わなければ……少なくともこの場で奴は何もしませんでした」
「……おい、どうしたんだ?」
基本的に淡々としている氷川だが、今はそれに一段と輪をかけているように思えた会津。
隣で聞いていた来道も、そして氷川の様子に気づいた天藤紅羽や金剛瑠璃も意識を傾ける。
「この会場の雰囲気を作ったのは間違いなくあの男です。
歌丸連理は……扇動者です。今は未熟でも、確かにその気質がある」
「扇動って……いや、それは言い過ぎだろ。
むしろそれを言ったらMIYABIのほうがあおってるぞ?」
「彼女は勢い付かせただけです。
火種は歌丸連理。
あの男の言葉に彼女は感化されたに過ぎません」
氷川の連理を見る目は、それまでの単純な敵意を見る目ではなく、明確な脅威に対して向けるソレだった。
「何より問題なのは…………彼の思想は、学長と酷似していることです」
氷川の言葉を聞いて、ハッと誰かが息をのんだ。
それが誰のものだったのか、会津はわからない。
もしかしたら自分だったかもしれないし、違うかもしれない。
「歌丸連理は……人類の希望かもしれませんけど」
ただ、一つ確実に言えることがあるのなら……
「全幅の信頼を寄せるべきではないと思います。
少なくとも私にとっては……もっとも嫌悪する人種でした」
これからの北学区生徒会に波乱が続くということだけだろう。
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