第138話 冷静に見えて実は一番戸惑ってる系主人公

「おはよう」



教室に入るとすでに何人かのクラスメイトがいて、軽く挨拶しながら自分の席に座る。



「おはよー」

「おーう」



向こうも僕に軽く挨拶を返してくれた。


よく見ると課題らしきものをやっているのがわかる。


僕の場合は詩織さんによく注意されるのですでにできている。


とはいえ頭が良いわけでもないので、ここまではやっておけと言われた範囲の予習はしておく。


放課後は疲れてるし、休日は迷宮に費やすしで、基本的に勉強をする時間はあんまりない。


だからこそ、普段から予習復習をしっかりしておかなければならないのだと言われ、ようやく習慣として身についてきた気がする。



「あら、ちゃんと勉強してるのね」

「歌丸くん、おはよう」



教科書の範囲を予習していると、僕の後に登校してきた詩織さんと紗々芽さんに声をかけられた。



「二人ともおはよう」



英里佳との会話のあったのは月曜日で、今日は金曜日と時間は流れる。


そして結果、僕たちの関係は、元通りになった。


――表面上は、だけど。


その根拠は、紗々芽さんの目だ。


顔も声も普段取りだが、目に不満が滲んでいる。


他の人たちと会話するときはそんなことはないのだが、僕と会話するときだけ少し睨まれてしまう。


詩織さんの視界に入っているときには絶対に表情は変えないので、たぶん気付いていない。


女優だな、と思ってしまう。


わかっている。答えを出さなければならないことも。


だが……落としどころが問題だ。



――僕は、誰かと付き合うとかそんなことは考えていない。



今までは勘違いかなと思ってはいたけど、あれだけアプローチされては誤魔化しきれるものではない。


ま、まぁ……からかわれた可能性も捨てきれないけどね。


とにかく、これまで通りの関係を維持していくためには英里佳の時みたいにこれからも仲間としてって感じで収めたい。



可愛い女の子に好かれるのは、男として正直嬉しい気持ちはある。



だけど……死ぬ可能性が確約している状態で誰かと付き合おうと思えるほど僕は図太くない。



卒業前にドラゴンと戦う……という約束はもちろん果たすつもりではあるが、現状勝てる可能性が十分とは言えない。


ドラゴンにダメージを与える手段は手に入れても、本体が見つけられなければ話にならないのだから、奴と戦うことを理由に開き直るなんてこともできない。


奴の本体が見つけられない場合は、最悪僕は英里佳を裏切ってでも生かす道を選ぶつもりだ。


そんなわけで、現段階で死ぬ可能性が一番高いのは僕だけなのだから他のみんなもその道連れにしたり、僕のことで必要以上に悩まないようにと後先のことを考えて身の振り方を考えなければならない。



「おはようッス」



詩織さんたちと授業の範囲について軽く確認していると、戒斗が登校してきた。



「連理、やべぇッスよ」


「え、何が?」


「二年四組の山田先輩と田山先輩が付き合ってるらしいッス」


「……ややこしい名前だけど、それがどうかしたの?」



恋愛云々について僕はあまり関わるつもりもないが、僕たちの年頃ならそれくらい普通のことで騒ぐことでは……



「二人とも女子ッス」


「見に行こう!!」



席を立ち、すぐさま戒斗と一緒に教室から飛び出した。


後ろから冷たい視線が突き刺さっていたが、気にしない。女子同士の恋愛、どんな関係か見てみたい!



――などと飛び出しはしたが……二年の教室につながる階段の踊り場まで着て、僕たちは二人して足を止めた。



「……ありがと」


「別にいいッスよ。


事情を知った以上、放っておくのもかえって気まずいッスからね」



百合百合の先輩なんて実際はいないのだろう。


彼なりに僕があの場から逃げるための嘘だったのだろう。



「流石にそろそろ詩織さんと苅澤さんの一件もけりをつかないと駄目ッスね。


うやむやにしたままなんて二人とも許さないつもりッス」


「そう、なんだよねぇ……」



一階からは見えない位置で、僕は壁に寄りかかりながら座り込む。



「流石に、もう詩織さんの行動の理由はわかるッスよね?」


「…………まぁ、ね」



実際にあれが……その……キス……だったのかどうかはわからないままだが、彼女が単純に僕をからかうつもりであんなことを行ったとは考えにくい。


少なくとも嫌いな相手には絶対にああいうことはしないだろう。



「つまり詩織さんは、僕が…………英里佳とキスしたことを嫉妬して、ああいった行動をしたのだと推測ができる、かな」


「わかってるならいいッス。


……榎並さんは最近は普段通りに振舞ってくれているようッスけど……見るからに元気はないッスよ。


お前が詩織さんの一件で頭悩ませてるのはわかるッスけど、そっちのアフターフォローも考えた方がいいッス」


「……そうなんだよねぇー」



ちなみに、戒斗は僕と紗々芽さんの間で起きた一件はとっくに解決してると思っているらしい。


観察眼のある戒斗を誤魔化せるあたり、本当に紗々芽さん演技派だと思う。



「――ねぇいいじゃんいいじゃん」


「え、あの、でも放課後は……」



ふと、階段の下の方から声が聞こえた。


男女の声で、男の方は聞き覚えはなかったが、女の子の声は聞き覚えがあった。



「ん?」


「どうしたんスか?」



踊り場から身を乗り出して下の方を見てみる。




「どうせ迷宮攻略でしょ?


別にいいじゃん、チーム天守閣って今世界最速で攻略進んでるんでしょ?」


「だから、私は」


「たまには休むことも大事だって、ね?


ずっと攻略ばっかりじゃ疲れちゃうし、一日くらい一緒に遊ぼうよー」



それを見た瞬間、自分でも理解できないくらいどす黒い感情が胸の中をかきむしってくる。



「……あれ、榎並さんじゃ――って、連理?」



戒斗の声も無視し、僕は即座に下へと降りた。



「なー、いいじゃ――」



男が英里佳の肩に手を置こうとした。


瞬間、僕は考える前に体が動く。



――バンッ!!



「――…………ん?」


「……う、歌丸くん?」



唖然とした顔で僕の方をみる四つの目に、ようやく僕は我に帰った。


……え、今、僕何をした?


冷静になって見てみると、僕は英里佳と男子生徒の間に拳を割って入れている状態だ。


そしてその拳は壁に叩きつけられていて、よく見ると壁に小さなひびが入っている。


というか、地味に手が痛い。



「な、お、お前、いきなりなんだよ、邪魔すんじゃ」「あぁ?」



自分でもびっくりするほど低い声が出た。


何故かわからないが、この男は物凄いムカつく。


今すぐぶん殴ってしまいたいくらいムカつく。


ああ、というかもうぶん殴ってやろうかな?


よし殴ろう。



「ステイステイステイステイ! やめるッス!!」


「え、戒斗?」


「え、じゃねぇッスよ! お前何しようとしてんスか!」



いきなり戒斗に羽交い絞めされた。


どうしてそんなことをするのかと思ったが、体勢的に僕は今すぐにでも目の前の男を殴ろうとしていたことがわかる。



「…………あっれぇ?」


「お前マジで無意識なんスか」


「――て、テメェ、歌丸連理、いきなり何しやがるんだ!!」



目の前の男が騒がしい。


が、冷静になってみると僕が一方的に悪いような気が………………いや、やっぱ無理、殴ろう。



「お、落ち着けー! というか地味に力強い!」


「こ、このザコのゲロ丸の分際で!」



目の前の男子生徒は学生証を取り出したかと思えばその手に剣を取り出した。


瞬間――目の前に赤い絹のような髪が宙に舞った。



「――え」



そして次の瞬間には剣を取り出したはずの男子生徒の首に、その剣が添えられている状態となる。



「歌丸くんに危害を加えるならこのまま首の血管を斬る」


「―――――」



剣を添えられた状態の男子生徒は硬直し、蒼い顔で口を小刻みに震えさせていた。



「え、榎並さんそれはシャレにならないッス!


お、おいお前もとにかく剣をしまうッス! 最初に仕掛けたのはこいつだけど、剣を取り出したお前の方が悪ッス! このことは黙っててやるからさっさと行くッス!」



「――――!!」



コクコクと無言で頷きながら男は学生証に剣を収納し、そのままその場から逃げるように走って行った。



「……はぁ……とりあえず今の光景は学生証で録画してるんで、なにかあったら俺に言うッスよ」



そう言いながら戒斗は僕から手を放す。


というかずいぶんと用意周到だ、流石というべきか。



「いきなりお前なにしてるんスか?」


「……何してるんだろう、僕」



自分でも先ほどの行動がいまいちわからない。


本当、何がしたかったのか。



「っ、う、歌丸くん、手から――」

「ちょっと、何の騒ぎよ」



英里佳が何か言いかけたところで詩織さんがその場にやってきた。



「あんたたち、一体何をして……ちょっと、その手どうしたの?」



呆れ気味に僕たちを見ている詩織さんだったが、何故か僕を見て真剣な顔になった。



「手?」



何だろうと思いながら僕は自分の手を確認する。


そしてよく見ると、結構大きな傷ができて血が流れていたのだ。



「お、ぉおう」



自分でもちょっとびっくり。


さっき壁殴ったときにできた傷だろう。



「連理、ちょっと来なさい」


「え、あの」


「いいから来る。


二人は先に教室に行ってて」



詩織さんに手首を掴まれて強引に引っ張られる僕。


手を引かれる間は終始無言で保健室へと連れていかれた。


ちなみに保健室には二種類あり、生徒会役員である湊雲母先輩みなときらら先輩などの救命課の人が在住している重傷の人用


今僕たちがいるのは学生証を持っていない普通の保健の先生などが対応してくれる中学でもあった普通の保健室だ。



「先生は……いないわね。


そこに座って、ちょっと傷を心臓より高い位置にあげてなさい」


「は、はい」



有無を言わせない言葉に僕は近くの椅子に座って腕の傷を高めの位置で固定する。


すると詩織さんがやってきて、僕の前に座る。



「ちょっとしみるわよ」



そう言って僕の手の傷に消毒液を吹きかけてきた。



「っ……うぅ」


「まったく……ちょっと目を離した隙にどうして怪我してるのよあんたは?」


「……ちょっと、壁を殴って」


「はぁ?」



物凄く呆れた目で見られた。



「なんで壁殴ったのよ?」


「……自分でもよくわからない?」


「………………」


「あの、そんな馬鹿を見るみたいな目で見ないで」


「違うわよ。『みたいな』じゃないわ」



馬鹿を見る目なんですね、わかります。



「あんたねぇ……明日には妹さんが来るのに何やってんのよ?


緊張でもしてるの?」


「……そう、なの……かなぁ?」



本当に先ほどの自分の行動の意味がわからない。


自分で自分が制御できない。



「まったく……あんたって本当に手がかかるわね」


「……ごめん」


「別に謝らなくてもいいけど…………最近無理してるわよね、明らかに」


「え?」


「前に遭難したときと同じような雰囲気よ」


「……そんなつもりはないんだけど」


「そりゃあんたは自分の判断基準が甘いんだもの。


あんたの多少の無理は日常みたいなもんだけど、本当にしんどい時だけ笑って見せた後、一瞬表情消えるのよ」


「……えぇ?」



自分の顔をムニムニと揉んでみたがさっぱりわからない。



「人目があると思ってる時ほどそれ見せない上に、本当に一瞬だから質が悪いのよ。


私が視線外した振りしたらそうなってたわよ」


「……ぜんぜん気付かなかった。


よくそんなのわかったね」


「ま、まぁリーダーとして仲間の状態を知るのは当然のことよ」



そう言いながら、詩織さんは僕の手に包帯を巻いていく。



「出血は酷いけど傷は大したことないし、ポーションは使わないわよ。一応貴重品なんだから」



そう言いながら手馴れた手つきで僕の治療をしてくれる詩織さん。


その指が僕の手に触れた時、僕はふとあの時のことを思い出す。



「――ああ」



そして僕は左手で僕の手に包帯を巻いてくれている詩織さんの手を握った。



「え、ちょっと、どうしたのよ?」



僕に手を握られて詩織さんは戸惑っている。


僕はそんな詩織さんの手を、特に指を重点的に触る。



「こ、こら、セクハラで訴えるわよ」



顔を赤くしながらそんな風に僕を軽く怒るが、それも気にならないほどに僕はある一つの確信を得て、今更ながらに驚いた。



「…………うん……ごめん」


「何なのよ急に?」


「…………」



僕がそのまま黙っていると、詩織さんは首を傾げながらも包帯を巻くことを再開する。



詩織さんの手は女の子らしく小さい手だ。


だけど、その手は僕と違って何年も努力してきた証がある。


その手は女の子らしく、とても小さいが、その掌は、剣を握り続けたが出来ている。


それは堅く、すこしザラついている。


軽く触っただけでもわかるほどだ。


人体の中でも敏感な部位とされる唇で触れれば、その違和感を感じ取れないはずがない。



(ああ、つまり……やっぱりアレって……)



全身が熱くなるような、それでいて背筋が冷たくなっていくような矛盾した錯覚が同時に体を駆け巡る。


ぐるぐると思考が頭の中でぶつかり合う。


思考がぐちゃぐちゃだ。


冷静に考えれば考えるほどに混乱する。



「はい、これで終わり。


……って、ちょっと、大丈夫? 顔真っ青よ?」



「ふぇ」



気が付けば、僕を心配そうな表情で覗き込んでくる詩織さんの顔が至近距離にあった。


自然と意識が彼女の唇に向く。


全身が震え、思考がパンク寸前となる。


いや、というかもうパンクしてしまっているのだろう。



「あ」


「あ?」


「――わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



自分でもどうしたらいいのかわからず、僕はその場から――というか、いつぞやの英里佳のように保健室の窓から飛び出したのであった。



「え、ちょ――もうすぐ授業よ!?」



後ろで詩織さんが何か言っていたが、僕はもう自分でもどうしたらいいのかわからずにただただその場から走り去っていくのであった。





連理が詩織に保健室へと連れていかれた一方、戒斗と英里佳は教室にいた。


英里佳はどこか沈んだ表情で、そんな英里佳を心配するように紗々芽が声をかけている。



「英里佳、どうしたの?」


「……ううん、やっぱり私、駄目だなって。


やっぱり……私なんかより、詩織の方が……」



自嘲するような表情で語るが、その先は何も言わないが、英里佳が辛そうに目を細めるばかりである。


英里佳に先ほど何があったのかと、紗々芽は視線で戒斗に訊ねたが、戒斗としては事情をすべて理解しているが、それを他人に話すわけにいかないと判断する。


故に、知らないというように肩をすくめてた。


一方で戒斗が考えているのは目の前のことではなかった。



(榎並さんがここまで落ち込むってのはわかるッスけど……さっきの連理の行動は)



歌丸連理の異常行動


まぁ、普段からわりと異常だが、今回はそれが輪にかけて酷かった。



(さっきの、明らかにナンパッスよね……それを見てあの行動……やっぱ嫉妬して暴走したってことッスよねぇ……)



今さらながら、チーム天守閣の女子三人は美少女だ。


容姿は三人とも整っている。


しかし、そんな三人だが男に言い寄られているという場面は意外にもこれまでなかったのだ。


三上詩織の場合は基本的に辺りがキツイ


ぱっと見は大人し目だが、その反面異性との距離感が遠い苅澤紗々芽


ベルセルクという地雷職の榎並英里佳


これらの要因で連理や戒斗以外の異性が三人に近づくことは無かった。



しかし、時間も経てば事情も変わる。


前者二人は自分から周囲と距離を取っていたが、英里佳の場合は周囲が勝手に距離を取っていたにすぎない。


歌丸のおかげでベルセルクのデメリットもほとんどなく、むしろ活躍している英里佳は周囲から好感を持たれる存在へと変わったのだ。


だからこそ、先ほどの様に英里佳に興味を持った男子が声をかけてきた。



(たぶんこれからもあれと似たようなことが起こるッスよねぇ……周囲からは二人は付き合ってるみたいな印象を持たれてるッスけど、連理の奴は初見ではしょぼく見えるから奪えるとか勘違いしてるやつもいるみたいッスし)



事実、先ほどの男子生徒も歌丸連理を完全に侮っていた。


正直、一対一で戦えば経験のある歌丸の方が勝つ気がするのだが、能力値の低さが露呈しているからこそそれに気付けるものは経験を積んだものだけ。


先ほどの男子生徒はまだ十層にも到達してないようだから気付けないというジレンマが生じる。



(そもそも連理も付き合う気は無いとか言ってるわけで、それを知ったら動く連中も動くわけで………………その度にあんなこと仕出かす気なんスかね、あいつ)



今日は自分がいたから事なきを得たが、もし自分がいないときに連理が暴れたらと思うと気が重くなる戒斗である。



(というか、そもそもあんな嫉妬するくらいなら付き合わないとか考えなきゃいいのに――)「――はぁ」



人知れず、大きなため息が出た。



「日暮くん、どうしたの?」


「え、あー……いや、なんというか」



戒斗は遠い目をしながら窓の外を見た。



「――わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



そのタイミングで、何故か絶叫をあげながら窓の向こうに見える校舎の一階窓から飛び出して走り出す歌丸連理の姿が見えた。



「「「…………」」」



そのままどこかに走り去っていく連理の姿を戒斗や紗々芽、さらに落ち込んでいたはずの英里佳も唖然と見送った。



「あいつ本当に面倒くさいッスね」



恋愛は人をおかしくする、という言葉はよく聞く。


しかし、その結果、歌丸連理の面倒くささが格段に上昇したという事実に頭が痛くなるのであった。



――そして、そんなこと言いながらも連理を追いかけて窓から飛び出す戒斗の姿も周囲からは似たような感想を抱かれるのだが、本人が知る由はない。

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