第31話 命短し青いぜ少年
「モソモソの麺と生焼け野菜の焼きそば……塩味の濃い魚に貝……温い麦茶……そうか、これがバーベキューか」
「焼きそばは失敗作だけど魚や貝は美味しいわよ?」
「バターとか醤油は欲しかったね、焼きそばは残念だけど」
「まずい……とは言わないけど、取り立てて美味しくもないね、焼きそば」
「きゅう、きゅきゅきゅきゅう!」
「こんなの野菜への冒涜だ!」とその小さな足で砂浜に地団太を踏むシャチホコ。
どうにもこの焼きそばにはとても不満があるらしい。
「ごめんなさいッス。謝るし全部俺が処理するんでこっち向いて欲しいッス」
失敗焼きそばを作った本人である日暮くんは砂浜の上で土下座を敢行。
まぁ、あれだけ大見え切ってこの出来ではさすがに……ねぇ?
正直僕が作ってた方がまだマシだったと思う。
「気分治しにスイカでも食べましょ。
とりあえず歌丸、さっさと割りなさい」
「え、僕?」
スイカ割を達成した場合に手に入るのは近接系の武器っぽいのだが……
「私と榎並より、あんたの火力不足を解消した方がいいでしょ。
合わなかったら別の人に渡すか、最悪売ればいいだけの話だし」
「なるほど……よし、それじゃあ出すよ」
学生証のアイテムストレージからスイカを選択。
すると目の前の砂浜に小振りだが丸々一つのスイカが出現した。
「えっと……棒は僕の槍を代わりに使うとして、目隠しは……」
「アンタのシャツでいいでしょ、他に布ないし」
「それもそう――――」
アイテムストレージからシャツを出そうとして僕は指が止まる。
この場合……どっちを出せばいい?
三上さんが着たワイシャツと、英里佳が着たTシャツ。
いや、本来ならどっちかとか考える以前に別の選択肢を考えるべきなのだろうが、それは意識し過ぎというものか?
そもそも提案したのは三上さんだし……いやいや、彼女もそこまで考えていないのか?
セクハラにならない? いや問題ない。
この場合は不可抗力だし、気が付かなければいいのだ。
男としてここは贅沢な選択肢が二つあるのだと思えばいい。
三上さんが着たワイシャツを着るということは、つまり間接的にあのグラマラスボディに触れられるということで、さらにその残り香も堪能できるということだ。
なんという夢のような体験だ。
いやだが……なんだかそれなら英里佳の来ていたTシャツにも魅力を感じる気がする。
むしろ顔にシャツを巻けと言われてこの場合選択肢としては妥当なのはTシャツなのか?
ワイシャツの場合素材的に不自然だし……もしかして僕がそういう目的で選んだと言われて後で怒られる可能性も……
だがしかし、消去法でTシャツを選ぶというのももったいないし……
「急に固まってどうしたのよ?」
「にゃ――にゃ、んんっ……なんでもないよ?」
「声上擦ってるわよ」
「気のせいです」
「まぁいいわ、いいからさっさと……何よ紗々芽?」
「あの、ちょっと……」
何やら横から苅澤さんが三上さんに耳打ちをする。
すると、三上さんは若干顔を赤くしてこちらを睨む。
「…………歌丸」
僕は学生証に触れようとした手を直前で戻す。
「未遂だから、何にもやってないから。踏みとどまったから。
だけどごめんなさい」
「……まぁいいわ。
とにかく、何か他のものを……」
他に何か目隠しになるものは無いかと周囲を探すが、近くに代用できそうなものはない。
「よくわからないけど……シャツが目隠しに使えないなら私が歌丸くんの目を手で塞ぐのは駄目?」
そう提案してきたのは英里佳だった。
……手で目隠し……だと……
それはつまり…………僕の背中に英里佳が密着するということでは……!?
僕は特別大きな身長というわけではないが、それでも英里佳との身長差は結構ある。
そんな僕の目を手で塞ぐとなると、必然的に距離を近づける必要があるわけで……!
『歌丸くん、大丈夫、しっかり隠れてる?』
『あーいやー、少し隙間から見えちゃうかなー』
『じゃあ、こう?』
――むぎゅう~
『うんうん、そうそう、だけどもう少し安定感欲しいかもー』
『じゃあ……こう?』
――むぎゅぎゅ~
『おっけーおっけー』
『ほら、歌丸くんスイカは真っ直ぐだよ』
『えっとー、こっちかなー?』
『あ、違うよもう、歌丸くんたらおっちょこちょいさん♪』
『あはは、ごめんごめーん…………ぐへっ、ぐへへへへへへへへっ』
「――歌丸くん?」
「へへ……はっ!」
「急にぼうっとしてどうしたの?」
「な、なんでもないひょ!!」
やべっ、噛んだ!
なんか冷たい視線を三上さんがこちらに向けて来てるんだけど!
「……日暮、目隠しはアンタがしなさい」
「「えぇ!?」」
「文句あんの?」
「「なんでもないッス」」
思わず僕まで同じ喋り方をしてしまった。
く、くっそう……! 女の子とのドキドキ密着チャンスが……!
そんなこんなで…………
テレレテッテッテー!
歌丸は 打撃昆 を 入手 した。
割るまでの過程については特に語るようなことはなにもなかったので割愛する。
「木刀かと思ったけど、たんなる角材だったとは……」
スイカを割った途端に目の前に出現した打撃昆
一応持ち手っぽいものはあるのだが、全体的に持ち手から先端に向かって太くなっているだけの木の棒だ。
メイスっぽい感じかもしれない。
四角形に尖っていて、この角の方で殴られると痛そうだ。
「ん?」
持った瞬間になんか妙な感覚がする。
不快という訳ではないのだが、なんか慣れない感覚が……
「歌丸、その武器を持ったままスキルを確認してみなさい」
「あ、うんわかった」
三上さんに言われるがままスキルを確認してみると、先ほど習得したものとは別に見覚えのないスキルがあった。
「パワーストライク……?」
本来僕のツリーダイアグラムには存在しないはずの、攻撃系のスキルをなぜか僕が修得していた。
「やっぱりね……レアな武器の中には単純に性能が高いだけじゃなくて、装備した人にスキルを一つ習得させられるものがあるの。
その打撃昆はその一つ。
装備するだけでスキルを一つ覚えられるわ」
「凄いねそれ、ちょっと使ってみてもいい?」
「離れて使いなさいよ」
「うんっ」
許可をもらったことで、僕はその場から少しだけ離れて打撃昆を野球のバッターのように構えた。
「パワーストライク!」
スキルの発動条件はその名前を口に出して動作するだけ。
熟練度が上がれば名前を口にしなくてもいいし、通常とは違う動作でも発動できるようになるらしい。
まぁ、今は置いておいて……僕の振るった割砕昆は淡く赤い光を発して僕の腕に力がみなぎってくる。
その状態で振るった打撃昆は空気を豪快に斬り裂き、そしてその衝撃で周囲の砂がドシャアっと大量に吹き飛んでいく。
「――とぉ、っとっと……!」
振るった勢いで転びそうになったが、どうにか踏ん張った。
「パワーストライク
本来戦士系の職業ならすぐに覚えられるスキルだけど、剣を使う場合は使用ができないの。
昆虫みたいな固い甲殻を持つ
こちらにやって来た三上さんがそう説明してから、僕の肩に手を置く。
「それまでしっかり練習しておきなさい。
あんたもアタッカーとして頑張ってもらうんだからね」
「…………! うん、任せてよ!」
すごく嬉しかった。
僕も戦える。
迷宮でしっかりとした役目を与えられる。
本当に僕はそれがたまらなく嬉しくて、思わず顔がにやけてしまう。
「熟練度が上がっていけば打撃昆無しでもスキルを使えるようになるはずだから、とにかく数をこなして…………ちょっと聞いてる?」
「もちろんっ! とにかく練習でしょ!
ちょっと素振りしてるから、みんなはスイカ食べててよ!」
「そ、そう? 無理するんじゃないわよ」
三上さんが離れていき、僕はすぐさま打撃昆を振る。
とにかく振る。何度でも振る。数は数えないが、振る度に体がどんなふうに動いているのかを考えながら振り、目の前にゴブリンとかウルフとかがいることを想定して振るう。
それがなんだかとても楽しかった。
■
「なんか、凄い夢中に振るってるわね。
あんな調子で体力持つのかしら? まだ課題残ってるのに」
「気の済むまでやらせてあげたらいいんじゃないかな?
歌丸くん、とっても楽しそうだし」
「そうね。まぁ、ほどほどのところでやめさせましょ。
…………それにしてもほんとに凄く楽しそうに素振りするわね、あいつ」
ふざけているわけではないのはわかるが、遠目から見てもわかるほど破顔したその顔からは楽しさがにじみ出ている。
ただの素振りなのに、楽しくて楽しくてしょうがないという感情が全身からあふれ出ているかのようだ。
「……そういえば、昔、私も初めて剣の練習した日はあんな感じだったわね」
迷宮を攻略するための使命。
人類全体にとっても崇高なその役目を、まだ完全に把握していなかった幼き日の自分が一生懸命に訓練に打ち込んだのは、まだ見ぬ冒険に胸を躍らせていたからだった。
今の歌丸を見ていると、そんなかつての自分を思い出す。
「……三上さんは、迷宮攻略を楽しいって思ってる?」
「何よ藪から棒に?」
「どうなの?」
英里佳のその問いに、詩織は少しばかり考えてから答える。
「そんなこと考えるの不謹慎よ。
今日みたいな迷宮なら、まぁ楽しいけど、普段からそんな浮ついた気持ちで迷宮攻略なんてやらないわよ」
「そうだよね……上層でも命がかかってるわけだし……楽しんでる余裕とかはないかな」
詩織の言葉に紗々芽も同意する。
それが普通なのだ。
「迷宮楽しむとか絶対に無理ッスよ。
暗いし狭いし、怖いしで息苦しくて本当に無理ッス」
誰も聞いてもいないのにそう答える
「でも……歌丸くんはすごく楽しいって言ってたんだ」
「「あー……」」
思わず納得。というよりも、今も素振りをしている姿を見ればだいたい察しがつくというものだ。
「あいつ頭のネジ外れてないッスか?」
「不本意ながら、それには同意するわ」
「不本意?」
聞き返す日暮の言葉をスルーして詩織は歌丸を見る。
「でも……あいつ、迷宮攻略への意欲の強さは本物なのよね。
それは私も認めてるわ」
迷宮攻略にかける熱意。
現時点で戦闘力は低く、個人ではろくに戦うこともできない歌丸は迷宮の奥を目指している。
それがどれだけ無謀な挑戦であるか本人もわかってはいる。しかし本人はそれを恐れず、楽しいと来たらもう頭がおかしいとしか言いようがない。
「……あいつ、何のために迷宮潜ってんッスかねぇ」
誰にも相手にされないと悟って歌丸を見ていた日暮がぼそりとそんなことを呟いた。
何か目的はあるのは確実だろう。
だが、どうにも歌丸はその詳細を話そうとはしなかった。
「榎並、あんたは何か聞いてないの?」
「…………ううん、知らない」
いや、正確には訊かないのだ。
聞けば、なんとなく英里佳も自分のことを話さなければならない気がして……そしてその理由を歌丸に知られるのを英里佳は恐れてもいたのだ。
だから、踏み込めない。
お互いに気を置けない関係にはなってきているが、まだ互いに踏み込めないでいる一線というものが存在していたのだ。
「パワーストライクッ! パワーストライクッ! パワーストライクゥ!!」
もっとも当の本人は本当に楽し気に素振りをしているので毒気も抜かれてしまう。
なんというか、見ている限り特に後ろめたい理由でもないような気がすると全員が思った。
そして……
「あふぅ……」
唐突に砂浜で倒れる。
「う、歌丸くんっ!?」
すぐさま駆け寄っていく英里佳とは対照的に、詩織は冷静に分析する。
「ああ、そういえばスキルってクールタイム挟まずに使用し続けるとごっそり体力削れるのよね。
歌丸のスキルって基本どれもパッシブだからその辺り知らなかったのね」
「知らなくても普通二、三回も使えば気づくはずだよね、体力削れるの」
「阿呆ッスね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます