第65話 第9層救出作戦④ 真打登場(出遅れ)

まず先に動いたのはベルセルクである英里佳だった。


足を怪我しているとは思えないような瞬発力で動き出し、気づいた時にはもう僕の目の前にいて結晶体のナイフを構えている。



「速」「遅いわ」



咄嗟に防御しようと腕を交差させて喉あたりを守っていたら、突如英里佳が僕から離れていく。


詩織さんは僕がまったく反応できなかった英里佳の動きを見て、その首襟を掴んで引っ張ったのだ。


そしてそのまま地面に組み伏せよとしたようだが、英里佳は体を捻って詩織さんの腕を斬り裂こうとする。


その寸でのところで今度は詩織さんが手を放し、お互いに両手が自由となる。



「があああああああ!」

「ブレイズスラッシュ!」



結晶体のナイフと、炎を纏った剣がぶつかり合う。


二つの刃が交差した瞬間、激しい閃光のようなものが見えて目がくらむ。


その間にも硬質な物体同士がぶつかり合う音が響き渡る。



「随分とゆっくりな動きね」



詩織さんはそんなことを言うが、僕の目にはもう何が起きているのかわからない。


完全に僕みたいな凡人が立ち入ることのできない領域の戦いだ。



「ぐ、があああ!!」



時折英里佳がこちらに向かってくるようだが、それをすべて詩織さんが妨害し、そして組み伏せようとする。


英里佳も英里佳で、その身のこなしで詩織さんに捕まることのないように身軽に動き続けている。


もう僕には大まかなそんなやり取りくらいしかわからない。



「正直、ちょっと残念だわ」



詩織さんはそんな言葉をこぼしながら、僕の前に戻ってきた。



「どうしたの?」


「単純な速さなら今の方が上だけど……正直弱いわね。


目に見える速さの範囲で常に一定で合理的な攻撃、そしてアンタを狙うその思考……どれも一級品だけど、その中に一切のがない」


「揺らぎ……?」


「まぁ、フェイントというか……駆け引き全般ね。


餌を目前にした腹ペコの犬とか猫みたいに、そればっかり狙ってる。


だからこんなに楽に対処できるのよ。


普段の英里佳なら、たぶんもっと苦戦してる」



詩織さんの言葉を受けて僕は改めて英里佳を見たが、正直よくわからない。


普段の英里佳よりも今の英里佳のほうが数段早いから、どうにも今の方が強いという気がしてしまう。



「ちゃんとした足場で、そして普通に攻撃ができたなら先輩はもっと楽に、それこそ三分もあれば普通に捕まえられたでしょうね。


今の英里佳はそれだけ弱くなってる」


「僕にはもう十分に凄すぎて何も言えない……」



あの集団から三分も逃げられる英里佳って一体……



「私から言わせればあんたの方がよっぽど凄いわよ」


「え、僕?」


「簡単に死にそうになるほど弱いくせに、自分から進んで危険に飛び込んで必死に生き延びようとする馬鹿はきっと世界中探してもアンタくらいのものよ」


「褒めてないよねソレ」


「本当に馬鹿ね、大絶賛――――よ!」



瞬間、火花が散った。


様子を伺っていた英里佳が、再び攻撃を仕掛けてきたのだ。





先ほど、自分の判断で第9層に降りた詩織


そんな彼女を見送った紗々芽と戎斗は大画面でぶつかり合う二人の少女を見ていた。



「なんかコレ……連理のことを二人が取り合ってるように見えるッスよね」


「歌丸くんがトラップのスイッチ持ってるし…………まぁ、あながち間違いでもないんだよね」



本来はかなり緊迫した状況であるはずなのに、なんだかどうにも締まらない。



『ぉおお! 速っ……え、何したの今、全然みえないんだけど!』



その一因は、本人は気づいていないのだろうか先ほどから音声に語彙力の乏しい実況にもなっていないなんとも情けない声――というか歌丸連理の声が、二人の乙女の激闘に混ざっているからである。



「ぎゅぎゅ……」



そしてそんな自身の主人のことを呆れた様子で見ているエンぺラビットのギンシャリ


自分のテイムしたパートナーにこんなリアクションされる者など、おそらく連理くらいだろう。



「――だが、この戦いは今まで見てきた中でもかなりのトップレベルのものだな」


「あ、大地先輩、チィッス」



現状では待機を命じられている風紀委員(笑)の一人である下村大地に戎斗は会釈する。



「そうなんですか? 英里佳が速すぎてもう私には何がなんだか……」



そう告げた紗々芽に、大地は首を横に振る。



「ああいや、この場合一番凄いのは三上だろうな」


「詩織ちゃんが……?」


「あいつ、榎並の速さに対応してるどころか、完璧に対処できてる。


その証拠に、榎並の攻撃は当たらないし、三上も傷をつけずに捕まえようとして惜しいところまで行っている。


あれだけの速さで動けて、それだけの技量を発揮できるのはこの迷宮学園でもそうはいない。


少なくとも俺には無理だし、多分三年生でもごく限られた奴しかできないだろ、あの芸当。


それを、一年がやってる。ルーンナイト……それがここまで強力だとは恐れ入るぜ」



画面に意識が釘付けになっている大地


紗々芽が周囲を見回すと、大地と同じようにモニターに視線が釘付けになっている生徒は多くいた。


誰もが詩織の動きをよく観察している。



――事実上、人類最強の職業の一つと考えられるルーンナイト


人類の守護者にして、ドラゴンと戦える力を持つとされる能力を秘めた騎士。


この場にいる誰もが――いや、世界中が今詩織のことを見ているのだ。



「戦士職ならそっちに目も行くだろうけど、やっぱり私は榎並さんのほうがすごいと思うわね」



そこへ、交代のために戻ってきた栗原浩美くりはらひろみがやってきた。



「そうか? お前なら三上を一番評価すると思ったんだが……」


「大地、あの動きで忘れてるかもしれないけど……榎並さん手負いでしょ?


足とか氷川副会長に矢を受けた直後だってこと忘れてない?」



浩美の言葉を受けて大地は少しばかり沈黙して、改めて画面に映る英里佳を見た。



「たぶんあれでも全速力の7割……いいえ、下手すると半分程度なのかもしれないわよ」


「…………それは、とんでもないスペックだな」


「しかも理性が無いとくれば……歌丸くんのバックアップ有りの彼女とは、正直戦いたくないわ」



そう評する浩美の言葉に、紗々芽は改めて連理を見た。



『おお、うおぉお、ええ、ちょ――おぉおおおおおお!!』



もはや語彙力もなくなり、感嘆をこぼすばかりとなっている間抜け面が映っている。


しかし、忘れてならない。


彼こそが、今ここに至るまでの榎並英里佳と三上詩織を語るうえで決して忘れられないキーパーソンなのだということを。





「やっぱり、これ以上傷つけないなんて虫のいい話はないわよね……」



あれから何度か捕縛を試みた詩織さんだったが、英里佳はそれらすべてを回避する。



「歌丸、最後ちゃんと決めなさいよ」


「え、あ……任せて!」


「ええ、頼りにしてるわよ」



そう言って、彼女は手に持っている剣の刀身を地面と水平に構えた。



「テンペストラッシュ!」



突きに威力補正をする基本スキル、その発展型


高威力の突きを連続で放ち続けるその攻撃を、詩織さんは英里佳に放つ。


英里佳はそれらの攻撃を最初は結晶体のナイフで防御するも、すべてをかわし切れずに何発か肩や足に受けた。


そしてスキルが終わったところにカウンターを放とうとして――



「テンペストラッシュ!!」



すかさず連撃


この光景を見ていた僕以外の誰もが虚を突かれた。


スキルは基本連続使用ができない。


厳密には、使った直後はクールタイムが必要で、それを無視すると疲労がとんでもないのだ。


上位スキルとなれば、本来使った直後は疲労に加えて反動で動けない。


つまり、詩織さんは本来不可能なことをしたのだ。


だが今彼女は僕と特性共有ジョイントによってそれが可能となっている。


万全筋肉パーフェクトマッスル、そして痙攣無効クランプサーマウント


前者の筋肉痛を治すためのこのスキルは、筋肉の疲労を即座に回復して、後者は反動による体の硬直を無効化している。


この二つの組み合わせが、本来は不可能な上位スキルの連撃を可能としたのだ。



「ぐ、ぎ、があああああぁぁぁぁ!!」



詩織さんの突きを受け、英里佳の手からナイフが落ちる。


そして放たれた突きが英里佳の手足を突き刺し、その動きをそぎ落としていき――



「があああ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」



周囲の空気が一変し、動物的な本能から鳥肌が立った。


その咆哮の圧力に、並の生物ならば誰もが気圧される。



ベルセルク特有スキル狂獣咆哮ビーストハウル



周囲の生物に対して咆哮による威圧で動きを止め、格下ならばこれだけで気絶させてしまう牽制のためのスキル。


このスキルは使用者本人も動けなくなるが、1,2秒ほど周囲より早く硬直が回復するため仕切り直すためにベルセルクは使うという。



――だが、それは正直こちらにとっては絶好のチャンスでしかない。



「シールドバッシュ!」



痙攣無効クランプサーマウントを持っている僕と特性共有ジョイントによって肉体が硬直することのない詩織さんが、スキルよって硬直している英里佳にその手に持っていた盾を使って勢いよくぶん殴る。



狂獣咆哮ビーストハウルを使った直後で息を吐ききっていた英里佳はその衝撃に悲鳴すら上げられない。


体も硬直したまま、さらにバッシュによる衝撃で手足の自由も奪われて動けるまで5秒、いや、英里佳ならあと3秒というところか。


だが、今なら十分だ。



「連理!」


「任せて!!」



シールドバッシュの直撃を受けた英里佳は、その体が僕のほうに向かって転がっている。


そして僕も英里佳がスキルを使った直後にはもう走り出していた。



「英里佳!!」



あと少し、それで手が届く。



「がああああああああああ!!」



そこで英里佳の赤い眼光が僕に向けられた。



「っ! 連理、避け」「ないっ!!!!」



構わず僕は手を伸ばした。






(助けなきゃ)



榎並英里佳の思考は闘争本能に塗りつぶされていた。


視界はほとんどが赤で塗りつぶされていて、周りに何があるのかも判断できない。


だが、それでも塗りつぶせないものが一つあった。


本来ならば自身の生存のために倒すべき敵を倒すのがベルセルクの本能だが、それを覆すだけの想いがあったのだ。



(助けなきゃ)



地下に残された仲間を――歌丸連理を、自分を命がけで助けてくれた非力で底抜けにお人よしで真っすぐな少年を、命を懸けて助けたいと思ったのだ。


だからこそ、ベルセルクとして理性を失った今も地下を目指して彼女は戦う。



(邪魔しないで)



誰かが自分を追い込もうとしている。


邪魔となる者はすべて蹴散らす。トドメを一々刺している余裕はない。


とにかく動けないようにして倒す。


そう思ったら、手足が動かなくなる。


誰かが近づいてきたが、この無力な者は放っておいていいと本能が判断し、自分に攻撃を仕掛けたものを英里佳は倒す。


しかし、その間に無力な者が何かをしたようでその場から動けなくなった。



(弱いくせに……邪魔、しないで)



威圧をして、怯えているのがすぐにわかる。


なのに、自分の邪魔をやめる気もない。


英里佳はその存在がどうしてそんなことをするのかわけがわからなかった



本能でも理性でも、今の自分と戦えば死ぬのがわかっているはずなのに、どうしてやめないのか本当に理解できなかった。



その時、上空から明確な脅威が下りてきた。



(……ああ、時間稼ぎか)



きっとあの弱者は、この脅威を呼び込むために自分の前に立ちはだかったのだろう。


ならば納得できる。


その脅威は強かった。


今の自分では対応できない。


強い。強すぎる。



「悔しいわね……真正面から勝つって宣言したのに、結局は■■の力に頼ってるんだから」




激しい攻撃の中で、目の前の脅威が何かを言ったが、英里佳にはそれが理解できなかった。


そして動きを封じられながら地面を転がっていく最中さなか、信じられないものを目にした。



あの弱者が、自分目掛けて迫っているのだ。



(なんなの、こいつ)



手足は動かない。


今はそんな弱者を倒すことすらままならない。



(邪魔を、するのなら……誰であっても)



だが、唯一動くところがまだある。



(――嚙み殺す)



咆哮をあげながら、伸ばしてきた手に嚙みついた。



「――特性共有ジョイント、発動」



瞬間、榎並英里佳の世界は一変した。


視界は赤から元の色彩を取り戻し、口の中いっぱいに広がる鉄の味が凍っていた理性をたたき割って復活させる。



「…………あ」



いやな感触がしたので、口の力を即座に緩める。


そこで自分が誰かの手に噛みついていたのだと理解し、そして視線を上にあげる。



そこには、一番見たかった人の顔があった。


とても安堵し、体中に消毒液や血の匂いをまといながらも、のほほんとした暢気な笑顔を浮かべて、彼はそこにいた。



「うた、まるくん……?」



恐る恐る名を呼ぶ。


これは夢なのではないかと現実を疑ってしまう。


しかし彼はそんな不安を拭い去るような笑顔を浮かべて、英里佳の顔に手を当てた。



「英里佳、おかえり。そして、ごめん。あと……ありがとう。ついでにただいま」



どうしてそんな一遍にいろんなことを言うのだろうか?


今は思考がまとまらず、こんな時、どんな言葉を言うべきなのかわからなくなってしまう。



「歌丸くん」


「うん」



ただ、そういう言葉が出る前に英里佳はすでに行動していた。



「……会いたかった」



少しまだしびれが残る手で、彼を抱きしめる。


それが幻ではないのかという恐怖を拭うように、腕の中にある彼の感触がこれは現実であるという安心感を与えてくれた。





「ぅ……くっ、ひっく……ぅう……」



今、英里佳は僕の腕の中で泣いていた。


ど、どうしよう。


正直こんなところで泣かれても困るというか、できれば安全な第8層あたりに戻ってから感動を分かち合いたのだが……助けて詩織さん!



「なにイチャついてんのよ……」



詩織さんに助けを求める視線を向けたが、彼女は小声で僕に冷たい視線を返す。


違うんだ、今はもっと普通に声をかけてくれていいんだ。


そんな、空気を読んで小声で突っ込んだとかじゃなくてもっと普通に存在を主張してくださいお願いします!



「けほっ……こほっ…………まったく、こんな戦闘区域で乳繰り合うなど、本当に非常識ですね歌丸連理」


「あ、肝心なところで普通に気絶した学園一のスナイパー! ようやく起きたんだね、学園一のスナイパー! 心配したよ学園一のスナイパー!」


「喧嘩なら買いますよ」



なぜか弓を構えている学園一のスナイパーこと氷川


どこに怒る要素があったのだろうか?



「というか乳繰り合ってねぇし!」

「ち、ちちく――!」


「ほら英里佳が固まったでしょうが!!」


「いや今のはあんたの発言が原因でしょ」



淡々と僕に突っ込みを入れる詩織さん。


もう少し早くその対応をしてほしかった。



「え……三上さん……と……あの、えっと……どちらさま?」



基本人見知りが激しい英里佳は初対面の氷川の存在に気付いて僕から少し離れる。



「榎並英里佳……はぁ……とりあえずこれで任務は終了です。


いったん第八層に戻りましょう」



確かにここは危ない。


上では会長がエリアボスの足止めをしてくれているがそれも絶対ではない。


ここにいつあの結晶体がふってくるのかもわからないし。



『みんなー、おっまたせー!!』



その時、上空から大音量の声が降ってきた。


思わず上を見上げる僕たち四人とシャチホコ



『準備に手間取っちゃったけど、もう私が来たからには安心だよ!


それじゃあ、ミュージックスター………………あれ?』



マイク片手に、第八層の出入り口を陣取るきらびやかな衣装を身にまとったMIYABIと僕たちとの視線が合う。



『………………えっと』



そしてMIYABIは少し困ったように視線を巡らせてから、もう一度僕を見て……



『もしかして…………もう解決?』



「「「遅い!!」わよ!!」です!!」

「きゅきゅう!!」



僕と詩織さん、氷川そしてシャチホコの三人と一匹の突っ込みが第9層に響き渡る。



「えっと、あの…………え?」



状況がわからない英里佳はキョトンとした顔でMIYABIを見上げているのであった。

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