第135話 ラーメンは伸びる前に食べるべし。

店主の銀治さんの計らいで、僕たちはテーブルを複数くっつけた卓を囲む形で食事をすることとなった。



「しっかし、本当に奇遇だな」



南学区生徒会長・三年生の柳田土門やなぎだどもん


職業ジョブは農業系全般のスキルをカンストしてると噂の凄腕の“ファーマー”



「まさか二人がいるとは思わなかったわ」



同じく、三年生で第一副会長・稲生牡丹いなせぼたん


飼育がとても困難とされる迷宮生物の交配種を育て上げる熟練“ブリーダー”



「エンペラビットもラーメン食えるのか……」



二年の第二副会長・甲斐崎爽夜かいざきそうや


牡丹先輩に劣らぬ腕前で、単独で北学区のパーティと同等以上の戦力となる迷宮生物の集団を操る南学区では珍しい武闘派の“ブリーダー”



この三人とは面識はあったが、他の生徒会の四人は初見である。



「ほっほぉ……興味深いなぁ……是非ともうちで研究したい」



先ほどから若干血走った目でシャチホコたちを見ているのは、南学区の第一会計の三年生男子


財前俊樹ざいぜんとしき


職業ジョブは狼や熊などをベースとした動物系の迷宮生物に強くなる“ハンター”


迷宮生物の毛皮の加工について専攻しているのだという。



「ちょっと財前くん、こんな可愛い子たちをそんな物騒な目で見ないでよ。可哀そうでしょ!」



そんな財前先輩をたしなめるのは南学区第一書記を務める三年生女子


植木彌うえきみつ


職業は南寄り東の方で多いという研究者を意味する“リサーチャー”


迷宮生物の生態と、そして共存に関することを研究しているらしく、以前から僕と話をしてみたかったらしい。



「そっちも気になるけど……自分はこっちの彼女のことが気になるなぁ~」



そんなことを言いながら僕の隣に座る英里佳を見ているのは第二書記の二年男子


根須天也ねずてんや


職業は植木先輩と同じ“リサーチャー”で、同じギルドで同じ研究をしているらしいが……なんか、ムカつく。



「おい、根須、彼氏くんが怖い目で見てるからあんまり思わせぶりなこと言うな!


違うから、こいつは迷宮生物と人間の融合のこと気にしてるだけだからな!」



と、僕に対して何故か慌てた風に言ってくるのは第二会計を務める二年男子


更科誠之助さらしなせいのすけ


会長と同じファーマーらしい。



「か、かれっ……」



更科先輩の言葉に、英里佳が顔を真っ赤にしてしまった。



「ん、んんっ! べ、別に彼氏とかそういうのじゃありませんが……その、英里佳のことそんな風に見るのはやめて下さい」


「おー、怖い怖い。まぁ、結局のところスキルが原因なわけだし……そういう意味じゃ一番興味深いのは君なのかなと、自分は考えるが……」



と、言いながら何故か根須先輩はねっとりとした視線を僕に向けてきた。


……なんか寒気がする。



「で、なんであんたたちこのお店にいるの?」


「…………ああ、いたのか稲生?」


「最初からいたでしょうが!!」



英里佳が僕の右隣にいて、なぜか僕の左隣に座っているのは牡丹先輩の妹であり、僕たちと同じ一年生のテイマーの稲生薺いなせなずなである。


北学区のトイレ掃除で顔を合わせたばかりで新鮮味がない。



「えっと、私は歌丸くんから誘われてこの店にきたの」


「へぇ……なかなかやるじゃない歌丸連理」



はい?



「このお店のことを知ってるとはなかなかの通ね」



いや、お前、その反応はどうなんだ?


確かにこのお店のラーメンは美味い。それは間違いない。


だけど、普通女子としては男子からこういうお店に誘われた、というシチュエーションを加味してその反応は正しいのだろうか?


そんなことを考えながら僕はなんとなく牡丹先輩を見たのだが、なんとも言えない表情でこちらを見ていたのであった。


心なしか、周りの先輩たちも稲生の言葉に苦笑いだ。



「――おまち」



そんなとき、僕たちの卓に店長の銀治さんが料理を運んできた。


それぞれの座席にラーメンが運ばれてきて、そして最後に大皿でパリパリの羽がついた餃子も出された。



「ん? 誰か餃子って頼んだか?」



土門会長がそう確認を取るが、誰もわからずに首を傾げる。



「おまけだ。あと稲生妹、お前にはデザートも付けてやる」


「え、本当! やったー!」



銀治さんの言葉に大喜びの稲生


というかこの人、店の宣伝に力入れてないくせにお店褒められるの滅茶苦茶嬉しいんだ……



「ここのデザートのプリンね、すっごい美味しいのよ!」


「そ、そうなんだ。楽しみかも」


「そうそう、すっごくおいしくてほっぺが落ちちゃうくらいよ!」


「ナズナ、わかったから落ち着きなさい、ね?」



デザートが食べられると知ってテンションがめちゃくちゃ上がっている稲生


こいつ本当に同い年? 実は小学生だったりしない?



「もきゅもきゅ」

「もぎゅもぎゅ」

「もきゅるもきゅる」



一方でエンペラビット三匹は銀治さんから出された料理をカウンター席で食べていた。


あとワサビ、お前のその鳴き声は素なのか、それともわざとなのか?



「そういえば、先輩方はなんでここに?


生徒会全員集合とか、あんまり穏やかな感じには思えないんですけど……もしかして来週の件ですか?」


「ああ、やっぱりそっちの耳にも入ってたか。


聞いたぞ、お前の妹も来るそうだな」


「ええ、まぁ」



やっぱり生徒会ならばその情報も伝わっているか。



「妹? なんであんたの妹の話が出てくるの?」


「ナズナ、資料に目を通してなかったの?」


「……か、帰ってから見ようと思って」


「ちゃんと今日中に目を通しておきなさいよ。機密もあるから明日回収するんだからね」


「……はい」



姉に静かではあるがガチで説教されて落ち込む稲生である。



「ははは……まぁ、来週の件もあるっちゃあるんだが……ほら、一昨日の件の後処理だ」


「あぁ……」



納得。


公式ではなかったが、生徒会のトップ二人が関わった問題だ。


流石に本腰入れて処理しないといけないよね。いや、張本人は僕たちだけど。



「その、ご迷惑おかけしました……」


「すいませんでした……」


「いやいや、二人とも気にするなって。


悪酔いし易い傾向があったのを確認しなかったこっちの落ち度もある。


まぁそういうわけで、今回の責任をとって俺は今週いっぱいで辞任だ」


「「はぁ!?」」

「――ぶふっ!」



土門会長のぶっちゃけに僕も英里佳も驚愕し、離れたカウンターで食事していた武中先生も吹き出しかけた。



「会長、そういうのは部外者にいうのは……」


「気にすんなって甲斐崎。こいつらなら大丈夫だって、北学区の生徒会候補だし、どうせ明日には発表されるし。


というかそもそも、バレたところでなにがどうこうなるわけでもない」



あっけらかんと言い放つ会長に、僕は動揺を隠せなかった。



「え、あ、あの、それ大丈夫なんですか?


生徒会長辞任って……」


「就職活動や進学には多少なりとも響くだろうけど……俺は実家を継ぐ予定だしなぁ」


「別にやめなくても誰も文句言わないのに、この人ったら無理矢理辞任するって聞かなくて……」



やれやれと肩をすくめる牡丹先輩


……え、つまりこの人自分で辞めたの?


いや、辞任ってもともとそういう意味だけどさ。



「まぁ、そういことで次の選挙までは繰り上げで牡丹が代理を務める。


他にも繰り上げで引き継ぎとかもあるから、なんやかんやでナズナも臨時職の“庶務”として生徒会に入ることになったんだ」


「……なるほど」



つまり、会長を辞任した目的は早期に稲生に生徒会としての経験を積ませるのが目的だったのか。



「あと、そろそろ収穫に忙しい時期が始まるし」



ついでみたいに言ってるけど、こっちの方が本音っぽいのは気のせいだろうか?



「俺は学長の眼中にない生徒だったからな、学生証は引き継げないのは決定してる。


その分、残りの期間で家を継ぐための勉強をしっかり積もうと考えてる。


可能ならスキルを使って新品種の開発とか、その特許も取っておきたいしな」


「そうなんですか……ちょっと安心しました。


僕たちのせいで先輩の将来に傷がついたかと思うと気が気じゃなかったですよ」


「ははははは、そもそもこの程度で辞任を求められるくらいなら、お前らの会長とかとっくの昔に更迭されてるだろ」


「「なるほど」」



英里佳と二人そろって納得した。


そうだよね、今回の騒動とか、あの会長の怠惰っぷりに比べたら可愛いものじゃないか。


生徒会が事務で忙しいときでもあの人、迷宮でヒャッハーしてるし。



「まぁ、そういうわけで、俺のお疲れ様会として、南学区でも隠れた名店であるこの銀杏軒にみんな来たわけだ。


一応騒ぎを起こした者として大掛かりな会は開けないけど、この店は本当に美味いからな」



「――おまけだ」



山盛りの野菜炒めが土門会長の前に出された。


この人、普段から仏頂面だけど、感情が物凄くわかりやすいな。



「おお、どもっす!」


「ラーメンが伸びちゃうと失礼だし、いただきましょうか」



牡丹先輩に促され、南学区の先輩たちが手を合わせた。



「それでは、いただきます」


「「「いただきます」」」



僕と英里佳も手を合わせて、出された料理を食べる。



スープと一緒にラーメンをすすると、口の中いっぱいにうま味と醤油の風味が広がる。



「おいしいっ」



一口食べ終え、隣で英里佳が口を押えながら驚いていた。



「ふふん、どう、美味しいでしょ?」


「なんでお前が自慢げなんだよ」


「あ、醤油ラーメン一口頂戴」


「ってこら、勝手に取るな!」



こいつなんか自由過ぎないか!


初対面の時の刺々しい感じはどこに行った!



「このっ、そっちもよこせ!」


「あ、ちょっと多すぎ!」


「同じくらいだろうが」



グチグチとうるさいのでさっさと稲生のラーメンを食べる。


こっちは味噌ラーメンで、ニンニクの風味が食欲をそそるが、なんとも女子力をかなぐり捨てているように思える。



「だったらもっとよこしなさいよ」


「ってこら、チャーシューは取るな!」



放っておくとどんどん僕のラーメンが奪われそうなので、腕を掴んで押しとどめようとするのだが、頑なに僕のラーメンに箸を伸ばすのをやめない。



「この、よこしな、さい、よぉ!」


「麺なら百歩譲って理解できるが、チャーシューを、狙うの、は、駄目だろぉ!」


「ふぐぐぐぐぐぐっ!」


「全体重をかけてくるなぁ!」



どんだけチャーシュー食べたいんだよこいつ!



「あぁ……なんか懐かしいなぁ……」


「あの子、剥きになると昔から周りのこと見えなくなるのよねぇ」


「よくショートケーキのイチゴとか狙われたっけなぁ……それで大喧嘩したこともあったよな」


「そうそう、末っ子気質というか、ナズナってすぐ人のもの欲しがるんですよね」


「最近はなくなって寂しかったけど、まさかまた見れるとはなぁ」


「そうですねぇ」



そして保護者二名は揃って注意するどころか今の稲生を見てほのぼのとしていた。



――バキンッ



そんな時、ふと僕の背後から聞こえてきた音に稲生も僕も動きが止まった。


周囲の人たちも、その視線を僕の背後――今は稲生に体を向けているわけで、つまりは僕の右側の席にいる人物を見ていた。


そこにいるのは、握っていた割りばしを片手で握りつぶしている英里佳がいた。



「――稲生薺さん」


「はい」



名前を呼ばれ、稲生はシュタッと素早い動きで自分の席に座り直す。



「勝手に人のものを食べてしまうのは、とてもお行儀が悪いと思います」


「あ、あの」


「思います」


「はい」


「歌丸くん」


「うっす」


「自分がやられたからって、勝手に異性の食事に箸をつけるのは、どうかと思うの」


「え、でも、先にやってきたのは」


「思うの」


「はい」


「席を変わりましょう」


「え、別にそんな面倒な」「変わるの」


「はい」



有無を言わせない英里佳の迫力に、稲生も僕も即座に従う。


仕方なく僕も立ち上がって英里佳とポジションをチェンジ。


結果、僕の左隣は英里佳に、右隣には植木彌うえきみつ先輩となった。



「稲生さん、欲しいなら私のから持って行っていいから」


「え、あー、その……あ、ありがとう?」


「どういたしまして」



にっこりと微笑む英里佳に、稲生はたじたじと、そして僕の時とは対照的に恐る恐ると言ったように英里佳のラーメンに箸を伸ばす。



「あはは、嫉妬深い彼女さんね」


「え、あ、いや……その、別に彼女ってわけじゃないですよ」


「そうなの? 凄く仲良さそうに見えたんだけど」


「まぁ、その…………えっと」


「ああ、ごめんごめん、答えづらいことなら言わなくていいよ。


改めて、私は植木彌、迷宮生物と人間社会との共生のための研究を進めてるの。


前から君とは話がしてみたかったの」


「よろしくお願いします、植木先輩


でも、話って僕にですか?」


「そうよ。だってあなた、エンペラビットの集落に案内してもらったことあるんでしょ?


知能のある迷宮生物は確認はできていたけど、そこまで密接なコミュニケーションは世界全体でも前例が無いの。


どうやったのか是非とも教えて欲しいわ」


「どうっていうと…………」



そう言われて改めてあの時のことを思い出してみたのだが……


『きゅう!』『ぐはぁ!』


『ぎゅぎゅう!』『がはぁ!?』


おかしいな、攻撃されたことしか思い出せないぞ。



「なんか遠い目をしてるけど、大丈夫?」


「は、はい…………まぁ、強いて言うなら」


「強いて言うなら?」


「人としての尊厳を地に堕とされたから、ですかね」


「君の身に何があったの?」


「……言いたくありませんっ」



いくら僕でも、エンペラビットに負けたなんてことを周りに知られたくはない。


しかもギンシャリ相手に完封負けしたなんて絶対に知られたくない!



「よーしよし」


「え」


「なんか辛いことあったんだねー、ほら、お姉さんが慰めてあげるよー」



気付けば植木先輩は僕の頭を撫でていた。


たとえるならフリスビーを取ってきた犬をほめる様な、ちょっと乱暴なくしゃくしゃと髪をぼさぼさにするような撫で方だ。



「ほらよーしよし、いいこいいこー」


「――――」



な、なんだこの新感覚?


人として扱われているわけでもなく、まさに犬猫を扱うような感じだが、嫌じゃない。


いや、むしろいい。


年上のお姉さんにこんな風に接されるの、なんかいい。


よく考えると、僕の周りの年上の女性ってヒャッハーとスナイパー(笑)と瑠璃先輩くらいで、こんな風に直に接してくれる相手とかいなかった気がする。


この感じ……これが母性? 癒しというのか?


なんか、うん、これはこれでとっても悪くはな――



「歌丸くん」

「歌丸連理」



ぞくりと、背後から感じた寒気に背筋が伸びる。


その声に僕だけでなく植木先輩も気圧されたらしく、僕の頭の上に置いていた手の動きが止まった。



「ラーメン、伸びちゃうよ」


「ええ、伸びちゃったら作ってくれた人に失礼よ」


「そうだね、うん、そうだよ。だから食事はしっかりしよう」


「そうよ。食事は大事なんだから」



な、なんだろう……怖くて振り返れない。


なんで二人して僕に対してそんな重圧かけてくるの?


いやまぁ、うん、英里佳は百歩譲っていいとして、稲生までそんな反応するのはなんかおかしくない? おかしいよね? おかしいよ。



「歌丸くん、席、やっぱり戻そっか?」


「え、いや、別にわざわざそんな」


「戻しなさい、もう取ったりしないから」



先ほどと違って、稲生まで淡々とした声で僕に話しかけてくる。なにこれ怖い。



「そうことじゃなくて二度手間じゃ」


「戻りたくない理由があるの?」


「どんな理由で戻りたくないのか、教えて歌丸くん」


「――――戻ります」



ちょっと、すこし、本当にほんのちょっぴりだけおしいような気がしないでもあったりなかったりな感じで、僕は植木先輩の隣から当初の予定通りの席に戻った。



「――なぁ、妹の方のあの反応どうよ?」


「――自分としては完全に黒だと判断する」


「――誰がどう見ても黒だろあれは」



南学区男子トリオがなんか言ってるが、僕は背筋をピンと伸ばして自分のラーメンを食べる。


とのかく食べる。麺が伸びる前に食べる。


というか……



「「(ジーーーーーーーーーーーッ)」」



左右から僕を観察するように見てる二人がいて、その視線が僕にラーメンを食す以外の行動の一切を許さないと無言で語っているのであった。



「……銀治、ごちそうさん」



そんな中、食事を一足先に終えた武中先生が店を出て行こうとした。


何かこの空気を変えるアドバイスはないかと、僕はラーメンを食べながら視線で助けを求めたのだが……



「(すっ、すっ)」



店を出る直前、武中先生は僕に哀れみの視線を向けながら無言で胸の前で十字を切ってから出ていった。


いったいどういう意味なのだろうか?



「やれやれ、先が思いやられるなぁ……」


「そうですねぇ」



と口では呆れた感じのことを言いながら温かい目を僕たちに向けてる土門先輩と牡丹先輩


良いからなんか場の空気を変えて下さい。



「あはは……前途多難だね、歌丸くん」



植木先輩が苦笑いを浮かべながらそんなことを言っている。


良いから何とかして、もしくはもう一回頭撫でて。



「……歌丸」


「っ! ぎ、銀治さん!」



籍の前までやってきた店長の銀治さんが何か空気を変えてくれるのかと期待を胸に顔をあげた僕だったが……



「替え玉、いるか?」



こんなところでまさかのサービス精神を発揮し、すでに湯切りを済ませた麺を持ってきてそこにいた。



「…………いただきます」



場の空気は気まずいけど、ラーメンは美味しいかったです。

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