第136話 開き直っても、忘れるな、絶対に。

南学区の生徒会の方々との顔合わせはなんとも意外な感じだったが、まぁ食べるもの食べて色々と話をするわけだが……



「はぁ、もう二十一層突破したのか!?」



今日の僕たちの成果を聞いて驚く土門会長


他の生徒会の面々も僕たちの今日の探索結果に目を丸くしていた。



「おかしいだろ、それ一年秋頃の北学区パーティの到達する場所だろ。


まだ夏手前だぞ……これで夏休み突入したらお前らどれだけ攻略する気だ……?」



流石の生徒会長もなんか僕たちの攻略スピードの異常さにドン引きしてる様子だ。



「僕は殆ど何もしてませんけどね。


英里佳やみんなが頑張ってくれてるし、なによりそいつらも頑張ってくれましたから」



シャチホコたちは別で出された野菜炒めを一心不乱に食べていてこっちの話など聞いていない様子だ。



「そうは言うが、大前提にあるのはお前がいるから成り立っていることだろ。


お前はもうちょっと自信つけたほうがいいぞ」


「いや、でも事実ですし」



土門会長からそう言われるのは嬉しいが、実際僕はほとんど何もやってない。


囮とかならできるようになったが、英里佳や詩織さん、それに戒斗など前衛を支えるメンバーの腕前が上がったことでそもそも囮をやる必要性すらなくなっているのだ。


この間のドラゴンスケルトンの時こそ囮として活躍する場はあったが、やはり平常時では僕は役に立っていないのが現状である。



「私も、歌丸くんはもっと自信をもっていいと思うよ」


「英里佳……」


「歌丸くんはいざってとき、誰よりも頑張ってみんなを助けてくれるの、私は知ってるし、みんなだってわかってる。


だから、そんなに気にしなくてもいいと思う」



その時、左側にいた稲生がわざとらしく咳払いをした。



「ま、まぁそうね。


あんたもやるときはやるってのはわかってることだし、そんなうじうじするようなことはないと思うわよ。


というか、そんなこと悩んでるのあんただけよ。


あんたが活躍してるの、この学園で知らないやつの方が少ないんだから」


「稲生……」



二人にそう言ってもらえて、なんだか胸の奥がぽかぽかと温かくなった気がした。



「二人とも、ありがとう。


でもやっぱり、あんまり自分が強くなっているって感じもしないんだよね……


やっぱりなんだかんだであいつらに頼ってるし」



「きゅ?」

「ぎゅ?」

「きゅる?」



僕の視線に気づいて三匹が振り返るが、三匹とも野菜の切れ端が顔についているし、シャチホコに至っては何故かおでこにスライスされたニンジンが乗っている。


どんだけがっついてんだこいつら。



「ねぇ、歌丸くん、もしよかったらなんだけど……私にエンペラビット預けてみない?」



そんな風に僕が三匹に呆れていると、牡丹先輩がそんな提案をしてきた。



「え? ど、どうしてですか?」


「歌丸くんの話を聞いて思ったんだけど……逆にこの子たちも、今の現状だとこれ以上の成長が望みにくいと思うのよ」



その言葉に、僕は目から鱗が落ちたような気がした。



「シャチホコたちの、成長……?」


「そう。アドバンスカードと契約してるこの子たちは、通常の迷宮生物と違って強くなれる。


まして前例のないエンペラビット。その可能性は未知数よ。


だけど、話を聞いた限り英里佳さんたちが強すぎてこの子たちも成長の機会が無くなってるんじゃないかしら?」



牡丹先輩の言葉に、僕と英里佳は顔を見合わせた。


確かに言われてみれば、物理無効は破格の能力ではあるが、こいつらじゃ与えられるダメージはとても小さい。


故に普段から先頭に積極的に参加させるということはしてこなかった。



「興味深い、是非とも混ぜてもらいたいない」



そして食いついてきたのは“ハンター”の財前会計だった。



「シャチホコたちの毛皮は絶対に取らせませんよ」


「それも気になるが、その生態にも興味があるんだよ」



できれば毛皮の下りは否定して欲しかった。



「鍛えるなら俺ほど打ってつけの相手はいないと思うぞ?


俺はハンター、動物系の迷宮生物にはメタを張れる。


素早い上に物理無効の攻撃手段を持つこいつらじゃ並の相手じゃ訓練にならないだろうが、俺が相手になれば話も変わるだろうしな」


「そうね……あの子たちを鍛えるなら財前君がいた方が効率的だと思うわ」



できればこの先輩にはシャチホコたちには関わって欲しくないのだが、牡丹先輩がそういうのなら面と向かって拒否しづらい。



「自分も参加したいですね。


エンペラビットの研究とか是非ともしたい」



そしてさらに手をあげたのが二年のリサーチャーの根須先輩だった。


現時点でシャチホコたちを鍛えるのに南学区のトップが三人も関わりたいと言い出すとか、とんでもない事態になってきたな……



「お話は非常にありがたいですけど……土曜日から妹が来ますし、それに……えっと」



犯罪組織との対立と、妹である椿咲の護衛


この一件を考慮すると、タイミングが悪すぎる気がする。


それを察したのか、牡丹先輩は続けて意見を出してくれた。



「そんな長期間じゃなくてもいいと思うわ。経験は積んでるし、何かきっかけがあればすぐに結果が出ると思うの。


それでも気になるなら…………そうね、ギンシャリくんとワサビちゃんの二匹でどうかしら?」


「ギンシャリとワサビ、ですか?」


「そう。エンペラビットの索敵能力として、流石に三匹は過剰過ぎると思うのよ。


普段の迷宮攻略ならたぶんシャチホコちゃんだけでも事足りるはずよ。


その間に、私が責任をもって二匹を育てて見せるわ。どうかしら?」


「どうといわれましても……」



僕が判断に迷っていると、ズボンが引っ張られる感覚がした。



「ぎゅう!」

「きゅる!」



そこには、なんかやる気に燃えているギンシャリとワサビがいた。


……そうか、なんだかんだでこいつらも僕と同じような気持ちなのかもしれない。


特にギンシャリとか好戦的な割に、能力値では一番幼いシャチホコにも劣っているから猶のことだろう。



「…………わかりました。ご迷惑でないのなら、こいつらをお願いします」


「ええ、任せて」



こうして、僕はギンシャリとワサビを牡丹先輩に預けることとなった。


そして出された料理も食べ終え、八時半も超えそうな時間で僕たちは解散となった。


別れの際、牡丹先輩と稲生に抱っこされているギンシャリとワサビを見てシャチホコが僕の頭の上で寂しそうに震えていた。



「なんか、凄いことになっちゃったね」


「うん、本当にそう思う。


きっとあいつら強くなって帰ってくるよ」



帰り道、駅から電車に乗って北学区に戻ってきた僕と英里佳は並んで寮への道を歩いていた。


シャチホコは一人が寂しいのか、今日はアドバンスカードの中に入りたがらずに今も僕の頭の上にいる。



「僕ももっと頑張らないとな」


「歌丸くん、頑張ってるよ」


「いや、まだまだだよ。


英里佳たちに頼りっきりだし――――っは」



この状況に僕は気付く。


今、帰り道! ふたりっきり!


いやまぁ、頭の上にシャチホコはいるけどそれはそれ。



「あ、あの、英里佳」


「ん?」



歩みを止めて僕の方を向く英里佳


その表情は普段通りなものだったが……



「あ、あの……一昨日の、その……キス、のことなんだけど」


「っ!!」



僕の言葉に英里佳は顔を一瞬で真っ赤にした。


あの時のことを思い出したらしい。



「あの……その……無理矢理、というか……なし崩し的に、というか…………とにかく、ごめん。


女の子の、その……大事なものだってわかってたのに」


「え、あ、いやでも……あれは、その、仕方なかったから」


「いやだけど」


「そ、それに……私は別に、問題なかったし」



そ、それはいったいどういう意味なんでしょうか……!



「だけど……一つだけ、教えて欲しいことがあるの」


「う、うん、どうぞ、何でも答えるから」



僕がそう言うと、英里佳は少し躊躇いながら、しかし何かを決心したように僕の目を見つめて問う。



「――前の、臨海学校の時」


「――――」



その言葉を聞いた瞬間に思い出した。


というか、なんで忘れてたんだ僕。



「あの時歌丸くん、嫌じゃないって――……あの、どうして流れる様な動作で土下座してるの?」


「本っ当にすいませんでしたぁ!」



そうだよ、僕あのとき英里佳に自分のこと大事にしろとか言っておきながら、言った僕が英里佳の唇奪ってるとか本末転倒どころの話じゃないジャマイカ!(錯乱中)



「偉そうなこと言っておきながら結局自分で台無しにしてました、本当にすいません!!」


「お、落ち着いて歌丸くん、いいから一回立とう、ね?」


「マジですいませんでしたぁ!」


「きゅきゅきゅきゅきゅ!!」



土下座の際に頭から落ちたシャチホコが文句を言うように僕に耳ビンタをしまくっているが、今はお前に構ってる場合じゃないから後にして!



「ああもう、歌丸くんっ!!」


「すいま、ど、おぉお!?」



英里佳に体を掴まれたかと思えば、力づくで顔をあげさせられ、至近距離に英里佳の顔があった。



「君の気持ちはわかったから、ちゃんと私の質問に答えてっ」


「あ、は、はい」



あの、ちょっと近すぎませんか?



「あの時は、その……お互いに正常じゃなかったから……だから、そう言う風に自分を責めたりしないで」


「いや、だけど……」


「それを言ったら、私の方が問題多かったし……」



それを言われたら、なんとも言えない感じになる。



「……だから、一つだけ教えて。


あの時、歌丸くんは…………前に臨海学校の時と、気持ちは変わってないの?」


「僕の、気持ち?」


「だから………………その……私と……キス、したかったのかな、って」



頭の中まで火が通ったみたいに熱くなり、思考が停止した。



「したかった」



だから、思考は停止し、後先考えずにまずそんな我欲が出た。



「っ!!」



途端に、英里佳の顔がさらに真っ赤になったのを見て僕は自分の口からついて出た言葉に自分で驚く。



「あ、や、その……」


「それは、私だけ?」



何か言葉を紡がなくては……そう思ったところに英里佳がさらに質問を投げかけてきた。



「私以外とも、キス……したいと思う?」


「え」



そう言われた瞬間、僕の頭には詩織さんと紗々芽さんのことが浮かんだ。



「ぼ、僕は……」



どう答えるべきか、わからなかった。


ただ、なんて言えばいいのか、まったく言葉が出てこない。


そんな僕を見て、英里佳が悲しそうな目をしたのがわかった。



「――やっぱり、いるんだね」


「え」


「歌丸くん……好きな人、いるんでしょ?」


「え、あ、いや、その」



その言葉に、僕はなんて答えたらいいのかわからず、言葉が腹の底で空回りを起こして舌がもつれる。



「私とのキス、気にしなくていいよ」



え、ちょ、なにこれ?


何この雰囲気?



「あれは、緊急時の人工呼吸みたいなものだった……うん、そうだった」


「あの、それについては否定はしないけど、でもあの」


「ううん、良いの。


気にしないで。私はただ……これまで通り、これからも歌丸くんと一緒にいられれば、それだけで十分だから」



「ちょっと待って、まだ」「いいの、分かってるから」



何が?


何がわかってるの?


僕は僕自身のこともよくわかってない状況なんですけど!



「歌丸くんの好きになった人は……私なんかより、ずっと良い人だと思う。


私は、戦うことしかできないから…………だけど、それでも、ね」



英里佳は僕の手をぎゅっと握り、そしてうるんだ瞳で僕のことを見る。



「それでも、隣にいさせてください。


戦うばっかりで、他にできることは何もないけど、歌丸くんの隣に居させて欲しい。


それだけは、許して欲しいの」


「英里佳、僕は――」



何か言わなきゃいけない。


そう思って口を開いたが、咄嗟にあることを思い出す。


しばらく忘れていた、だけど決定的なことを。



「――むしろ、頼むのは僕の方だよ」



僕がこの学園で生活していく上で、絶対に切り捨てられないこと。


絶対に避けては通れない、あまりに分の悪い試練を。



「僕も英里佳のそばにいて欲しい」



――だから僕は蓋をする。


――自分の気持ちを守るため、英里佳の気持ちを必要最低限の傷で済ませるため。



「だって、英里佳は僕にとって大事な“仲間”なんだから」


「っ」



その瞬間の彼女の表情を、僕はきっと一生涯忘れることはないだろう。



「――うん、これからも、よろしくね、歌丸くん」



ほんの一瞬、たった一瞬


もしかしたら気のせいだったかもしれない。


だけど、僕にはその瞬間が目に焼き付いた。


今にも泣き出してしまいそうに、涙が零れ落ちる寸前の瞳を。






―――――

―――――――

―――――――――






その後、僕は英里佳と別れてそれぞれの寮に戻った。


あの後の帰り道のことは殆ど覚えていない。


ただ、気が付けば僕は制服姿のままベッドに倒れ込んだ。


今日はもう、このまま眠ってしまいたい。


そう思ったとき、胸ポケットの学生証から着信を知らせる音が流れてきた。


相手を確認してから、僕は学生証を通話状態にする。



「……もしもし、どうしたの戒斗?」


『どうしたもこうしたも、あのあとどうなったのか結果を聞こうと思ったんスよ』


「……別に、まぁ……これまで通りってことでまとまったよ」


『そいつはよかった…………と言いたいところッスけど、なんか元気ないッスね』



声だけでわかるとは流石なのか、もしくは僕自身でも思っている以上に声に覇気がないのか……どっちにしろ、今は気持ちを整理したい。



「――実は」



今日、戒斗と別れてからあったことを大まかにかいつまんで話す。


南学区のラーメン屋については戒斗も行ったことがあるので、そこに女子を誘うのはどうなんだ的な空気が通話越しでわかった。


そして帰り道、ついさっき英里佳と別れる直前のできごとを離すと、戒斗が沈黙してしまった。



『えっと……は?


どういうことッスか? お前榎並さんのこと好きなんスよね?』


「……前に、モンスターパーティの時に言ったじゃん。僕は誰かと付き合う気は無いって」


『言ったッスけど、いやでも、それならそれでちゃんとそう伝えるべきじゃないんスか?


お前それ、完全に振ったって内容じゃないッスか、何考えてんスか!』



戒斗の怒鳴り声が聞こえてきた。



「……本当にね、僕もそう思う」


『…………重症ッスね』



怒ったと思ったら、なんか急に勢いがなくなった。


どうしたのだろうか?



『なんか理由があるんスか?


榎並さん振ったの、正直攻略に集中したいからって理由だけじゃ納得できないッス。むしろ彼女ならその辺りも十分理解してもらえるはずッスよ』


「……そうだね」


『言えない理由でもあるんスか?』


「………………」


『沈黙は肯定と受け取るッスよ』



その言葉を聞いて、僕は少し考える。


……正直、このまま一人で抱え込むのはキツイかもしれない。



「………………うん、そうだね……戒斗には、話しておいた方がいいかもしれない」


『他の三人には伝えられないことなんスか?』


「前なら問題なかったけど……たぶん今は伝えちゃ駄目だと思う。


今そのことを知ったら、少なくとも英里佳は絶対に無茶をするから」


『穏やかじゃないッスね』


「実際そうだからね…………まず、結論だけ先に言うよ」


『ああ、手っ取り早くていいッスね』



僕はゆっくりと起き上がりながら、なんとなく自分の胸に手を当てながら学生証にむかって告げた。


この学園で出会った初めての親友に、初めて僕の口から僕が迷宮に挑む本当の理由を告げる。



「僕さ、この学園を卒業すると同時に死んじゃうんだ」



回避不可能な死を覆すために、死地へと挑み続けるやけっぱちの悪あがき。


それが、僕が北学区にやってきた最初の理由だった。

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