第133話 チョロイン系主人公、ちょっと目を離すとフラグを立てます。

生徒会での打ち合わせ終了後、ちょうど掃除も一段落下みんなと合流した。


チーム竜胆の面々も、来週の会議の警備の打ち合わせがあるとのことで分かれた。


そして僕たちは割と通いなれたファミレスの一画にて、先ほど生徒会室でのことをみんなに話す。



「――というわけで、私たちは今週の土曜日から連理の妹を受け入れることになったわ」



誘拐の一件も含めて説明し、英里佳や紗々芽さん、戒斗も表情は重苦しいものとなる。



「その……みんなに迷惑をかけることになるけど、僕一人じゃ椿咲を守り切れない。


だから、どうか、力を貸して欲しい。いや、力を貸して下さい」


「きゅう」

「ぎゅる」

「きゅる」



僕がみんなに向けて頭を下げると、シャチホコたちがわざわざテーブルに上がってぺこりと頭を下げてくれた。



「頭上げなさい、連理」


「そうッスよ」


「詩織さん……戒斗……」


二人が真っ先に僕の肩に手をおいてくれた。



「そうだよ、歌丸くんの家族を助けるためなら、わざわざ頼まれなくたって守るよ」


「紗々芽さん……」



顔をあげた僕に、紗々芽さんは優しく微笑む。


そして英里佳が立ち上がって身を乗り出し、僕の手を握ってくれた。



「絶対、私が守るから」


「英里佳……」


「歌丸くんも、歌丸くんの妹も、私が絶対に守る。だから安心して」


「……うん、英里佳ありがとう」



握った手から感じる熱が不安に渦巻いていた僕の心をとても落ち着かせてくれた。



「――ん、んんっ……真剣なのはわかったけど、人の目もあるからほどほどにしておきなさいよ」


「「あ」」



咳払いしながら指摘された詩織さんの言葉に僕たちはハッと我に帰る。


確かに、ここはファミレス


夕食も近い時間だし、他の席にいた人たちも立ち上がった英里佳のことを見ていた。


そんな周囲の視線を受けて、英里佳は顔を少々赤くしながら座り直す。



「それにしても、また犯罪組織ッスか……生徒会を疑うわけじゃないんスけど、本当に仕掛けて来るって証拠はあるんスか?」


「来道先輩のギルドは諜報専門らしいんだけど、最近になってまた不審物資の動きや人の動きがみられるようになってるんだって。


学外でも、金瀬先輩のつけてくれた警護役から椿咲の周りに監視みたいなものがつけられた形跡があるとか。


確定、とは言わないけど椿咲の誘拐を実行するならこの学園が一番都合がいいみたいなんだ。


本島と違って、この学園なら多少物騒なことが起きてもドラゴンに責任を擦り付けられるし、今回に限っては奴もそれを容認してるからね」


「……なるほど、むしろ学長が犯罪組織を動かすように周りを誘導してるんスね。


んじゃほぼ確定ッス。


今のうちに色々と決めておかないといけないッスね……」



犯罪組織が相手となると、ララの時みたいに気が抜けない日々が続くことになる。


準備をして、しすぎるなんてことはないはずだ。



「泊まるところはどうする予定なの?


歌丸くんの部屋ってたしか、元は2人部屋だからそっちに泊まるの?」


「それなんだけど、体験入学の期間中は泊まる場所限定しない方針なんだって」



僕の説明に、紗々芽さんは首を傾げた。



「というと?」


「体験入学の間は、外部学生たちには東西南北のそれぞれの生活を最低でも一日はしてもらうことになってる。


休日はまだ僕たちに知らされてないけど、少なくとも平日の五日間は四つの学区の四つの宿泊施設を利用することになってるよ」


「なるほど……宿泊場所を分散して狙われるリスクを減らしてるんだね」


「外部にばれないように、僕たちにもギリギリまで説明は無しみたい」


「って、それじゃあ俺たちも対策できないッスよね……」



情報統制が大事なのは重々承知しているが、何もわからないのではどうしようもない。



「私たちに求められていることなんて簡単よ」



そんな時、詩織さんが確信をもってそう言った。



「私たちは明日から金曜日までの四日間、迷宮攻略に全力を尽くすわよ」


「「「「え」」」」



詩織さんのその発言には僕たちは揃って目が点になった。



「あの、それっていつも通りってことだよね?


そんなことしてていいの? 僕たちもチーム竜胆みたいに警護の訓練とかした方がいいきがするんだけど……」


「何言ってるのよ、大人数ならともかく……少人数の警護なら私たちの場合迷宮攻略が一番の訓練になるじゃない」


「?」


「――ああ」

「――なるほど」

「……たしかにッス」



詩織さんの言葉に僕が首を傾げていると、何かに納得したような表情をする他の三人


え、何この疎外感?



「瑠璃先輩や他の生徒会の先輩たちもそれを見越して敢えて私たちを訓練に誘わなかったのよ。


だってそうでしょ、歌丸連理っていう私たちの中心にして私たち最大の弱点と常に迷宮に潜ってるんだから個人警護の技術だけなら私たちはこの学園でも随一よ」


「ああ、なるほ――……どぅ……!!」


「ノリツッコミしようとしたけどツッコミ切れなかったんスね……」



何も言えずに机に突っ伏した僕に戒斗が同情的な視線を向けているのがすぐにわかった。



「仕方ないよ、事実だもん」


「わ、私は歌丸くんと一緒で心強いよ?」



英里佳、ありがとう。


だけどもうちょっと、ほら……役に立ってる具体例を出してほしかったです。



「というわけで、私たちは今から明日に備えて暗闇エリア対策の装備を揃えるわよ。


私と英里佳の武器って物理専門だし、不死存在アンデッド対策の装備、今から買いに行くわよ」


「うん、わかった」



そう言って席を立つ詩織さんと英里佳


今日のところはこれで解散ということなのだろう。



「そういうことだから紗々芽、食事は私たち向こうで済ませるから」


「あ、うんわかった。それじゃあ私は歌丸くんたちと食べてから帰るね」


「ええ、お願い。連理、紗々芽帰る時、エンペラビット護衛に着けてあげて。暗い中の一人帰りは危険だから」


「あ、う、うん」


「それじゃあ歌丸くん、また明日ね」


「うん、またね」



軽く挨拶して、二人がファミレスから出ていくのを僕たちは見送った。


そして三人だけと三匹が残ったその状況で……



「――歌丸くん、詩織ちゃんと何かあった?」



冷たい声音で、これまた鋭い眼差しで僕を見ている紗々芽さんが正面にいた。



「詩織ちゃん、なんか無理してるみたいに見えたけど」


「え? そうなんスか? 全然気づかなかったス……」


「普段通りにしようとしすぎて雰囲気がちょっと刺々しかった。


中学三年の三学期とかああいう雰囲気だったけど……歌丸くん、私たちと別行動してる間に何かしたよね?」



はっきりとした確信を抱いたその言葉に、僕は何の反論もできずただただ口をつぐんでしまうばかりだった。



「お前……なんで少し目を離すと面倒ごとを引き起こすんスか?」


「い、いや、僕が何かしたわけじゃないんだよ?」


「――本当に?」



じっと僕を視線で問い詰めてくる紗々芽さん。


気分は刑事の取り締まりを受けている容疑者だが、事実今回僕は何もしてない。ガチ無実。



「――って、そうだよ!」


「わっ!?」

「おぉ!?」



思わず机を思い切り叩いてしまい、二人が驚くが、僕はそれに構っている場合じゃない。



「僕の身に一体何があったんだぁーーーー!!!!」



「え……あの、歌丸くん?」


「お前本当に目を離した隙に何があったんスか?」


「僕がそれを一番知りたいぃ……!!」



頭を抱え込みながら机に突っ伏す僕


椿咲つばさの一件で気が動転して忘れていたけど、こっちもこっちで大事件じゃないか!


どうすんの、どうすんの僕! 英里佳の一件ですら今日は勢いで普通に会話できたけど明日からどんな顔して会えばいいの僕!!



「僕は、僕は一体、明日からどんな顔してあの二人に会えばいいんだぁ……!」


「え、なに、なんスかこれ?


お前この短時間に詩織さんと本当に何があったんスか?!」


「……え……それじゃあ、何?


その何かあった状態で詩織ちゃん英里佳と二人っきりになったの?」


「ぐぅぉぉぉぉおおお…………!!」



今日もチーム天守閣は混沌としていましたまる



「きゅぅう……」

「ぎゅう」

「きゅるるん……」



机の下でエンペラビットたちが呆れていましたまる







歌丸たちと別れ、対不死存在アンデッド用の装備を求めて東学区までやってきた英里佳と詩織


元々単独で迷宮攻略を想定していたことで予備知識を持っていた英里佳と、攻略の準備に関しては人一番余念のない詩織の二人の買い物は、若い女子二人の買い物とは思えないほど短時間で終了した。



「明日から暗闇エリアだし……今までと勝手が違うから気をつけないとね」



東学区で二人が夕食の場所に選んだのは個室での食事ができる落ち着いた雰囲気の店だった。


一見居酒屋っぽい雰囲気だが、当然未成年でこの間まで中学校に通っていた二人がそんなことわかるはずもなく、ただ静かなお店の雰囲気を楽しんでいた。



「ねぇ」



しかし、普段と違う雰囲気、ということもあるのか、個室という限られた空間にいることと、自分でも処理しきれない内情を抱え込んでいることで、詩織は普段なら絶対に問わないことを投げかけた。



「英里佳は結局、連理とどうなりたいの」


「――っん、く……けほけほっ……」



お冷を飲んでいた最中の英里佳は焦ってむせかえる。


ギリギリでこらえて水をこぼす、ということはなかったのだが、動揺の余り手が震えて結局水がこぼれてしまう。



「え、な、なに、ど、どうしたの急に?


あんまり意味がよくわからな」「盗られるわよ」



顔を真っ赤にして視線を泳がせる英里佳は、そのまま話題も泳がせてしまおうとしたが、そうはさせぬと詩織が網を投下。



「……なんの、こと?」


「自分は特別だって思ってるようだけど、過信はしないほうがいいわよ。


あいつ、物凄くチョロいわよ」


「だ、だから何を――」


「ただ最初に声をかけた。


それだけで命もかけられるくらいお人好しのあいつが、別の誰かにアプローチされて揺らがないって、断言できるの?」


「――――」



言葉も出ない。


むしろ、内心で即座に英里佳はその言葉に同意してしまったのだ。



――歌丸連理はチョロい。


――びっくりするほどチョロい。



「先輩たちはあいつがコミュニケーション能力高いとかって言ってたけど……最近私、逆だと思うのよね。


アイツはコミュニケーション能力が高いんじゃなくて、他人へのハードルが異常に低いだけなのよ。


常に喧嘩腰の対応でもしない限り、あいつって誰にでも好意的じゃない」


「…………た、確かに」



歌丸連理が反抗的な態度を取る相手など、この学園でも筆頭に上がるのは学長だが……まぁ、これは論外だ。


次に思い当たるのは生徒会の氷川明依ひかわめい


そして昨日対戦したチーム竜胆のリーダーである鬼龍院蓮山きりゅういんれんざ


この二人以外には連理は好意的だ。


まぁ、気が置けないという意味ではこの二人も仲が良いと言えるだろう。



「あいつにキスされて、それでもう両想い……とか本気で思ってるなら足元すくわれるわよ」


「………………」



何も言えなくなってうつむく英里佳


それを見て、詩織は自分でもよくわからない苛立ちを覚える。



「あんなの、一種の救命行為よ。


人工呼吸みたいなもの。本来、そういう風にカウントするものじゃないのよ」



――そんなわけがない。


詩織は自分で口にしながら心では否定していた。


――歌丸連理がチョロい?


――馬鹿か?


あの男は確かに最初こそ誰でも受け入れるだろうが、一度決めたことは絶対に譲らない頑固者だ。


そんな男が、一番最初に命を懸けた相手に何も想うこともなくキスをするのか?


――ありえない。


詩織はそう断定している。


しているが、心がそれを受け付けない。


故にイライラする。


やり場のない怒りが今も心の中に渦巻いている。



「…………そう、だよね」



うつむいたまま、静かい頷く英里佳


目に見えて肩を落としているその姿を見て、詩織の中の感情がさらに混沌としてしまう。



「だから、あんたはどうしたいのよっ」



思わず机を叩いてしまい、自分でも思った以上に声が荒くなった。



「ど、どうって言われても……」



恐る恐る顔をあげてこちらの様子をうかがう英里佳


昨日見せた肉食獣のような貪欲さからは考えられない小動物のようなその反応のギャップだ。



「だから、あいつが他の誰かと付き合ってもいいのかって聞いてるのよ!」


「――――」



ショックを受けて硬直する英里佳


その表情は誰が見てもわかるほど、今にも泣きだしてしまいそうに見えた。



「っ……ごめん、言い過ぎたわ」



その顔を見てようやく我に帰った詩織は自分の分のお冷を一気に飲み干した。


一口飲むつもりだが、思った以上に喉が渇いていてすべて飲んでしまった。



「……今の私たちの間で色恋がどうとか語ってる場合じゃないわよね」



そう語りながら、自分の心の中に棘が生えたかのように痛みを覚える詩織。



「そう、だよね…………うん……歌丸くんの、妹さんの件もあるんだし……そんな場合じゃない、よね」



そしてそんな詩織の言葉に同意してしまう英里佳を見て、その痛みがさらに強くなった気がした。


だがそれでも……



「――ちゃんと、警告はしたからね」



小さく小声で、そう呟く。



「……え? あの、今なんて?」


「何でもないわよ……気分悪くさせたお詫びだけど、ここは私が奢るわ、好きなの頼んで」



詩織は、このどうしようもない思いをそのままにしたいとは思っていなかったのだ。





ファミレスにいまだにとどまっていた僕たち三人


それぞれが注文した料理を食べながら、僕は今日僕の身に起きたことを二人に相談したのだが、その結果


二人とも食べる手が止まって頭を抱え込んでいた。



「あーーーーー……聞かなきゃよかったッス……」


「…………ねぇ、なんでよりによって、そんなこと相談するの?


普通誰にも言わずに抱え込んで答えださなきゃいけないことだよね、それ?」



何故か紗々芽さんの対応の塩度が上がった気がした。何故だ?



「そこをなんとか……僕は一体、明日から二人にどんな顔をして会えばいいの?」


「自分で考えて、男でしょ」



なんかものすごく蔑まれた目で見られた。



「……なぁ連理、ぶっちゃけお前……その……詩織さんのはどうだかはわからないんで置いておくとして……榎並さんと付き合うつもりなんスか?」


「え?」


「いや、えって……お前、自分からしておいて何の責任も取らないとかガチクズッスよ」


「それはわかってるよ。もちろん英里佳には全力で謝る。


だけど付き合うかどうかってなると………………どうなんだろ……それって責任が取れてるって言えることなのかな?


そもそも…………まぁ、僕は……僕はね、僕は英里佳を……まぁ、嫌いではない、むしろ好きなほうの感情は持っているよ」


「そこは素直なんスね……なら」

「さっさと付き合えばいいんじゃない」



紗々芽さん、なんでそんな投げやりに外を見ながら言うのでしょうか? 塩対応過ぎません?



「いやだけど、英里佳が僕のことをどう思ってるのかわからないし……僕のこと、異性として好きなのかもわからないのに、キスしたから付き合いましょうって、なんかそれ外堀埋めてズルしてるみたいで良くない気がするんだよね」


「くっ……じれったいのに言ってることが正論だからめんどくせぇッス」


「死ねばいいのに」


「紗々芽さんまで僕が英里佳にキスしたことそこまで怒らなくても……」


「連理、原因はその通りッスけど怒ってる理由が全然違うッス」


「え、どういうこと?」


「それは」「――日暮くん?」「自分で考えて欲しいッス」


「今明らかに屈したよね? お姉さんの時と同じパターンだよね、これ?」



まったく、なぜこの男は女子相手に目線だけでこうもホイホイと意見を曲げるのか……やれやれだ。



「はぁ……もう帰る」



料理も食べかけで、紗々芽さんは席を立った。



「きゅる」



それに合わせて机の下にいたワサビがササメさんについていった。


席に残ったのは僕と戒斗の二人だけなのだが……



「……戒斗、ちょっと僕行ってくる」


「え? いや、今はやめた方がいいッスよ」


「そうだろうけど、そうはしたくないんだ」



理由はわからないけど、僕が怒らせてしまったのなら謝りたい。


明日からまた迷宮に一緒に挑むのに、紗々芽さんにまでモヤモヤしたままなんて嫌だ。



「いやだから、絶対にこじれるからやめたほうが――」



戒斗が何か言っていたが、僕は急いで席を立って紗々芽さんの後を追った。



「きゅきゅう」



僕についてきてくれたのはシャチホコだった。


ファミレスにはギンシャリが残ってくれたようだ。


シャチホコの案内で、紗々芽さんはすぐに見つかった。


エンペラビット同士でお互いの位置がわかるのだろう。



「紗々芽さん!」



ファミレスから出て、少し行った先にある植樹公園があり、そこを通って女子寮に向かっていた紗々芽さんに追いついた。



「……何か用?」



紗々芽さんは足を止めてくれたが、こちらには一切振り返らない。



「その、ごめん」


「なんで謝るの?」


「なんか、僕が怒らせたみたいだから……」


「理由もわからないのに謝るんだ。


それって、余計に失礼だって思わないの?」


「うっ……ごめんなさい」


「それは何に対して謝ってるの?」


「……紗々芽さんが怒ってる理由もわからずに謝ってしまったことです」


「馬鹿じゃないの」



こちらを振り返ることもなく冷たく吐き捨てる様なその言葉に僕は冷や汗が止まらなくなった。



「きゅるるぅ」

「きゅきゅう……」



そして合流した二匹のエンペラビット(雌)は近くのベンチにわざわざ座ってこちらの様子を眺めている。


なんか腹立つ。



「その、だけど……このままじゃ嫌なんだ。


英里佳のこともそうだけど……詩織さんとも、その……どうしたらいいのかわからなく……紗々芽さんにまで怒られたままじゃ……凄く困る」


「自分勝手だね」


「……僕はただ、いつも通りみんなと笑えればいいなって……そう思ってるだけなんだ。


なのに、紗々芽さんにそんな……辛そうな顔して欲しくないんだ」


「私の顔なんて見てないでしょ」


「さっきそんな顔してた」


「してない」



そうやって一切此方を振り返らない紗々芽さん



「え?」



僕は確信をもって紗々芽さんに近寄り、後ろからかたを掴んで強引にこちらを振り返らせた。


驚いた顔をして僕を見た紗々芽さんだが、その眼が少しだけ赤くなっている。



「少なくとも、泣かせちゃったことはわかるよ」


「っ~~、勝手に、こっち見ないで!」



僕の手を強引に振り払おうとするが、僕は力を込めて彼女の肩から手を放さなかった。


ここで離してしまえば、そのまま彼女が去ってしまう気がしたから。



「離して……」


「嫌だ」


「最低」


「……ごめん」


「謝るくらいなら、離して」


「じゃあ、もう謝らない」


「何それ……本当に最低」


「じゃあ、笑っていて欲しい」


「……何それ?」



うつむいたまま、僕の顔を見ようとしない紗々芽さん


そんな彼女に僕は精一杯の気持ちを伝える。



「僕のこと嫌いでもいいし、馬鹿にしてもらってもいい。


だけど……紗々芽さんには悲しんで欲しくない。


君が笑顔でいてくれれば、僕はそれだけで満足できる」



肩を掴む手を少し緩める。


今なら簡単に彼女は僕の手を振りほどくことができる。


しかし今はきっとそうしないだろうと僕は信じることにした。


目も合わせてくれないが、紗々芽さんは僕の言葉をちゃんと聞いてくれていると信じてるから。



「だから、笑って欲しい。僕のこと嫌いでもいいから、いつも通り笑っていて欲しいんだ。


僕は泣いてる紗々芽さんより、みんなと一緒に笑ってる紗々芽さんの方が好きだから。


そう約束してくれるなら……僕は………………君に最低だって、嫌われたままでも受け入れる。君の嫌がることはもう二度としない。すぐに手を放す」



自分でそう口に出して、喉の奥がとてもカラカラに乾いた気がした。


凄く嫌だ。


嫌われるのは、本当に嫌だ。


だけど、このまま彼女が離れて行ってしまうのはもっと嫌だ。


だから……これは僕にできる最大限の譲歩……のつもりだ。



「……本当に最低」


「…………」



その言葉に、僕は刃物を突き立てられたかのような錯覚を覚えた。



「はぁ……一つだけ、質問させて」


「……なに?」



顔をあげないまま、しかし僕の手を振り払うこともなく、何故か彼女は自分の唇に指を当てた。



「もし……詩織ちゃんが、こんな風に唇に指を当てただけだったら、それをどう思うの?」


「…………指を?」



まぁ、確かにあの時は僕視界をふさがれていたし……唇に柔らかいものが当たったという感触だけだった。


その……だから必ずしも僕の唇に当たったのが、同じものだという確証はなく……紗々芽さんの言うように指の可能性もあるわけだ。



「それは…………やっぱり、悪戯、かな?」



「詩織ちゃんがからかったって思うんだ」


「え、そうでしょ普通? 唇に指を当てる目的にそれ以外はないって」


「じゃあ」



紗々芽さんが顔をあげた。


瞬間、彼女が今まで自分の唇に当てていた指を僕の唇に当てた。



「――――」



思考が真っ白になった。


僕はただただ、どこか嬉しそうに、それでいて嗜虐的にこちらを見ている紗々芽さんの目を見ていた。


そして、硬直している僕をよそに、彼女はあろうことか、僕の唇に当てたその指を再び自分の唇に当てたのだ。



「これでもからかってるって思うんだね、歌丸くんは」


「――――ぇ、あ……あ、あの、えっと、ぁ、え……えぇえ、え、あ、あぇあ!?」



全身の血が沸騰するかのように熱くなり、自分でも何が言いたいのかわからず意味不明な音が口からこぼれた。


そんな僕を見て、紗々芽さんはとても上機嫌そうに笑う。



「何それ?


ふふっ……君って、本っ当に」



そっとその指を今度は僕の添え、かと思えばちょっと強引に耳を引っ張る。


僕はされるがまま顔、というか耳を紗々芽さんの方に引っ張られて……



「――最低だね♪」



そう囁かれた。


まるで背筋に電流でも走ったかのように、その囁きに僕は思考が溶かされる。



「約束通り、私は明日もいつも通りにしてあげる。


だけど、許してないから。


許してほしかったら、ちゃんと私や、そして詩織ちゃんが怒った理由を考えて、答えを出してね」



その言葉を、僕が意味を理解しきったのは、詩織さんがワサビと共に公園から女子寮に帰ってから数十秒経過してからだった。


まるで寝起きのようにフワフワと現実感のない足取りで、僕はシャチホコだけが残ったベンチに腰掛ける。


そして……僕は昨日今日とで起きたすべてを頭の中で整理して……






「どうしてこうなった……」





誰に聞いても答えがわからない現状に、頭を抱えるのであった。



「きゅぅ……」



隣でシャチホコがとても残念なものを見る様な目で僕を見ていたが、この時の僕はそれに全然気づかなかったのであった。

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