第132話 一番怖いのは人間だけど、一番腹立つのはドラゴン

生徒会室に入った。


先ほどのことばまだ頭から離れない。



「三上さん、歌丸くん、よく来てくれ……………ねぇ、なんで歌丸くん頭抱え込んでるの?」


「気にしないでください」



僕たちを真っ先に出迎えてくれた天藤会長に対して何事もないかのように言い切る詩織さん。


僕の文字通り頭を抱える原因をつくった詩織さんがサバサバとそんなことを言うが、僕はそれどころではないのだ。



「歌丸、どうかしたのか?」


「逆にどうしたらいいと思います?」


「何がだ?」


「気にしないでください」


「いや、気にしてよ、本当に僕は一体どうしたらいいの! 僕にどうして欲しいの!?」


「お前本当に何があった?」



僕のリアクションを見て来道先輩が引き気味だったが、そんなことはどうでもいい。



「僕の身に何があったのか、それは僕が一番知りたいんです!」


「なんか今日のこいつ今までで一番意味がわからないぞ」


「レンりん、どったの?」



会津先輩と瑠璃先輩も困惑していたが、もう僕はそれどころじゃないのだ。



「歌丸連理が意味が分からないのは今に始まったことではないことです。放っておきましょう」


「ぅるっせぇな、メガネ叩き割るぞファッションスナイパー」



ただし氷川、テメェからなんか言われるのは気に食わん。


生徒会第二副会長にして、自称学園最強のスナイパー(笑)



「だからこれはサングラスだと……なんであなた今日に限ってそんな好戦的なんですか!!」


「今僕はとても困惑してるんだよ! この動揺をどうすればいいのかわからないんだから、近場にぶつける以外どうしろっていうんだ!!」


「それただの八つ当たりじゃないですか!?」


「そうだよ! 悪いか!!」


「しかも逆ギレ!?」


「連理」



詩織さんの声が聞こえたかと思えば、視界が真っ暗になった。


若干こめかみが痛いところからアイアンクローされているのだろうが、なんか普段と比べると全然だ。


だが、なんというか先ほどのことを思い出してしまう。



「うるさいわよ」


「……う、うっす」



先ほど、何も見えない中で感じた唇の柔らかい感触で思考が真っ白となって何も考えられなくなる。


だからただ僕は言われるがまま返事をして頷くばかりだ。



「すいませんでした。


それで話はなんですか?」



「あ……え、えぇ……まぁ貴方たちを呼び出したのは次期に開催される体育祭に関することなんですが……」



未だに頭を掴まれたままで何も見えない僕はただ黙ってその場で動きを止める。



「……なぁ、なんで目をふさがれただけであいつおとなしくなってるんだ?」


「たしか、猛禽類にはそういう習性があったな」


「いや、あいつ人間…………待て、もしかして歌丸のやつ調教されてるのか?」


「流石にそれは…………ノーコメントで」


「否定はしないんだな……」


「…………ノーコメントだ」



なんな会津先輩と来道先輩の話し声が聞こえるが、内容がまったく頭に入ってい来ない。



「――ウタマルツバサ、という名前に聞き覚えはありますか?」


「は?」



頭が真っ白だった僕だが、その名前が聞こえてきた瞬間に先ほどの感触以上の衝撃を覚えた。


僕は詩織さんの手をゆっくりと外してその名前を出した人物――つまり氷川を見た。



「なんでそこで僕の妹の名前が出てくるんですか?」



歌丸椿咲うたまるつばさ


僕の一つ下の妹で、ついさきほど男子トイレの掃除中に話に出てきたばかりのところだ。



「……やはりそうですか」



そして僕の反応を見て、氷川は会長に目配せをした。


周囲の生徒会の人たちも何やら沈痛な面持ちだ。



「……ひとまず、そこにあるパイプ椅子にでも座ってください。


少し長くなります」


「……わかりました」



氷川の言うことを聞くには癪だったが、僕も少し冷静になろうと深呼吸をしながら近くの壁に立てかけてあった椅子を取ろうとしたが、僕が動く前にすでに詩織さんが僕の分も用意していた。



「あ、ありがと」


「いいから座りなさい、顔蒼いわよ」


「……う、うん」



どうやら椿咲のことを聞いて僕は僕が思っている以上に動揺していたらしい。


椅子に腰かけて、もう一度深呼吸をする。



「それで、どうして妹の名前が出てくるんですか?」



先輩たちの顔をみると、あまり良い内容ではないことだけは確かだ。



「来週の土曜日から、外部の大臣や企業を招いて体育祭の打ち合わせをすることとなっているんです。この間の迎賓館がその会場です」


「まぁ、内容自体はすでに大まかなところは決まっている。


外部競技、日本本島で予定されている競技内容についてだ。


その内容を制限してもらいたいという」「そんなことより」



来道先輩が内容の詳細を補足説明しようとしてくれているのだが、僕はそんなことよりに今は興味がない。



「妹の――椿咲のことを教えてください。


どうして今、椿咲の名前が出てきたんですか?」


「……そうだな。そのためにお前を呼んだんだからそっちが先なのは当然のことだ。


これを見てくれ」



そう言って来道先輩が学生証を操作すると、僕たちの目の前に一枚のプリントが出現し、僕と詩織さんはそれを手に取って内容を確認した。



「……これは、出席者名簿ですか?」



詩織さんがそこに欠かれている名前を確認してそう訊ねた。


人の名前はよくわからないが、所属の欄に書かれている企業の名前は僕でも知っているような有名な企業ばかりだ。



「ああ、土曜日の会議に出席する大臣や国会議員、高官に、警察庁の官僚、スポンサーとなってくれる企業の重役……そして……一番下の名前を見ろ」



一番下……そこには外部学生代表という名前があり、そこには何人かの中学とセットでそこの学生と思われる名前があったが……



――歌丸椿咲



僕の妹の名前が確かにあった。



「……なんで、僕の妹がこの名簿に?」


「こんなことする奴が誰かなんて、この見当つくだろ」



会津先輩のうんざりした顔を見て、確信ができた。



「――あの、クソドラゴン……!」


「……そういうことだ。


この下の外部学生代表っていうのは、殆どが学長と、西の学園の学長が選抜……まぁ、ぶっちゃけ脅迫に近い形で出席を直談判した中学生たちだ。


おそらくは会議を有利に進めるための演出に利用する気だろう」



――グシャ



気が付けば僕は渡された名簿を握りつぶしていた。



「あいつ……そんな下らないことのために椿咲利用する気か……!」


「……歌丸、お前も自覚はあるだろうが、お前のスキルの影響力はかなり大きくなっている。


この間の模擬戦と、ドラゴンスケルトン討伐が決定打になっている。


正真正銘、お前は唯一ドラゴンを倒せる可能性を秘めた存在となった。


その身内の発言は、この会議においては決して軽くはないだろう」


「だったら、普通に僕が出れば済む話じゃないですか。


あのドラゴンに僕が出席するように伝えてきますから、椿咲をこんなことに巻き込ませるようなことはやめさせてください」


「残念だがそれは駄目だ。


お前は競技の参加者で、チーム天守閣には本島で行う競技にも出てもらう予定だ。


お前が出席するとなると、ルールにお前の意志が反映されたとみなされて公平さという観点で問題とされる。


その場合はお前の出場ができなくなるぞ」


「それは……いやでも、椿咲に負担をかける位ならそれでもかまいません」


「お前がそう言っても、学長が許可を出さない。


奴は基本的に学生には寛容だが、その権力は絶対だ。俺たちには選択権はない」


「だからってそんな、黙ってはいそうですかって従えるはずないじゃないですか!」



僕はつい熱くなって立ち上がり、来道先輩の前まできて詰め寄ったが、先輩は表情一つ変えずに静かに僕の言葉を聞いていた。



「会議に出席する程度でそう熱くなるな」


「程度って、先輩、あのドラゴンは簡単に人を殺せるような存在なんですよ!


そんな奴が家族と接触したって知って冷静でいられるはずないじゃないですか!」


「連理、落ち着きなさい。先輩に怒鳴っても仕方ないでしょ」



そう言って、後ろから詩織さんが僕の肩を引っ張る。



「あ………………すいません、でした」


「……いや、俺も少し言い方に問題があった。悪かった」



ひとまず一旦席について、もう一度深呼吸をする。


そしてくしゃくしゃになった名簿を広げてもう一度その名前を確認する。



「――それで、私たちを呼び出した理由は、この歌丸椿咲に何か他の危険が迫っているから……そう認識してよろしいですか?」


「……は?」



僕は意味がわからず、隣に座っている詩織さんを見た。



「椿咲に危険が迫っている? え……?


な、なんでそうなるの?」


「あんた妹が会議に出席するから呼び出されたなら……来道先輩がさっき“会議に出席する”なんてこと言わないでしょ」



そ、そうか……確かに。



「あの、もしかして椿咲がドラゴンに何かされるって話なんじゃ……!」


「違う。お前の妹を狙っているのは……本島の人間だ」


「…………は?」



来道先輩の言葉に、僕は今日何度目になるか呆然とする。



「ど、どうして……訳が分からないんですけど?」


「この体育祭、総合得点によって一部の生徒を学園内でトレードすることになっている。


お前の能力を知って、西の学園と、そこに協力しているスポンサーがお前を西に引き込もうと動く」



来道先輩のその言葉に、僕は絶句した。


学生のトレード……そして、僕がその対象に?


初耳だ、そんなことが決まっていたなんてまったく知らなかった。



「お前の能力についても、すでに国からの要請で公開しているものがある。


つまり、お前の能力を完全に封じれば、こっちの学園の主力となるベルセルクの榎並英里佳と、ルーンナイトの三上詩織という強敵を封じることができることを理解しているんだ」



来道先輩のその言葉に、僕の隣の詩織さんが顔をしかめた。



「競技は基本的に学年ごとに行うが……ハッキリ言ってこの二人がいるだけで西部学園の一年に勝機はほとんどない。こっちも圧勝できると確信している。


だがもし、その能力が万全に発揮できなければ……勝利は絶対とは言えなくなる」


「あの、一つ質問よろしいですか?」



唖然とする僕の横で詩織さんが挙手をする。



「ああ、いいぞ」


「言いたいことはわかりました。


つまり、連理を西部学園に入れたいと思う者が、歌丸椿咲を人質に取ろうとしているってことですよね?


もしそうなら、もう彼女の身に危険が迫っているのでは」


「っ! そ、そうですよ!


椿咲や家族も危ない! な、なんとか外部に警告とかを!」


「落ち着け。お前を重視してるのは西だけじゃなく東もだ。


お前の家族や、チーム天守閣の身内は全員、金瀬製薬が手を回して西を牽制していたんだ」


「「え」」



その言葉に僕だけでなく三上さんも驚いてしまった。


そんな事実は初耳だったのだ。


金瀬製薬って……つまりこの間、迎賓館にやってきた金瀬先輩が?



「体育祭の話が出た時点で、OBの金瀬先輩が有望な学生の家族の身内に警護役を配置してくれていたんだ。


だから出だしの遅かった西に付け入るスキはなかったから、今までは安全だった」


「そう、だったんですか……」



金瀬先輩には、また改めて礼を言わないといけないな。



「だが、この会議の期間中はその警備も同行はできない。


会議の開催される期間中、本島に戻るまでの間は他の誰かがお前の妹の身柄を守らないといけないわけだ」


「この学園で、椿咲が狙われるってことですか?


それ、おかしいじゃないですか。僕が西に行くのはこの学園にとってはむしろマイナスってことですよね?


なのにこの学園で狙われるって誰がそんなことをするって言うんですか?」


「いるだろ、金さえ積めば何でもやるクズどもが」



応えたのは来道先輩ではなく、どこかうんざりした顔の会津先輩だった。


そしてその言葉に、僕は詩織さんと顔を見合わせる。



「犯罪組織の、学生たちですか?」



件の金瀬先輩の妹である金瀬千歳の殺害を行った実行した組織


その規模もメンバーも一切不明だが、この間の金瀬千歳の遺体の発見から端を発した一件でその組織の存在を確認された。



「そうだ。本来なら学園内で誘拐したところで逃げ場何てありはしないが、期間中は話は別だ。


会議期間は学園の近くにそれなりに多くの船が停泊することになる。その船に誘拐して連れていく算段なんだろうな。


そしてその船で西学区のスポンサーか、そっちに肩入れしている高官の支配下に置いて、その後にお前に脅迫。


そういう筋書きなんだろうな」


「そんなこと、認められるんですか?


学長は外部からの干渉を嫌います。


外部の人間のそんな行為を見逃すと?」



詩織さんはそう言うが、僕はなんとなくその筋書きを書いた奴が誰なのかわかった。



「認めるも何も……そのチャンスを与えたのはあのドラゴンだ」


「連理?」



あいつ、確信犯だ。


椿咲が狙われていることを知っていてこの学園に招いたんだ。


要するに楽しければなんでもいいんだ。



「そもそもあいつにとって一番大事なのは楽しいかどうかなんだ。


僕がこの学園から去ることになったとしても、その過程を奴は楽しむ。


あいつは、英里佳が自分を傷つけられる存在になったと知った時ですら笑っていた。


自分が害されたりすることを……スリルを楽しんでいた。


僕を観察対象として楽しんでいるのなら、それを自慢して、西に奪われることすらも、ギャンブルとして楽しむつもりなんだ」



指が真っ白になるほど強く拳を握る。歯が軋むくらいに食いしばる。こんなにも腹が立ったのは久しぶりだ。



「体育祭が待ちきれず、あいつはフライングして西学区のドラゴンと僕を賭けの対象にしたゲームを始めたんだ」



僕の推測に、天藤会長は静かに頷く。



「……ええ、その通りよ。


私もその件に関して学長に警告をしたら、学長は何もしないと宣言したわ。


つまり、歌丸くんの予想通りってことよ」


「普通に考えれば自分を害する危険性を排除するために動くということも考えられますが……学長の性格を考えればそれは低い。


つまり、その宣言通りなら誘拐の手助けもしないと考えられます。


これは正真正銘、私たち生徒会と犯罪組織の二度目の正面衝突となります。


そのためには、貴方たちチーム天守閣の存在も必要になります」



氷川の言葉に、僕と詩織さんの表情が引き締まる。



「私たちは、何をすればいいんですか?」


「それは私が説明するねー」



今まで黙っていた瑠璃先輩が、待っていましたと言わんばかりに立ち上がった。



「レンりん、この外部学生代表の子たちなんだけどね、他の出席者とは時期をずらしてこの学園に来てもらって、帰る時間も少し遅くすることになってるの」


「時期をずらすって……なんでですか?」


「この子たちの中に誘拐に関わっている者がいないことは学長が保証してからだよ。


学長は基本クズだけど、嘘は言わない公平さは持ってるからね。


それに中学生がそんな大人の汚い面に手を貸すとは考えにくいし……」


「な、なるほど……」



瑠璃先輩、なんか毒舌だ。いや、まぁ全面同意なんだけど。




「だから、この子たちには学校見学と銘打って今週の土曜日から来てもらって、会議の始まる土曜日まで平日は学校での体験入学、そして日曜日に学生のお別れ会というレクリエーションを交えて、他の参加者より来る時間も帰る時間もズラしちゃおうって算段なの。


一番危ないのは移動中の船だからね」


「なるほど……でも、それ学園内で狙われる時間も長くなりませんか?」


「その通りなんだけど、その文句は学長に言ってね」


「ああ、やっぱり奴の企画ですか」



まぁ確かに、船で誘拐とか奴にとってもあまり楽しめないし、興ざめとか考えそうだ。



「で、その一週間の間はその外部学生を他の学区のギルドも分担で受け入れるんだけど……ここまで言えばわかるよね?」



瑠璃先輩の提案で、流石の僕たちも察しがついていた。



「はい」



そりゃそうだ。


妹に危険が迫っているとわかっていて、家族である僕がただジッとしていられるはずがない。



「歌丸椿咲ちゃん、レンりんの妹は私たちのギルド“風紀委員(笑)”で引き受けて、一週間の間、レンりんたちチーム天守閣が中心になって護衛をしてもらいます!」



こうして、今週の土曜日――五日後に、僕は妹の椿咲と再会することが確定したのであった。

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