第33話 後悔しない選択の後悔

色々と怪しさ満点だった臨海学校


迷宮生物でも出てくるのではないと危ぶんでいたがそんなこともなく、解散となったが……



「へくちっ!」



現在僕は、Tシャツ一枚の姿で外にいた。


僕の上着については三上さんと苅澤さんが責任もって洗濯して返すと言ってた。


それが言葉通りの意味合いであったなら僕は気にせず返してもらうように言ったが、有無を言わせないような圧力に僕は頷くことしかできなかった。


それでも流石に上半身何も着てない状態で帰らせるなんて鬼なことはなく、英里佳からのTシャツだけは返却してもらったのだ。



「うー……春でも流石にこの時間は冷えるな」


「きゅきゅぅ」



現在僕はみんなとは別行動で、南学区にあるという野菜の直売所に向かっていた。


三上さんにも言われたのだが、シャチホコをねぎらうために野菜を買ってあげようと思ったのだ。


兎っぽいから野菜全般は好きみたいだが、この際何が一番好きなのか把握するために野菜がそろっている南学区を訪れることにした。



「あったあった」



野菜の直売所は幸い駅からかなり近いところにあった。


夕飯時ということもあって、意外と人がにぎわっている。



「きゅきゅきゅきゅう!」



眼に入る数々の野菜にわかりやすいくらい大興奮のシャチホコ



「あんまり騒ぐなよ。


予算の範囲内で今日は好きな奴買ってやるから、気に入った奴があったら言えよ」



「きゅうきゅうきゅう!」



僕の頭の上で今にも飛び跳ねるのではないかと思うほどそわそわしているシャチホコ。


買い物かごを片手に直売所の中を見て回る。



「きゅうきゅう!」


「いててっ、髪を引っ張るな……で、これか?」



シャチホコが興味を示したのは、なんだか見たことない色合いの根菜だった。



「ナニコレ……えっと……虹色大根?」



これは明らかに自然界で作られたものじゃない。


多分この南学区で品種改良された野菜なのだろう。


しかし……どうにもこの時間帯の割には残っている数が多い。


なんか、僕と同類――もとい、地雷臭がする。



「ほぉ……通な物を選ぶな」


「あれ……武中先生?」



声を掛けてきたのは担任の武中先生だった。



「……凄く野菜買い込んでますね」



武中先生も買い物中なのか、野菜がいっぱいになった複数のカゴを乗せたカートを押していた。



「ああ、自作で青汁を作ろうと思ってな」


「青汁、ですか……?」


「ああ、普段飲んでる奴があるんだがどうにも品薄でな、切らす期間が出て来てしまうからその間のツナギだ」



青汁ってそんなに人気なのかな?


……………もしかして以前三上さんが手を出していた青汁グゥレィトゥとかじゃないよね?



「その虹色大根は青汁グゥレィトゥシリーズの最新素材として、現在青汁業界でもっとも注目を集めている野菜だ」



そういいながら、武中先生は虹色大根を三本もカゴの上に乗せた。


あ、これは常飲者だ。



「そ、そんな凄いんですか?」


「凄いぞ。


見てわかるように七色をしているが、その色合いによって栄養素も味も触感も異なる不思議な野菜なんだ」



なにそれ怖い。



「しかも栄養が高くてこの四分の一でも食べればそれだけで成人男性の一日分の必要な栄養素がほとんどとれる。


これを肉か魚と一緒に食べればそれだけで健康が維持できる超栄養食だ」


「そんなに凄いのに……なんでこんなに余ってるんですか?」


「ああ……どうにも普通の人には味の癖が強すぎるらしくてな、料理に使う人がまずいないんだ。


俺も、基本的にはどれも好きなんだが、この青い部分の味は渋くて好みじゃないんだ」


「参考までに、どの色がどんな味でどんな触感なのか教えてもらえます?」


「赤は辛みでシャキシャキしてるな。


オレンジは貝のアサリっぽい味でコリコリだ。


黄色は柑橘っぽい酸っぱさでカリカリしてるぞ。


緑は大根……というよりは瓜みたいな苦みのある味で触感は普通の大根だな。


水色は白身魚っぽい味で柔らかい大根って感じの触感だな


青はさっき言ったように渋さがある、これはパキンと子気味良い感じの触感だぞ。


そして紫だが……正直これはわからなん」


「どういうことですか?」


「どんな味になるのか、食べてみないとわからない。


育った状況によって味が変わるとか、調理の仕方で味が変わるとか言われているのだが……とにかくこれはどんな味になるのかわからない」


「なるほど……それは誰も手に取ろうとはしないわけですね」


途中まで聞いてたらよさそうに思えたけど、そんな地雷があるのならそりゃ誰も手は付けないはずだ。



「ちなみに切り分けると色が変質して結局七色になるんだよな、これ」



磁石かよ。



「だそうだぞ、シャチホコ。


他のがいいんじゃないか?」


「きゅきゅきゅ」



ぶんぶんと首を左右に振ってこれが食べたいと必死に主張するシャチホコ。



「ここの野菜は余ったら翌日には家畜の餌にする分だ。


特に迷宮生物やその交配種は虹色大根が好物ってのが多い。与えても問題はないだろ」


「そうですか? じゃあ……」



買い物カゴに虹色大根を淹れると「きゅふん」と満足げに鳴くシャチホコ。


そんなに食べたかったのか? まぁ、普通の大根と値段が変わらないからいいけどさ……



「歌丸、お前この後用事はあるか?」


「いえ、シャチホコの野菜買ったらそのまま帰るだけです」


「夕飯は?」


「寮に戻ってから頂こうかなと……」


「だったらこの近くに穴場のラーメン屋がある。奢ってやるよ」


「え……そういうの、いいんですか?」


「別に問題はねぇよ。


それに、お前とはちょっと話したいこともあるし……で、どうだ?


帰りは俺が転移魔法で寮まで送ってやるぞ」


「……じゃあ、せっかくなのでよろしくお願いします」


「決まりだな。


じゃあ俺は先に会計済ませて外で待ってるぞ」



武中先生はカートを押しながら先へ行く。



「じゃあ、他に好きな野菜あったら言えよ」


「きゅう」



先生を待たせたら悪いと思い、僕は手早く直売所の中を回って会計を済ませ、外へ出た。


外には先生がいたのだが、先ほど買った荷物が見当たらない。


それについて尋ねてみると……



「ああ、それなら転移魔法で先に自室に持ってった」



その手があったか……転移魔法凄い便利。



「お前らみたいにアイテムストレージが使えればいいんだが、生憎あれは学生しか使えないからな。


まぁついてこい、無愛想な奴がやってる店だが、味は保障する」



そんなこと言いながら歩き出す先生。


そうか……卒業生で能力値を保持するのは可能でも、学生証自体は返却しなきゃいけないもんな……


そんなことを考えつつ、僕はアイテムを自分のストレージにおさめて先生の後をついていった。


やって来たお店は駅前にある通りから少し離れた場所にあるもので、その中に一つ赤い暖簾が出ているだけのお店に入ってく。


店名は“銀杏軒ぎんなんけん”とある。



「邪魔するぞ銀治ぎんじ


「……ああ」



カウンターの奥には頭にタオルを巻いた大男がいた。


おそらく店長なのだろうが、雰囲気から察するに知り合いなのだろうか?



「む」


「う」「きゅ」



大男の視線がこちらに向き、思わず背筋がピンと伸びてしまい頭の上のシャチホコもその威圧感に身を縮めてしまう。



「俺の生徒だ」


「……珍しい……いや、初めてか」


「そうだったか? まぁ、俺にはいつものを頼む。


歌丸、アレルギーとかあったか?」


「い、いえ、大丈夫です」


「だったら同じのでいいか? オススメなんだが」


「はい、じゃあ、それで」



先生がカウンターに座り、僕もそれに習って隣のカウンター席に腰かける。


シャチホコは僕の頭から降りて膝の上に飛び乗った。



「あの、先生はこのお店によく来るんですか?」


「まぁそうだな。


そこにいる峯田銀治みねたぎんじは俺と昔一緒に迷宮攻略したことがある仲でな。


普段はこうして寂れたラーメン屋をしてるが、そいつも能力を保持したまま卒業したってことでその腕を買われて非常勤で各学校での戦闘訓練の講師もしてるんだ」


「……寂れてて悪かったな」


ヌッといつの間にか近くまで来ていた大男――峯田店長は僕と武中先生にお冷を出してくれて、なぜか僕にさらにもう一つ分を置いてくれた。



「えっと……あの」


「……そいつ、ラーメンは食えるのか?」


「シャチホコ……こいつのことですか?


えっと、一応お肉とかパンとか魚とか、なんでも食べます」


「……そうか」



そう頷いて、峯田店長は店の奥に戻っていった。


な、なんなんだ?



「あの……さっき寂れてるとか言われて怒ったんじゃ……」


「いや、その程度気にするような奴じゃない。


それにあいつ自身、別にこの店を繁盛させたいわけじゃないから、このくらい寂れてるのがいいんだよ」


「でも、それじゃ儲からないんじゃ?」


「さっきも言ったが、あいつは非常勤の戦闘の講師だ。その稼ぎでその分くらいは賄える。


それに昼の間は出前専門って形で教師陣にはかなり注文も入ってるし、むしろ儲けはプラスだよ」


「なのに、どうして人が少ないんですか?」


「味はいいんだが、宣伝をほとんどしないんだよ。


この店はあいつの道楽であり、ライフワークみたいなもんでな。


美味いラーメンを他人に食べさせたいんだが、口下手で人と話すのが苦手な変わり者さ」


「へぇ……」


「まぁ、お前ほどではないか」


「え……ど、どういうことですかそれ?」


「お前が俺の知る限り一番変な学生だってことだよ」



そ、そんなに? ちょっとショック……



「きゅう……」


「お前、それ遠まわしに僕が変って認めてるってことか?」



同情する感じで僕の肩にをポンポン叩くシャチホコ。


え、そんなに? そんなに僕変?



「エリクシル……お前欲しかったんじゃないのか?」


「……あー……先生は僕の事情知ってます?」


「色々あった後でな……なのに、どうして今日そのチャンスを見逃した?」


「見逃したって…………え、見てたんですかっ!?」


「あの課題の判定は学長の独断と偏見だからな……魔法で監視してたんだよ。悪いとは思うが、俺もそれを見ていた」


「う、うおおぉぉぉぉぉぉ……!」



なんか凄い恥ずかしい。


ハグとか見られてないと思ったからできたのに……!



「あれがあればお前の命は助かったのかもしれないんだぞ」



真剣なその言葉に、僕は先生の方に顔を向けた。


そこにあったのはとても神妙な面持ちの先生がいた。



「それはそうかもしれませんけど……」


「けど……なんだ?」


「たぶん、僕……あのまま英里佳と…………その……そういうことしてたら、後悔することになったと思うんですよね」


「今はしてないのか?」


「ええ、まぁ全然」



素直にそう答えると、武中先生はなにやら悩まし気に目元を押えてうつむいた。



「………………ふぅ、銀治、灰皿くれ」


「……うちは禁煙だ」


「ああ、そうだったな、すまん」



代わりとでもいうかのように、出されたお冷を口につけて一気に飲み干した。



「…………その、だな」

「はい」


「お前は、自分の命をもっと大事にしようとかは思わないのか?」


「え……いやいや、大事にしてますよ。


凄く大事にしてますよ、僕」



英里佳にも言われたけど、そんなに僕、命知らず見えるのかな……?



「もし命が大事だというのなら、あそこは普通にエリクシルを選ぶはずだろ」


「それは……まぁ、そういう意見の人もいるかもしれませんけど」


「かもじゃなくて、世間一般ではそうなんだ」


「そんな…………じゃあ、先生はあの時、僕が英里佳とするのが正しいっていうんですか?」


「それは…………その」



言いよどむ先生を見て、僕は少しばかりムッとしてしまう。



「僕は、英里佳を利用するようなことはしたくないんです。


エリクシルは……まぁ、低いですけど攻略を進めていけばまた手に入るかもしれないけど、女の子の初めてって大事にすべきだと僕は思いますし……英里佳にも大事にして欲しいんです」


「お前の言っていることは正しいが、それがどれだけ非現実的なのか理解してるのか?


お前がしようとしていることは、可能性が0じゃないというだけで、1%があるかも怪しいような挑戦なんだぞ」


「そんなことわかってます」


「いいや、わかってない」


「ちゃんとわかってます。


だけど僕は……やっぱり僕は、自分の力で……エリクシルを手に入れたいんです」



僕もお冷を一口含んで喉を潤す。



「誰かから恵んでもらうんじゃなく、誰かを犠牲にするでもなく、ちゃんと、自分で苦労して、自分で怪我して、自分でエリクシルを手に入れたいんです」


「……だが、お前は」


「先生の言いたいことはわかります。


僕は非力で、一人じゃ何もできない……そんな僕に両親が何かしら頑張ってくれたんだってことくらいは理解はしてます。


それに報いたいって気持ちも持ってますし、将来親孝行したいですよ。


だけど……さんざん家族に迷惑かけて生きてきたのに、他人に……英里佳に負担かけるようなことしたら……僕は昔と何も変わらないじゃないですか。


そんなの嫌です。


僕は一人で色んなことができるように……もう昔とは違うって胸を張って生きられるようになりたかったから、ここに来たんです」


「……歌丸」


「すいません、心配してもらってるのに生意気なこと言って」



頭を下げると、ポンと軽く僕の肩に手が置かれた。



「いや、いい。俺こそちょっとお節介だった。


お前が後悔してないっていうなら……これ以上俺が口を挟むのは野暮ってものだ」


「すいません」


「謝るな、お前の言っていることは間違いじゃねぇ。


お前はお前なりに、後悔しない選択をしただけだろう」


「はい」



後悔はしない。


少なくともこの学園に来てから今日まで、僕は自分のやって来たことに後悔なんてしたことはなく、常に一番正しいと思う道を選んできたつもりだ。



「……へい、おまち」



そうこうしている内に、峯田店長がラーメンを持ってきた。


大きなチャーシューと背油がたっぷりレンゲに盛られた、ボリューム満点のラーメンだった。



「すっげぇ……ラーメンってこんな太い麺あったんだ」



割りばしで持ち上げてみると、うどんじゃないかと思うくらいに太い麺だった。


こんなラーメン食べるの初めてだ。



「きゅぅ」



僕のラーメンを見ていたシャチホコが物欲しげに鳴くと、僕の目の前に小さな丼に盛られた同じラーメンが出てきた。



「……ほれ」


「これ、シャチホコの分ですか?」


「ん」


「きゅう!」



峯田店長が頷くと、シャチホコは嬉しそうに声をあげて僕の膝の上からカウンターの上に乗ろうとする。



「あ、こら待て待て、せめて足拭いてからな」



卓の上には使い捨てのウェットティッシュがあったので、それでシャチホコの脚を拭いてやる。



「歌丸、一つお前に忠告しておくぞ」


「え、あ、はいなんですか?」



先生は割りばしを割って、こちらを見ずにこう云った。



「お前が後悔しなくても、別の誰かが後悔することもあるんだぞ」


「それは、どういう……?」


「言葉通りでそれ以上の意味はない。


いいからさっさと食べろ、熱いうちに食うのが一番美味いんだ」



武中先生はまだ湯気が立ち上るラーメンに箸を突っ込んで勢いよく食べ始める。


シャチホコの方は脚を拭き終わるとカウンターの上で頭から丼に突っ込んで食べ始める。



――別の誰かが後悔することもある



その言葉が、妙に僕の胸に引っかかったような気がした。



「……美味い」



だけどそんな疑問も、食べたラーメンと一緒に一気に飲み込んで、僕はただ一心不乱にラーメンをすするのであった。





額に汗をかきながら夢中でラーメンを食べる教え子を横目で見て、武中幸人は考える。



(ちょっと贔屓し過ぎたか)



このラーメン屋に生徒を連れてきたのは、たぶん歌丸が初めてだ。


店の場所を教えたことはあったが、一緒に来たのは歌丸だけだった。


自分でも意外なほど、武中は歌丸のことを意識していたのだ。



(そもそも、この迷宮学園で死ぬかどうかなんて問題はこいつだけに決まった話じゃない)



迷宮学園では毎年学生が死ぬ。


教師を含む大人たちが頑張ったところで毎年世界全体で少なくない人数の学生たちが死んでいくのだ。


だから歌丸のことばかり気にしてはいられないのだ。


そもそも……



「ん」


「……頼んでないぞ?」



出てきたのは餃子だった。



「祝いだ」


「は?」



峯田銀治は元から言葉数が少なくても昔から知っている武中は理解できた。


だが、今回ばかりは彼が何を言っているのかよくわからなかった。



「ようやく……らしくなってきた」



そういって、何事もなかったかのように厨房に設置されている椅子に座って新聞を広げる。


それ以上の説明などする気もない様子から、言いたいことは言い切ったということなのだろう。


そして武中の経験則から言って峯田は口数が少ないだけで言葉足らずというわけでもなく、言いたいことははっきりと伝えているということで……



「ふぅ……教師も楽じゃねぇな」



苦笑を浮かべつつ、餃子1つ食べる。


口の中に肉汁とニンニクとニラの風味が広がり、食欲を刺激する。



「きゅうきゅう!」


「あ、こら、人の皿を狙うな」


「構わねぇよ。お前らも食べろ」



美味しいラーメンと、たまの贅沢で頼む餃子の味。


慣れた味のはずなのだが、武中にはなぜか今日の味が印象的に思えてしまうのであった。

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