第64話 第9層救出作戦③ 嫌よ嫌よは普通に嫌い

エリアボスの大ジャンプからの着地の衝撃は計り知れないものだった。


結晶体でかなり頑丈なはずの蜘蛛の巣全体が揺れる。


結果、その衝撃で僕は脚を滑らせた。



「あ」



新しいスキルである悪路羽途アクロバットも、足に地面が付いていなければ意味がない。



「どわあああぁぁぁぁーーーーーーーー!?!?」



結果、僕は為す術なく地面に落下する。



「きゅきゅう!」



同じく落下したシャチホコは僕の頭に乗っかって捕まるが、だからと言って何もできない。



「GUGAAAAAAA!!」



そして落下する僕に向かってエリアボスがその尻を僕に向けた。


そのまま打ち出される結晶体の散弾


空中で動けない僕は為すすべなく迫りくる攻撃を待つばかりだった。



「ぐへ!?」



だが、不意に襟を勢いよく引っ張られてギリギリで攻撃を回避する。



「まったく、無茶しすぎよ」



呆れたような声がして、視線を移す。


そこにいたのは銀色の輝くアーマーを着け、赤いマフラーをたなびかせた女子生徒がいた。



「栗原先輩!」



ギルド“風紀委員(笑)かっこわらい”所属二年生、栗原浩美くりはらひろみ


職業ジョブがソードダンサーにして、俊敏性の高さから第三部隊の一員だった栗原先輩が僕を助けてくれたのだ。



「悪いけど君を八層まで運んでる余裕ないから、あそこに置いておくわね」


「え、あ、はい!」



今も蜘蛛は僕に向かって水晶体を吐き出している最中だったが、落下していくにつれてその狙いが僕以外の人にも向けられるようになる。


そして狙いが反れている間に、僕は栗原先輩の手によって当初の予定では英里佳をおびき寄せるはずの氷でできた罠設置場所に連れてこられた。



「自分の身は自分で守ってね」



そう言いながら、栗原先輩は即座に空中に浮かぶ結晶体を蹴って上を目指す。



「英里佳は……!」



上を見上げると、多くの先輩方が空中を駆け回っている。


そしてその中で視線を巡らせていく。



「いた!」



そこでようやく英里佳を見つけた。



「がああああああああ!!」

「ぐほぁ!?」



そこで僕が見たのは、英里佳が空中で体格が圧倒的に大きい男子の先輩を蹴り飛ばしている姿だった。



「危ない!」



蹴られた先輩はそのままエンパイレンの結晶体にぶつかるかと思ったが、あらかじめ保険で掛けられていた限定滞空機動リミテッドエリアルステップで体勢を立て直した。



「ほっ……」



ひとまずよかった。


人死になんて見たくないし、何より英里佳が誰かを殺すところとか絶対に見たくない。


だが……蹴られた先輩は明らかにこれ以上は英里佳の誘導が出来そうになかった。


怪我の度合いが酷いし、辛うじて移動はできてるけど他の人の比べるとどこか危なっかしい。


そして予想通り、その人はそのまま第八層への出入り口へと戻って行ってしまう。



「……なんか人が少ないと思ったけど……もしかして英里佳の攻撃で負傷して戻ってる?」



当初聞いていた第三部隊の人数と今見える人数だと大体半分程度しかいない。


全員がかなりの手練れだ。


いくら英里佳に対して攻撃しないからと言ってそんなことあるわけが…………あ、また一人蹴られた。



「おい、このガキ強すぎるだろ!」

「ベルセルクってこんなに強いのか!?」

「完全にこっちの動き読んでやがる!!」



聞こえてくるのは先輩たちの悲鳴に近い声だった。


というか、よく考えればこの状況は不思議でもなかった。


そりゃそうだ。今先輩たちは慣れない足場での空中戦を行っている。


英里佳の誘導どころか、まずそもそも踏み外したりしないように細心の注意を払いながら移動しなければならない。


一方で英里佳はもうかれこれこの空間で何時間も戦っていて、先輩たちよりもこの場所での移動に慣れている。


その数時間の差が、こういう結果を産んでいるのだろう。



「おい、避けろ!!」



そして今、空中から降り注ぐ結晶体の散弾が加わった。



「どわわわわわわ!!」



僕も他人事というわけではなく、急いでその場から走って逃げる。


結晶体の一部が氷の床に突き刺さる。


直撃したら冗談抜きで死ぬ。



「ぎゃあ!」

「うあああああ!?」



そして聞こえてきた悲鳴。


急いでそちらの方に顔を向けたとき、爆発が起きた。



「――――」



あまりのことに一瞬思考が停止した。


落ちた。


誰かわからないが、おそらく今のエリアボスからの攻撃で誰かがエンパイレの上に落ち、そして爆発が起きた。



「は――ぁ、はぁ、はぁ……!」



その炎を見ていると、急に息が苦しくなったような気がして視線を横に逸らす。



「「「タイダルウェイブ!」」」



上空から聞こえて声。


見れば、8層への入り口にある足場部分で待機していた第一部隊の魔法使いの先輩たちが各々杖を構えて魔法を使用していた。


雨のように降り注いだ水が、爆発の炎を一気に消し去ろうとする。


だが、そこから放たれる高温は健在で、水は一気に水蒸気となっていく。


このままではこの熱で僕が今いる氷の床はもちろん、罠の設置してある柱まで溶けてしまう!



「「「フローズンライト!」」」



すかさず放たれる青白い光線が、水を一気に氷に変えた。


そこでようやく熱が止む。


光線が当たった箇所は分厚い氷ができていて、その箇所に透けて黒ずんだ人影が二人分見えた。



「……くっ」



分かっていたはずだ。


この作戦、それだけ危険なものだと。


だけどこう考えてしまう。


僕がもっとエリアボスの注意を引けていたら、もしかしたら誰も死なずに英里佳救出が行えたのではないか、と。



「――しっかりしろ僕、悔やむのは後だ後!」



自分の顔を叩いて、改めて上を見上げる。


今のエリアボスの妨害で英里佳の誘導を行う人がさらに減った。


栗原先輩が懸命に誘導を試みてくれてはいるが、人数が少なくて英里佳がやすやすと包囲を突破する。



「このままじゃ英里佳をこっちに誘導できない……!」


「きゅきゅう!」


「どうしたシャチホコ?」



頭に乗っているシャチホコが突如騒がしく鳴きだした。


なんだろうと思っていると、上から降りてきた二匹のエンぺラビットがこちらに向かって降りてきたのが見えた。



「ギンシャリ、ワサビ。よかった、お前らは無事だったんだな」



「ぎゅう」

「きゅる」



流石はエンぺラビットと言ったところだ。


こんな空間の移動でさえ、そつなくこなせてしまうとは。



「こうなったら……三匹とも、英里佳をこの場所まで誘導してくれないか!」



今の英里佳に攻撃されたらエンぺラビットなんて一撃で殺されるが、それでも英里佳を助けるためにはもうこいつらの手を借りるしかない。


かなり無茶なことを言っているのだが、それでも三匹ともすぐに頷いてその場から英里佳のいる方向に向かって空中を飛び跳ねる。



「おぉ!」



学生たちも苦戦する空中での移動を難なくこなし、英里佳と同等――いや、それ以上に早く駆け回る。



「きゅきゅう!」



まず最初に仕掛けたのはシャチホコだった。


英里佳が次に踏むであろう浮遊する結晶を先に蹴ったのだ。



「がぁ!?」



その結果、英里佳がみ込もうとした瞬間にその結晶体は消失し、英里佳が落下する。


しかしすぐに空中で体制を立て直し、横方向にあった結晶体を蹴って方向転換し、別の結晶体を踏む。



「きゅるん!」

「が、ぎぃい!」



そこへすかさずワサビが飛びかかっていき、なんと英里佳の顔に張り付いたのだ。


英里佳は奪われた視界を取り戻そうとワサビを引きはがそうとするが、その前にギンシャリが動いた。



「ぎゅるんっ!」



第13層で僕にそうしたように、勢いをつけた状態からの蹴り。


いくら体格は小さくても、あれで一気に軌道が変更させられる。



「よし!」



英里佳がこちら側に向かって飛んで来る。


そう思ったのだが、英里佳は顔に張り付いたワサビを顔から引きはがしたと思ったら、あろうことかそのまま足蹴にする。



「きゃぴっ!?」

「ワサビ!」


蹴られたワサビはこのままではエンパイレンに激突する。



「ぎゅう!」



そう思ったところでギンシャリが受け止めて僕の隣に着地する。


そして英里佳はワサビを蹴った勢いで指先が近くの結晶体に届き、その一瞬でさらに方向転換し、別の結晶体を蹴って元の空中機動に戻る。



「そんな……あの体勢から立て直すのか……って、そうだ、ワサビは!」


「ぎゅぎゅぎゅ」


ギンシャリが抱っこしているワサビはぐったりしていた。


だが、まだちゃんと生きているようで微かに体が動いている。



「ぎゅぎゅう」

『気絶してるだけ、無事』



「そう、か……ギンシャリ、ワサビを連れて上に戻っててくれ。疲れただろ」



「ぎゅうぎゅ」

『シャチホコ、まだ動いてる』



エンぺラビットの瞬発力はとてもすごいが、体力は平凡だ。


一旦は下がらせないと危ない。



「アイツはアドバンスカードで僕のスキルの影響を受けてるから大丈夫なんだ。


お前たちはそうじゃない。休むんだ。お前たちを死なせたくない」



「……ぎゅう」



渋々ながらもギンシャリは頷き、そして第八層へと戻っていく。


そして一方でシャチホコは……



「きゅるう!」



相変わらず英里佳より先回りして先に結晶体を蹴っていた。


そうすることで英里佳が上にいくことを妨害していた。


これで英里佳がエリアボスには向かわないだろうけど……



「上はどうなってるんだ……?」



時折、水晶体が降ってきているようだが、僕が飛竜に乗っていたときほどじゃない。


飛竜のソラも、いつの間にか姿を消している。



「――作戦を変更して、会長があの巣の上に降りてエリアボスの相手をしているんです」



背後からの声に振り返ると、そこには副会長である氷川明衣が立っていた。



「会長が? 一人で大丈夫……なんですか?」


「一応敬語なんですね。まぁいいです。


会長もエリアボス相手となれば撃退は難しいですが、時間稼ぎならば大丈夫でしょう。


基本は防御で立ち回り、エリアボスがほかの者を攻撃しようとしたらそれを妨害しつつ、とにかく徹底してその牽制する。


他の生徒も、貴方を除いて人員を交代させましたが……思ったより作戦が長引きそうですね」



氷川はそんなことを言いながら、空中を駆け回る英里佳を見た。



「まさか彼女一人で北学区の精鋭を撃退してしまうとは……いくらこちらからは攻撃していないとはいえ、あれは間違いなく才能と高い研鑽を積んでいる。


多少手荒な真似をして動きを封じなければこの罠まで誘導はできないでしょうね」



「……何をするつもりですか?」



僕が問いかけると氷川はその手に、会議室で僕に向けた者と同じ弓矢を出現させた。



「足を射ます。


そして動きを封じたところをテイマーのパートナーである迷宮生物に運ばせるか、風系統の魔法でこちらに吹き飛ばす形で追い込みます。


うまくいけば罠を使用せずともそのまま制圧が可能です」


「それは……」



救出とはとても言えない、まるで狩りでもするかのような言い草だが……



「彼女は直接誰かを殺してこそいませんが、骨折した生徒は多数おり、そして今あなたも目にした通りこの作戦で死者が出ました。


これ以上、この作戦を長引かせるつもりですか?」



「……どっちにしろ、僕に選択権はないんでしょ。


ただし、英里佳にもしものことがあったら僕は絶対にあなたを許さない」



僕がそう念押しをすると、氷川は眼鏡――いや、正確には色の薄いサングラスを外す。



「誰に言ってるんですか」



そう言いながら、氷川は弓に矢を番える。



「私は、この迷宮学園一のスナイパーですよ」



――不覚にも、カッコいいと思ってしまった。



「時間もありません、あのエンぺラビットにこちらの指示は届きますか?」


「あいつ耳良いから、この会話も普通に聞こえてるはずです。


シャチホコ、聞こえてるならなんか合図しろ!」



僕がそう言うと、シャチホコは空中を駆け回りながら両耳をパタパタと反対方向に動かして見せた。


それを見て氷川は感心したような表情を見せる。



「……なるほど、主人と違ってとても優秀なのですね」


「おい」


「文句が言える立場ですか?


元はと言えばあなたが飛竜から降りたのが悪いんですよ」


「降りたんじゃなくて振り落とされたんだよ!」



いくら会長のパートナーだからって、あれは無いでしょ。


なんか思い出したら腹が立ってきた。あとであの飛竜に文句言ってやる。



「全世界にあなたの嘔吐した瞬間が流れましたね。汚らわしい。


とりあえず近づかないで貰えます」



殴りたい、この女。


だが、今は氷川の集中力に英里佳の命運がかかっている。


ここは大人しく引き下がる。



「歌丸連理」


「なんですか、もう十分離れてますよ」


「私があなたが嫌いです。嫌悪していると断言します」


「僕もアンタが嫌いだよ!」



なんでこのタイミングでそんなカミングアウトすんだよ!



「いいえ、確実に私は貴方が私を嫌っているよりも数段階上は嫌いです」


「何を張り合ってんだよアンタは!?」


「そんな子供だましのレベルではありません。


あなたという人間が、人格が、性質が、そのすべてが私は嫌いです。


何一つ私は貴方を認められないし認めるわけにはいかない」


「…………意味が分からない」


「わかってほしくもありません」



きっぱりと言い切る氷川の言葉に嘘や虚実は一切なかった。


だからこそ、尚のこと僕は混乱する。



「じゃあ、なんでそれを今言った?」



それはわざわざ今言うことなのか?


そもそも、僕に伝える必要があることなのか?



「味方だと、思ってほしくないからです」



そう言いながら、彼女は弓を引き絞る。



「だからしっかり私の言葉を肝に銘じなさい。


氷川明衣は歌丸連理を嫌悪し憎悪し忌避している。


会長やほかの先輩方の指示が無ければ、もう私は貴方とこうして言葉を交わすことは二度とない、と」



そういって、引き絞った弓から矢が放たれた。



そしてその矢は英里佳へと飛んでいくが



「がるぅ!」


「普通に避けた!」



そう、普通に外れた。


なんかさっきカッコいいこと言ってたけどもう普通に射って普通に避けられて、もう普通に感想に困る感じだ。



「いいえ、これで当たりです」


「は?」



なんだと思うってると、英里佳の視線がこちらに向いた。



――そうだ、今の英里佳は自分に脅威が向く存在を優先的に排除する。


先輩たちがいなくなり、この場残っているのはシャチホコと僕だが、英里佳は本能的に害する存在ではないと感じ取って攻撃はしてこなかった。


だが、今の攻撃で英里佳は氷川明衣を明確な害敵と理解したならば次に彼女が取る手段は――



「がるぁ!!」



英里佳がこちらに向かって迫ってきた。


その目的は、氷川


彼女を撃破するために、英里佳は拳を握り、迫ってきた。



「二つ先の足場を消してください」


「シャチホコ!」「きゅう!」



咄嗟に名前を呼ぶと、英里佳の背後から迫っていた小さな白い影が加速し、そして英里佳が次の次に踏むであろう結晶体を蹴った。


そして次の瞬間、英里佳が蹴る予定だった足場が消え去り、空中で無防備となる。



「――三点射」



そこからすかさず放たれる三つの矢


それは的確に英里佳の両足、そして利き腕である右手を撃ち抜いた。



「が、あああ!?」



「今です!」



氷川が合図として手をあげると、気流が発生して英里佳の体を包み込んだ。


そして英里佳の体はこちらに向かって風であおられていき、結果、英里佳は氷の床の上に転がるように落下してきた。


その体から血が流れていた。



「英里佳!」



早く彼女の狂化を解除しなければならないといけない。


そも思って僕はすぐに英里佳の元へと駆け寄った。


あと少し、手を伸ばせば触れられる。


そう思った時だ。



――僕の伸ばした手は空を切る。



「は」



何が起きたのか、すぐに理解できなかった。



「あ、ああぁぁっ!?」



続いて聞こえてきたのは氷川の悲鳴。


見れば、英里佳に弓を持つ左腕を噛みつかれていた。



「まさか、今の一瞬を左腕だけで移動したのか……!」



信じられない。


僕が知っていた狂狼変化ルー・ガルーよりもスペックが上がっている。


いやでも、先ほどもワサビを足場代わりにしたときだって指先だけで一瞬とはいえ体重を支えて見せた。


僕と詩織さんが13層にこもっている間に……まさか英里佳がここまで強くなっていたっていうのか……!



「っ! シャチホコ!!」


「きゅう!」



このままじゃ氷川の腕が英里佳にかみ砕かれる。


そう思い、咄嗟にシャチホコの名を呼ぶ。シャチホコはその頭に物理無効の“兎ニモ角ニモラビットホーン”を使用して英里佳に向かって体当たりを行う。


すると、英里佳は即座に左手で氷川を殴ってその場から離れてしまった。


その際に氷川は思い切り体が“く”の字に曲がって吹っ飛んできた。



「ああくそ!」



このままじゃ氷の上を滑ってエンパイレンの方へと落ちるということでどうにか僕は受け止める。



「おい学園一のスナイパー! なんとかし――あ、だめだこりゃ」



どうにか受け止めた氷川だが、完全に意識が無い。


口から血を吐いている状態で、おそらく死んではいないだろうが気絶していて、とても戦えるような状態じゃない。


というか、英里佳があの状態で動けるとは思ってなかったので完全に油断していたのだろう。



「が、ぁ……があああ!」



そして僕が見たのは、体に突き刺さった矢を無理矢理に抜いている英里佳の姿だった。



「馬鹿やめろ! そんなことをしたら傷が……!」



矢というのは一度刺さったら抜けないように返しがついている。


それなのに、英里佳はお構いなしと言わんばかりに両足に刺さった矢を抜いた。



ベルセルク、それも狂狼変化ルー・ガルーを含めて肉体を変質させるスキルは自然治癒能力も向上させている。


邪魔な矢が抜ければ、血は流れているが立ち上がる程度はできるらしい。


このままじゃ、すぐに英里佳がまたこの場から上を目指す。



「非常事態だし、許してくれよ」



僕はそう言いながら、氷川の制服の上着に手を突っ込み、そこからとあるスイッチを取り出した。



「トラップ発動!」



スイッチを押すと、周囲に立っていた氷の柱に埋め込まれた機械が稼働する。


各機械から一気にワイヤーが伸びていき、そしてほかの機械とガチンという音と共につながって、それが何度も繰り返される。


その結果、氷の柱が立っていたこの円形の氷の舞台はその姿を檻へと変える。



「東学区特性のワイヤーに加えて高圧電流。触れるだけで大型迷宮生物だって失神確実。


氷の柱だって、相当頑丈に作られているし破壊しようとしてもすぐに上に待機してる魔法使い部隊が修復を試みる。


機械を直接壊そうとしても、そっちにも表面に電流が流れているから触れないし、ゴーレムが踏んでも壊れないお墨付き……らしいよ」



今の英里佳は狂化している。


だが、理性が無いだけで知性が無いというわけでもない。


彼女はこれまで、入り口に置かれたアイテムを使用してエリアボスと戦っていたのがその証拠だ。



「このスイッチを押すか破壊するかしない限りは、電流は止まらないよ」



そう言いながら、僕は英里佳にスイッチを見せつける。


そして最終的にそのスイッチを僕は懐に入れてた。



「――ぐるぅ……!」



英里佳は今、僕を見ている。


本能で理解したんだ。


この檻から抜け出すために僕からスイッチを奪う必要があるのだと。



「ふぅ……はぁ…………よし、来い!」



一瞬だ、一瞬だけでも触れさえすればスキルを発動できる。


それで今度こそ英里佳を助け――



「がるるるる……」


「あ、いや……それはちょっと反則じゃね?」



おもむろに英里佳が何かを手にしたと思ったら、氷の舞台に突き刺さっていた結晶体だった。


それはつい先ほど、エリアボスが放ってきた攻撃に使った結晶体であり、かなり鋭い。


ちょっと大きめのナイフのようなものだった。


前の状況では拳を受け止めることでどうにかしようしたけど……あれを受け止めながらだとかなり厳しい。


というか、当たり所によってはそれだけで死ねる。



「まぁ、それで引くわけにもいかないんだけどね……」



退路は断った。それも自分の手で。


そもそも僕一人じゃどうせこの場から逃げ出すこともできないし、こうなったら破れかぶれだ。やってやる!



「シャチホコは悪いけど氷川を守っててくれ。


英里佳が攻撃を仕掛けて来たら“兎ニモ角ニモラビットホーン”で迎撃するんだ」


「きゅう!?」



驚きの声をあげるシャチホコ


確かに、この状況なら本来シャチホコも英里佳の動きを止める様に指示を出すべきなのだろうが……



「英里佳に、誰かを殺させるなんてことさせたくない。頼む」


「きゅ……きゅう」



英里佳が氷川を狙って来たら、僕では守り切れないし、気絶してる氷川自身も身を守れない。


ならばそれは、先ほど英里佳が危険と判断して回避した攻撃手段をもつシャチホコしかいない。



「シャチホコ」


「……きゅきゅ……」



未だに迷っているように鳴いてが、もうこれ以上返事を待つこともできそうにない。


そう思った時だ。



「――心配しなくても、あんたの馬鹿なご主人様は私が守ってあげるわよ」



上から声がした。


見上げると、唯一ワイヤーが張り巡らされていない真上から一人の少女が飛び降りてきた。



騎士回生Re:Knight、発動」



僕の前に降り立った一人の騎士


その手にもつ剣と盾は女性用として小さいものだけど、その背中は今は何よりも頼もしかった。



「詩織さん……!」


「まったく……もう少し危機感持ちなさいよね、この馬鹿。


おかげで今になってようやく条件満たしたわよ」


「え、何が?」


「うるさい、後で説教よ」



なんか理不尽。



「さぁ、行くわよ榎並。


真正面からあんたに勝たせてもらうわよ」



「があああああああああああああああ!!」



今、最強の騎士ルーンナイトと、最狂の戦士ベルセルクの戦いが始まろうとしていた。

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