第59話 やったね! 主人公モテモテ!

英里佳たちとはぐれたこと


三上さんと一緒にエンぺラビットたちの隠れ里に行ったこと


元はテイムされたドライアドと接触し、そして彼女がパートナーだった女子生徒の遺体を守っていたこと


僕のスキルで、ドライアドの精神状態を正常に戻して説得したことを


その際、ドライアドにスキルを使用するために英里佳に使っていた特性共有ジョイントを解除したことを



遭難した間に起きたことをできるだけ短くまとめ、だいたい10分くらいで話し終えると、全員の視線はなぜか氷川に向けられる。



「……嘘は言ってないようですね」



氷川はそんなことを言いながら眼鏡の位置を治した。



「僕がこの場で適当なことを言うとでも思ってるのか?」


「いちいち突っかからないで貰いたいのですけど。


単純に、私は相手が嘘を言っているかどうかがわかるというだけで、他の皆さんが聞きたそうだったので言っただけです」


「嘘がわかる? どうして?」


「私の職業ジョブはスナイパー


スキルの効果で、目良くなっているんです。ですので、嘘を言った時に出る僅かな人の反応を見分けられるのです」



スナイパー……確かアーチャーの上位職業


弓以外にも銃火器を使う人が多いって聞く。



「眼が良いって……眼鏡じゃん」



なんかショウもないダジャレを言ってしまったような気がしたが、今は気にしない。



「これは色の薄いUVカット用のサングラスです。眼が良くなりすぎて、光に敏感になってしまったので必要なだけです。


むしろ視力はかなりいいんですよ」



そこまで聞いたところで、会津先輩が口を開いた。



「……まぁ、一部信じられないような内容もあったが、氷川が言うなら全部本当なんだろうな。


エンぺラビットの隠れ里、か……あの階層にそんなのがあったとは意外だったな」


「スキルの効果も興味深いな。


そしてそれが事実である以上、歌丸の能力なら狂化状態の榎並を戻せる可能性があるってことだろう」



来道先輩の言葉の通りだ。


今の僕なら、確実に英里佳を元に戻せる。



「ですが、肝心なところを話してませんよね」



氷川がそんなことを言って、僕はドキリとした。


――まさか……ララのことの追求か?


僕は意識的に、ララがアドバンスカードを持っていることはしゃべらなかった。


もしそのことを伝えたら、生徒会がララの討伐に動くと思ったからだ。



「――あなたのスキルで、三上詩織が習得したユニークスキルの詳細が今の説明では省かれています。


詳しい説明を」


「え…………あ、ああ……えっと、それは」



思わず安堵してしまいそうになったがぐっとこらえる。


ここで変な反応を示すと追及させられる。


そうすれば芋づる式でララのことにつながる。


だから僕は努めて平静に、詩織さんが覚えた“騎士回生Re:Knight”の効果を説明する。


そしてそれらの説明を終えると、再び全員の視線が氷川に集まった。



「…………これも、嘘は言ってないです」



驚愕しているのか、氷川の声が若干震えていた。


来道先輩も、会津先輩も、天藤会長すら先ほどと違ってかなり真剣な様子で僕を見ている。



「実質、人類において最強の職業の一つなんだろうな、その“ルーンナイト”っていうのは」


「ああ。そしてドラゴンに唯一対抗できる物理無効スキル……歌丸が居れば、おそらくいくらでもこのスキルを覚えさせられる奴が増えるだろう」


「とんでもねぇな、このエロガキ……」



誰がエロガキか。


そう反論したかったが、今この場で優先すべきは早々に英里佳の救助を優先させることだ。


下らないことに時間を割いている余裕はない。



「ポイントが溜まればすぐにでも英里佳も物理無効スキルを覚えられるはずです。


僕の恩恵贈呈ギフトは性質上身近な相手ほど発動しやすい。


だから、英里佳の救助をすぐに開始してください、天藤会長」



この人が許可を出せばすぐに救助に行ける。


だからこそ、絶対に頷かせなくてはならない。



「……今の彼のスキルのことを踏まえた上で、榎並英里佳の救助に賛成の者はいる? 挙手してくれない?」



会長のその問いに、僕はすぐに手を上げる。


横に座っていた瑠璃先輩も、来道先輩も挙手してくれた。



「では、反対は?」



会長の言葉に、会津先輩と氷川が反対と挙手する。



「お前、まだ僕の邪魔するのか……!」


「初めて言ったでしょ。救助するリスクが大きすぎるわ」



だめだ、氷川は意見を曲げる気が一切ない。


こうしている時間ですらもったいない。



「……会津先輩、どうして反対なんですか!」



氷川よりは話が通じそうな会津先輩にそう問いかける。


仲がいい来道先輩が賛成なんだ、きっと話せばわかってくれるはず……



「榎並英里佳がこのまま死亡するリスクと、万が一でもお前が死亡するリスク……比較した場合どっちが人類にとって大きな損失になるのか考えた結果だ」


「人、類……?」



予想していたものとは異なる単語が出て来て、僕は思わず間の抜けた顔をしてしまった。



「歌丸、お前は自分の能力が将来にどれだけ活かせると思ってる?」


「え……それ、は……えっと」



考えてもいなかった質問になんて言ったらいいのかわからなかったが、会津先輩はまず一言断言した。



「ドラゴンを倒せるのは、現時点でお前の能力だけだ」


「僕、だけ……?」


「そうだ。だがそれは今からでもない。


数年後、いや……下手をするともっと先、十数年後かもっと長いかもな。


少なくとも、お前が一生をかければ成し遂げられる可能性がある」


「……何を言ってるんですか?」


「お前の能力を聞いて、俺は北学区全体でお前が能力を保持したまま卒業できるように尽力するように動かそうと考えている。


そしてゆくゆくは教員としてまたこの学園に戻ってきて、お前の能力で物理無効スキル――ドラゴンを倒せる生徒を何人も育てて欲しい」



能力を保持して、卒業……? 教員……?



「私も、能力の内容を訊いて同意見です。


無論、救助で出る人員の被害だけでも反対ですが、歌丸連理の能力はこれからの未来において人類がドラゴンと対抗する手段となりえるものです。


榎並英里佳の救助で死ぬ可能性があるのなら、それは避けるべきです」



「な、だ、だけど……ほら、三対二でしょ!


現時点で救助に賛成の意見が多いんだから、救助に動きますよね!」



救助に賛成なのは僕と瑠璃先輩と黒鵜先輩で三人、大して反対は会津先輩と氷川の二人だ。


これは多数決である以上、こちらの意見が通るはずだ。



「馬鹿なの?」


「なにが!」


「あなたはこの場の参加者ではあっても生徒会役員ではない。


つまり、貴方の挙手は初めからカウントされてないのよ」


「……あ」



その指摘に、僕は思わず隣の瑠璃先輩を見たが、彼女は珍しく困惑したような眼で僕を見ていた。



「――では、賛成派の意見を聞きましょうか。黒鵜は?」



天藤先輩の視線を受けて、来道先輩は腕を組んで堂々と答えた。



「正直、合理的な理由はない。


救える可能性があるなら試すべき。それだけの話だ」


「相変わらずのお優しいヒューマニズムだな」


「悪いか?」


「いや、お前らしいと思っただけだよ」



意見は対立していても、来道先輩と会津先輩は互いを尊重しているような気がした。


だが、今の僕にはそれはどうでもよくて、その意見はあまりに説得力が欠けているように思えた。



「瑠璃は?」


「会長……私は、後輩を見捨てたくないよ。


リカちゃん、すっごく強いけどホントは寂しがり屋で、誰よりも一生懸命なの。


だから、私は助けてあげたい」



瑠璃先輩の真摯な訴え。


僕の答えとほとんど同じもので、すごく共感ができた。


だけど、駄目だ。


その意見はあまりにも……



「――助ける合理性が見当たらないからって、感情論に走っていますね」



氷川が眼鏡……というか色の薄いサングラスの位置を軽く直しながらそう評した。


そうだ……今この場に於いて、助けるリスクと助けない利益がまるわかりで、釣り合うどころか天秤にかけることすら必要もないほどに……わかり切っている。



「……それで、歌丸連理くん。


あなたは言えるの? 彼女を……榎並英里佳をあなたという人類の希望となりえる存在の命を懸けてまで助け出すだけの価値を、証明できるのかしら?」


「それは……」



英里佳を助ける、合理的な理由?


それを考えようとして、直後に結論が出た。



「――理由は、ないでしょうけど……少なくとも……僕には一つだけ断言できる事実があります」


「何かしら?」



きっと、僕はとんでもなく酷いことを言おうとしている。


ヒーローにはなれないし、どちらかというと悪役の、それもかなり下っ端が僕にはお似合いなのだろう。



「人類なんて想像もつかないほど大多数が会ったこともない人たちのために生きることよりも


未来に出会うかもしれない後輩たちのために生きるよりも」



だけど、たとえどれだけ僕がクズだとしても、この想いだけは絶対に譲れない。



「僕は、英里佳のために死にたいです」



決めたんだ。


僕がドラゴンを倒すのは、そんな会ったこともない人と一緒じゃなくて、彼女と一緒だって。



「「「…………」」」



会議室の中に沈黙が流れる。


天藤先輩は表情が変わらないが、来道先輩はどこか嬉し気に笑い、会津先輩は感心したように僕を見ていて、瑠璃先輩は口元を手で覆って若干顔を赤くして僕を見ている。


そして……



「ふざけないで」



氷川が、これまで以上に強い敵意を僕に向けてきた。



「あなたは、自分の能力の価値をわかっているの?」


「わかっているさ。


だけど僕の力だ。使い方は僕が決める」


「そんなこと許されるはずがありません!」


「許可なんて必要ないし知ったことじゃない!


誰が何と言おうと、アンタが邪魔をしようとも僕は英里佳を助けに行く!」


「っ」



氷川が僕に手をかざした瞬間、その手に金属製の弓が出現し、矢をつがえた状態にする。



「氷川っ!」「物騒過ぎるだろ……」

「レンりん下がって」



「――動かないでッ!!」



部屋の中に緊張が走る。



「なんで……なんでこんな奴に、そんな力が……!」


「僕の力が羨ましいですか?」


「そんな個人的な話じゃない!


力には、責任が伴う! その責任を放棄するような人に、力を振るう資格なんてない!」


「でしょうね。だけど、僕は今この力を手に入れる前に誓ったんです。


僕は、英里佳と一緒にドラゴンを倒す。数十年後とか、僕が教師になったときの生徒とかじゃない!


僕は英里佳と一緒にあの学長をぶっ殺すって誓ったんだ!!」



「そのために、多くの人が犠牲になってもいいと!!


そのために人が死んで、貴方は同じことが言えるの!」



「それは…………わかりません」



「そんないい加減な覚悟で」「だけど!」



胸に手を当てる。


鼓動を感じないけれども、ここにはしっかりとした熱が宿っていた。



「その人たちに僕は何が言えるかわからなくても!


今ここで英里佳を見捨てたら一生後悔するってことだけは断言できるんですよ!!」



「~~~~ッ! それで、あなたが助けた榎並英里佳が非難を浴びても、貴方が死んで、彼女だけ助かってそれを彼女が悔やむことになっても!


彼女がその結果傷ついたとして、それじゃあ結局あなたの自己満足で、誰も救えない、いい加減で無責任な結果になったとしても!!」



『――それは、絶対に私がさせません』



部屋の中に、別の人の声が聞こえた。


この場にいない、良く知っている人の声だ。



『連理は、絶対に私が死なせません』


「……詩織さん?」



ついさっきまで僕と一緒にいた、彼女の声が聞こえてきた。



「あ、あちゃ~……ちょっとタイミング早くない?」



困ったような表情の瑠璃先輩


今、瑠璃先輩から詩織さんの声がした。具体的には、彼女の胸ポケット…………



「……金剛、学生証を出して」



氷川の言葉に、瑠璃は胸ポケットから学生証を出して机の上に置く。


よく見れば、それは通話状態の表示になっている。



「……やっぱり、ギルドの試験の時に僕がやったことしてたんですね」


「あ、レンりんやっぱ気づいた?」


「そりゃ、あんなフリされれば」



僕が話し始める前に、彼女はこういっていた。



『レンりん、私たちを信じて。試験の時、レンりんがみんなを信じたみたいに』



この場の流れで試験の時の話とか違和感があるし、彼女の口から出た試験となれば嫌でもギルドの入隊時の奴を思い出す。あと、胸に手を当てていたことも理由の一つだ。



「わざわざあなたのギルドの後輩に会議の様子を知らせるために連絡を?


なんて無意味な」



「あ~……いやその、実をいうとこれを聞いてるのそれだけじゃないんだよねぇ~」



なんとも困ったような顔をする瑠璃先輩。



「――その通り!」



勢いよく扉が開いたかと思えば、そこから三人の生徒が会議室に入ってくる。


その背後には、詩織さんはもちろん、戎斗や苅澤さん、大地先輩に栗原先輩もいる。



「嘘……なんで……」



しかし、どうにも氷川にとっては部屋に入ってきた三人、それも声を張り上げて入ってきた男子生徒に意識が向けられている様子だった。


僕も、その人が今ここにやって来た事実に思わず叫んだ。



「土門会長!?」



南学区生徒会長・柳田土門


そんな彼が、なんで今この北学区の生徒会室にきているのか?



「やっほー、ウタくんなんか血塗れだねぇ」


「あなたは…………………………スカート捲りの人!」


「MIYABIだよ! あれからテレビくらいみたんじゃないの!?」



おっと、忘れてた。


西学区の生徒会副会長をマネージャーにしている、この迷宮学園でもっとも知名度の高い女子生徒、世界的歌姫の李玖卯雅りくうみやび先輩ことMIYABI



そして最後の一人は……



「部屋の中で武器を構えるとは……北は随分と物騒なのですわね」



東学区の副会長の一人にして、戎斗の実の姉である日暮亜理紗ひぐらしありさ先輩


今この場に、東西南北の生徒でかなりの有権者たちがそろい踏みしていた。



「きゅう!」「ぎゅう!」「きゅるん!」



「シャチホコ、ギンシャリ、ワサビ!?」



三匹のエンぺラビットが一斉に僕に飛びついてきたかと思えば、シャチホコが頭、ギンシャリが右肩、ワサビが左肩に乗っかった状態で落ち着いた。


なにこの態勢? バランスはとれているけど非常に重い。



「この状況は……いったい……」



氷川が困惑した様子で、番えた矢を下ろして部屋に入ってきた三人を見ている。


うん、非常にカオスです。



「……瑠璃、この三人を呼んだのは貴方なの?」



天藤会長の問いに、瑠璃先輩はこれまた本日何度目になるかわからない困った表情だ。



「えっと……実をいうと南学区の会長さんと東学区の亜理紗ちゃんはうちのカイ君――あ、そこのアースくんの隣の後輩に呼んでもらったんだけど…………MIYABIちゃんなんでいるの? 呼んでないよね?」



え、呼んでないのになんでいるのこの人?


もしかして詩織さんや苅澤さんが呼んだのかと思って視線を向けると小さく首を振った。どうやら彼女たちでもないらしい。


ならばどういうことなのかと説明を求めるために誰もがMIYABIに視線を向けたが……



「スクープの臭いがしたから突撃取材にきました!」



ビシィっと敬礼のポーズをとるMIYABI


全員の視線が冷たいものに変わるが、それにも動じないとはふてぶてしい。


スカート捲りの時も思ったけど、この人本当にメンタル強いな。



「まぁ実際のところ“激撮! 迷宮救急救命課24時!”っていうドキュメンタリー司会進行役で撮影してたんだけど、途中で数年前に行方不明になった女子生徒遺体が運び込まれたって大騒ぎになって、ウタ君が運んできたって聞いて突撃インタビューしに来たの。カメラマンは止められたけど。


ぶっちゃけ回復魔法スゲーってなるだけの撮影で退屈だったし、こっちの方が面白いと思って……来ちゃった♪」



最後の理由言わなきゃジャーナリズムが強いで片付けられたのに……



「というかウサギなんで増えてんの? 分身?」


「迷宮で仲良くなっただけです」


「その辺のこと詳しくあとでカメラの前でしゃべってもらっていいかな、かな?」



目を輝かせてこちらに迫るMIYABIに怯んでいると、日暮先輩が彼女の肩に手を置いて止める。



「――落ち着きなさい。


今はそれよりもこちらの話を優先です」


「あ、そうだった。それで要件ってのはなんなの?」



知らないならなんで来たんだとツッコミたいが、僕も土門会長や日暮副会長がなんでこの場にいるのか知らないので黙っておく。



「よう、連理。


話は聞いていたが、随分と凄いことになってるな」


「は、はぁ……それで、一体どうして土門会長がここに?」


「お前に会いに来たのさ」


「……僕に?」



同性に言われてもちっとも嬉しくない言葉だな……



「エンぺラビットの隠れ家に、ドライアドとの和解。


ハッキリ言ってテイマーでも難しい……誰もやったことのないことを成し遂げている。


お前がいれば、きっとより多くの迷宮生物との接点を持てる。


南学区にとっては農業が主な活動とされているが、迷宮生物と人類の共生を目指すのも学区全体のスローガンでもあるんだ。


そしてお前は、エンぺラビットに関してはそれを達成している」



そう言いながら、土門会長は僕の頭と両肩に乗っているエンぺラビットたちを見た。



「歌丸連理、改めて正式にお前を南学区にスカウトしたい」



「え……?」

「はっ!?」



唖然とする僕、そして思わず大声を出してしまう氷川


他の面々も、天藤会長ですら驚いているのが雰囲気でわかってしまった。



「もちろん、タダでとは言わねぇ。


こっちはもともと明日の夕方に討伐が終了次第にお前の救出に向かう予定だった人員がいて、尚且つそいつらを待機させている。


今すぐ榎並英里佳の救出に迎えるぞ」



「っ! だったらすぐに」「待ちなさい!!」



再び氷川が声をあげ、席を立ったかと思えば僕と土門会長の間に割って入ってきた。



「そんな横暴が許されると思っているのですか!」


「横暴? 連理の意思は変わらなくて、北学区は動かないつもりなんだろ?


だったら連理がこっちに行きたいって言うのなら別に俺の横暴じゃなくて連理の自由意志だ」


「歌丸連理の力は北学区でこそ育むべきものであり、そしてそれを未来につなげて行くべきものです!


南学区でその力を飼い殺しにするなど、人類の未来を見捨てることだとわかっているのですか!」



「生徒会の規模もドンドン大きくなるな。


もともとは単なる生徒同士の自治運営組織であって、人類の未来だ希望だのは取り扱う場所じゃねぇだろ。


仮にそんな組織だったとしてもだ、生徒個人の意思を縛る権利はない。それを縛ろうとすることこそ傲慢なまでに横暴じゃないのか?」


「それは…………ですが、エリアボスと戦いながら榎並英里佳を救出する能力が南にあるとは思えませんが、そのリスクはどうお考えなのですか?」


「お、逃げたな」


「どう、お考えなのですか!」


「――そこは我々が協力します」



氷川の問いに答えたのは、戎斗の姉である日暮副会長が割って入る。



「榎並英里佳の救出に我々東と南、それぞれの権限で動かせる人員と物資を動かして行います」



「な、は…………!?」



酸素を求める金魚みたいに口をパクパクと開閉する氷川


僕も心情は一緒だったが。



「その場合、歌丸連理には優先的に実験に協力してもらいますが」


「じ、実験って……?」


「貴方のヒューマン・ビーイングとしての能力は研究が進んでいない分野。


あなたの能力を聞けば、多くの学者が動くはずです。もちろん人道には反しないようにさせます。


なんなら、東学区に来てもらってもいいですね。私の管理するギルドに来なさい。この間も随分と馴染んでいましたし」



「――――」



思わず絶句


南学区に誘われたと思ったら東学区からポストを約束させられてスカウトされてしまった。何を言っているのかわからないと思うが、僕もわからない。



「あ、ずるい。だったらウタ君を西でも勧誘するよー


動物関係の仕事とか、エンぺラビットたちとやったら凄い受けると思うんだけどどうかな?」


「いやどうって言われても……」



なんかこの人だけ別の世界を生きてないだろうか?


完全に流れで勧誘してるし……



「そもそも本来はお前はこの場に関係ないだろ」

「そうです。それに西にそんな人員も物資も用意できるとは思えませんわ」



MIYABIに対して土門会長と日暮副会長がそんなツッコミをすると、子供みたいに頬を膨らませる。



「西にいなくても、私が呼びかければきっと学区関係なく集まってくれますー」



そう、彼女は言わば超人気アイドル


知名度なら生徒会を超えた存在であり、彼女の発言力は無視できない。


この場に於いてもっとも関係ないと思われる彼女だが、人員を集めるという意味なら彼女ほど最適な者はいないだろう。



「む……だったら連理、お前を次期生徒会長としてこっちに招く。


お前の実績なら申し分ないし、きっとお前の考えの理解者は多い。


俺が応援すれば今年中に生徒会役員入りは確実だぞ」



「え、あ、えっと……」



「何なら、お前とパーティまとめて南に来い。


お前らだけ南学区で特別に攻略活動を中心にさせてもいいぞ。


お前らにはそれだけの価値がある」



土門会長の言葉に、僕だけでなく廊下で聞いていた詩織さんたちもびっくりしていた。


それって、南学区に移ってもこれまでと同じように活動を保障されているということなのか?


って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。



「どこに所属してもいいですから、早く英里佳の救出を」「そこまでよ」



その凛とした声に、誰もが視線を彼女に向ける。


今まで黙っていた天藤会長が、席を立った。



「まだ私の意見を出していなかったわね」



そう言いながら席を立った天藤会長は、こちらに近づいてくる。


ただ歩いているだけなのに、その動作には迫力を感じてしまう。



「柳田会長、まずあなたに対して一つ言っておきたいことがあります」


「ほぅ、なんだ?」


「北が動かないとは誰も言っていません」



そういって、天藤会長は僕の方を見る。


「っ」

「「「っ」」」



僕とほぼ同じタイミングで、三匹のエンぺラビットもビクッと動いた。


別に怒ってるわけでもないのに、ただこちらを振り返ったその動作に気圧されてしまう。



「歌丸連理くん。あなたをこのまま他の学区に行かせるようなことはあっては、私もこれまで引き継いできた生徒会長としての面目がたちません」


「いやお前生徒会長の仕事ほとんど氷川に丸投げだろ」


「会津、その口縫い付けるわよ?」「すいませーんねー」


「こほんっ……とにかく、各学区の中で最も榎並英里佳の救出を確実に、そしてリスクを抑えて行えるのは北学区のみ。


故に」



天藤会長は、小さく挙手をして僕に微笑んだ。



「賛成三票反対二票。


多数決の結果、我々北学区も人員を動かせるだけ動かして、榎並英里佳の救出をしましょう」

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