第35話 南学区の生徒会長

足の痺れも抜けて普通に歩けるようになった後、東学区の武器屋にてあいさつ回りを終えた僕たち。


ひとまず次は南学区へ来たのだが、お昼の時間になった。



「この時間はお店は混むし、団体だと時間もかかるわね。


分かれて食事してきてまた集まりましょ」



三上さんはそう提案し、では次にどういう風にわかれて食事をするのかということになり……



「……なんなんスか、これ」


「何食べる? 駅前だと直売所ばっかりだね」


「理不尽ッス……!」



戎斗はその場で膝から崩れ落ち、地面を何度も何度も叩く。



「仕方ないじゃん、ジャンケンで決まったんだから」


「それでも理不尽ッス!


一人くらい女子がこっちに来てもいいじゃないッスか! というか榎並さんこっちきそうだったじゃないッスか!」


「いやだってさ、英里佳って僕以外とのコミュニケーション不足してるっぽいから、女子同士でご飯に行って話せばもう少し仲が深まるかなって」


「その気遣いを俺にもしろッス!」


「それより集合は三十分後だし、何食べるか早く決めようよ」


「この野郎……!」



恨みがましくこちらを睨む戎斗。


しかし今優先すべきは食事だ。



「きゅう?」



「飯まだ?」と僕の頭に乗ったまま鳴くシャチホコ。


一応学生証のストレージに野菜を入れてきているが、どうも僕たちと一緒に食べる気満々のようだ。



「特に指定がないなら、僕の知ってるところでいい?」


「もうどーでも良いッス……好きにすればいいッス」


「じゃあ、ついてきて」



僕が戎斗を案内したのは、この間武中先生に連れて行ってもらったラーメン屋“銀杏軒ぎんなんけん”だ。


正確には食堂らしく、定食も当然だしているのだが、今は時間は無いしラーメンにしておこう。



「こんにちはー」



正面に暖簾のれんが出ていたので、僕はくぐって中へと入る。



「……らっしゃい」



カウンターの奥の席に座っていた店主の銀治さんは僕とシャチホコの姿を確認して立ち上がる。



「お店、今日やってます?」


「……土日は朝十時から夜の十時までやってる。一人か?」


「いえ、もう一人います」


「好きなところ座れ」


「戎斗、カウンターでいい?」


「それで良いッスよ……何が悲しくて野郎と向かい合って飯食わなきゃいけねぇんスか」



という訳でカウンターに戎斗、僕、そしてシャチホコの順番に左から並んで座った。


銀治さんは僕たちに無言でお冷を出す。



「……注文は?」


「えっと……戎斗はどれにする?」


「んー…………」



カウンターに置かれていたメニュー表を見て、戎斗は少し悩んでから一つを指さした。



「じゃあチャーシュー麺で」


「だったら僕はこの間と同じオススメの奴で」


「チャーシュー一丁、コッテリニンニクチャーシュー一丁……あとは?」


「え? 後って……ああ」


「きゅ、きゅ、きゅ」


シャチホコはカウンターの台の上で立ち上がって店の奥にある鍋を眼を輝かせてみていた。


どうにもここの味が気に入ったらしい。


「この間と同じ奴お願いします。


その分も僕が払うんで」


「……少し待て」



そういって調理場に行く銀治さん。



「おい、連理」


「なに?」


「ここ美味いんスか?」


「美味しいよ。この間武中先生に連れられて来たんだ」


「あの先生が? ちょっと意外ッスねぇ……」



そんな感じで僕と戎斗はラーメンが出てくるまで雑談をしていると、突如ガラッと入り口の引き戸が開く音がした。



「銀治さーん、ワンタン麺大盛おねがいしまーす」



その人は手慣れた感じで注文をして店の中にある席に座る。常連さんだろうか?



「……なぁ、あの腕章」


「え……」



戎斗に指摘されて、僕はその男の人の腕章を見た。


そこには、僕の腕に着けられている緑色の腕章と同じようなものがあった。



「……あ?」



こちらが見ているのに気づいたようで、男は僕らの方を見た。



「一年か? 俺に何か用でも…………って、ん?


もしかしてお前らが金剛のところに入った奴か?」


「は、はい。


一年生の歌丸連理です。で、こっちが僕のテイムしたシャチホコです」

「きゅう」


「あっとぉ……俺は日暮戎斗ッス。補欠加入ッス」


「そーか、そーか、しっかしこの店を知ってるとはなかなかわかってるじゃないかっ」



男はそういって席を立ち、僕の隣――つまりシャチホコがいた席に座った。


まぁ、シャチホコはもともとカウンターの上に座っていたから踏まれたりはしないけどさ……



「きゅきゅう!」


「おお、このウサギ元気だなぁ!」


「こらシャチホコ、落ち着け。


えっと……先輩は……その……?」


「ああ、自己紹介が遅れたな。


俺はこの南学区の生徒会長を務めている三年の柳田土門やなぎだどもんだ。


よろしくな後輩」



ニカッと白い歯を見せて笑う彼とは対照的に、僕と戎斗は驚愕で目を見開いた。



「生徒っ!」「会長っ!? ッスか!!??」



いや、マジかよお前。驚いても“ス”を忘れないってもう逆に一周回って凄いな。


でも、本当に驚いた。


生徒会関連の役員の人だとは思ってたけど……まさか会長……


教師陣を除いてこの南学区で一番偉い人だったとは……



「そんで、こいつが噂のエンぺラビットか……近いうち見に行こうと思ってたが、まさかこんなところでお目にかかれるとはなぁ……」


「きゅ……きゅうぅ……」


「あの、柳田会長……うちのシャチホコが怖がってますのでそう顔を近づけるのは……」


「ん? おおすまんすまん。


エンぺラビットをここまで間近で見ることなんてないからついな。


あと、俺のことは名前でいいぜ。柳田より土門の方が言いやすいだろ?」


「えっと……それじゃあ土門会長で」


「おう。じゃあ俺は二人を名前で呼ぶな。


で、早速で悪いんだがこのエンぺラビット……いや、シャチホコを貸してくれないか?」


「お断りします」


「報酬も……って、早くないか?」


「すいません」



悪いとは思ったが、ここで頷くのは違うような気がしたのだ。



「こいつは、もう僕にとっては単なるテイムした迷宮生物モンスターってだけじゃなくて仲間っていうか……手のかかる弟分みたいな感じなんで……物みたいに貸すとか借りるとかそういうのはしたくないんです」


「そうか……いや、そういうことならむしろ謝るのはこっちの方だ。個人的にそういうの好きだぜ。愛情をこめて育ててんだな」



なんかそんなふうに言われると照れくさいな。



「……土門会長、ちなみに参考までになんスけど、あっ、本当に他意とか全然ないんスけどね。シャチホコを貸した場合に行われることの内容と報酬についてお聞きしても?」


「戎斗……」

「きゅう……」



僕とシャチホコが白けた視線を送ると、戎斗慌てて首と手を振るう。



「いや、聞いといても損しないじゃないッスか! というかシャチホコまでなんスか!」



「ははははっ、面白い一年だな。


まぁ、そうだな……とりあえず行動観察と、体毛と体液等のDNAの採取して、可能なら普通の兎とかと交配させてみるのもいいな」


「交配……ですか」


「ああ、そんなに珍しくもないぞ。一般的な犬と迷宮のウルフとかと交配させた結果、通常の犬より病気や怪我にならなくて長生きする犬が生まれて、今も当時の犬が数匹この学園で飼育されてるんだぞ? 牧羊犬として大活躍だ」


「あと、牛と掛け合わせた品種の肉とか高品質の赤身肉が取れるとか何年か前にニュースになったッスよね」


「お、詳しいな戎斗」


「へへっ、時事ネタとか強いんス」



意外だ。



「ちなみに兎の場合は愛玩用の他には……毛皮を剥いで装飾品に加工するとか、食用肉ってところッスかね?」


「まぁそんなところだろうな」


「え”」「ぎゅ」



あっけらかんと言い放たれた言葉に、僕の脳裏にシャチホコがとんでもない拷問じみた行為を受けて殺される光景が浮かんだ。



「で、その場合の報酬はおいくらッスか?」


「まぁ、現金を渡す……ってのはちょっと手続きが面倒だから……俺が手配できる高級食材を一ヶ月分……いや、南学区うちと提携している店の食事を三ヶ月タダで食えるってのはどうだ?」



その言葉に戎斗は笑顔を輝かせた。


生徒会長からの口利きが聞く店といえば、この迷宮学園にある9割近くの店がタダだということ、言ってしまえば僕たちでは逆立ちしたって食べられない最高級の料理が食べられるということだ。



「おおおおお! 連理、やっぱりさっきの貸し出しは――」



しかし、僕とシャチホコは即座に首を横にブンブンと激しく振った。



「ぜぜぜぜ絶対に駄目だって! ソレ、シャチホコの子どもが生皮剥がされて食われるってことじゃん! 絶対ダメ、反対、断固拒否!!」

「きゅうう! きゅうううううううう!!」



明らかにそれは許容できない。


別に動物愛護に熱心なわけではないのだが、流石にこれは無理だ、絶対に無理だ。


シャチホコの子どもを可愛がるのなら悪くもないが、そんな殺されるとわかっていてシャチホコの子ども増やすとか絶っっっっっ対、無理ッ!!



「あ……あ~……確かに、冷静に考えるとあんまり気分はよくないッスねぇ」



慌てふためくシャチホコの姿を見て戎斗は冷静になってくれたようだ。よかった。



「はははっ、まぁ流石にそこまで拒否されちゃ仕方が無いか。じゃあこの話は終わりにしよう。そろそろ来たみたいだしな」



僕たちの前にそれぞれのラーメンが置かれる。



「気分悪くさせちまったお詫びだ、ここの会計は俺が持つ」


「え……そんな、悪いですよ」


「気にすんなって。俺は生徒会長で懐は下手な社会人よりよっぽど温かいからな。


後な、食用とか生皮剥ぐってのは今時わざわざ殺さなくても入手は可能だぞ?」


「え?」


「科学の進歩のおかげで、DNAさえあればその部位だけを培養できるもんだ。肉も皮もそうやって培養したものを入手できるように東学区と協力して生産する実験だって進んでる。

だから仮に交配させたとしてもその個体を直接殺すなんてことはしねぇぞ」



……そういえば、確かにそんな感じのニュースをけっこう前に見たような気がする。


肉としての品質も年々向上していて、動物虐待みたいな飼育方法をしなくてもフォアグラを入手できるとかなんとか……



「あ、あの……すいません、早とちりしてしまって」


「いーいー、気にすんな!

お前も本気でシャチホコを大事にしてるって気持ちはすごく伝わった。

どうだ、いっそ北学区から南学区こっちにこないか? お前ならきっとすぐ馴染めると思うぞ」



その言葉に嘘はなかった。


そして僕もそれを少し考えてシャチホコを見てみる。


きっと、こいつの子どもたちをシャチホコと一緒に育てていくんだろう。


それはきっと、楽しいのかもしれないし、悪くないだろうが……



「いえ、僕、迷宮攻略を続けたいので」


「そっかー、残念だな。でも気が変わったらいつでも言えよ。大歓迎だからな」



この後僕たちも予定があり、会長も忙しいということで軽い雑談に興じつつも食事は手早く済ませた。


一応、学生証に登録してある連絡先を三人で交換しあって、僕たちは集合場所に戻る。



「どう? 美味かった?」


「まぁ、美味かったッスけど……緊張してあんまり味わえなかったッスね」


「なんで?」


「何ってお前、相手は生徒会長……独断での学区の政権の多くを握っている、規模は小さいけど大統領みたいな立場ッスよ? むしろ連理、お前なんでそんな平然としてるんスか?」


「いやだって、話してみると気安いお兄さんって感じだったし」



僕が正直に感想を吐露すると、戎斗はなぜか呆れ切ったようにため息を吐いた。



「うん、お前も結構大物ッスね」


「どういう意味?」


「いや、状況が状況なら……お前さっきの会話は相当ヤバかったってこと自覚した方が良いッスよ」


「あ、うん」


「全然わかってねぇッスこいつ」



物凄く呆れられてしまった。





「ん、あー……副会長、今いいか?」


『会長……どこにいるんですか?

エンぺラビットとその使い手が今南学区に来ているんですよ。


挨拶のために“牧場”の方に向かうとのことですから、早くこちらに』



学生証の通話機能によって聞こえてくるその言葉を、柳田土門は軽い調子で遮った。



「あー、それな、さっき振られちまった」


『は?』


「貸し出しも転校もしないってよ」


『………………会ったんですか?』


「ああ。俺のお気にの飯屋にいてな、びっくりしたぜ」


『あなた……ちゃんと説明しました?』


「する前に断られたぜ。

なんかシャチホコの子ども可愛がるならともかく、毛皮剥いだり食べさせるなんて絶対嫌だーって必死になってな。


なんか毒気抜かれちまった」


『……シャチホコ、というのは?』


「ああ、エンぺラビットの名前だってさ。近くで見たらなかなか愛嬌あるな」


『動物愛護精神は、まぁ素晴らしいと思いますし、今時兎の肉の需要はさほどないのでその考え方は特に否定しませんが……ならばうちの学区への勧誘はどうしたんですか?


彼は珍しい職業ジョブではありますが、あまり攻略に適していません。多少強引にでも勧誘すべきところだったのでは?』


「それこそ不可能だ」


『はい?』



柳田土門の脳裏に、勧誘を砕けた表情で断った時の歌丸連理の顔が浮かぶ。



「口調こそ天地の開きくらいの差があるほど穏やかだったが……北の奴と同じ目をしてたぞ、あいつ。

死ぬまで……いや、あれは死んでも迷宮に挑む気だな」


『…………では、エンぺラビットから手を引くと?』


「いや、その辺はこれからの交渉次第だ。食用は別にしても、毛皮は魅力的だ。

東学区と協力してる培養プロジェクトで皮も作れるか実験してから改めて声を掛けてみる。


連絡先も交換したし、報酬とかその辺り詰めていけば大丈夫だろう」


『あなたが直々に連絡先を交換したのですか?』


「おう」


『……軽率すぎます。あなたはこの南学区の最高責任者なのですよ。

一個人に入れ込み過ぎ、それも他学区の生徒に』「そうでもしないと、勝手に動く連中もいるだろ?」



土門の言葉に、相手は黙る。



「エンぺラビットの討伐や捕獲はこれまで一度として叶ったことのない。

それがテイムされたとなれば、その価値を理解してる連中が血眼になって事を荒立てる可能性がある。


あいつはどうも、学長殿の肝煎りってことで手を出すのを控えていたがそろそろ限界が近い。


しかし今のアイツは北の生徒会関係者だ。北と事を構えるのは面倒だし、だったら親交を深めて牽制するのが一番だろ。世の中何事も、ラヴ&ピースってもんさ」


『では……あなたがエンぺラビットの一件を預かると?』


「そう捉えてもらって構わねぇよ。

他の連中にもそう伝えといてくれ。ただし」『極秘で、でしょう? わかってます。何年あなたと一緒にいると思っているのです?』


「頼んだぜ」



そこで会話を終えて学生証をポケットにしまう。



「さて……」



この後は牧場の方に向かってチーム天守閣と接触する予定だったが、本来の目的である歌丸連理との接触を済ませた以上はもう会う必要はない。



「食べ歩きして帰るか」



――この後、仕事をサボっているのがバレて滅茶苦茶怒られるのであった。

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