第134話 迷宮もデートも準備9割
迷宮二十層代
北学区生徒が一人前と認められるボーダーラインであり、他の学区の生徒の卒業ラインである。
その最大の理由は、この階層がもっとも学生たちにとって危険と言われているからだ。
迷宮生物が特別強いわけでもなく、トラップがそこまで凶悪というわけでもない。
それでもこの階層が危険と呼ばれる所以は、いたってシンプル
――遭難者が多発するからだ。
通称“暗闇エリア”などと呼ばれるこの階層は、他の階層と違って光源と呼ばれるものが存在しない。
真っ暗な迷宮の中を進まなければならないこの階層は、一度目印を見失えば二度と地上には戻ってこれないと考えた方がいい。
そうでなくとも広大なこの階層は、熟練の三年生でも絶対に一人では立ち入らない。
そんな階層に、今僕たちチーム天守閣は挑んでいるわけだが……
「きゅきゅ」
「そこトラップあるって、右側の壁に寄りかかりながら進もう」
「ぎゅうぎゅう」
「頭上注意、蜘蛛タイプの奴がいるよ」
「きゅるる」
「固い感じの音がする……たぶん骨系の
「――なんか俺の思ってた暗闇エリアと違うッス」
エンペラビット三匹という超高性能ナビ兼レーダーを所有する僕たちには大した脅威となりえなかった。
「まぁ、言いたいことはわかるよ……僕もここまで楽だとは思わなかった。
ただ暗いだけで、作りは上層と大差ないし……それに……あ、戒斗、後ろから来てる」
「おう」
僕の言葉に従って、戒斗が暗闇の中で後方を向き、そして手に持った魔力による弾丸を放つ拳銃を連射する。
――QWAAAAAAAAAAAAAAAA!!
その弾丸を受けた何かが暗闇の向こうで悲鳴を上げた。
「……なんでお前、ゴースト系に気付けるんスか?」
銃弾の当たったことを悲鳴で確認し、暗闇の向こうで戒斗が呆れた表情で僕を見ているのが手に取る様にわかる。
「それは、なんでだろうねぇ……まぁ、でも楽できるからいいじゃん」
と、まぁこんな感じで僕は足音も発さずに迷宮の中を徘徊する
浮遊霊タイプは基本的に物理的な脅威はないが、対象に憑りついて周囲を襲ったり、じわじわと精気を吸い取って呪い殺すという厄介な性質を持っている。
専用の防具さえ持っていれば脅威はないが、それでも暗闇の中で脅かして来るので物凄く学生たちから嫌われている。
また、文字通り浮遊しているため足音も発さず、肉体もないので臭いなどもなくて接近してみないとその存在も確認できないのだが……
「あ、また来た……3、2、1、はいどうぞ」
「うーっす」
僕の合図に従って銃を乱射
そして数秒後聞こえてきた悲鳴っぽい声
うむ、どうやら倒せたらしい。
僕はどういうわけか、だいたい20mくらいの範囲内にいれば浮遊霊たちがおおよそどこにいるかがわかるのだ。
おかげで今のところ直接その姿を確認できていない。
「これじゃあ、逆に訓練にならないわね……」
呆れたように話すのは、このチームのリーダーである三上詩織さんである。
彼女は先頭を歩いているのだが、僕やシャチホコたちがあっさりと敵やトラップを発見してしまうのであまり護衛の警護ができていない状況なのである。
「歌丸くん、少しいい加減にしようか?」
「紗々芽さん、おかしくない?
僕この階層で滅茶苦茶役立ってるって証拠だよ?」
「あんたを守る形で訓練する予定なのに、守られるあんたが活躍したら駄目でしょ。
いつも通り役立たずとして振舞いなさい」
「理不尽だ」
紗々芽さんも詩織さんも僕が活躍することに対して批判的ってどういうこと?
普段の僕も基本的に前衛のおこぼれを倒してる感じだけどさ、今回は僕が率先して敵を発見していて、普段の五割増しに活躍してるのに……
「今さらッスけど、連理ってなんか周りが活躍できない状況で役立つッスよね」
「うん、ダイビングのフィンみたいな感じだよね」
「僕の活躍する場ってそこまで限定的なの?
日常じゃ役に立たないって言いたいの?」
「ううん、陸上じゃむしろ邪魔かなって」
「紗々芽さん、トゲトゲしいです……」
昨日普段通りにしてくれるって言ったのに……!
「ふふっ」
暗闇の中で表情は見えないが、なんか楽しいそうだなこの人……
「なんかうまくやったみたいッスね」
「え、何が?」
戒斗が周りに聞こえないようにこっそりと小声で語り掛けてくる。
「正直、あの状況で追いかけたら絶対にこじれるって思ったんスよ。
でも蓋を開けたらなんか苅澤さん上機嫌だし、流石っすねぇ、このこのぉ~」
肘でつんつんと僕を突っついてくる。
「……うぅーん……」
「え、なんスかその生返事?」
「……とりあえず今日、英里佳に謝るから、その後話すよ」
「お、おう。頑張るッスよ」
――実を言うと、まだ僕は英里佳にキスの一件を謝れていない。
今日は授業が終わってすぐに迷宮へと赴いて、ずっとみんなと一緒だったからだ。
そしてなにより……
「――――」
英里佳は僕たちのすぐ近くにいるのはわかるのだが、迷宮に入ってから必要最低限の事務的な会話以外、一切していないのだ。
なんか授業中もずっと落ち込んでた感じだし、どうしたのか……
「――ぎゅ、ぎゅぎゅぎゅう」
「ん? ああ、この先に広い空間があって、そこに討伐対象がいるってさ」
現在僕たちがいるのは二十一層
そこの討伐対象は
スケルトン・アームズ
複数の腕をはやし、それぞれの腕に異なる武器を持っているという不死存在だ。
その戦闘力はかなり高く、近接戦闘では苦戦するという。
「数は?」
「えっと……ああ、たぶんこれは他にも集団がいるね。
足音重いのが一体で、他は……うん、普通のスケルトンが七体ってところかな」
聴覚共有で先にあるであろう英里佳にいる存在を確認して伝えると、しばらく沈黙が流れる。
「英里佳」
「…………」
「英里佳、聞いてる?」
「え、あ、ごめん……なんの話?」
「迷宮内でぼうっとしない。ちょっとした油断が取り返しのつかないことになるわよ」
「う、うん……ごめん。気をつけるから」
「はぁ……この先に討伐対象がいるわ。
モブは戒斗に牽制してもらって、ララとシャチホコたちで引き付けて連理と紗々芽もそっちの対処。
スケルトン・アームズは私とあんたの二人で倒すわよ、いい?」
「うん、わかった」
作戦、というほどのものでもないが、その役割分担が妥当なところだろう。
ひとまず先へと進み、スケルトンの群がいる広い空間を覗き込む。
まぁ、暗闇で何も見えないけど足音でどのあたりにスケルトンがいるかはだいたい察しが付く。
「ライト、使っていい?」
「消耗品なんだから、一気に使うんじゃないわよ」
「了解」
許可が出たので、僕はアイテムストレージから野球ボールくらいの大きさの物体を取り出した。
「――そりゃ!」
そして一気に身を乗り出し、部屋の中央当たり目掛けて高く放り投げた。
そして数秒後、僕が投げた物体が空中にとどまってまばゆい光を発した。
迷宮内部、暗闇エリアでの必須アイテムの一つ、ライトボール
効果時間は修理によってさまざまだが、僕が投げたのは一個だいたい三分くらいの間空中にとどまって光り続ける短期決戦用のものだ。
この光で、部屋の中にいたスケルトンたちが白日の下に晒された。
「行くッスよ」
中にいるスケルトンの位置を即座に確認し、戒斗が牽制の銃弾を放つ。
それに反応してスケルトンたちがようやくこちらに気付くが、もう遅い。
「ララ、お願い」
「うん」
苅澤さんがアドバンスカードからララを召喚し、ララは木の根っこを鞭のようにしならせて足払いをする。
「そこだ!」
僕は転んだスケルトンを狙って、右手に巻いたベルトに魔力を流す。
するとベルトは魔力によって光を発し、僕はその状態のベルトを右手ごと倒れたスケルトンに向けて攻撃した。
――WOOOOOOOOOOOOOOO!!
声帯の無いはずのスケルトンが悲鳴のようなものをあげ、そして黒い靄みたいなものが染み出して、最終的に動かなくなった。
僕の右手に巻いてあるベルトは比渡瀬先輩の作った作品であり、
これに触れられれば、スケルトンに憑依していた悪霊――先ほどまで戒斗が拳銃で撃退していた浮遊霊が成仏して倒せるというわけだ。
「そらそらそらぁ!」
一方の戒斗もスケルトンを銃で撃って倒している。
普通の拳銃ではあまり効果はないが、戒斗の銃は魔力を使ったもの。
射程距離が通常の拳銃よりも短い反面、不死存在にも一定の効果が見込めるのだ。
「よし、それじゃあ残りは――って、ありゃ?」
周囲を見回して気付く。
「きゅう」「ぎゅる」「きゅるる」
三匹のエンペラビットが額に薄く発光する角をはやした状態で積み重なって倒れているスケルトンの上で勝利のポーズを取っている。
「らくしょー」
「うん、ララ凄いね」
そして残り数体は、手足を木の根っこに拘束された状態で動けない様子だ。
あまり表情が変わらないが、紗々芽さんに頭を撫でられてご満悦の様子だ。
「で、アームズは……ああ、もう終わりッスね」
討伐対象であるはずのスケルトン・アームズ
接近戦はかなり強いと評判なのだが……
「ふぅ……対不死属性があるとはいえ、木刀で迷宮攻略するって妙な気分ね……英里佳、武器の調子は?」
そう言っているのは、その手になんかお経っぽい文字が彫り込まれた木刀を手に持つ詩織さん
「私は……最近まで足技中心だったから、またナイフ使うのって違和感があるかな。でもすぐ慣れると思う」
その一方で十字架の形をしたナイフを両手にもつ英里佳
二人が持つ武器はこの暗闇エリアを攻略するために昨日そろえた対不死属性を持つ武器だ。
そしてその攻撃を受けた討伐対象のスケルトン・アームズだが……すでに物言わぬ屍となっていた。いや、もともと屍だけどさ。
「うわっ……二人とも強すぎッス……秋ごろで最初に手間取る敵だって言われてるのを瞬殺とか」
「あんたなら近づくことなく倒せるでしょうが。
そもそも私たち、訓練とはいえ学園最強の生徒会長と一週間以上戦ってたのよ。
腕が多いだけの骨に負けるはずないでしょ」
「うん、正直目を瞑っても倒せたと思うよ……」
聞きようによっては舐めプって感じだが、実際にできるんだろうなぁ……話を聞けば暗闇で生徒会長と戦い続けたらしいし。
流石だ。
「しかし、呆気ないッス……もっとこう、苦戦するものかと思ってたんスけどねぇ……」
戒斗の言葉に僕も同意する。十秒とかからずに、この部屋の中にいたスケルトンをすべて制圧してしまった状況に肩透かしをくらったような気分だ。
「私たちが想定した以上に強くなってるってことよ……連理も含めてね」
「なんか言葉に含みがあるぅー……」
「正直、倒す前に一回転んでピンチになると思ってたわ」
「酷くない?」
「酷くないわよ、あんた上層でゴブリン相手に殺されかけた実績あるのよ」
「ぐぅ……!」
それを言われると反論できない。
「……たぶん歌丸くん、現段階で十層到達してるソルジャー位のポテンシャルはあると思うよ」
そんな僕にやんわりフォローを入れてくれたのは英里佳だった。
「そう? こいつの能力値いまだに低いわよ」
「それを補うだけの経験してるから、立ち回りとか前に出るタイミングもわかってるんだよ。
前から思ってたけど、歌丸くんは目が良いから、相手の攻撃を避けるのって凄い上手いし」
「ああ……確かに連理って逃げ――こほんっ……攻撃を避けるのだけは物凄く上手よね」
「ああ、それは言えてるッス」
「あれは私も凄いと思う」
納得したみたいに頷く三人
なんだろう、評価されてるはずなのに素直に喜べない。
「紗々芽ちゃんとの特訓で攻撃の型もできてて、無駄が減ったし……たぶん伸びしろだけなら歌丸くんが一番じゃないかな」
「ほ、ほんとう?」
「調子に乗るんじゃないわよ。あんたは初期段階が相当に低かったってだけの話よ」
うん、知ってた。
「はぁ……とにかく討伐対象は倒したし、採取任務こなして今日は地上に戻りましょ」
軽い調子で場を仕切り直そうとする詩織さんの言葉に、紗々芽さんが苦笑いを浮かべた。
「そんなついでみたいな感覚でやることじゃないはずなんだけどなぁ、どっちの任務も……」
「このパーティにいるとそういう常識的なところ忘れがちになるよね」
なんでそこで二人して僕を見るのだろうか?
「ところで、この層での採取ってなんだっけ?」
「えっと……暗闇エリアは溶岩エリアとは毛色の違う鉱石が取れる場所ッスね。
一番有名なのが、森林エリアから出た樹液の成分がこっちの階層の水脈に溶けて、それが沈殿してできた
正式名称は“
「よんだ?」
「いや、ララちゃんのことじゃないッスよ」
「ふぅん」
ララは特に興味もなく、紗々芽さんの周りをぐるぐると歩いている。
「こほんっ……これは基本的に魔力を増幅させる効果があって、魔法の武器のコアとして使われたり、粉末にして魔法薬に混ぜたり色々使われてるッス。
宝石としての価値も高いから、豆粒くらいのものでも最低100万からが相場ッス」
「マジで!」
一攫千金のチャンス!
「まぁ、これは滅多にみつからないッスけどね。
見つかっても、もう取られてたってことがほとんどッス」
「なんだ……」
まぁ、そこまで上手い話もそうそうないか。
「で、次に有名なのが比較的にこの階層で入手が容易な
魔力を蓄えられる量が多くて、今頭上で使われてるライトの核でもあるッス。
表面を削って術式を刻印さえすれば、初期起動の時に少しの魔力を込めるだけで魔法が使えるってことで汎用性はピカイチッス。
代わりに」
その言葉の途中で、頭上から僕たちを照らしていたライトが消えた。
そして暗闇の中でパキンと固いものが地面に落ちて割れる音がした。
「まぁ、こんな風に一度使うと割れてしまう使い捨てのものなんスけどね」
「なるほど……」
「俺たちの採取の対象は後者の霊水晶ッス。使い捨てだからいくらあっても足りないこともないッスからさっさと」
「戒斗って説明キャラが板についてきたよね」
「お前は本当に話の腰を折るのが好きッスね」
「――ほら、遊んでないでさっさと採取に行くわよ」
僕たちを軽くスルーして移動を宣言する詩織さん。
なんか最近、僕たちの扱いが雑になってきた気がする。
…………倦怠期?
などと馬鹿なことを考えつつ、シャチホコたちのナビのおかげで暗闇の中でも特に迷うこともなく安全に地上へと戻った。
戻る途中でもとくにこれと言って危険なものもなく、遭遇した敵は戒斗の銃と英里佳や詩織さんの対不死属性の武器で瞬殺
相手は物理的な攻撃が効きづらいが、その反面、ちゃんとした武器を用意すれば簡単に倒せる不死存在
型にしっかり嵌めてしまえば、楽勝過ぎて今までのどの階層よりも歯ごたえを感じない。
いや、もしかするとこれは先にこの暗闇エリアでの一番の強敵であるドラゴンスケルトンを倒してしまった弊害だろうか?
「さて、それじゃあ今日のところはこれで解散よ」
地上に戻り、前線基地にて依頼の達成を報告し終えてからの詩織さんの言葉である。
「あ、あー、そうだ詩織さん、ちょっと相談したいことがあるんスけどいいッスかね?」
「? 何よ突然」
「いや、その……えっと、ちょっと相談というか、意見は多い方がいいんで苅澤さんも一緒にいいッスか?」
「ふーん」
戒斗に声をかけられているのに、紗々芽さんは僕の方を一瞥してからどこか不敵な感じに微笑んだ。
「うん、いいよ。
でも誘ったからには奢ってくれるんでしょ?」
「え…………あ、ま、任せるッス」
「そっか、じゃあ詩織ちゃん、日暮くんのおごりで西学区でできた新しいお店に行こっか」
「え、だったら二人も――って、ちょっと、なんで押すのよ?」
「まぁまぁ」
僕たちにも声をかけようとした詩織さんを紗々芽さんが背中を押して強制退場
二人分のおごりが確定した戒斗は少しばかり肩を落としながら二人についていく。
「……えっと、それじゃあ、私はこれで」
「英里佳」
どこかぎこちなく、帰ろうとした英里佳の手を僕は掴む。
「え、あ……どうしたの?」
少し顔を赤くしてこちらを見る英里佳
そのしぐさに、ちょっとドキッとしてしまったが、言うことを言わなければ……!
「あ、あの実は」
――きゅるるるぅ~~~~
言葉の途中で、妙な音が聞こえてきた。
……ワサビかな?
いいえ、腹の虫です。
「……歌丸くん、お腹すいたの?」
僕の。
……なんでよりにもよってこのタイミング?
もう少しこらえようよ僕のお腹
「いや、その…………お、おすすめのお店があるんだけど一緒に行かない?
あ、もちろん僕のおごりで!」
「え? でも、そんな悪いし」
「まぁまぁいいからいいから。ね、行こう!」
「歌丸くんがそう言うなら……うん、じゃあ、せっかくだし……ごちそうになります」
よし、食事に誘って二人っきりの状況になりやすかったってことで結果オーライとしよう!
「それで、どこにあるお店なの?」
――――あ”
……そうだ、よく考えたら僕、この学園来てから北学区にあるファミレスくらいしか外食しないし、知ってる店とかほとんどないじゃん!
ヤバいよ、通ぶって誘っちゃったけどどこに英里佳を連れて行けばいいんだ!
教えて戒斗くん!
……って、もうこの場から去ったばっかりだった。
「? 歌丸くん、急に黙っちゃってどうしたの?」
英里佳が訝しむように僕を見ている。
本当にどうしよう……! 普段外食とかしない上に、女の子と一緒に食事にお勧めな場所なんて全く知らないから候補が…………っ!
「――み」
「み?」
「南学区の、駅の……近くです」
はい、というわけで……
「――らっしゃい」
不愛想な店主の卒業生である
迷宮学園の教師たちに人知れず愛されるラーメンを出す定食屋“銀杏軒”
僕はそこに英里佳を連れてきた。
これがデートだったら100%ガッカリされるね。
「あ、味は本当に美味しいから……!」(震え声)
「きゅぅ……」
「ぎゅぅ……」
「きゅる……」
三匹の相棒たちが呆れている。
「へぇ……南学区の駅近くにこんなお店あったんだ」
僕の不安をよそに、英里佳は興味深そうに特段これと言ってみる者のない、シンプルと言えば聞こえはいいが、なんともつまらない、かつ脂ぎって壁に紙のメニューがペタペタに張り付いている店内を観察している。
「……歌丸、なんか失礼なこと考えてないか?」
「考えてないですよ」
この学園の人たちって読心術の使い手多すぎないかな?
「しかし、噂では聞いていたが……」
「きゅう?」
「ぎゅう?」
「きゅる?」
「……増えたな」
三匹のエンペラビットを揃って見ることなど本来はないだろうし、卒業生としてはなおそのことを理解している分、シャチホコたちの姿を見て驚いている様子だった。
「前と同じのこいつらにもお願いします」
「ああ……で、そっちの嬢ちゃんはどうする?」
「えっと……私は……うーん」
どういうものを選べばいいのか悩んでいるようだ。
何かおススメしてあげたいが、僕はこのお店で食べたメニューはあの男っていうよりは漢向けの極太麺のラーメンしか知らない。
流石の僕も、あれを女子におススメはなぁ……
「――よぉ銀治、まだやってるかーって、ん?」
「「あ」」
「「「きゅ」」」
僕たちのあとからお店にやってきた男性
僕と英里佳のよく知る人がそこにいた。
「武中先生」
僕たちの担任の武中幸人先生であった。
「らっしゃい。
好きなところに座れ」
「あ、ああ…………………………歌丸」
「…………はい」
武中先生は僕と英里佳を交互に見て、そして最後に僕を見て、なんか呆れたような顔でポンと僕の肩に手を置いた。
「ちゃんと店は考えろ」
「ですよね、やっぱり」
「――テメェら文句あるなら帰れ」
厨房の奥から静かに殺気を飛ばしてくる銀治さん。あの、包丁持ちながらその迫力はやめて怖い。
「冗談だって、冗談。
それにしてもまぁ、こんなところで会うとは奇遇だな榎並」
「は、はい、こんばんは」
「まぁそう固くなるな。
ああ、女子向けのあっさりメニューとかあるぞ、柚子胡椒が効いてる塩ラーメンとかおススメだ。
あと、顔に似合わずデザートも結構美味いから頼むといいぞ」
「は、はぁ」
教室では厳しい印象を受けるが、この店だと少し饒舌な武中先生に戸惑う英里佳
しかし、さりげなくアドバイスもしてくれるとは流石教師! 頼りになる!
「顔に似合わなくて悪かったな……」
あ、厨房で地味に傷ついてる。
先生は気を遣って僕たちとは少し離れた位置に座った。
「じゃあひとまず僕たちも何か頼もっか」
「う、うん。
じゃあ、私は今言ってた塩ラーメンを」
「それじゃあ僕は辛みそ……いや、スタンダードに醤油かな。
それとデザートも二つお願いします」
「……ああ」
注文を受けて厨房で調理を開始する銀治さん
それを眺めながら、ひとまず何か話題を出して盛り上げようかと思ったその時だ。
ガララっと、店の引き戸が開いた。
「こんちはー、いつものおねがいしまー…………って、あれ?」
「急に止まってどうし……あら?」
「二人ともそんなところで止まったら危な…………って、あーーーー!」
その時、店にやってきた三人の男女、さらにその後ろからも人がやってくる。
「なんだなんだ……って、歌丸と榎並?」
「ん……おい、あれエンペラビットか?」
「うわ、うわ、凄い! 初めて生で見た!」
「おぉ……あれが噂の」
「へぇ、ほぉー」
とにかく、なんか続々やってきた。
というか、これ……もしかして……
「み、南学区生徒会……?」
英里佳が呆然と、銀杏軒へとやってきた一団を見て唖然としていた。
先頭の土門会長と稲生副会長、そしてその妹の稲生ナズナの三人を筆頭に、南学区の生徒会の面々が続々とやってきたのだ。
……おかしいな、僕はただ英里佳と二人っきりで、この間の一件について謝りたかっただけなのに……
「……らっしゃい、注文は?」
銀治さんは淡々と調理を続けながらそんなことを尋ねてきた。
――どうにも、僕が英里佳に本題を切り出すのはもう少し時間がかかりそうだ。
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