第250話 俺たちの勝負はこれからだ!(普通に続きます)
■
「はい、試合終了。
御崎鋼真くんの降参で、歌丸連理くんの勝利でーす!」
ドラゴンの声が会場に響く。
その時、誰もが歌丸連理が御崎鋼真を殺害した、そう思った。
だが、違ったのだ。
連理は鋼真の持っている槍の、その中でもおそらくバッテリー機構が組み込まれている部分を狙って破壊したのだ。
槍を見て、今更ながら充電機能があることを思い出したらしい。
しかし当の歌丸は……
「次、は……左手首、を……」
耳が聞こえてないので、試合終了したこともわからず、再び手に持った剣を構え直す。
『う、歌丸選手、すでに試合終了してますよ!
御崎選手、今完全に気絶してますよぉ!?』
「失禁してますね、あれ」
黙っていれば気付かれなかった余計なことまで言ってしまうドラゴンは暢気なものだった。
しかし、そんなこともわからず連理は鋼真の手首を切ろうとした、その直前……連理を後ろから一人の女子生徒が抱きしめた。
「……え?」
連理はぽかんとした表情で振り向くと、見覚えのある赤みがかった茶髪の少女が背中から自分に抱き着いていることに気付く。
「英里佳……?」
「歌丸くん、よかった……よかった……!」
「……えっと……あー……ん………………あれ?」
連理は英里佳がどうしてリングの上にいるのかわからず、そして鋼真の様子を見てようやく気絶していることに気が付いた。
「……もしかして、僕……勝った?」
「うん、そうだよ、歌丸くん、勝ったんだよ」
目から大粒の涙をこぼしながら頷く英里佳。
連理は耳がよく聞こえないのだが、英里佳が笑顔で頷いているのを確認してその手に持っていた剣が手から零れ落ちた。
瞬間、額の角は消え、目の充血が元に戻る。
鬼気迫るような雰囲気が、誰の目から見ても消えた。
「――…………はぁ」
ゆっくりと、振り返り、英里佳と向き合う。
「歌丸くん……」
「っ……く、ぅ……うぅ……」
その体を震わせ、目から血ではない、普通の涙があふれてくる。
「――く……ぁ、え……っと……その」
涙を流しながら、喉を震わせる連理
その姿を見て、英里佳はそっと手を伸ばし、膝立ち状態の連理を自分に寄りかからせるようにして抱きしめた。
「頑張ったね」
「……こわ、かった」
「うん」
「みんな……いっしょじゃ、なくて……あたまの、なか……ぐちゃぐちゃで……」
「うん」
「いたくて、くるしくて……でも……勝ちたくて…………だから……うれしいのに、なんか……いまさら、急に…………怖くなって……せっかく、勝ったのに、僕……こんな……!」
涙を止めようと必死に歯を食いしばる連理だったが、涙は後からどんどんあふれていく。
今の連理は耳は聞こえない。
だから、ただ彼を安心させたくて、英里佳はほとんど無意識で連理の顔に手を添えた。
「……まったく」
「もう……しょうがないな」
詩織と紗々芽は呆れつつも、二人の姿を微笑みながら見守る。
「なっ!?」
観客席からことを見守っていた千早妃が思わず立ち上がる。
「きゅ」「ぎゅ」「きゅる」
兎たちが耳をピンと伸ばす。
「…………」
そして娘のまさかの行動に、英里佳の母である伊都は言葉を失う。
「おぉ……」
「あらら……」
「わぁ……」
連理の父の誉は呆気にとられ、母の羽月口元をおさえながらその光景を食い入るように見て、妹の椿咲はその光景に憧れる。
「見せつけるッスねぇ……」
背負っていた充電器をそこらに降ろしながら、戒斗はやれやれと肩をすくめた。
――連理の口と英里佳の口が重なる。
一秒か、はたまたもっと長かったのか……突然の英里佳にキスをされた連理は、力が抜けてしまったのか、一気にその顔から涙があふれだす。
同時に、心の中の緊張の糸が完全に切れた。
「――ぅ、うあ、ぁああ……あああああああああああああ、ぐ、ぅ、く、ぅうう……こわ、かった……こわかったよぉおお……!!」
勝負に勝ったとは思えない、なんともみっともない、幼子のように泣き出す一人の少年と、それをまるで母の様に受け入れる小柄な少女がいる。
そんな光景がしばらく続くかと思えば……
「――感動のところ悪いですけど、はい治療ー!」
空気を一気にぶっ壊すドラゴンがリングの上に立ったかと思えば、突如現れた東のドラゴン。
泣いている連理と、それを抱きしめる英里佳はドラゴンの登場に驚く。
しかし、そんなのお構いなしと言わんばかりに連理の傷が治り、さらには血で汚れていた制服も完全に元通りだ。
さらには英里佳の制服についてしまった連理の血までなくなった。
■
突然ドラゴンが現れたかと思ったら、体の痛みが無くなった。
傷も、血の汚れも完全に消えている。
「さぁさぁ、見事な試合でしたよ歌丸くん!」
「っ……耳が…………ずずっ……そりゃ、どうも」
英里佳の手をそっと離し、袖で顔を拭って立ち上がる。
その際、英里佳が少し寂しそうな顔をしていたが、衆人環視の場だ、自重しなければ。
「さてさて、それでは予定通り……御崎鋼真くんがこれまで何をしてきたのか、全世界に公表しておきます。
これでもう彼は破滅が確定でしょう」
「……そんなやつどうでもいい」
未だに気絶している御崎鋼真を見て僕はそう吐き捨てた。
「ですが、ここで困った問題が発生してしまうのですよねぇ~」
「……なんだよ」
「いえ、ぶっちゃけね、もうこの体育祭、これ以上盛り上がりそうにないんですよね。
このまま御崎鋼真くんが代表を続けても、他の人が変わりをやっても結果が変わらない。
全員が保身に走ってしまうんですよ~」
「……何が言いたい?」
「いえ~ですからね~……折角の体育祭の見せ場が今の試合で終わってしまうんですよ。
いえ、別にね、私は全然構わないんですけど~、構わないですけ、ど~…………ねぇ。
とある人物が、代表になってくれたら、もうちょっと盛り上がりそうって思うんですけど~」
ドラゴンはチラチラと観客席を見る。
そこに何があるのかと思って僕も見ると……何故かそこに千早妃がいた。
え、もう目覚めたの? 早いな。
「今、ほら……一応歌丸くんが身柄を預かってるわけですし~……勝手にやっちゃうのは、ほら、ねぇ~?」
「
「歌丸くん、多分心の声の方が出てる」
「ん、んんっ!」
英里佳に指摘されて軽く咳払いする。
「つまり、千早妃を西の代表にする許可を僕に出せ、と」
「あと、点数調整もしたいんですよね」
「点数調整……?」
「――最後の競技だけ得点100倍、とか」
「おい、ふざけんなこの野郎」
そんな点数出されたら今までの競技内容とか全部無意味になっちゃうだろうが!
「でも、彼女がトップになって盛り上がっても、結果はもう変わらないんですよね、これが。
競技開始前に東の主力選手が失踪した、とかならない限りはもう結果は変わらない。
彼女と戦って盛り上がるには盛り上がりますよ。
でも、結果が変わらないんじゃいまいち熱が入らないじゃないですか」
「それに」とドラゴンは言葉をつなげる。
「君は結局、一度も本気の神吉千早妃と戦っていない。
それで胸を張って彼女に勝ったと言えますか?」
その言葉に、胸につっかえが出来た気がした。
こんな言葉で即座に気にしてしまうとは……我ながら物凄く単純だ。
だが、これは僕だけの問題ではないわけで……
「歌丸くん」
そう思ったら、英里佳が隣で僕の手を握った。
「――私も、戦いたい」
「……え?」
「……ほう」
英里佳の言葉に、僕だけでなくドラゴンまで驚いている。
「歌丸くんが西に連れていかれるっていうリスクはあるけど……でも、歌丸くんだけが戦うわけじゃない。
今度は、私も、詩織も、紗々芽ちゃんも、日暮くんも……みんなで戦う。
それなら、誰が相手でも私たちは勝てる。
……そして、証明する」
そう言って、英里佳は先ほどドラゴンが一瞥した観客席にいる千早妃を指さした。
「――あなたなんかに、歌丸くんは絶対に渡さない。
ぽっと出の分際で、調子に乗らないで」
「…………は」
英里佳の言葉、本来なら聞こえないくらいの距離のはずなんだが……おそらくドラゴンが魔法でこの会場全体に声が届くようにしているのだろう。
千早妃の呆気に取られた声もばっちり聞こえた。
「正真正銘、正々堂々真正面から叩き潰す」
「――は、はは……随分な言いようですこと……調子の乗っているのはそちらでしょう?
連理様は、私のために戦ってくださったのですよ」
「歌丸くんは別に貴方じゃなくても戦う。私や詩織や紗々芽ちゃんの時も無茶して戦う」
「っ……そ、それならあなたも別に特別というわけではないのでは?」
「それは違う。
凄く不本意だけど、私も……そしてあなたも歌丸くんにとっては特別になってる」
英里佳からまさかそんな言葉が出ると思ってなかったのか、千早妃がちょっと目を見開く。
……って、いや、あの……なんかそういうことをバッサリ言われると僕が節操のない駄目男みたいに聞こえるんじゃ……
そんな僕の不安をよそに、英里佳は再び千早妃を指さす。
「だけど序列はハッキリさせる。
あなたは私よりも、下。格下なの。
それをはっきりわからせる」
「――あ”」
ちょっと、女子が出しちゃいけない声出してるよ千早妃さんっ!?
「あ、あの英里佳、それに千早妃も……ちょっと、そういう混み入った話はまた場所を変えて……」
「歌丸くんは黙ってて」
「連理様は下がっててください」
「あ、はい」
あまりの迫力に頷いてしまった。
おかしいな、僕って当事者なはずなのに……
「あと、もう一つここで宣言させてもらう」
「さっきから好き勝手言っておきながらまだ何か……?」
「歌丸くんの力は、次代に引き継いでいくべきだと言った。
そしてその力でいつかドラゴンを倒すのが最善だと」
「ええ、そうです。それが当たり前です」
「そんなの、私は納得できない」
「何を納得できないと?」
英里佳は僕の手を握り、そして痛いくらい強く握ってくる。
……本人は無意識なのだろう。
だけどその手から、勇気を分けて欲しいと……そんな気持ちが伝わってきた気がした。
「――私が、私たちが、誰よりも最初に、世界中が諦めていたドラゴンを、本気で倒そうって誓ったの。
他の誰かじゃない。
私、榎並英里佳が、歌丸連理と、一緒に、ドラゴンを倒すって約束したの!
他の誰かになんて絶対に譲らない。
これは、私と歌丸くんの、大事な大事な、世界一大事な約束なの!
理屈だけこねて、私たちの約束を邪魔をするのは、絶対に許さない!
――ドラゴンを倒すのは、私と、歌丸くん……チーム天守閣!
これは絶対に譲れないし譲らない!」
「そのために、連理様が死んでもいいと?
死にますよ、絶対に。
連理様が、死んでしまっても、本気でいいんですか?」
その言葉に、体育祭前日のカフェで英里佳は何も答えられなかった。
だが、今は違う。
僕がそう思って強く手を握り返すと、英里佳は一瞬だけ僕を見て頷いた。
そして、英里佳は揺るがない意志を込めて宣言する。
「歌丸くんが死んだら私も死ぬだけ」
「なっ……」
「歌丸くんがいない世界なんて、どうでもいい。
後のことなんて知らない。
歌丸くんがいなかったら、どうせもうドラゴンを倒すことなんて未来永劫不可能なんだから。
その時は諦めて私も死ぬ」
「む、無責任にもほどがあります!」
千早妃の言葉には、きっと誰もが頷くことだろう。
僕は僕が望まずとも世界の中心に来てしまったのだから。
「これはあくまでも自己完結の自業自得。
私たちが自分の意志で始めたこと、その意志で歌丸くんが勝ち取った力!
あとからあーだこーだと、何もしてない連中からどうこう言われる筋合いはない!
勝手に私たちに、私たちと関係ない責任を押し付けるなんて、そっちの方が無責任だ!!
そんなの、絶対に間違ってる!!」
英里佳の言葉に、僕自身がずっと抱いていた何かが外れていく気がした。
自分でも、無意識に義務とか責任とか、そういうことを気にしていたのだなと自覚する。
それが今、英里佳の言葉で解放された。
「私の復讐も、歌丸くんの約束も、みんなとの絆も、全部私たちのもの!
他の誰かに好き勝手なんてさせないし、認めない!」
そう宣言した途端、英里佳の身体が光を発する。
「きゅきゅーう!」
観客席にいたシャチホコも光ったかと思えば、その光がこちらに迫ってきて英里佳にぶつかる。
激しい光が発されたかと思えば、僕の隣にいる英里佳の姿が変化する。
「――そんな無責任なことを言う相手に、私は遠慮も容赦も心配もしない。
これは、そのための力!」
シャチホコと融合した英里佳
兎の耳が殺気立っているのか毛が全て逆立っている。
見た目は可愛らしい少女だが、会場全体が英里佳の発する気迫に気圧されているのがわかる。
「文句があるならかかって来いっ!!
全部まとめて、蹴り潰してやる!!」
「っ……わかりました。
あなたのその間違った思想も、意志も、私が止めて見せます!!
あなたに連理様は絶対に渡さない!!」
千早妃のその宣言で、すべては決した。
「――だそうですが、どうします、歌丸くん?」
答えなど分かり切ったうえで訊ねてくるドラゴン。
ここまで言われて断るほど、僕は無粋ではない。
無粋ではないが……このまま大人しく引き下がるほど大人でもない。
「その前に一つ、いいですか?」
「なんです?」
「交換条件として、学園長は英里佳の一撃受けて下さい」
「え”」
今まで聞いたことのないドラゴンの詰まった声
そして、僕は英里佳の手を放し、少し距離を取ると、英里佳もその意志を読み取ってその場で構える。
いつの間に制服が迷宮仕様に変化し、足にはレイドウェポンのブーツも装備してる。
「まさかここで引き下がるなんて、盛り下げるようなことはしませんよね、学園長?」
普段よりもかなり丁寧に、そしてここ最近一番にこやかにドラゴンに向かって話しかけた。
対するドラゴンは数秒ほど固まったあと、顔を手で覆って空を仰いだ。
「……は、ははは……これは一本取られましたね!
ええ、いいでしょう!
受けますよ。どうせ本体じゃありませんからね!
死ぬほど痛いですけどね!!
さぁ、どうぞ! 一思いに一撃で!!」
「言われなくても――――
英里佳が全身に紫色の光を纏う。
「これが――私たちの、掴んだ力!!」
そしてその光は、今まで見たものよりも遥かに強い。
「
放たれる英里佳の最強スキル。
それがドラゴンの顔に勢いよく叩き込まれる。
衝撃は無い。
ドラゴンスケルトンの時と比べればとても静かなものだった。
英里佳の蹴りはまるで空を切ったかのように振り切られる。
「「「「「…………………………」」」」」
会場全体が沈黙し、その光景を目に焼き付けた。
あの、ミサイルも大砲も、核爆弾ですら効果が無かったドラゴン
――その首が、たった一人の少女の蹴りによって消し飛んだ。
その事実が、今、改めて世界中のすべての人間の胸に刻みつけられた。
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