第34話 パトロールチーム“天守閣”

騒がしい臨海学校も無事に終了し、週末がやってきた。


僕たち三上さんチームは生徒会直属のギルド風紀委員(笑)に呼び出されていた。



「あっれぇ? 一人多くない?」



金剛瑠璃こんごうるり先輩はこの間新しく僕たちのパーティに加わった日暮君を見て首を傾げる。


そして当の日暮くんはというと……



「エージェントやってる日暮戎斗ひぐらしかいとッス!


新しく三上たちのパーティに入ったッス、よろしくお願いしまッス!」


「わぁ、なんかキャラの自己主張が激しいねっ」



これまた綺麗に90度のお辞儀をしながら手を差し出す日暮くんをそう瑠璃先輩は評価する。



「まぁ、君たちをここに呼んだのは他でもないよ。


この間の試験についてだけど」



日暮くんが「え、あれ無視?」って首を傾げているが、僕たち四人は黙って瑠璃先輩の答えを待つ。



「全員合格でーすっ」



パンパンッ、と瑠璃先輩の後ろで待機していた下村大地しもむらだいち先輩と栗原浩美くりはらひろみ先輩がクラッカーを鳴らした。


僕はその結果にほっと胸をなでおろすが、三上さんは「受かって当然」みたいに引き締めった表情で…………あ、違う。よく見ると口元が緩んでいる。



「まぁ、そんなわけでこれからは指示があれば生徒会の任務を受けてもらうわけだが……とりあえず日暮」


「はいッス!」


「お前は補欠合格ってことにしておく。


他の四人の下に着くという形で生徒会の任務にあたってもらうが構わないか?」


「問題ないッス! バリバリ頑張るッス!」


「まぁ、その威勢が任務にしっかり出せたならすぐに補欠脱却だから頑張れよ」


「頑張るッス!」



返事が良いのだが、なんか不安だ。



「そんなわけで、四人……じゃなくて日暮くんも入れて五人ね。


貴方達には早速今日任務を一つ手伝ってもらうわね」



栗原先輩は僕たちに腕章を渡してくれた。


そしてその腕章を見て、苅澤さんが小さく挙手をして質問する。



「……あの、この腕章の“天守閣てんしゅかく”って何ですか?」



緑色の腕章に白い文字で書かれた天守閣の文字。


何となく、三上さんや英里佳の視線が僕に集まる。



「君たちのチームの名前だよ。同じギルドでもパーティは複数あるしねっ


シャチホコちゃんって君たちのチームのマスコットみたいなもんだし、じゃあチーム名はこれしかねぇ! って思ってつけてみた」



上機嫌にそう語る瑠璃先輩だが、これじゃまるで僕がチームのリーダーみたいな感じになってるんだけど。



「すまん……勝手に決めるのは悪いと思ったんだが、書類の都合上何かしら記載しなくちゃいけなくてな」


「い、いえ、別に不満なわけではないので」



不満はないが、面白くもなさそうだ。


別に僕は悪くないのだが、なんか申し訳ない。



「そんな訳で、チーム天守閣に私たちから任務を与えまーす!」



口で「ドゥルルルルルルルルルッ!」とドラムロールをしながら大仰に手を広げて宣言する。



「今日中に迷宮学園の全体をパトロールしてくるのだぁ!」






そしてやって来たのは迷宮学園東学区。


迷宮学園での武器や薬品、そして新技術を作り出している世界の最先端の一つ。



「へぇ……こっち来たのは初めてだけど、東学区ってこんな感じなんだ」



駅から降りて少し歩くと、雰囲気は全体的に白くて清潔感のある建物が目立つようになる。


当たりを見回すと電子掲示板がたくさんあり、さらに歩いている人は妙に大きな眼鏡をつけていた。


たしかアレをつけているとARという技術でまるでそこにあるかのように錯覚するほどリアルな映像が見えるようになるというものだ。



「この学区は認められた実績のある教師や生徒に限って外部との個人での連絡が認められているのよ。


あのARグラスをつけている人は今こうしている間にも外部との連絡を取り合っていたりするの」



三上さんのその解説に関心しつつも、僕は周囲を建物を見回す。


まずなにより建物が北学区よりも高い。



「あと、大きな病院とかもここにあるのよね。


基本回復魔法で怪我をするってことはないけど、毒や呪いで動けなくなるって人もいるし」


「病院ねぇ…………あんまりお世話になりたくはないよねぇ」



ちょっと……この学区は苦手かも。



「とりあえずパトロールって名目だけど……これは単なるオリエンテーリングよね」



この学区に来る前に、三上さんは瑠璃先輩から渡された地図を見てそんなことを言う。



「でもいいんじゃないかな? これから先輩たちと活動していくならこの学園全体を把握してなきゃいけないし」


「私もそう思う。


迷宮だと限られるけど、やっぱり前情報はあった方がいいし」



苅澤さんと英里佳の言葉に頷きつつも、三上さんは腑に落ちない感じだ。



「……正直、瑠璃先輩にそこまで深い考えがあるとは思えないのよね。


多分これ企画したの下村先輩か栗原先輩よ」


「あ、それは僕も同意見だ」


「そッスねぇ……あの先輩、見た目めっちゃ可愛いッスけどなんか天然入ってる感じッスね」



日暮くん、見た目はあまり関係ないと思う。



「はぁ…………あんたたちと同意見とはねぇ……」


「なんでガッカリそうなの?」

「酷いッス!」



「ああもううるさいわね、さっさと行くわよ!」



地図を片手に先に進んでいく三上さん。


まず僕たちが目指した先に会ったのは、東学区に存在している攻略技術開発部門――通称“武器屋”だった。


形としては商店街の形式で一つの大きなアーケード街に、東学区の生徒がそれぞれの“課”で開発したアイテムや装備を用意されたスペースで販売している場所だ。


東学区の中でもっとも北学区の生徒がやってくる場所であり、ここに定期的にパトロールに回ってくることがこれからの僕たちの仕事となっている。



「おぉぉぉぉぉ! スゲェッス、あれが最近噂になってる“超変形合体機能付きメタルアーマー”ッスよ!」


「何それ欲しいっ!」「きゅきゅう!」



まぁ、それはそれとして僕は近くのショーウィンドウに飾られているカッコいい鎧に夢中になっていて、シャチホコも見たことのないアイテムの数々に大興奮していた。



「あ、ちょっとアレアレ! なんかラ●トセイバーみたいなのがある!!」


「あ、あれは!」


「知っているのか日暮!」


「あれは使えばどんな魔物も防具も斬り裂ける高圧高熱の光線を放出して斬り裂く科学と魔力の融合した新兵器!


ただしコストがバカ高い上に使うだけで秒単位に上級魔法スキル分の魔力を消費させられてしまうから前衛向きじゃないのに、リーチも短いから後衛も使かえないライトブレード!!」


「完全に産廃じゃないか」


「「でも欲しいっ!!」」



もう僕たちは大興奮してショーウインドウを見ている。


その背後で女子三人が呆れた様子でこちらを見ていることなど、まったく気にしていなかった。





「男ってああいうの本当に好きよね……実用性なんてまったくないのに」


「歌丸くん、すごいはしゃいでるね」


「…………」


「? 榎並さん、どうかしたの?」


「あ、うん……歌丸くん、駅前での風景見たときなんか落ち込んでたみたいだったような気がしたんだけど……元気そうでよかったなって」


「落ち込んでた……のかな?」


「……うーん」



「――うぉぉぉぉぉぉ! これ凄い! 実用性ない翼が生えるみたいなエフェクトがするマント!」


「――スゲェッス! 翼生やすために魔力を消費するからむしろデメリットしかないマントッス!!」


「「でもカッコいい!!」」

「きゅ、きゅうう」



最初は一緒にはしゃいでいたシャチホコだが、徐々にハイテンションの二人に気圧されてしまっている様子だった。



「……うん、気のせいだったかも」


「そうかもね……あんなに元気だし」


「どっちにしろあれはもう止めるわよ。


パトロールに来たのに自分たちで騒いでちゃ本末転倒でしょ」



このまま放っておいたらいつまでも静まりそうにないと、詩織が二人を止めに入るのであった。





「あんたたち、私たちは遊びに来てるんじゃないのよ」


「「ウッス」」

「キュッス」



往来のど真ん中で正座させられる僕と日暮くん。


そしてシャチホコ、僕の頭の上で正座をするな。



「あ、あの……もうそれくらいでいいんじゃないかな?


すごく目立ってるし」



苅澤さんの言う通りだ。


ここは天下の往来。


当然人の行き来もあり、先ほどから僕たちは注目の的だ。


特に僕なんて頭にシャチホコ乗せているから先ほどから学生証についているカメラ機能でばっちり撮影されている。



「……たくっ……それじゃさっさと立ちなさい」


「了解ッス」



三上さんの言葉に従い、日暮くんはその場から立ち上がり、僕も足に力を込めて――顔面から地面に突っ込んだ。



「う、歌丸くんっ!」


「ちょっとなにやってんの?」

「大丈夫?」

「なにしてんッスか?」



英里佳以外心配じゃなくて呆れだった。



「きゅきゅきゅう!」



違った。


突如頭から振り落とされたシャチホコはご立腹のようで、地面に突っ伏したままの僕に不満そうにその小さな手で何度も叩いてくる。



「ちょっと、早く立ち上がりなさいよ」


「…………い」


「は?」


「足が……痺れて…………動けない」



正座をすると足を痺れるって言うけど、まさかここまで強烈だとは……というかよく普通に立ち上がれるな日暮くん。すごいな。



「あのさ、正座させて五分も経ってないわよね?」


「……ウッス」


「どんだけ貧弱なのよあんたは……」



もはや呆れ切ったというように空を仰ぐ三上さん。



「ああもう……とにかく、これ以上時間ももったいないし……日暮、そいつおぶってついてきなさい」


「ええっ!?」



あからさまに嫌そうな顔をする日暮くん。


そりゃわかってたけどさ、ちょっと傷つく。



「あ、それなら私が歌丸くん背負おっか?」



と、英里佳が挙手をするが……



「あー……いや、やっぱり俺がやるッス。


女子に背負わせて何にもしないとかさすがに気が引けるッス」


「う、うん……日暮くん、お願いするよ。


しばらくしたら痺れもなくなると思うし……」



英里佳に背負われるとか、もうあんな羞恥的な目に遭うのはご免被る。



「そっか……あ、でも疲れたときはすぐ言ってね。


いつでも変わるからっ」



なんでそんな背負いたそうな感じ出すの君?



「おい、はよ回復しろッス」


「うん」



両者、なけなしの男のプライドがあるので英里佳に頼ることはないようにするのであった。



「ほら、さっさと行くわよ」



僕は日暮くんにおぶさったまま、目的地へと向かうのであった。



「きゅ?」



ふと、日暮くんの足元をピョコピョコと左右に揺れながら歩いていたシャチホコが立ち止まり、何処かを見上げた。



「シャチホコ、どうした?」


「……きゅうう?」



僕が尋ねると、シャチホコはなんだかよくわからない感じに首を傾げた。


なんなんだ?



「おい、背負い辛いッス」


「あ、ごめん。


シャチホコ、ほら行くぞ」


「きゅう」



揺られながら先へ進んでいると、あからさまに日暮くんがため息をついた。



「はぁ……どうせ背負うなら女子の方が良かったッス」


「なんかごめん」


「まぁ、別に良いッスけどね。


俺がこのパーティに入った役割ってお前の御守りも入ってるみたいッスし。


つうかお前軽すぎッス。


ちゃんと飯食ってんスか?」


「毎日規則正しく三食食べてるよ。胃にも優しく腹八文目」


「お前これから前衛なんッスよ? むしろ120%くらい食って筋肉つけないと駄目ッスよ」


「あー……うん」


「ん? どうかしたんスか?」


「いやその……今更だけどその下っ端みたいな口調なに?」


「ぐっ……」



僕の質問にビクリと硬直した日暮くん。


なんか動きが完全に止まった。



「あ……なんか聞いたら駄目なことだった?」


「……まぁ、別にそういうわけじゃないんスけど…………ちょっと、姉貴から昔よく“生意気だ”とか言われて普通に話すとゲンコツが飛んで来るんスよ。


去年ようやく姉貴から解放されてですます口調から解放されたと思ったんスけど……」


「ですます口調が抜けきらずに、代わりに“ス”がつくようになった、と」


「そうッスよ……自分でも変だとは思うんッスけど、どうにも落ち着かないんスよねぇ……」



なんか不憫だけど……日暮くんが中学の頃は丁寧に“~です”みたいに喋ってたのかと思うとちょっと面白いかも。



「あれ? でも去年から解放されたってことは……お姉さんってもしかしてこの学園の二年生?」


「――はっ!?」


「……いま気が付いたの?」


「………………今日は天気がいいッスねぇ~」



人間、嫌なことは意識的に忘れてしまうものだけど……まさか日暮くんもそうだったとは……



「ま、まぁ……向こうには俺がどの学区に入っているかも教えてないし、向こうも向こうで忙しいみたいッスから……きっと大丈夫ッス……うん、大丈夫ッスよ、絶対に」


「日暮くんも難儀だねぇ……」



なんかフラグっぽい気もするけど……まぁ、触れないでおこう。



「ところで、なんかお前らよそよそしすぎないッスか?」


「そうかな?」


「そうッスよ。


特にお前と榎並さんってかなり仲いいのになんでお前は苗字で呼ばれてるんスか?」


「ああ、英里佳にとっては僕の苗字が名前みたいな感じだから」


「まぁ、確かに名前みたいな苗字ッスよね……だけどせっかくみんなで一緒にパーティいるんスから、俺はみんなと名前で呼び合えるくらい親しくなりたいッスよ」


「そっか……わかったよ、よろしくね戎斗くん」


「テメェじゃねぇッス」


「えぇー……」


「可愛い女の子とお互いに名前で呼び合ってキャッキャウフフしたいんス。


何が悲しくて野郎なんぞ背負って名前呼び合わなきゃいけないッスか」


「君はとことん自分の欲望に正直だね」


「とりえあず呼び捨てで良いッスよ。俺も…………」


「どうかしたの?」



突然足を止めた日暮くん改め戎斗に僕が問うと、彼は神妙な顔でこちらを見てこういった。



「そういやお前の下の名前ってなんだったッスかね?」


「うん、いつか言われると思ってた」



だって歌丸連理うたまるれんりとか、苗字の方が印象強すぎるしね。





「アレが……か」


「そうですわ。


ビッチの推薦したパーティのようですが……まったく……あの目は飾りか節穴のようですわね」



武器屋の通りを見渡せるくらい遠くの高い建物の一室。


そこから歌丸たちを望遠鏡で見ている二人の男女の姿があった。



「聞いた話では四人だったが……一人増えてるな。


あの生徒は……」


「調べなくて結構ですわ。のことはわたくしが誰よりも存じてますの」


「なんだ、知り合いか?」


「知り合いというか……人様の前に出すのも恥ずかしい下僕ですわ」


「下僕って……」


「こちらに来て挨拶の一つもしないどころかわたくしから逃げようなどと……愚かにもほどがありますわ」



女の方はそういって口元を扇で隠すが、目元が不快そうに歪んでいる。



「まぁ、それに背負われているようなあの男も大したことは無さそうですわね」


「あいつは……歌丸連理、だな。


足元にいるエンぺラビットをテイムした、人類史上初の職業ジョブ、ヒューマン・ビーイングだそうだ」


「聞いたこともない職業ですわね。でもどうせ大したこともない能力なのでしょう」


「単体ではそのようだが、どうにもあいつがいることでベルセルクをパーティで運用可能になっている…………らしい」


「貴方らしくもなく歯切れが悪い言葉ですこと」


「これを見れば誰だってそうなる」



男の方が手渡してきた風紀委員(笑)かっこわらいから提出された報告書のコピーを見て、女性は不機嫌そうだった表情をさらに怒りでゆがめる。



「あいっかわらず……人を舐めてますわねあのビッチ」



その報告書の内容は文章ですらなく、人物の名前を書いてそれぞれを→で結んでいる相関図のようなものであったのだ。


しかも明らかにいらない解説がついていて、例としてあげると苅澤紗々芽の欄には「超ダイナマイツ↑ボディ↑↑」などと書き殴られていた。


グシャッと女はその紙を握りつぶし、書いた本人を殴りたい衝動に駆られるのであった。



「ちなみに、歌丸連理はあのメンバーの中で大地がもっとも評価しているぞ」


「――あら、よく見るとなかなか見どころがありますわね」



打って変わって握りつぶした紙を伸ばして歌丸の欄に目を通す女。


かなりわかりやすいその反応に、男は半眼で女を見る。



「なんですの?」


「いえいえ……別に何も。


で……どうするんだ?」


「そうですわね…………大地様が大丈夫だとおっしゃったのならば私から言うことはありませんが……」



女は目を細めパシンと扇を閉じてそれで紙に書かれている名前を一つ指し示す。



「この女が如何様なものなのかは調べるべきだと進言いたしますわ」



その扇の先に描かれている名前


――榎並英里佳 職業:ベルセルク


そう記されていた。

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