第137話 ああ、そういえばアイドルでしたね。



「…………」



学生証越しに伝えられた事実に、日暮戒斗ひぐらしかいとは硬直してしまった。



――卒業と同時に死ぬ。



そんな事実を告げられて、思考が一瞬停止したのだ。


だが、同時に納得もした。



「それが……お前が無茶できた理由ッスか」


『まぁね』



どこか嘆息交じりに肯定の意志を見せる歌丸連理うたまるれんり


歌丸連理は人として大事な命に関する天秤が狂っている。


今までの行動からそんなことを考えていたこともあった戒斗だが、違ったのだ。


天秤が狂う前に、あらゆる状況が、彼の命の価値観を狂わせたのだ。


いや、より正確に言えば、狂わさざるを得ない。



『詩織さんにしか教えてなかったけど、まず僕は今、病気の心臓を学長の力で隔離し、その力で全身の血流を保っている。


詩織さんが知っているのはそこまで……両親は在学中に得た功績である学生証の二つを返上、これが僕の両親と学長との間で行われた取引さ』


「さらっと衝撃の事実を……まぁ、今更ッスか。


でも、学生証を? その割にはお前随分と質素な生活してる風に言ってなかったッスか?


片親じゃなくて、両親が学生証を持ってるならもっと色々と有名になれたはずッスよね?」



学生証は成功者の証と言ってもいい。


持っていれば常人より優れた力を手に入れられる。


にもかかわらず、歌丸はあまり裕福な暮らしをしているように思えなかったのだ。



『より正確に言えば、まずは両親の学生証を担保にして学長経由でお金をもらっていたんだ。それを僕の入院費に当てていた。


そして僕が延命手術に失敗して死んだとき、学生証を完全に返上する条件で僕が学園を卒業するまでは生かしてもいい、ということになった』


「あのドラゴンにしては、随分と気前がいいッスね」


『両親は学長が目をかけていたらしいよ。


だからその二人の間に生まれた僕に一定の期待は持っていたんだと思う』


「で、その狙い通りだったわけッスね」



今は歌丸連理は学長どころか、世界中から注目を集めている存在だ。


学長の目論見通り……いや、普段の反応を見るに、それ以上の成果を歌丸はあげていると言ってもいいだろう。



「なるほど……お前がこのままじゃ卒業までに死ぬってのは理解したッス。


で、お前はどうしたらその死を回避できるんスか?」


『霊薬エリクシル』


「……おぉ」



あまりに事態に絶句する戒斗


冗談抜きで億単位の金がとんでいく、万能薬


死亡以外ならあらゆる病気も怪我も直してくれるという奇跡の一品だ。



『僕の心臓は遺伝子レベルで欠陥があったらしいんだ。


ある一定の大きさから、それ以上にならない。人工培養の心臓を作っても結果は同じだった』


「……それじゃあ、別の人口器具を利用するのはどうなんスか?


今の技術なら、可能ッスよね?」


『不可能ではないけど……うちにそこまでのお金はないよ。


学生証の担保としてお金をもらう条件は僕の治療の間。


その場合、僕は完治したと学長は判断し、援助を終了。


そうなれば馬鹿みたいに高い心臓を動かす器具の電池を付け替え、定期的にメンテナンスの必要なポンコツになる。


そのお金は対象外っていうのが、学長の判断だった。


だから、ドナーが見つかるまで僕は延命する以外に選択はなかった』



「……でも」



『うん、その結果ドナーは見つかる前に僕の心臓は中学の秋ごろに停止し、今のようになった。


僕が普通の心臓を手に入れて健康に暮らすためには霊薬エリクシルが必要になる。


あの霊薬は、薬剤の成分云々じゃなくて、概念的に人を治療する。


これこそが健康だ……摂取した人のそういう無意識レベルでの思考を読み取って肉体に反映させるのが、あの霊薬の効果だからね』


「それは初耳ッスね……え、あれそんなでたらめなものだったんスか?」


『学長から両親に告げられた情報だよ。


健康、という枠に限定されているけど人の願いを叶えてしまうものだ。


他のアイテムと合成したりするとドラゴンキラーアイテムが作れたり作れなかったり』


「おいそこ重要!」


『いや、告げられた時は頭真っ白でよく覚えてなくて……』


「う、た、確かに…………はぁ、なるほど。


そりゃ、そうッスよね……無茶しなきゃ死ぬってわかってるなら、必死もなるものッス。


ましてエリクシル……手に入れるために無茶をやってもやり過ぎるなんてことはないッスよね」



生き残るために無理難題を要求されているのだ、普段の行動も付随して危なっかしくなっても無理はない。


むしろ、歌丸連理はその辺りも「卒業する時には死んでしまうのだから」と、一種投げやり気味に開き直っていたのかもしれない。



「……まぁ、確かにそんな状態で誰かと付き合おうなんて軽々しく言えないッスよね」



――本気であるならば、なおのこと言えないだろう。


本人に自覚があるのかどうかわからないが、それだけ歌丸連理は榎並英里佳に入れ込んでいるのだ。



「最初はとんでもない死にたがりのイカレ野郎って思ってたんスけど……イカレてたのはお前の状況だったわけッスね」


『まぁ、そういうこと。


それでこのことは……』


「わかってるッス。誰にも言わないッスよ。お前の言った通り、これはあの三人には言えないッス。


ようやく安定してきた天守閣のバランスが崩れるッス。


現状を維持して攻略を進め、迷宮の奥を目指す。


それが結果的にお前の生存につながると俺は考えるッスからね」


『……ありがとう』


「別にいいッスよ。これでも仲間なんスからね。


それに、ちょっと安心したッス」


『何が?』



学生証の向こうで、連理がキョトンとした顔をになっているのが戒斗には容易に想像がついた。



「お前が俺以上にみんなのこと考えてたのが分かったからッス」



いつも一人で、前を向き続けている。


それが今までの日暮戒斗の中に言う歌丸連理の印象であった。


しかし、実際は違った。


彼は前を向こうと必死に足掻きながら、そんな状況でも誰かを思いやる気持ちを持っていたのだ。



「榎並さんのこともみんなのことも、これから大変ッスねぇ」


『そうだねー……』


「この際ッスから、愚痴ならいくらでも聞くッスよ」


『……ありがとう』





山形県・某所


歌丸連理の実家のある場所は周囲が水田や果樹園などがあるのどかな場所であり、通学や通勤には車、最低でも自転車が必要になるような場所にあった。


そんな中に建てられた家の二階では電灯の明かりの中で一人の少女が入念に準備をしていた。



「これでよし」



歌丸連理の妹である歌丸椿咲うたまるつばさである。



キャリーバックに荷物を一通り収め、いつでも出発できるようにする。


出発は三日後だが、行く場所は人類の天敵が存在する迷宮学園


準備をしてしすぎるなんてことはない。


着替えはもちろん、怪我や病気のための薬も用意している。


そして護身用の道具もしっかりバックの横に置いて出発時に身に着けるつもりだ。



「……そろそろかな」



時計の時刻を確認し、部屋においてある白いノートパソコンを開く。


そしてとある動画配信をしているホームページを開き、予約していた生配信の画面を開いて待つ。


イヤホンをして、もう寝ているであろう両親の邪魔にならないように音量を調節してしばらく待つ。



『――日本本島のみなさんこんばんわー』



画面に映ったのは超人気アイドルのMIYABIミヤビであった。


彼女も現在は迷宮学園の西学区に在学しており、週に三回、迷宮学園で起きた最新の情報を生配信で伝えてくれるのだ。


別に新聞でもあとから知ることができるのだが、椿咲がこの配信を見ている理由は……



『ばんわー!』

『こんばんはー』

『MIYABIキター!』



『はーい、みんな今日も来てくれてありがとうー』



画面にはコメントが右から左へと流れていき、それにMIYABIが笑顔で返す。


このように、視聴者のコメントにMIYABIが直に返答してくれることで、リアルな情報を知りやすいからだ。


そう、だから決してファンというわけではない。


最新情報をいち早く知りたいからチャンネル登録しているだけで、別にMIYABIのファンというわけではないのだ。


グッズとか買っているが、みんな持っているから普通である。



『今日も迷宮学園では異常事態が通常運転。


とはいえ、さらっとまたもや世界記録を当然のように更新されました』



MIYABIのその言葉に、椿咲は一瞬顔をしかめた。


コメントも『またか』『やるな』『ま、まだまだだね(震え声)』などとコメントが流れていく。



『北学区のホープ、一年生パーティの“チーム天守閣”、世界最速で21層を攻略しましたー、はい拍手ー!』



「っ……」



チーム天守閣


椿咲の兄である連理が所属するチームであり、今世界で最も注目を集めている集団だ。


人類史上初の職業ジョブであり、ハイエンドとされる“ルーンナイト”の三上詩織みかみしおり


迷宮生物との融合を果たし、ドラゴンスケルトンを破壊した“ベルセルク”の榎並英里佳えなみえりか


そして、その二人にその力を与えた、他者にユニークスキルを覚えさせるユニークスキルをもつ“ヒューマン・ビーイング”の歌丸連理


そしてその歌丸連理がテイムした三匹のエンペラビットのナビ能力により、他のパーティの数倍を超える戦闘力と踏破力を兼ね備えたパーティだ。



『もはや学園の台風の目。学長も注目する彼らの動きには今後も注目ですね。


あー、できればエンペラビットと触れ合いたいんだけどなぁー』



そんなことをいうMIYABIを見て、椿咲はコメントを入力して登校する。



『歌丸連理は無茶をしてませんか?』



兄の活躍を聞いて、本来なら喜ぶべきところなのかもしれないが、椿咲は素直に喜ぶことができなかった。


何度か中継で兄の活躍を見たが、そのほとんどが敵に終われたり、怪我をしたりしてるばかりだった。


この間の北学区一年生同士の模擬戦でも、上手く立ち回っていたようだがいつ怪我をしてしまうのかとハラハラしたものだ。



『ん?』



そして、自分のコメントが画面を流れた時、MIYABIが反応した。



『歌丸くんが無茶してないか、か……まぁ、してないはずがないかな』


「……」



自分のコメントに反応してもらえたことに驚きはしたが、それ以上にMIYABIのあっけらかんと言い放たれた回答に胸が締め付けられるような思いがした。



『正直なんて言えばいいのかなぁ……北学区の生徒で、それも本気で攻略しようなんて考えてる人で無茶をしない人なんていないと思うよ。


だってあそこは、日本にいた時には絶対に味合わないような危険を率先して引き受ける役割をしてるところだもん。


歌丸くんも例外じゃない……というか、多分いつ死んでも不思議じゃないくらい危険な立場だと思うよ私は。


彼を基点に作られたチーム天守閣は、その基点である歌丸くんが一番死にやすいし……って、ああ、うん、はーいはーい。


えっと、では次のコーナーに進みまーす』



画面には映っていないマネージャーから進行の指示が入ったのか、別のニュースを読み上げ始めるMIYABI


しかし、それらは殆どが椿咲の頭に入ってこない。



「……兄さん」



思い出すのはただ無表情でベッドの上で過ごした兄の姿


極力体を動かさないようにと人の手を借りて生きていた病弱な兄の姿が今も椿咲の脳裏から離れない。



「……やっぱり、やめさせなきゃ」



兄がどうしてそこまで北学区での攻略に熱を入れているのか、椿咲は知らない。


だが、このままではいつ死んでもおかしくない。


それは確実だ。



だからこそ、椿咲は自分が利用されているとわかっていても、兄を邪魔するのだとわかっていても向かうのだ。



「兄さんに、これ以上の攻略をやめさせる」



その決意を胸に、椿咲はぎゅっと両手を握りしめる。


他の学区に移りさえすれば、兄はもう卒業の資格を手に入れていることはもう知っている。


だからもう、これ以上危険なことなどさせる必要もないのだ。



「私が、兄さんを守らないと」




――ドラゴンの欲望と人の策謀が入り組んだ、兄妹の再会は、近い。

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