第139話 妹、来島――の、超直前

船に揺られながら、歌丸椿咲は船の進行方向にある島を見ていた。


この船には日本本島から送られた物資が入っており、帰りには迷宮学園でしか製造されない道具などを持ち帰る定期船だ。



「あれが……迷宮学園」



宮城県沖合に浮かぶ、現在もっとも世界の注目が集まっている迷宮学園


その全体を目にして、椿咲は息を呑む。



「あそこに、兄さんが……」



再会の時は近い。


そう思うと、温かい感情が胸の内から湧き上がってくる。


だがこんな気持ちでは駄目だと自分の顔を軽く叩く。



「しっかりしろ私、兄さんを守れるのは私だけなんだから」



周囲の人間は自分に反対する。


それだけの能力が兄にはあるのだから、気を許してはいけないと頭を切り替えた。



「兄さんに、攻略を辞めさせないと」



椿咲はそう自分の決意を言葉に出して、気を引き締めるのであった。






「見えてきたわね」


「あの船に歌丸くんの妹さんがいるんだね」



西学区にある港


そこには普段からいる物資を指定している企業の人たちのほかに、教員や各生徒会の関係者たちがいる。


僕たちチーム天守閣もそんな中にいるわけで、今こうして妹の椿咲を受け入れるために来たわけだ。



「……ねぇ、レンりん」


「はい、なんですか?」



僕たちが所属しているギルドのリーダーである金剛瑠璃こんごうるり先輩が心配そうに僕を見ている。



「どうしてそんなVRゴーグルみたいなのつけてるの?」


「一身上の都合です」



昨日、保健室からダイナミック脱走を果たした僕は、英里佳や詩織さん、それに紗々芽さんの顔もまともに見れなくなってしまった。


見てしまうと自分でも異様に体温が上がるのがわかる。


しかしこのままでは今日から始まる妹の椿咲の護衛に支障がでる。


そう考えた末に、僕は合宿の際にお世話になった西学区の三年生である堀江来夏ほりえらいか先輩に連絡を入れた。




―――

―――――

―――――――



時間を少しばかりさかのぼり、西学区の人通りの少ないカフェの一画に僕は来ていた。



「授業サボるとか、不良のすることッスよねぇ……」




そして何故か僕と一緒にここまで来た戒斗


僕が保健室から脱出した際に、わざわざ教室から一緒にここまで来てくれたのだ。



「――まさかこんな急に、それも他の学区の下級生から呼び出しを受けるとは思わなかったわ」



僕たちが座っている席へとやってきた堀江先輩



「……え」



そして一方、そんな堀江先輩の顔を見て戒斗は固まった。



「どうしたの?」


「ど、どうしたってお前……三年生の知り合いを呼ぶって話じゃ……?」


「そうだよ、合宿の時にあのゲームを貸し出ししてくれた先輩」



僕がそう説明すると、戒斗は目を見開いたまま堀江先輩のことを見た。



「あらら、注意力不足というか……その程度の認識だったから私のこと呼び出せたのね、君」


「え?」


「……連理、この人、西学区の会長ッス」


「え?」


「いや、え、じゃなくて」


「ええ?」


「会長、西の」


「……誰が?」


「こちらの堀江先輩が」


「どこの?」


「西の」


「何?」


「だから会長ッスよ。


この学園の生徒で一番偉い人の一人、天藤先輩と同じ生徒会長ッス」



戒斗にそう説明されて、僕はようやく事態を理解した。


……え、つまり僕、知らなかったとはいえ学園で一番偉い人を呼び出したってこと?



「それで、一体なんの用なのかしら?


私、貴方が思っているほど余裕なタイムスケジュールでもないのだけど」



コーヒーを注文しながら僕たちの対面の席に座る堀江先輩


その言葉に僕は冷や汗がどっと噴き出してきた。


すいません、会長だって知ってれば他の方に当たってました。


僕が硬直していると、戒斗が素早く僕に小声で聞いてきた。



「どうするんスか、これ。


というか何を頼む気だったんスか?」


「……や、やっぱりなしってできないかな?」


「何を頼む気だったんスか……?


でも、腹を括るッス。ここまで来てもらってやっぱりなんでもないですとか、一番最悪ッスよ」



ですよね!



「あ、あの」



僕は覚悟を決めて話題を切り出す。



「――どうやったらギャルゲー主人公みたいになれるか教えてください!」


「「」」



僕が真剣に頭を下げてそう頼むと、横と前の二人から何とも言えない……そう、まさに絶句したような気がした。何故だ?



「……急に呼び出したと思ったら何を言ってるの君は?


頭、大丈夫? えっと……ちょっと待ってね、今知り合いの医療関係の人に連絡入れるから」


「連理、ちょっと今日は帰って休むッス。明日に備えて、な?」


「あの、こっちは正気なんですけど……」


「正気の人間はそんな2Dと3Dの区別のつかないようなことを言わないわよ」


「温かいもののんで、しっかり栄養取って休むッス。


先生には俺が連絡いれるッスから」



駄目だ完全に僕が混乱してるみたいな扱いになっている。



「あの、順序立てて説明するから聞いてください」



しかたなく、僕はここ数日起きた出来事を堀江先輩に説明し、戒斗にも、話してなかった紗々芽さんの一件についてもこの場で説明した。


そして、僕の話を聞き終えた堀江先輩はコーヒーを飲み干したカップをゆっくりとおいた。



「恋のスクエア、というわけね」


「あー……俺の思っていた以上に複雑になってたわけッスか」


「それで、どうしてそこで私にそんな相談をするのかしら?


私も普通の女子高生並みに知識はあるけど、それだけで男女の機微の専門家というわけじゃないわよ?」



そんな会長の発言に、僕は首を傾げる。



「でも会長、あのゴーグルで紗々芽さんのこと解析してギャルゲーみたいな選択肢出してたじゃないですか」


「………………………………そ、そういえば、そうだった、わ、ね」



僕の発言に、何故かたっぷり沈黙してから頷く堀江先輩


先ほど飲み干したばかりのはずのコーヒーカップを何故か口元に運んで傾ける。



「あの時のゴーグルにそんな機能があったんスか?」


「うん、何故か途中から表示は消えてたけど……あのシステムを作れる人ならそういうことにも強いかなって思って」


「ゲームと現実は違うものッスけど……でもまぁ、そういうシステムを持ってこれるなら見当違いと言い切ることもできないッスね……」


「ち、ちちちょっと待って。


えっと、歌丸くん、君は私のシステムを使ってその三人とまとめて付き合いたいってことなのかしら?


……そ、そういうのは倫理的にどうかと思うのだけど……」


「いえ、違うんです。


付き合いたいとかじゃなくて……ギャルゲーの主人公になりたいんです」


It's not clear意味不明


「つまり、仲が良い状態を維持したまま交際しない関係を築きたいんです!


誰も攻略せずに平穏な日々を続けるエンドを迎えたギャルゲーの主人公みたいに、ギャルゲーの主人公みたいに!」



大事なことなので二回言いました。



「それ世間一般でキープするっていうんスよ」



隣で戒斗が何か言っているが、今はスルー



「お願いします、色々あってもう今みんなの顔をまともに見れないんです。


お願いします!」


「え、えっと……あの……えっとぉ……」




――――

――――――

――――――――



……というわけで、無理を通してまたこのVRゴーグルを、今度は僕の意志で装着したというわけだ。


先輩の話では困ったときは横のボタンを押せば状況を解析して選択肢を提示してくれるというのだが、通常時はスリープしてるらしい。


電流も流れないし、うむ、超便利になってる。



「えっと…………見えてるんだよね?」


「はい、ばっちりです。


なんならここからあの船の中にいる人数数えましょうか?」



ゴーグルに着けられた高性能カメラ


ぶっちゃけ僕の視力をはるかに超える位に画質もいい。



「う、ううん、支障がないならいいんだけど……」



なんかぎこちない顔の瑠璃先輩


体調が悪いのだろうか?



「――なぁ、お前らまた何かあったのか?」


「――というか、何をどうしたらああなるの?


瑠璃が引いてるところとか滅多にないんだけど」



一方、戒斗の傍らには同じ風紀委員(笑)のギルドの先輩である下村大地しもむらだいち先輩と栗原浩美くりはらひろみ先輩がいた。



「まぁ……俺も色々フォローするんで、見逃してあげて欲しいッス」



二人の質問に力なく答える戒斗


色々ごめん。今度何か奢ってあげよう。



「――歌丸くん」


「っ、な、何?」



背後から声を掛けられ、驚きつつも咄嗟にゴーグルのスイッチを押しながら振り返る。


振り返るとそこにいたのは英里佳がいた。



「――」



一瞬、体温が上昇したがそこまでだ。


ゴーグルがあってよかった。たぶんなかったら頭が真っ白になって走り出していたことだろう。



『1.チャラ男っぽく「どうしたんだいベイベー」』

『2.クールに「何かな?」』

『3.紳士に「今日のパンティーは何色ですか?」』



どう考えても3はない。


それだけは即座にわかった。


うん、でも逆にこれだけ清々しいほどの間違いの選択肢があると逆に冷静になる。


チャラつく意味もないし、ここは2だな。




「何かな?」


「えっと、大丈夫かなって思って。


目の方、調子悪いんでしょ?」



……ああ、そう言えばそんな設定にしてたっけ。


流石に仲間の三人に突然こんなゴーグル着けてきた理由とか聞かれ困るからね。



「ま、まぁ季節外れの花粉症というか、まぁ、僕は鼻じゃなくて目の方が来るタイプみたいなんだよね、あはははははははは!」


「そうなんだ……でも無理はしないでね」


「う、うん。大丈夫。まったく問題はない。ノープログレム、完璧さ!」



知らなかったとはいえ西学区の生徒会長の力も借りているんだ。まったく問題はない!





「……っという感じで選択肢を求める合図が来るから協力して」


「あんた何馬鹿なことやってんだ」



西学区の一室にて、生徒会長である堀江来夏の言葉にそう反論したのは生徒会副会長の小橋努こばしつとむである。


一応上級生相手だが、言う時は言う男なのだ。



「趣味の悪い遊びで歌丸連理からかったしっぺ返しをもらったな」



そして同じように話を聞いていたのは今回比較的に暇な生徒会役員の一人、三年の書記を務める男


赤嶺一矢あかみねいちやである。



「――まぁ、いいんじゃないの」



そして気だるげな声でそんな肯定の言葉を述べた男にその場にいた三人の視線が集まった。


第一副会長を務める三年生


銃音寛治つつねかんじ


役職は堀江来夏の下だが、実質的に生徒会を取り仕切る男である。



「もともと、期間中は歌丸連理には秘密裏に監視を着けておくようにオーダーが入ってたし、本人から首輪つけて欲しいなんて頼まれて手間が省けた。


それに、ここまであからさまにカメラつけられたら、敵に対して牽制にもなるだろ」


「そ、そうそう。


これも私のおかげよね」


「だが下らない遊びをするとは聞いてないぞ」


「ぐぅ」



寛治の指摘に反論できずに来夏はうなだれてしまう。



「と、とにかく……この一件はこの場にいる四人で回していくわよ。


絶対に外部には漏らさないで。


特に……あの子に知られたら」


「――あの子ってだぁれ?」



「「「あ」」」



その質問の言葉に男三人は気が付いたが、うなだれたままだった来夏は気付かない。



「そんなのあの我儘な歌姫に決まってるじゃない。


こんなの知ったらどんな悪戯をするかわかったものじゃないわ」


「そうだねー、すっごく楽しそうだもんねー、いいなー私もやりたいなー」


「あら、なら頼もうかしら。人手は多い方がいい、し……」



そして、来夏は疑問を抱く。


この場にいる女子は自分だけだったはずだ。


なのに、今会話している相手は明らかに女の声


少なくともこの場にこんな美声ともいえる様な声を発する男はいない。


そして何より、この声には物凄い聞き覚えのあった来夏は焦りを覚えつつも平静を装いながらゆっくりと顔をあげた。


するとそこには……



「――頼まれましたー♪」



――西学区の爆弾


――世界的な歌姫


この学園でトップクラスの知名度を誇るアイドルMIYABIが、それはそれはとても楽しそうな笑顔を浮かべてそこにいたのだ。

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