第32話 据え膳されても自重しよう。

徐々に灯りが赤っぽくなって、海がオレンジ色に染まっているかのように見えた。



「波があると泳ぎづらいわね……というか榎並、あんた慣れてるわね海泳ぐの」

「うん、冬の海で訓練した時に比べればこのくらいは全然」



二人は並んで海から上がってきながらそんな会話をしているが、もう君ら普通にオリンピックとかで活躍できんじゃね? ってくらい速かった。


課題は終盤に移り、必修は全部こなした。


今三上さんと英里佳がやっているのはクリアすると筋力の能力値をほんのちょっと補正してくれるという課題のひとつだ。


もっとも、そんな体力のない僕を始め苅澤さんと日暮くんは砂浜で座って休憩していたのだが。


必修も終わったし、美味い特典つきの課題はほとんどやりつくされた。


各人が個人の能力に見合った課題をこなし、出来るものがなくなった者は休憩か、海で遊ぶという流れに入っている。



「残りの課題で上手いのなんて……やっぱ霊薬ッスかねぇ」



リストを見ながらそんなことを呟いたのは隣で座っている日暮くんだった。



 霊薬エリクシル



この激レアアイテム欲しさに、砂浜を見渡せばいちゃついているように見えなくもない男女のペアが見受けられるが……どうにもぎこちない気がする。


アイテム欲しさの急造カップルなのだろう。


学長も性根が腐っているから、そういう見せかけだけのラブチュッチュ(笑)では霊薬を渡すつもりはないらしい。


まぁ、この場で一緒に行動していても所詮そんなのは物欲からくるもので、とても青春っぽいとは思えないしなぁ……



「歌丸くん、やっぱりエリクシル欲しいの?」


「え?」



顔をあげると至近距離に英里佳の顔があった。


海から上がったばっかりだから濡れた髪と頬を伝って落ちる水滴が色っぽく見えてドキリとさせられる。



「あ、いや、その……」



なんて聞かれたのか、質問の内容が吹っ飛び、僕は顔が熱くなるのを感じながら視線を彷徨わせる。



「なんかリスト見るたびにずっとそれ見てたし」



「え……あ、ぁ~あーあー……うん、まぁ、欲しくない人はいないとは思うけど……なんか無理そうだし」



僕の視線につられて英里佳も周囲を見る。


すると英里佳も急造カップルの存在に気が付いたようで、まだ誰もエリクシルを手に入れていない状況に納得した。



「エリクシルのリストに先着人数は乗ってない。


条件をクリアした人全員に渡す……とかじゃなくて、単なる嫌がらせで初めから誰にも渡す気がないのかもしれないよ」


「いくらなんでもそこまで意地の悪いことは………………するね、あのドラゴン」



教育的指導と称してラプトルをけしかけるような奴だ。


十分に考えられる。


――頭ではそう、理解しているのだけど……


どうにも、僕はこのエリクシルという単語を何度も目で追ってしまう。


眼からなんか出ているのなら、とっくにプリントに穴が空いているだろうって思うくらいに見ていた。


ふと、そんな僕の視線に小さな白い手が入ってきた。



「でも、せっかくだから挑戦してみない?」



英里佳は少しばかり照れたように顔を赤らめながら、僕に手を差し伸べてくれた。


その言葉が何を意味するのか僕はすぐに理解できず、ぼんやりとしてからゆっくりと意味を頭の中で反芻してようやく飲み込む。



「えっと…………それって……つまり」



まわりの急造カップルみたいなことを僕たちでするってこと?


周りを見渡せば、手をつないで一緒に歩いたり、それどころか腕を組んで密着している連中もいる。


あ、あれを……僕と英里佳で……!



「~~~~っ!」



途端に、顔から火が出るのではないかと思うくらい熱くなってきた。


あれ、おかしいな?


さっきの妄想のほうがもっと派手に密着してたはずなのになんでこんなに動揺してんだ僕っ!?



「う、歌丸……くん?」



「あ……う、うん……それじゃあ……その…………よろしく、お願いします」



僕は英里佳の手を取ってその場で立ち上がる。



「きゅう」



いつの間にか足元にいたシャチホコ。


その小さな手を握って前に突き出し、親指を立てる。


なんだその「頑張れよ旦那ぁ!」的な感じのポーズ



「リア充爆発しろッス」



背後から日暮くんの怨念交じりの声を受ける。



「ち、違うよ、これはその、ただ課題のために、だから、その……!」


「そ、そうそう、英里佳の言う通り、か、課題であって、その……ねぇ!」


「う、うん、そうだよね!」


「そうそうそう、うんうん!!」



もう何が「うん」なのかわからず、僕と英里佳は顔をお互いに赤くしながら頷きあう。



「日暮、バーベキューで使ったゴミ片付けるわよ」


「え? 別にそのままで良くないッスか? ここどうせ迷宮ッスよ」


「迷宮だからよ。


残したゴミを中にいた生物が食べて、変な進化したって事例もあるんだから。


それに後片付けはバーベキューのマナーよ。さっさと来なさい」


「へーいッス」



面倒くさそうにコンロの方に歩いていく日暮くん。



「片付けは私たちでやってるから、二人は課題やってきなよ」



苅澤さんにそう促されて、僕たちはお互いに顔を見合わせて頷いた。



「あの……えっと……それじゃあ」

「……う、うん……じゃあ、あとお願い」





「あの二人、やっぱ付き合ってんッスか?」



とても照れた様子で、ぎこちなく砂浜を並んで歩き出す歌丸と英里佳を見送りながら、日暮はバーベキューセットを片付けている詩織に尋ねた。



「やっぱり傍から見たらそう見えるわよね、普通」


「だよね……」



正直なことを言えば、あの二人の関係性には詩織も紗々芽ももどかしさを感じていたのだ。


スキルを使うためとはいえ、しょっちゅう手をつなぐし、肩に手を置く、怪我の確認のために顔を近づけるなどスキンシップが目立つ。


親密な間柄でこそ成立するものであるが、あの二人はどうにもお互いを異性として意識していない節があった。



「歌丸はどうだか知らないけど……榎並の方は明らかに人との触れ合いに飢えていたから、異性相手の距離感ってものをよく理解してなかったのかもしれないわね」


「だよね……まぁ、歌丸くんもそれを普通に受け入れちゃってたのも原因かもしれないけど……


でも今日はすごく動揺してるよね」



リアクションは大きいが、普段結構飄々としている歌丸がああもテンパっているのは珍しい。


だから先ほどの態度に疑問を抱く。



「あー、それはあれッスよ。水着効果ッスね。


あいつも今回の水着で榎並さんのこと改めて異性として意識したんじゃないッスか?」


「なるほど……単純だけど一理あるわね。


結局あいつも、一応は男ってことね」


「一応はひどすぎるよ……歌丸くん、普段はちょっとアレだけど、男らしいところあると思うよ」



フォローしているつもりなのだろうが、サラッと貶している紗々芽であった。





英里佳と砂浜を一緒に歩いていく。


とりあえず今は手をつないでいる。


普段からしょっちゅうつなぐけど、改めて意識してみるととても落ち着かない。


なんとなしに視線を海の方に向けてしまう。



「……綺麗だね」


「え!?」


「――海」


「あ、ああ、うん、そうだね、そうだよね!」


「英里佳の実家って海の近く?


さっき海で訓練してたとか言ってたけど」


「えっと……言うほど近くではないけど……駅を二つ行けばすぐに行ける場所だったかな。


冬の海を何度も泳いで、焚火で体をあっためてまた泳ぐっていう風に繰り返すの」


「ス、スパルタだね……」



僕だったら確実に心臓麻痺してるよそんな訓練。



「歌丸くんの住んでた山形県にも、海はあるよね?」


「うん、あるよ。だけど僕が住んでいたのは内陸側だから地元に海はなかったかな。


あるのは川と田んぼくらいで、この学園に来るまで本物の海を見たことは一度もなかったんだ」


「郊外だったの?」


「実家は……まぁ、一応住宅街だったよ」


「じゃあ夏は川遊びとか?」


「川かぁ……夏には行ったことないかも。むしろ秋だね、川は」


「秋? 夏じゃなくて……?」


「うん。夏よりは秋の方が人も多かったよ。


ほら、知らない? 芋煮会とか、秋になると河川敷でよくやるんだけど」


「へぇ……青森じゃちょっと聞かないかな」


「そうなの? 全国ニュースにもなるくらい凄いんだよ、デッカイ鍋に何十何百人分ってくらいの材料入れて、重機で混ぜて作るんだ」


「重機で……凄いんだね。そんなに人集まるの?」


「もちろん。


芋煮が好きな人は多いからね、小さい規模の芋煮会でも、開くってなったら雨の日でも橋の下陣取って開催するものだし」


「歌丸くんも芋煮好きなの?」


「まぁね。家族の中では父さんが特に大好きでさ、何杯お代わり食べて母さんや妹から怒られてたっけ」


「っ…………」


「英里佳? どうしたの急に?」


「う、ううん、なんでもない。


その……妹さん、いたんだね」


「うん、僕と違ってすごくできた妹でさ。去年の秋ごろから中学の生徒会長とかやってるんだ。


来年入学してくるんだけど『私が入学するまで無茶しちゃだめだよ、絶対に駄目だよ、絶対に!』って何度も念押しされちゃった」


「ふふっ……じゃあ、来年は歌丸くん妹さんにすごく怒られちゃうかもね」



確かに、怒られそうな理由がチラホラと……とくに入学式とその翌日とか……



「あ~……できれば内密に」


「大丈夫だよ。もしバレたときも私がフォローするから」


「うん、その時はよろしく」



他愛もない会話をしながら砂浜をゆっくり歩いていく。


そんな何でもないことが、とても僕の胸に充足感を与えてくれた。



「って……なんかいつの間にか人気のないところまで来ちゃったね」



周囲を見回すと人気がほとんど……というか全くない。


砂浜というよりも岩場っぽい場所だ。



「あー……なんか暗くなってきたし、そろそろ戻ろっか」



時計はこの場に無いが、周囲の明るさを見るともう日が沈んでしまいそうな時間なのだろう。


そうなればもうラブチュッチュという課題も時間切れだ。



「ま、待って……まだその……ラブ……というか、恋人っぽいことしてないよね?」


「それは……そうだけど…………」


「エリクシル、欲しいなら……その、とりあえず続けてみない? まだ時間あるし」


「えっと……じゃあ、そうだね…………でも、他に何すればいいんだろ……」



現状、僕と英里佳は腕を組んで歩いているのだ。


手をつなぐから、歩いている途中で割と自然な感じ(?)でそちらに移行している。


しかし、改めて考えてみるとこれくらいならまだほかのカップルたちもやっていたな。



「えっと……その…………ハグ、とか?」


「……ハグ、かな」



ハグ……つまり抱き合うってことだよね。


海外では挨拶でよくやるらしいけど、なんかハードルが高い気がする……



「「…………」」



僕たちは無言で組んでいた手を放し、お互いに向き合う。


英里佳の顔がとても赤いのは、おそらく周囲の光のせいだけではないのだろう。



「ど、どうぞっ」



英里佳が両手を広げてそういった。



「お、おじゃまします(?)」



自分でも何を言っているのかよくわからないくらい混乱しながらも、僕はその場から一歩前に踏み出して英里佳にハグをする。


小柄な英里佳は僕の腕の中におさまって、なんだかとてもしっくりくる。


互いに背中に手を回す形となり、体を密着させる。


今は僕は上半身裸で、英里佳も水着だから肌の触れ合うところがとても大きく、互いの体温を直で感じ取れた。


全員の体温が上がっていく。なのになんだかとっても気持ちが安らぐ。


なんだろうこれ、なんなんだろうこれ?



どれくらい、互いに抱き合っていたのだろうか?



「な、なんにも……おきないね」


「そ、そうだね……」



ゆっくりといったん離れる。


なんかもう顔が熱すぎて英里佳の方を見れない。


とりあえず気を紛らわすためにポケットに入れていたリストを見た。



「……やっぱり、これでも駄目か」



ハグでは条件は未達成ということらしい。


まだ誰も未達のようだが……あと他に可能性があるものなんて……



「――キス、とか」


「ふぁっ!?」



僕の考えを先読みしたようなつぶやきが聞こえて、僕はすぐさまそちらを見た。


というか、この場で僕以外に言葉を発する者など、英里佳以外に誰もいない。



「あ、その、ほら……らぶちゅっちゅって……その……やっぱり、そういうことじゃないのかなぁって……」


「え、あ、うぅ~……あー……確かに、そうかも……しれないけど」



この文章の表現、単なる煽りじゃなくて字面通りのことをしろってことだったのか?



「いやだけど……いくらなんでもそこまでしなくても……」


「そうかな? その……むしろそれでエリクシルが手に入るのなら安いくらいだと思うけど……」



資本主義的にはそうかもしれないけれども……!



「いや、そうじゃなくて……そういうことはもっとこう、大事にすべきというか……英里佳は嫌じゃないの?」


「だけど、歌丸くんはエリクシルが欲しいんでしょ?」


「いや、そうだけど……そういう話じゃ……」


「私は、歌丸くんにすごく助けられて……君がいなかったらもう死んでいたのかもしれない」


「……英里佳」


「だから、そのためだったら私は全然平気だよ」



確かに……正直ここを逃せば、次にエリクシルが手に入るという保証はない。


もしかしたらこれが最初で最後のチャンスなのかもしれない。



――そう思うと、僕は英里佳の肩を掴んで引き寄せていた。



「英里佳…………眼、瞑ってて」


「…………うん」



僕の言葉に従って目を閉じ、そして少しだけ顔を上にあげたままじっとしてくれる。


以前にも思ったが、綺麗な顔だ。


顔を隅々まで見ていて、そして最後にその薄紅色の唇に視線が置かれる。



ドクンドクンと、先ほど以上に心臓の鼓動が早くなり、今にも胸の中から飛び出してしまいそうだ。



「ふぅ……はぁ……ふぅ……」



や、やばい……変に緊張してきた。


呼吸が荒くなり、手が震えてきて、嫌な汗をかき始める。


お、おちつくんだ歌丸連理! キスくらいなんだ! 欧米じゃ挨拶だ!


あ、でも正確にはかなり親密な相手に限定されるんだっけ!


じゃあアウトじゃねっ!?


いやしかし、今まさに英里佳からOKをもらったのだから問題はないのか!


これでエリクシルも手に入る上に英里佳とキスできるとか一度に二度おいしいというか、もういいこと三昧というか、もう僕幸せ過ぎて近いうち死ぬんじゃね?



「じ、じゃあ……いくよっ」


「うん」



僕はゆっくりと顔を近づけてた。


そのきれいな肌が眼前に迫って、甘い匂いが鼻腔を突く。


その匂いでさらに心臓の鼓動が激しくなって顔が熱くなる。


そしてとうとう、今にも顔がぶつかるような距離になって……英里佳の唇に狙いを定め――――




「――――だあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



堪らず海の中に頭から飛び込んだ。



「え、あの……う、歌丸くんっ!?」



「ああああああああああばばぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼおおおおお!!!!」



水の中でとにかく絶叫した。


海の中で音がよく聞こえなくなったが、それでも僕はただただ全力で叫ぶ。


そうやって息が苦しくなってから、ようやく顔をあげた。



「――ぅ、げほっごほっえほがはっ……はぁ、はぁ、はぁ!!」



ちょっと海水を飲んでむせてしまった。



「歌丸くん、あの……急にどうしたの?」


「ど、どうしたもこうしたもないよぁ!


もう全然訳がわかんないよぉ!!」


「え、えぇ……」


「何戸惑ってんのぉ! むしろ戸惑ってるのは僕の方、僕が今一番戸惑ってんのぉ!!」


「あの、とにかくいったん落ち着いて……!」


「これが落ち着いていられますかぁあぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼおぉぉぉ!!!!」


「う、歌丸くんっ!?」



再び頭を海に突っ込んで絶叫する僕。


英里佳はそんな僕を浜から引き吊り出して落ち着くように何度も声を掛けてくれて……そして、僕が落ち着いた時にはもう光が消えて時刻は夜となったのだった。



「なんかゴメン」



砂浜で体育座りして先ほどの自分の奇行を止めてくれた英里佳に謝罪する。



「別にいいんだけど……その、どうしたの急に?」


「それは……その…………なんと言ったらいいか……」


「…………もしかして……私とじゃ嫌だ」「そんなことは無いッ!!」



自分でもビックリするほどはっきりと声が出た。



「むしろ僕としてはお金払ってでもしたいくらいだよっ!」



そして勢い余って余計なことまでついて出た。



「…………あの、それ、どういう」



追求される前に、僕は眼前の海に向かう。



「……ごめん、もうちょっと頭を冷やす」


「お、落ち着いて、流石に話が進まないから!」


「じゃあ“むしろ”から先の部分は忘れてください」


「わかった……わかったから落ち着いて。


……じゃあ、どうしてその…………キス、しなかったの?


嫌じゃなくて……そのうえでエリクシルだって手に入ったかもしれないのに……」


「それは…………その……ちょっと自分でもよくわかんない」


「わからないって……エリクシル、欲しかったんじゃないの?」


「うん、欲しいよ。心から欲しいと思った。


それは嘘じゃない。


だけど…………今は、それと同じか、それ以上に…………英里佳を……その、たぶん僕は、利用するみたいな真似はしたくなかった」


「私は別に気にしないよ」


「僕が気にするんだ。


それにさ…………やっぱり、キスとかそういうのって、もっと女の子は大事にするべきだと思うというか……その……えーっと、なんて言えば………………ああ、そうだっ」



自分がなんて言いたいのか、その言葉が見つかった。



「僕は、英里佳にもっと自分を大事にして欲しい」


「自分を……大事に?」


「うん、そう。英里佳はもっと、自分を大事にすべきだよ。


いや、しないといけないと思う。


英里佳、すごく可愛いんだからもっとこう意識を高く持たないと駄目だって」


「――ぷ、ふふっ」



なんか急に笑われた。



「……あれ、あの……英里佳?」


「あ、ごめんなさい……でも、なんだかおかしくて」


「えっと……そんなに変なこと言ったかな?」


「だって、歌丸くんいっつも無茶してるでしょ?


歌丸くんこそ、もっと自分を大事にすべきだよ」


「いや、僕すごく自分を大事にしてるってば」


「本当に?」


「本当本当。マジ僕自分超大好きッ子のナルシストだし」


「流石にそれは言い過ぎだよ。


……もう課題はできそうにないし、みんなのところに戻ろっか」



英里佳は立ち上がって、僕に手を差し伸べてくれた。


僕はその手を取って立ち上がる。


その手はすぐに放したが、ここに来る前よりも英里佳との距離がなんとなく縮まったような気がした。



「でも、本当にエリクシルはよかったの?」


「もったいない気はするけど、良いよ別に。


迷宮を攻略してれば、また手に入る可能性はあるかもしれないし……それに」


「それに?」


「……いや、なんでもないよ。


別に大した問題じゃないからね」





「――エックセレッッッット!!!」



目の前に映った一連の歌丸と英里佳のやり取りを見ていたドラゴンの学長は、その場で立ち上がって届くことはないにも関わらず盛大に拍手を送っていた。



「予定とは異なりますが、これはこれで素晴らしい、いえいえ、想像以上に青春してますよ歌丸くん!


やはり彼は逸材ですよ!! ねぇ武中先生!!」



トカゲ顔でも分かるほどに笑顔を浮かべて大興奮の学長


それとは対照的に、後ろで同じく見ていた担任である武中幸人たけなかゆきとの表情は暗い。



「……あいつは……なんで……」


「立派ではないですか! 自分のことより他人を優先する!


なかなかできることではありませんよ! それも愛故に、ですね!!


本人に自覚があるかは怪しいので本来の趣旨とは若干異なりますが、大満足ですよ私は! これはもう、他の学長に自慢したいくらいの青春です!」



鬱陶しいくらいに大声で叫び、狭い部屋の中を歩き回る学長


興奮が収まらないようだ。


そして、そんな学長に見られているとも知らない歌丸は映像の中で小声で、隣にいる英里佳にも聞こえないくらい小さな声でつぶやいた音声が拾われる。



『――どうせ無くても、すぐ死ぬわけじゃないしね』

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