第30話 クイ違う見解
「すごい試合だったねー苅澤さん」
「そうだね歌丸くん、まさか向こうがシーフ系の上級レアスキルの影分身を習得していて、それを試合で使ってくるなんてねー」
「びっくりだったよねー、でもまさか分身でボール打ち合ってダブルコンタクトになるとは思わなかったよねー」
※ダブルコンタクト
→同じ選手が二回続けてボールに触ること
「しかも途中から攻撃魔法もどんどん飛び出すしねー」
「スキル使った時点でくるとは思ってたけど反則直後に使うとは思わなかったよねー」
「しかも馬場先生がそれ見て『面白いからOK』って言うのにも驚いたよねー」
「英里佳もそれで本気になって
「もう来るボールを全部スパイクで打ち返してたから榎並さん圧倒的過ぎて、詩織ちゃんも最後は棒立ちだったよねー」
そんなこんなで、僕と苅澤さんはこれまでの試合を振り返りながら鉄板と向き合う。
というわけで、ビーチバレーは見事僕たちのチームが五連勝しました。
現在バーベキューの準備のため、先生が用意していた鉄板と調味料と麺を使って焼きそばの調理中です。
「歌丸くんは今日手に入れたポイントどう使うの?」
苅澤さんには手ごろな大きさ葉っぱを団扇代わりにして仰いでもらっている。
「そうだね……とりあえず足が攣らなくなるっていう
「……説明文だけ聞くとなんだか微妙だけど、そのくらんぷ……っていうのは具体的にどういう効果があるの?」
「クランプサーマウント、ね。
痙攣っていうのは要するに筋肉が収縮して硬直した状態になることを差してるんだけど、少なくともこれが勝手に起こることを防ぐんだ。
水中で運動していて足を攣った、とか、恐怖で身がすくむとか、咄嗟に体が自由に利かなくなることってあるじゃない?」
「それが無くなるの?」
「うん。僕たち、早ければ二週間後くらいから十層に入れるし、そうなると森林エリアでしょ?
先輩たちの話だと、麻痺毒とか使ってくる敵が出るらしいんだ。
本当なら毒に耐性を持つスキルが欲しいんだけど、それはまだダイアグラムの先だし、だったらせめて筋肉を硬直させるような毒を使ってくる場合の対策として覚えておこうって三上さんと相談して決めたんだ」
「ど、毒……そんな危険な
「らしいよ。でも毒自体はそれほど強力じゃないってさ。
毒単体で敵を殺すようなのが出てくるのはもっと深くで、森林エリアの迷宮生物の毒は動きを封じるのが主なんだってさ。
……よし、できた」
丁度いい色に焼けた焼きそばを小手を使って紙皿に盛り付ける。
「味見頼める?」
「う、うん。それじゃいただきます」
割りばしを伸ばして一口焼きそばを食べる苅澤さん。
少量口に含んで咀嚼して……
「うーん……ちょっと味薄いかも」
「そっ。じゃあもっと多めに…………あ」
鉄板の上の面にソースの粉を振りかけようとしたら、ドサッと中身が一気に出てきた。
おかげで面よりも多く粉が鉄板の上に落ちる。
「……粉タイプのソースって扱いが難しいよね」
苅澤さんがそうフォローしてくれるが、正直こんな味の濃くなりすぎてる焼きそばは食べたくはないな。
だが、焼きそばの量は限られているし、何より捨てるなんてもったいない。
「とりあえず……麺をもっと増やそう。
足りなくなりそうだし、野菜の追加お願いしていい?」
「うん、任せて」
用意された簡易テーブルの方へ向かってキャベツを切る苅澤さん。
包丁の使い方にこなれている様子で、調理経験があるようだ。
「けっ……おーおー、いいご身分ッスねぇ~」
「あ、日暮くん」
クラスメイトでこの間もなんか難癖をつけてきた
しかし、なんというかやっぱり僕に対して態度が刺々しい。
こういときは相手の態度を軟化させるためにまず褒めるのがいいんだっけ?
「ブーメランパンツ似合ってるね」
「馬鹿にしてんスかこらぁ!」
違ったようだ。
「てめぇ、さっきから苅澤さんと一緒にキャッキャウフフしてるからって調子こいてんじゃねぇッス」
「普通に世間話してただけなんだけど……」
「はぁ? てめぇまじ調子こいてんじゃねぇッスよぉ! こっちだってお話したいのに、自慢ッスか? 自慢ッスねぇ!!」
「いや、別にそんなつもりは……苅澤さんと話したいなら声かければいいじゃん」
「なっ、ばっ、そ、そんなおいそれと気安くできる分けねぇッス!」
「なんで? 同じクラスメイトじゃん」
「くぅ……! これだからリア充は……!」
いや、僕全然リア充じゃ…………あ、いや現状かなり充実しているからいいのか?
「そういえば日暮くんはなんか課題クリアした?
僕たちさっきみんなでビーチバレー五連勝してスキルポイントゲットしたん、だけ……ど……………あの、大丈夫?」
突如その場で膝から崩れ落ちた日暮くん。
な、なんだろう…………って、もしかして…………
「誰か、他に一緒に行動してくれる人いなかったの?」
「ち、ちっきしょーーーーッス!!!!」
「あ、ちょっと待って待って!!」
その場から全力で走り出そうとした日暮くんの肩を急いで掴む。
「こ、この後みんなでバーベキューするから一緒に食べようよ、ね!」
「同情なんているかボケェッス!」
その妙なイントネーションの“ス”への異様な執着はなんなのだろうか?
「別に同情は…………と、とにかくさ、ほら考え方を変えよう!」
「やっぱ同情じゃねぇッスか!!」
肩を振りほどこうとする日暮くんを押えて僕は言葉を続ける。
「でもほら、ここは我慢すれば、苅澤さんはもちろん、三上さんや英里佳と仲良くなれるよ、ね?」
「はっ!」
ぴたりと、動きを止める日暮くん。
「その、僕たちのパーティ、もっと人数も欲しかったし、男は僕だけで若干形見も狭かったし……この場で仲良くなってさ、これから一緒に行動するきっかけとかにさ、ほら……こう、ね?」
本当は三上さんからシーフである日暮くんはパーティに入れてもあんまり意味がない的なこと言われてたけど、なんかもう放っておけない。
話してみてわかったが、彼は口が悪いだけでそこまで悪人には思えないし、出来れば仲良くしたいのだ。
「ふ、ふん……まぁ、お前がそこまでいうんなら、一緒に食べてやってもいいッスけどねぇッス」
「そ、そっか…………あ、二人が戻って来たみたい」
海の方から網を手に持った三上さんと英里佳が並んでこちらに向かってくる。
先ほどまで来ていた僕の上着は海に入るために脱いでいるので、二人ともここに来た時と同じ水着姿だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉッス!!」
そして二人の水着姿を見て唸りをあげる日暮くん。
「なんでこいつがここにいるのよ……」
日暮くんの視線をさけるように胸元を自分の手で隠す三上さんだが…………うん、その仕草なんかエロい。
「日暮戎斗!
スピードだったら誰にも負けない自信があるッス! よろしくお願いしまッス!」
ビシィっと見事な90度に腰を曲げて手を差し出す日暮くん。
手を差し出された三上さんは困ったように視線を僕に向けた。
「パーティに入りたいんだって」
「榎並の下位互換なんていらないわよ」
「ぐふっ」
90度が110度くらいに沈んだ。
いや、確かに彼の役割って今の英里佳と似たようなポジションだよね。
英里佳ってスカウト兼アタッカーの両方を完璧にこなしてる状況だし……何よりベルセルクのスキルで能直が向上している状態じゃスカウト専門のシーフ以上に働いてくれているわけだ。
「あ、あの……俺、まだ覚えてないけど探索に役立つスキルとかこれからいっぱい覚えるッス!」
「歌丸の下位互換でしょ」
「えぇ!?
お、お前のスキルってそういうやつだったんッスかぁ!!??」
驚いた顔でこちらを見る日暮くん。
「あの、それ言って良いの?」
「別にバレてもね……隠すべき情報なら先輩たちとの試験で一部は流出しているから今更よ。
そもそも英里佳がベルセルクのスキルをビーチバレーで使った時点でもう隠してないわけだし。
そもそもこいつ、今こうして一人でいるってことはどうせ言いふらすほど交流関係広くないでしょ」
「あひゅ……」
頭から砂浜に突っ込むが、膝が曲がってないので逆Vの字みたいな奇怪な姿勢の日暮くん。
「学業の成績も歌丸よりは辛うじて上程度、戦闘能力では歌丸が紗々芽の強化を受けた状態と同等。探索の貢献に到っては歌丸を遥かに下回るし何より迷う」
「おんどぅる……!」
腰が伸びて完全に砂浜に沈む日暮くん。というか……
「それ遠まわしに僕のこと貶してるよね?」
「それだけあんたが低スペックなのよ。
そしてよく見ておきなさい。これがシャチホコのいないあんたの姿よ」
砂浜で真っ直ぐに足を延ばしてうつぶせに倒れ、ピクリともしなくなった日暮くんを指さす三上さん。
「こうなりたくなかったらもっとシャチホコを大事にしなさい」
「……うっす」
言葉は厳しいけど、決して間違いじゃないから僕は大人しく頷いた。
確かに、ここ最近シャチホコの扱いが雑になっていたのかもしれない。
戻ってきたら優しくしてあげよう。
「歌丸くんはちゃんと頑張ってるの、私は知ってるから大丈夫だよ」
「英里佳…………うん。ありがと。
でもシャチホコのことはちゃんとこれから大事にするよ。あいつのおかげで僕も英里佳も助かったんだし」
「うん。私も、おやつとかあげていいかな?」
「きっとシャチホコも喜ぶよ」
まだ戻ってこないけど、戻ってきたら好きなだけ野菜を喰わせてあげよう。
「ちょっと待ったぁッス!!」
「あれ、まだいたの?」
「がっはぁ……! ま、まだ……まだ終われないッス……!」
三上さんの言葉で膝が震えているが、それでも倒れまいと踏ん張る日暮くん。
ごめん、君のことちょっと忘れてた。
「お、俺、シーフのほかに
日暮くんのその言葉に、三上さんは興味を示した。
「へぇ……私と同じように複数の適性があるの。どんな職業?」
「はい! “エージェント”ッス!」
エージェント? 僕は初めて聞く職業だ。
ゲームとかでそんな職業あったかな?
「エージェントは変装、潜伏、偽装と言った能力を持っていて、戦闘能力のスキルは乏しいの。
索敵に優れた能力もあるけどシーフ系の方が豊富だからなる人は少ないよ。代わりにスキルをあげていけば罠を設置したり、
「へぇ……」
「でも能力上、やっぱり迷宮生物より対人に特化した能力だから北学区より西や東とかでスパイ活動請けおう人がいるんだって」
「スパイって……そんなこと学園内で行われてるの?」
「うん。迷宮学園って今は世界中のどこよりも先進技術が生み出される場所でしょ?
だからエージェントのスキルを使ってその情報を他国へ流したりする輩も出たりするんだ」
迷宮学園も結構おっかないな。
「でも、転職した場合のスキルってどうなるの?」
「上位下位の互換なら特に変化はないけど、別種に転職する場合は一度習得したスキルや上昇させた能力値はそのままで、ツリーダイアグラムの構成が変化するかな。
だから今まで使ったスキルポイントは無駄になるってことはないよ」
「なるほど」
つまり、僕も成長した暁にはヒューマンのスキルを覚えたまま戦闘職になれる可能性も残っているわけか。
これは頑張りがいがある。
「よし、エージェントに転職したら採用よ」
「ッシャアッス!!!!」
両手を握りしめてガッツポーズを取る日暮くん。
「って、いいの? エージェントって戦闘職じゃないみたいだけど」
「そこは良いのよ別に。それより潜伏とか変装が魅力的ね。
その能力があれば、アンタや紗々芽を敵の目から隠せるじゃない」
「ああ……なるほど」
確かに、それなら納得である。
タンクの役割は敵の足止めだが、そのすべてを惹き付けるのは結構大変らしい。
特に迷宮生物は基本的に弱い奴を積極的に狙ってくるから、僕や苅澤さんがよく狙われるのだ。
それが無くなると三上さんもタンクの役割がしやすくなって助かるのだろう。
「あと、合否はまだないけど、生徒会のギルドでいろいろ役立つじゃない」
「確かに……むしろそっちが本職になるかもね」
近いうちに連絡が来る予定だけど、あの調子なら不合格の可能性は低いし、エージェントの有用性もあれば採用されるかもしれないしね。
「歌丸くん、野菜切って来たよー」
と、そこへ野菜の入ったボウルを持ってきた苅澤さんがやって来た。
「ありがと。その辺に置いといて」
「うん。あれ……えっと……………………あ、二人とも戻ってきたんだね」
「名前思い出せないなら普通に訊いてくれッス!
スルーされるのが一番辛いッスよぉ!!」
「ご、ごめんなさい」
日暮くんが若干涙目になりながら必死に訴える。そのあまりの迫力に思わず謝る苅澤さん。
前からちょっと思ってたけど、意外と毒っぽいよね苅澤さん。
「紗々芽、この日暮もエージェントとしてパーティに入れるから肉壁として活用しなさい」
「肉壁っ!?」
「うん、わかった」
「わかっちゃうんッスかぁ!?」
「歌丸くん、それちょっと焦げてない?」
「あ、いっけね」
「そっちは無視ッスかぁ!?」
うん、なんかだんだん彼のポジションが分かった気がする。
「まったくうるさいわね……ほら、新人なら新人らしくちょっとは働きなさいよ。
私と榎並は貝とか魚とか取って、紗々芽たちも調理してるんだからなんか働きなさい」
そういっていろんな魚介類が入った網を見せる三上さん。
あまり魚には詳しくないが……なんかすごい派手な色合いの魚が混じっている。
食べられるの、それ……
「ま、任せるッス!
よし、歌丸、ちょっと変われっス! 俺の焼きそばでみんなの舌を唸らせるッス!」
「あ、はい、どうぞ」
先ほど麺を増やしたのでちょっと重かったんだよね。
「うおんどりゃあああああ!」と勢いよく焼きそばを焼き始める日暮くん。
なんかいろいろ周囲に飛び散っているけど大丈夫なのだろうか?
「あ、そういえばまたシャツとか出す?」
先ほどまで二人は海に入っていたので、僕の上着は一時返してもらっている。
今は僕の学生証のストレージに入れている状態だ。
「私はもう別に良いわよ。
周りも似たような水着だし、恥ずかしがってるのも馬鹿らしくなって来たわ」
黒いビキニ姿の三上さん。
もともとかなりスタイルもよかったが、こうして改めてみると本当に色っぽい。
とても同世代とは思えないくらいだ。
「私ももう慣れてきたかな」
オレンジと白のチェックガラのビキニ
パッと見は僕よりも幼い感じであるが、なんか可愛らしい雰囲気がある。
Tシャツの来てた時はなんかエロい感じがあったけど、逆に隠さず堂々としている姿はなんか微笑ましい。
こう……尊い、みたいな?
「でも、苅澤さんは着てた方がいいよね」
「う、うん。
ごめんね歌丸くん、まだしばらく上着貸して……」
「全然いいよ、気にせず使って」
ビキニタイプが多いのになぜか苅澤さんはスリングショット。
なんかもう凄くエロいんだよね。
目に毒というか、こればっかりはやっぱり隠してた方がいいと僕も思う。
「それにしても……シャチホコちゃん遅いね。
まだスイカ探してるのかな?」
僕はポケットに入れていたリストを取り出して項目を確認した。
「うーん……まだスイカ割は達成者が出てないし……もしかしたらそうかもね」
ふむ……さきほど三上さんに注意されたばかりだし……
「ちょっと僕探してくるよ」
スイカを見つけても、大きくて持ってこれないとかそういうことかもしれない。
ここいらでちゃんと手伝ってやろうではないか。
「あ、それなら私も行くよ」
「え? いや、一人で大丈夫だよ」
ただシャチホコを迎えに行くのに英里佳と一緒とか、一応僕の男としての沽券が……
「歌丸、榎並と一緒に行きなさい。
一応ここも迷宮なんだから一人で行動しない方がいいわよ」
「あ……そういえばそうだったね」
上を見上げれば晴天のように明るいが、ここは地下の迷宮。
あの学長の言葉を鵜呑みにして行動するのは危険だろう。
「えっと……じゃあ、英里佳、お願いするよ」
「うん」
というわけで、僕は英里佳と一緒に森へと入っていく。
最初は砂浜で歩きづらい感じだったが、森の奥に進むにつれてしっかりとした土の地面に変わる。
「うーん……なんか、アマゾーンって感じになってるね」
猿だか鳥だかの鳴き声が奥の方から聞こえてくる。
なんか虫とかいそうだ。
「へぇ……すごいなぁ」
実際のアマゾンってどんな感じかは知らないけど、テレビで見た雰囲気と似ているかも。
「歌丸くん、本当に迷宮の中を楽しそうに進んでいくよね」
「英里佳は楽しくないの?」
「うーん……今日は楽しいのかもしれないけど……普段はそういうことは考えないようにしてるから」
「なんで?」
「なんでって……だって、命がかかってるわけだし……真剣にやらないと」
「え……僕、もしかしてふざけて見える?」
そんなつもりは全然なかったんだけど……そう思われてたんならちょっとショック。
「あ、ううん、そういうことじゃないんだけど…………なんて言えばいいのかな……あんまり気負いをしてないっていうか……」
「うーん…………その、僕は単に命懸けで真剣に楽しんでいる……ってスタンスなのかな?」
「命懸けで楽しむ……?」
「そうそう。
卒業生の人たちの体験記みたいなの僕入学前にいろいろ読み漁ったんだけど、迷宮攻略を楽しかったって思ってる人多くてさ、だから僕ずっと迷宮が楽しみで、実際にその通りだから本当にもう、こう、なんかワクワクがとまらないっていうか、嬉しいんだ」
「……それは、そうかもしれないけど……」
どこか腑に落ちないという表情の英里佳。
僕、そんなおかしいこと言っただろうか?
「……そういうの書いた人の“楽しい”っていうのは今にして思うとっていう表現じゃないのかな?
思い出として振り返っているからそう感じているだけで……実際に迷宮攻略をしているときは流石に楽しいとか感じてる余裕はないと思うんだけど……」
「そうかな? 一緒だと思うけど…………ん?」
なんか奥の方で音がした。
「どうしたの?」
「いや、なんか人の声が……こっちからだ」
声が聞こえた方へと向かう。
するとそこには……
「ほ、ほーら、降りてこーい」
「いい子だからコッチこーい、ほら……くるんだ」
「おら、降りてこいやウサ公がぁ!」
一本の木の下で多くの生徒たちが集まり、あるものは木に登ろうとしており、またある者は上に向かって叫び、またある者は木の幹を蹴っている。
僕と英里佳もつられて上を見上げると……
「きゅきゅきゅきゅー!!」
シャチホコがその体よりも大きめのスイカを手と耳で頭上に固定した状態で木の枝に飛び乗っているのが見えた。
つうかそんな風にスイカ持てるのかお前、器用だな。
「英里佳……これって、スイカを見つけたのはいいけど、他の生徒に追いかけられて木の上に上ったってことなのかな?」
「多分そうかも……だけど、シャチホコもスイカを持った状態じゃ木の上から降りられなくなったんだね。
私が上に登って助ける?」
「いや、もっとシンプルに行こう」
英里佳が助けに行った場合、この場にいる男子生徒がしたから英里佳を見上げるという形になる。
それはなんとなく面白くない。
「シャチホコー!」
「きゅ!」
僕が名前を呼ぶと、シャチホコはこちらに気づいて視線を向けてくる。
「こっちにジャンプしてこーい!」
「えぇ!」
隣で英里佳が驚いた様子を見せる。
「そんなことして大丈夫なの?」
「平気平気、ちゃんと考えがあるから」
「で、でもあのスイカ結構大きいよ? あの高さから落ちたら怪我しちゃうし……」
まぁ確かに、この高さで落ちてきた直撃したら怪我しそうだ。
でも大丈夫。
僕にはちゃんと考えがあるのだから。
「おい、何勝手なこと言ってんだ!」
「スイカを盗む気か!」
「って、あいつゲロ丸じゃん、あの兎の飼い主の」
「ってかあんな高さから飛び降りたらスイカ割れるだろ」
なんか木の下にいた生徒たちが好き勝手言ってるが、今は無視だ。
「よし、シャチホコ来い!」
「きゅ……きゅっきゅう!」
僕の指示に従って枝から勢いよく僕の方に向かって飛び降りるシャチホコ。
上から迫ってくるその姿。
僕はそれを両手を広げて受け止めようと……………はせず、ポケットから二枚のカードを取り出す。
片方は学生証と、もう片方はアドバンスカードだ。
「回収!」
迫ってきたシャチホコはアドバンスカードに、そしてシャチホコが持っていたスイカは学生証のアイテムストレージへ入っていく。
そして一切の衝撃はなく、僕はシャチホコもスイカを受け止めた。
シャチホコのほうは当然無事で、スイカもアイテムストレージに入っているのを確認した。
「……な、なぁ……その……ゲ……じゃなかった、歌丸……そのスイカなんだけど……」
なんか一人の男子生徒がこびへつらうような表情で近づいてきた。
「君たちもスイカ頑張って見つけてね。
じゃあ行こうか英里佳」
さっきこの生徒が僕のこと“ゲロ丸”って言ったのはわかり切ってるし、今も言おうとした。
そういった相手と仲良くなるつもりはないので、さっさと戻ろう。
「ち、ちょっと待てって、少し話を」「おい」
なんかしつこく食い下がってきそうな男子生徒だったが、その生徒の肩を別の生徒が掴んで止めてきた。
「あ……相田、くん?」
「え……この人が……?」
僕のルームメイトだった相田くんだ。
彼が僕のアドバンスカードを盗もうとしたことは記憶に新しく、そのことを知っている英里佳は僕を守るように前に出て相田くんを警戒する。
「な、なんだよ
「放っとけ。
他にも特典もらえるモノならいくらでもあるだろ」
「いやでもよぉ」
明らかに渋って未練がましい感じに視線を僕に向けてくる男子生徒だが、相田くんは声の調子を強めて止める。
「いいから、とにかくもうスイカは諦めろ」
「ちっ……わーったよ……くそ、せっかくもう少しでレア武器手に入りそうだったのに」
あきらかに不満げな男子生徒は文句を言いながらも踵を返して去っていく。
「……えっと……相田くん……あの……ありが、とう?」
「…………別に、礼を言う必要はない。
とにかく、あいつのことあんまり恨まないでくれ」
「恨むって、別にそんな……って、あ」
なんか僕と会話をしたくないのか、こちらの返事も聞かずに相田くんもその場から離れていった。
「……なんなんだろう、彼の態度すごく失礼だよ」
英里佳は不機嫌そうにそんなことを言う。
アドバンスカードを盗もうとした負い目からか僕とは目を合わせようとしなかった。
別に僕は何にも悪くないのだが……
「なんか、へこむ……」
「気にしちゃ駄目だよ歌丸くん。
悪いのは向こうなんだから」
「う、うん……そうだね。
まぁ、スイカは無事に手に入ったし……戻ろっか」
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