第36話 スカート~その真理の先~
東学区での牧場での挨拶も無事終了。
なんか結構偉い立場の人がシャチホコのことを見ていたのだが声を掛けてきたりはしなかった。なぜだろうか?
まぁ、そんなことで残りは西学区。
ここでの挨拶回りをしたら瑠璃先輩からの依頼は達成ということになるのだが……
「歌丸、さっさと探し当てなさい!」
「は、はいぃ!!」
「日暮くん、エージェントなんだからさっさと追跡してね」
「い、いや俺まだそういうスキルは」「ん?」「全力を尽くしまッス!!」
現在、僕と戎斗は三上さんと苅澤さんに西学区を引きつりまわされていた。
「えっと…………二人とも、頑張ってね」
英里佳はそんな二人を止めることもせず、ただ静かに僕たちにそんな声をかける。
どうしてこんなことになったのか……それは西学区に到着した直後に話を戻すことになる。
■
「流石は西ね……ほかの学区とは比べ物にならないくらい人が多いわ」
「今日は休日だから特に人が多いね」
西学区は卒業まで三年間外へ出られない生徒たちのストレス軽減のための娯楽施設が集中している場所だ。
故に学校が無い日はほとんどの生徒がここに来る。
西学区の生徒たちは休日日程がズレており、他の学区の生徒がやってくるこういう日は実習ということで各店舗のスタッフとして働いているのだという。
「ぅう……」
「英里佳、大丈夫?」
なんか英里佳が頭を痛そうに手を当てている。顔色も心なしか優れていない気がする。
「だ、大丈夫……なんかちょっと人込みに酔っちゃって……」
「あんたぼっちだから基本人込み弱そうよね」
「ぼ、ぼっちじゃないからっ」
「歌丸が初めての友達だったってさっき言ってたじゃない?」
「それは今言わなくても―――――」
なんか以前よりも気安く英里佳と三上さんが話している。
どうやら僕抜きで一緒に食事をしたのが功を奏したらしい。
集まっての食事は結構したことはあるのだが、どうも英里佳は僕の方にばかり気を遣う傾向があるので、そのため三上さんや苅澤さんとのコミュニケーションが不足していたようだ。
「歌丸くん、なんかあっちで騒いでるみたいだけどなにかわかる?」
「え? あ、ちょっと待って」
苅澤さんの指さした方向、確かにそこだけ異様に人が騒いでいる。
「シャチホコ」
「きゅう!」
電車の中ではアドバンスカードに戻していたシャチホコを呼び出し、頭に乗せる。
「聴覚共有」
シャチホコの聴覚を一時的に借り受けるこのスキル。
最初使った時は吐いてしまうほど気分が悪くなったが、流石に回数を重ねると慣れてきた。
「……なんか悲鳴とか、怒ってるみたいな声が聞こえる」
「なに、喧嘩?」
僕の言葉に、三上さんがそちらの方へと向かって進みだした。
「通してください! 風紀委員です!」
遠くまで通るような声を発しながら堂々と進んでいく三上さん。
まぁ、嘘は言っていないが……とりあえず生徒会直轄のギルドメンバーとして、治安維持も仕事のうちだ。
「僕たちも行こう」
「「うん」」「ウッス」
三上さんが通ると人が避けていくので、僕たち四人も特に人込みに苦も無く進めた。
そして――事件は起きた。
突如その場を駆け抜けた突風。
「きゃあ!」「やぁ!!」「なにこれぇ!!」
「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」
悲鳴を上げる女
唸りをあげる男
前触れもなく突如発生した突風は、その場にいた女子たちのスカートを高らかに舞い上げる。
「お、おおおお……!」
「うっひょおおおお!!」
その光景は僕も戎斗も目撃してしまい、思わず感動に打ち震えてしまう。
明るいオレンジ、爽やかなブルー、スッキリなグリーン、そして……
「ん、白?」
ラプトルとの死闘によって鍛えられた動体視力はしっかりととらえた。
僕たちの前を歩く三上さんは今日は風紀委員
それも突風の影響で若干ではあるが、めくれ上がってその奥にある布の色は――白っぽい。
意外と清楚な色合いで、普段は強気でキツイ一面のある三上さんにはちょっと意外で、僕はその驚きによって頭蓋骨が軋みをあげてええええぇぇぇぇぇーーーーー!?!?
「あっーーーー?!
なんか久しぶりなこの痛みぃぃぃぃーーーーーーー!!!???」
「わ、す、れ、な、さーーーーーーーーい!!!!」
ギリギリと骨が軋みをあげてるのに一切力を緩めることなくめり込んでいく三上さんの指。
彼女の唐突なアイアンクローが僕を襲う!!
「み、見たんスか連理! 白、白だったんスか!!??」
「く、くぅ! ちょっと微かにチラッと見えただけ! 色しかわからなかった!!」
「この変態どもがあああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
「「あぎゃあああああああああああああ??!!」」
僕も戎斗も仲良く三上さんからのアイアンクローを受けて悲鳴を上げる。
以前よりも能力値が底上げされているから、もう痛みが半端じゃない。
「し、詩織ちゃん落ち着いて!」
「ふぅーっ、ふぅーっ!」
肩で息をしながら解放された僕たちはそのまま地面に突っ伏す。
「い、今の風はいったい……?」
「た、たぶん魔法ッスね…………そうでもなきゃこんな局所的に突風が吹くわけが無いッス……」
二人して頭を押さえながら顔をあげる。
その時、再び風が吹いた。
「「あ」」
「「」」
ちょうど顔をあげたとき、僕たちの目の前には三上さんと苅澤さんが並んで立っており、僕たちは至近距離でめくれ上がったスカートの奥を覗き込む形となる。
それはさも「やってるかーい?」と気軽に居酒屋の暖簾をくぐる常連さんの如く
ロン毛野郎が前髪をファサッとカッコつけてかき上げるかの如く
――否。断じて否。
これは、この気持ちは――――
『わぁ、ねぇおかあさん、あけてもいーい!』
『いいわよ』
『やったぁー!!』
誕生日にもらった大きなラッピングされた箱の包装を解き、その中身を確認した時のような――!!
「白のフリル!」
「黒のレース!」
だからこそ、僕たちは気持ちを抑えきれずにその中身を高らかに声に出していた。
そんなことをする義務も必要性も皆無なのに、ただそうしたいという欲求に突き動かされて僕たち叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
場に流れるのは沈黙。
何を考えているのかわからない無表情で僕たちを見下ろす白いフリルの三上さんと黒いレースの苅澤さん。
こんなとき、僕たちはなんて声を掛けたらいいのかわからない。
だからこそ、素直になるべきじゃないかと僕は思った。
「「ありがとうございました」」
奇しくも、僕と戎斗の気持ちは重なり、まったく同時に感謝を唱えて頭を下げた。
そうだ。感謝だ。感謝しかない。たとえこの後、どれだけの地獄が待っていようと、今この時は感謝を――
「紗々芽」
「
迷いなく行われたその鋼鉄の爪は、再び僕たちの頭を潰そうとする。
先ほどより強化されたその力によって、僕たち二人は頭を掴まれた状態で地面から足が離れる。
「「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」
■
というわけで……
「絶対に犯人を見つけなさい!
必ず近くにいるはずよ!!」
「ウッス」
現在僕はシャチホコとの“聴覚共有”を発動させて先ほどの魔法の使い手の手がかりを探していた。
そして戎斗はなけなしのポイントを使って“足跡追跡”というスキルを習得し、地面にある足跡が克明に認識できるようになるスキルによって、まるで犬のように地面に顔を近づけながら犯人の痕跡を探している。
だが僕も戎斗も、スキルの特性上直接犯人につながる情報を集められるわけじゃない。
せめて僕が犯人の声を知っていたり、戎斗が犯人の履いている靴でもわからない限りは……
「そういえば、英里佳はスカート大丈夫だった?」
「あ、うん。私はめくられてないよ。それにめくられても特に問題はなかったし……」
「どういうことよ?」
自分は恥をかいたのに英里佳が違うということに対して謎の対抗心を抱く三上さん。
しかしどういうことだろうか?
スカートをめくる基準みたいなものがあるのだろうか?
そう思って視線を下げて見て、僕は英里佳のスカートの裾から少しばかり黒い生地が見えた。
「ああ、スパッツか」
英里佳はその高速移動しながら戦うタイプであり、正直スカートの防御力などあってないようなものだ。
だからその備えとしていつもスパッツを穿いていたのだ。
一方で三上さんは迷宮に入っているとき制服が鎧に変化し、その重みで文字通りスカートは鉄壁の防御力を持つようになる。
あの状態なら風が吹こうが捲り上がることはないから、そういう備えを普段はしていないのだろう。
「ちょっと無駄口叩いてないでさっさと探しなさい」
「いやだってさ、犯人の声とかわかんないと僕の能力じゃ探しようがないって。
せめてもう一度近くで犯行が行われない限りはさ……」
「私にもう一度犠牲になれと?」
「万全を期すならそれも已む無しかなぁーって……」
「それは無理そうッスね」
先ほどまで地面を這いずり回っていた戎斗が疲れた表情で戻ってきた。
「なんかわかったの?」
「一応、突風が起こった場所をあらかた回って、被害に遭った生徒と話をきいたんスけど二度も同じ被害にあった生徒はいないんスよ」
「つまり?」
「犯人が無闇矢鱈に風を起こしてるなら数人程度は二回以上捲られても不思議じゃないッス。
スカート捲られたことに怒って犯人探して同じ現場に遭遇した女子も数人はいたッスから。
それが起きてないなら、犯人は一度捲ったら二度同じ女子のスカートは捲らないポリシーを持っていると考えるのが妥当ッスね」
なんという謎のポリシー
いや、それよりもよくこんな短時間で聞き込みとそこまでの推論を立てられたな。
迷宮では物凄く役に立たないと評判らしいのに、頭の回転が早い。
「ちょっと待ちなさい。私二回も捲られたんだけど」
そう主張する三上さんだが、僕はそれを否定する。
「一回目に見たのは真後ろにいた僕くらいでしょ。それも一瞬で戎斗の方は見えなかったみたいだし、犯人が見てないってことじゃないかな?」
「もしくはパンチラはカウント対象外ってことッスかね」
「――それじゃあ、もう私と詩織ちゃんは囮はできないってことかな」
苅澤さんはそう言いながら、意味深に視線を送ってくる。
僕も戎斗も、そして三上さんも自然とそちらに視線が向けられて……
「…………え、あの……な、何?」
その先にいるのは困惑した表情の英里佳であった。
いやまぁ、そうなるよね普通。
囮捜査って、鉄板といえば鉄板だし、短期間で犯人を見つけるのならそれが常套手段だろう。
現行犯で捕まえるにしても、証拠を集めるにしてもね。
「榎並、ちょっとあっちに行きましょうか」
「え」
「二人はここでちょっと待っててね」
「あ、あの二人とも……なんか顔が怖いよ?」
ジリジリと後退していく英里佳だったが、即座に二人に距離を詰められてしまいその腕を掴まれる。
そして英里佳は三上さんと苅澤さんから両脇を抱えられる形で連れていかれる。
「あの、自分で歩くから離して――な、なんか力強いよ? フィジカルアップ使ってない?」
「――逃サナイワヨ」
「――私達、仲間ダヨネ」
そしてようやく状況を悟ったようで、英里佳は顔を青くしながらこちらを見る。
「う、歌丸くん、あの助けてっ!」
あそこまで嫌がる英里佳に無理をさせるのは流石に気が引ける。
僕はそう思って二人を呼び止めようとするのだが……
「ふ、二人とも流石にそれは」
「あ?」「ん?」
「なんでもないでございます。サー」
これも正義のため。不埒なスカート捲り犯を捕まえるための必要なことなのだ。
そう考えて僕は心を鬼にして、敬礼をしながら三人を見送る。
「う、歌丸くーーーーーーーーーーーーんっ!!??」
涙目で連れていかれる彼女を僕はただ見ているだけしか出来なかった。
その姿が駅にある女子トイレに消えていくのを見送り、どこからか悲鳴っぽいような声が聞こえてきた気がした。
そして静寂が訪れ、僕の胸には言葉にはしきれないやるせなさが残り、その感情をどこにぶつければいいのかわからずに、僕は近くの壁を叩く。
「くそっ…………! 僕はなんて無力なんだっ!」
「いやシリアスっぽく言っても普通にカッコ悪いッスよ」
うん、知ってた。
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