第60話 他力本願のデメリット

「それでは救出作戦の主導は北が取ります。


役員のみ残って10分ほど休憩してから再会議するとして……歌丸くん」



「は、はい」



天藤会長に名を呼ばれて、僕は背筋を伸ばす。



「作戦開始はどんなに早くても1時間後よ。


時間に余裕あるし、体でも拭いておきなさい」



「え……」



体を拭くって……どういうことだろうか?



「本当はシャワーのほうが良いのかもしれないのだけど、傷もあるし…………正直、かなり臭うわ」



そう言いながら天藤会長が鼻を押えたので、すぐに僕は察した。



「す、すいません……ちょっと寮に戻って着替えておきます」



「そうしなさい。


愛しの彼女に会いに行くんだもの、身嗜みは大切にすべきよ」



「あ、はい。ん………………愛しの?」



文脈的に英里佳のことを差しているのだろうが、どの辺にそんな表現がされるようなところがあったのだろうか……?



「どうかしたの?」


「あの、会長……こいつその辺りはすごく鈍いというか……自覚が無いので」



詩織さんからの謎のフォローを受けてしまった。



「あらそうなの? なんだかとっても残念な子ね」


「「お前が言うな」」



天藤会長も謎のツッコミを来道先輩と会津先輩から受けていた。



「「?」」



僕も会長も訳が分からず頭に疑問符が浮かぶと、来道先輩と会津先輩、それになぜか詩織さんが似たような感じで額に手を当てていた。



「と、とにかくだ。


北学区主導で救出作戦は行うが、できればほかの学区も協力して欲しい。


当然報酬や取り分は融通するし、どのあたりまで人員と物資を出せるか聞きたいから柳田と日暮は残ってもらえないか?」


「あれ、私は?」



来道先輩にさらりと省かれたことに不満そうなMIYABIであったが、妥当だと思う。


だってこの人、あくまでもマネージャーが生徒会役員なだけで本人違うし。



「まぁ、残ってもらえるのならありがたいな。


そうだな、人員はいくらいても足りないくらいだし……救出作戦の発表の時に人員募集を手伝ってもらっていいか?


西の副会長の小橋と連絡とって、OKが出たら参加してくれ」


「オッケー、今コバちゃんに連絡してくるねー」



学生証片手にその場から走り去っていくMIYABI


とりあえず僕もいったん寮に戻ろうとする。


上級生たちとは別れて、僕たちはチーム天守閣の英里佳を除いた四人で夜の校舎を歩く。



「はぁ……なんか、すっごい緊張した」



苅澤さんが胸を押えながらそんなことを言う。



「あ、そうだ戎斗、ありがとうね」


「な、なにがッスか藪から棒に?」


「いやだってさ、戎斗が土門会長と日暮先輩呼んでくれたんでしょ?


あの二人がいなかったら、きっと救出作戦は北が関わらなかったかもしれないし」


「いや、確かに呼んだのは俺ッスけど……提案したのは瑠璃先輩ッスよ」


「瑠璃先輩が?」


「まぁ、当初の予定としては姉貴だけだったんッスけど、俺が土門会長の連絡先知ってるって言ったら是非呼んでくれって言われて……でも全体の筋書きは瑠璃先輩ッスよ。


あの先輩、のほほんとしている割にかなり切れ者ッスよ。生徒会役員は伊達じゃないッスね」


「そっか……後で改めて礼を言わないとね」

「きゅう」「ぎゅう」「きゅる」



僕の言葉に頭と両肩に乗っている三匹が同意するが、重いのでさっさと退いて欲しい。




「歌丸連理」



ふりかえると、二年生で北学区副会長の氷川明衣ひかわめいがいた。


その手にはすでに弓矢はないが、詩織さんが咄嗟に僕を庇おうと前に出てきた。


ちなみに三匹のエンぺラビットたちは声を聞いた瞬間に苅澤さんの背後に逃げた。お前ら……



「もう何もしません。


会長が決めたことなら私は従うのみです」


「詩織さん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」


「……わかったわ」



そういって僕の前から退くが、隣に立ったまま離れようとせず、明らかに氷川を警戒している。



「それで、何か用ですか?」


「……先ほどの件の謝罪です。


武器を取り出したのは完全に私の過失。どう考えて私に非がありました。


誠に、申し訳ございませんでした」



深々と、氷川が僕に頭を下げる。


僕も詩織さんも、後ろにいた二人も彼女の態度には驚いていた。



「ですが、勘違いはしないでください。


私は貴方を認めることは絶対にありません。


この救出作戦だって、本来は行うべきものではないのですから」


「……そりゃ、アンタにとっては英里佳は他人なんだろうけど、どうしてそんな簡単に他人を見捨てられるんだ?」


「その言葉、そっくりそのままそちらに返します」


「なんだって?」



言葉の意味を測りかねている僕に、氷川はこう告げた。



「どうしてあなたはそんな迷いもせずに、自分と無関係な人間を死地に追いやろうとするのですか」


「――僕は、別に」


「第9階層……あの映像を見たならわかるでしょ?


あそこにはただ入り込むだけでも命懸けとなる。


その状況下でエリアボスを相手にしながら、ベルセルクの生徒の救出…………先に言っておきますが、確実に死人は出ますよ」


「それは…………」


「彼らは貴方のせいで死地に行くのですよ」



胸の奥から湧き上がってきていた熱が、だんだん冷めていく気がした。



「誰かが死ぬことを忘れないでください」



まるで射抜くかのような視線が、僕に真っ直ぐ突き刺さる。



「あなたは言いましたね。


自分のせいで誰かが死んだとき、何を言えるかわからない、と……」



氷川の僕を見る目が、氷のように冷たくなっていく。



「今日明日中にでも、その答えを出しておいてください」



その言葉で、僕は体全体が寒いくらいに、心が凍り付いてく感覚に苛まれる。





「今日は随分と珍しいものが見られる日だな。


お前があそこまで気に掛ける奴が出てくるとはびっくりだ」



氷川明衣ひかわめいが会議室へと戻る途中の階段で、会津清松あいづきよまつが待っていた。



「覗きですか、趣味が悪い」


「だろうな。


俺もそう思うんだが、万が一を考えてな」


「……先ほどは本当に失礼しました」



氷川はついさっき、弓矢を会議室で取り出した人物だ。


確かにそんな人物を一人で矢を向けた相手に会いに行かせるのは賢明とは言えないなと自覚して頭を下げる。



「それだよ~」


「さっきから何なんですか?」


「だってよ、普通お前って感情を出す前に理性で答えだして実行するよな。


お前があそこまで感情的になるの、少なくとも生徒会に入って以来は初めて見たぞ。いや、まぁ付き合いがあるのは半年程度だけどよ」


「それは…………」


「それにお前が今あのエロガキに言った言葉…………『誰かが死ぬことを忘れないで』って、お前が前の会長に言われたことそのままだよな?」


「え……?」


「は?」



清松の指摘に明衣がキョトンとした顔になり、その顔を見て清松も一瞬間の抜けた顔をした。


そして、すぐに吹き出す。



「くははははっ、自覚なかったのかよお前?」


「い、いえそんな……私は別に……」


「いや、無自覚ってことはお前あのエロガキのこと自分と重ねてんじゃねぇかよ。


滅茶苦茶気に入ってるじゃねぇか」


「ち、違いますっ!」


「ほらまたムキになってやがんの」


「なってませんっ!!」


「なってるなってる~っと♪」


「あ、ど、どこ行くんですか! なんですかその顔、ちょっと、会津先輩、まだ話は終わってませんよ!」


「あははははは、これは俺も久しぶりにやる気出してやっかなぁ~……」



気だるげな雰囲気の清松は、とても楽し気に来た道を引き返し、それを怒りながら明衣がついていく。


ここから先はもう自分たちの仕事だと覚悟を決めながら。


…………歌丸連理うたまるれんりが、今日はもう何もやらかすことが無いと思って。






氷川が去って行ったあと、僕はどうやって寮に戻ったのか記憶が定かではない。


寮母の白里さんが僕を見て騒ぎ出し、あとついでに三匹のエンぺラビットを見て発狂したのは覚えていたのだが……なんか記憶が曖昧だ。


ひとまず僕は冷水のシャワーを浴びることにした。



「つっ――」



傷口に水が沁みて激痛が起こるが、今はそうでもしないとやってられなかった。


というか、思ったほど痛くはない。


これも苦痛耐性フェイクストイシズムの効果なのだろう。


多分これが無かったら僕の気持ちはもっと沈んでいた。


とはいえ、悩みを解消はしてくれない。


使えるようで使えない、なんとも中途半端で僕らしいスキルだ。



「僕は……」



足元は真っ赤で、体にへばりついた血の汚れが水で洗い流されていく。


今も傷口から血が流れている。



――自分が血を流すことは問題はない。


――ただ僕が我慢すれば済む話だ。



「他人に……僕が血を流させる、か」



氷川の言葉は、結局のところ僕の願望を叶えるために起こる付帯的損害コラテラルダメージだ。


歩き続ければ靴底がすり減るように、鉛筆を削って尖らせればいずれ無くなるように。


何かを成すために起きる絶対的に防ぐことが不可能な損害。



「英里佳と他人の命を比べる……か」



そう口にしたとき、心の中がとても寒々しくなった。


もちろん、僕は英里佳を取るだろう。


会ったこともない人間の命を比べるなど僕にはできない。


だが……だが……僕が何もしなければその他人が死なないのも事実だ。



――僕は良い。


――だけど、英里佳は?


――彼女はそんなことで納得できるのか?


――自分のせいで多くの人が死んだと知った時、彼女はどうなる?


――いやそもそも……本当に僕はそれでいいのか?


――僕の願望のために誰かを死なせて、僕は僕のやり方に胸を張れるのか?



悩んでも答えは出ない。


時間は有限で、これ以上体を冷やしても気分が暗くなるだけだ。


白里さんに借りた、新作のスプレータイプの絆創膏を傷口に塗布する。


なんでも人体に無害な粘着成分で、疑似的な薄い皮膚をつくってそれを絆創膏代わりにするのだそうだ。


そして新しい制服に着替えて、今までの制服は白里さんに出しておいてと言われた籠に放り込む。


制服は迷宮から出たら自動で修復される機能があるが、汚れがひどい。


これは下手したら新しい制服を買わなければならないなと思いながら部屋を出て一階の食堂に向かった。


そこには詩織さんと戎斗、それに苅澤さんが座って待っていた。



「戎斗はともかく……詩織さんは自分の部屋に戻らなかったの?」


「私の制服は連理のほど汚れてないし、シャワーだけ借りたわ」


「そっか」



テーブルの上には白里さんが用意してくれた夜食のおにぎりが置かれており、僕はそれを一つ手に取る。



「いつの間にか、名前で呼び合ってるんッスね。一応成り行きは俺たちも聞いてたッスけど……」


「ちょっとびっくり……詩織ちゃん、男の子に名前呼ばせるのって歌丸くんが初めてじゃない?」


「そうだったかしら?」


「……あの」



夜食を楽しむ三人に、僕は話を切り出す。



「その…………今回の救出作戦は、本当に危険で……三人にもこれまで以上に死ぬ危険性がある。


だから、できれば三人には参加せずにぷふぅ!?」



頭に衝撃


あまりに突然だったので、僕は思い切りテーブルに頭を打ち付けてしまう。



「そういうのいいから、面倒くさい」


「え、えぇ~……」



見れば呆れたような眼で僕を見ている詩織さんが僕の頭に打ちおろしたであろう手を軽く振っていた。



「今そういう時間は無いの。


グダグダ言ってないでご飯食べなさい、アンタは今回の作戦の要なんだから」



「いやでも、今回は今まで以上に死ぬ危険性あるんだよ?


それで、みんなは避けることができる。だったら別に無理して参加しなくても……」


「それをアンタが言うの?


今まで一番弱いのに平気で一番危険なことに突っ込んでいったアンタが」


「それは僕は別に……自分で決めてることだし」


「私だって、ううん、紗々芽や日暮だって自分で決めてるのよ。


アンタに言われるまでもなく、好きで参加してんの」


「ほ、本当に? なんか場の流れで、とか……周りも参加するし自分も、とかじゃないよね? 日本人特有の空気読むエアリーディングじゃないよね?」


「疑い深いわねアンタ……なんでそこまで考えるのよ?」


「だって詩織さん、ここぞって時は勢いで判断しそうだし」


「なんでよ!」


「吊り橋」「うっ」



忘れたとは言わせない。


だってこの人完全に流れで僕と一緒に遭難したんだもん。



「まぁ、確かに詩織ちゃんってそういうところあるよね」


「紗々芽!?」



予想外の裏切りに戸惑う詩織さんだが「だけど」と苅澤さんが僕の方を見た。



「同じくらい、詩織ちゃんはそういう曖昧な空気は嫌いなの。


だから本心から参加しようとしているし、日暮くんも、もちろん私も。


命懸けで英里佳を救いたいって気持ちに嘘じゃないし、そう思われるのはすごく不愉快だよ」


「そうッスよ。言っとくッスけど、この数日一緒に大規模戦闘レイドで何度も死にかけたりしたッス。


今更ッスよ。榎並さんになら、俺たちは命預けてもいいってくらいに信頼してて、大切な仲間なんッスよ」


「…………うん、ごめん」



そうだ、英里佳を大切に思っているのは僕だけじゃない。


それを忘れてしまうところだった。



「そんなことアンタが言いだすってことは、やっぱり氷川先輩の言葉気にしてるんでしょ?」



詩織さんの言葉に、動揺してしまった。



「…………そう、だね。よくわかったね」


「誰でもわかるわよ。


歌丸連理っていう人間を知っているならなおさらね」


「普段の僕ってどう思われてんの?」



「馬鹿」と詩織さん


「雑魚」と戎斗


「無鉄砲かな」と苅澤さん



なんという評価。


しかし否定しきれない。



「あと、英里佳を……いいえ、仲間を助けるために躊躇するような人間でもない。


悩む前に、命懸けで助けに行こうとするのがアンタよ」


「そうッスね、助けられるこっちのことも考えろよって文句も言いたくなるくらいすぐに自分勝手に助けるんッスから」



そういって僕を見る詩織さんと戎斗


彼らは、僕に助けられたと思ってくれているのだろうか。


それなら、ちょっと自信がもてて、すごく嬉しい。



「だけど……今回はそれだけじゃない。


僕以外……僕も知らないし、英里佳とも何の関わり合いの無い人が死ぬかもしれない」


「作戦、やめさせたいの?」

「それはない」



苅澤さんの言葉を、すぐに僕は否定する。



「もちろん僕はその人たちより英里佳を選ぶよ。作戦も、止めるつもりはこれっぽっちもない。


だけど…………僕はその人たちに何を言えばいいのか……何ができるのかわからないんだ」



僕は自分の手を見る。



「僕は本当に弱くて、一人じゃ何もできなくて…………ラプトルの時も、今回のドライアドのときだって僕一人じゃただ死んでいた。


最後は結局、英里佳や詩織さんに助けられただけ。今回もそうだ。


結局一人じゃ何もできないから、他人にまかせっきり。


自分の無力っぷりにうんざりしてて……なのに、謝罪も、感謝も、激励も……これから僕がやるべきことを全部押し付ける人たちに、何を伝えるべきなのかグチャグチャなんだ」



謝罪はしない。英里佳を助けることは絶対に間違いじゃないから。だけど謝りたい。


感謝はできない。その人たちの死を喜んでいるみたいで嫌だ。だけど「ありがとう」と伝えたい。


激励なんて無意味だ。何もしない、成し遂げられない僕に言われても腹が立つだけ。だけど応援したい。



「何がしたいのかわからない……」


「なのに、僕は」


「このまま黙ってただじっとしていることだけは死んでもしたくない」



僕の言葉に、三人とも真剣に向き合ってくれる。



「つまり、連理はこのままその人たちを危険にさらすようなことは納得できないってことよね」


「うん」



詩織さんは「だったら」と僕の肩に手を置いた。



「言ってやりなさいよ。


私に命を懸けてもいいって思わせた、こうあるべきだっていうアンタの馬鹿正直な生き方を」

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