第249話 エキシビジョンマッチ④ 一人じゃ弱い。だから勝つ。



「はぁ、はぁ、はぁ……!」


「千早妃様、まだご無理はしない方が!」


「そうです、まだ起きたばかりなのですよ?」


「そんなこと言ってられません! 連理様が、今、御崎鋼真と戦っているのですよ!」



試合開始の直前、疲労が完全に抜けるまで目覚めないと念押しされていた神吉千早妃は、驚くほどの回復力を見せて目覚めたのだ。


しかし、すでに歌丸連理と御崎鋼真の試合は開始の直前で、ホテルから出る頃には試合が始まっていた。


そして、付き添いである護衛二人の制止も無視して、ようやく試合会場に到着し……そこで彼女は見る。



『ちょこまかと逃げてんじゃねぇぞ、歌丸連理ぃいいいいいいいいいいい!!』


『がぁああああああああああああああああああああああ!!』



凄惨


そんな単語が真っ先に浮かぶ。


左目から血を流し、右手首に明らかに酷い怪我を負っている御崎鋼真は、左手に持った槍を振り回してリングの上に突風を発生させている。


そして歌丸連理だが、こちらは左腕が明らかに尋常ではないほどの傷があり、そこから現在進行形で血が流れ続けている。


それでも右手で剣を振ると同時に高速でリングの上を移動し、時折思い切りリングを蹴ったいるようでコンクリートの舗装にひびが入る。



「連理様……!」



傷の度合いは明らかに連理の方が大きい。


連理は腕の傷以外にも体中に切り傷があり、他にも時折突風を回避しきれずにリングの上を転がりまわりるので、打撲なども負っているはずだ。



「すぐに止めなくては……!」


「それはやめておいてくれないッスかね、お姫様」



先ほどまで誰もいなかったはずの空間に、突如姿を現す戒斗



「戒斗様……もしや、ずっとそばに?」


「念のためッスよ。


まぁ、ここまでくればあとは心配はないッスね。


……とにかく、今は大人しく見てるッス」


「そんな……!


連理様のあのお姿を見て何とも思わないんですか!


このままでは連理様が死んでしまいます!」


「――本気であいつのことを想うなら、余計なことはするな」



普段のおちゃらけた雰囲気はなく、それこそ視線で相手を殺さんとせんばかりの迫力で戒斗は千早妃を睨みつけた。


そのあまりの迫力に、千早妃は言葉を失う。



「お前と同じか、それ以上にあいつのこと心配してる連中が、あいつのこと応援してんだよ。


連理が勝つって言って、その言葉を信じて、心配な気持ちを押し殺して必死に応援してる奴がすぐそこにいるんだ。


連理だけじゃなく、そいつらの覚悟を踏みにじるようなことをするなら、俺は絶対にテメェを許さねぇ」



「っ――……恨まれても構いません。


それでも、私は連理様に生きて欲しいのです。


そのためなら手段は選びません」



そう覚悟を胸に戒斗に立ち向かおうとした千早妃だが……



「――そらあかんよ、神吉千早妃はん」



その覚悟を打ち砕くほどの圧倒的な存在感が、彼女の背後に現れた。



「なっ……!」

「学園長……!」



突如出現したのは、西のドラゴン


西のドラゴンが、千早妃の肩に手を置く。


たったそれだけの動作なのだが、当の千早妃は全身が鎖で縛られたかのような重圧に身動き一つ取れなくなった。



「男と男の決闘、そしてその景品である千早妃はんが出張るのはもっと後や。


予想外にはよ目ぇが覚めたやうんは見逃しても、邪魔しぃならこっちも黙ってはいられへんぞ?」


「ぁ……っ……」



間近で聞くドラゴンのその言葉に、思考が定まらない。


ただ、早く逃げたいという、生存本能の絶叫で理性が狂いそうになる。



「ふふっ……口だけは達者やけど、やっぱまだまだ未熟やな。


筋が通ってるだけで、筋を通し切る気概がないわ。


榎並英里佳とは真逆やな。向こうは気概ばっかりで筋が無いわ。


でも彼女、自分と東の二人揃った時ですら立ち向かおうとしたで?」



肩から手が離れ、それでようやく息を吸い込む。


完全に呼吸が止まっていたことに、千早妃はその場に座り込んでようやく気付く。



「歌丸くん守るために、な」



そんな西のドラゴンの言葉が、深く深く自分の胸に突き刺さる。


――今まで英里佳は、こんなプレッシャーを放つ存在を前に敵意を剥き出しにしていたのか、と。


(ただ傍に立たれただけでここまで苦しいというのに……あの人は…………!)



「しっかし……中々見どころのやる坊主のようやな。日暮戒斗。君の名前はよう覚えておく」


「……そいつはどうもッス」



かなりの実力者である戒斗ですら、真正面からドラゴンに敵意を向けようなどとは考えはしない。



「さて、折角やしアドバイスや。


歌丸くん、どないやら詰めがまったいちゅうか、うっかり忘れとるようやからな。


このままや彼は負ける」


「なっ……」

「そんな……!」



西のドラゴンの言葉に、戒斗も千早妃も愕然とする。


その一方で、西のドラゴンは微笑みを浮かべながら続ける。



「そないならへんやうに、君たちの協力が必要になるやろ。


神吉千早妃、君が本気で歌丸くんの勝利を信じるやったら……未来をよう見てみるってええで」





颯、パワーストライク、颯、パワーストライク、パワーストライク、颯!


スキルを途切れずに連続で使用し、相手の槍から突風が発生させられるタイミングをずらして回避。


そして風が過ぎ去った直後に一気に颯で間合いを詰める。



「――隙ありぃ!!」



斬鉄の型――中位スキル・斬鉄一閃



「無ぇよそんなもんっ!!」



斬鉄の型・剛式――上位スキル・鎧通



此方の攻撃などものともせずに圧倒的な力で押しつぶそうとしてくる御崎鋼真


奴のスキルの前に、僕の放った斬撃は呆気なく弾かれ、そのまま槍は僕の身体を貫こうと迫る。



空蝉の型――初級スキル・空蝉



昨日の詩織さんの試合を思い出し、同時にスキルを発動させた結果、僕は奴の放った槍の上に乗る。


というか乗れた! 凄い、僕にもできた!


命懸けの試合の最中だというのにそんな風に感動を覚える僕。


その状態からすぐさま颯を使って逃げる。


僕にはここから追撃して追い詰める技量はできない。



「ああもう、ちょこまかと鬱陶しい……!」


「こっちのセリフだ、しつこいんだよ!」



試合の状況は、お互いに酷い怪我を負いながらも膠着状態に入った。


時計を見ればもうすぐ九分経過となる。


最初の二分間くらいで一気に戦況が変わったから、彼こそもう七分近く同じようなことを繰り返すこととなる。


ルール上はあと六分で僕の勝ちだが……



「――はあああああああ!!」



突風が強まり、フェイントを入れて回避したが、今度はそのフェイントすら読まれて僕は風によって吹っ飛ばされてしまう。



――もっと速く、もっと速く動かなければ!!



「――ぅ、う、ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



右手に握った魔剣を振り回し、リングの上を颯を使用して走り回る。



「歌丸連理、お前まだそんな力が……!」



御崎鋼真は天才だ。認める。


だから僕の浅知恵のフェイントなんてすぐに読まれて対応される。


ならば僕はもう何も考えない。


とにかく目につく範囲に颯を使用して高速移動しまくる。



『十分経過しました!


試合終了まで残り五分です!』


「っ……テメェ、やっぱり初めから逃げ切るのが狙いか!!」



御崎鋼真は狙いを定めて剣を振るのではなく、リング上すべての範囲を覆う突風――いや、竜巻が舞い上がる。


攻撃ではなく、僕の動きを妨害、尚且つ引き寄せてそのまま刺し殺すつもりのようだ。


そうならないように颯を連続使用して引き寄せられる風とは常に逆方向に動き続ける。



「――え」



だが、突然、僕の足は僕の意志とは無関係に止まった。


突然、足に力が入らなくなったのだ。


より正確に言えば、力を込めてもそれが逃げていく。



結果、僕はそのまま地面に倒れ込む。



「……あ?」


『こ、これは一体……歌丸選手、倒れたまま立ち上がりません』



僕の変化に周囲も気づいたようだ。


まずい、まずいまずい、どうして動かない?


筋肉疲労とかそう言うのは僕には無縁だし、足が攣ることもスキルで防がれてるはずなのに急にどうして――



「――あー、疲労骨折してますねぇ~」



そんな僕の疑問に答えたのは、間の抜けたようなドラゴンの言葉だった。



『ひ、疲労……骨折ですか?』


「歌丸くんの耐久値は確かに上がってますけど……ぶっちゃけあんな激しい動きに対応しきれるスペックじゃないんですよね。


いくら筋肉が瞬時に修復されても、骨の方は直らないので、まぁこういうこともありますよね。


何とも気の抜けることですが、これも勝負ということでしょうねぇ~」



ドラゴンの言葉が遠くに聞こえて、思考が止まりそうになる。


何も考えられなくなりそうになり――



「――歌丸くん、すぐ棄権して!!!!」



英里佳の悲鳴のような言葉が聞こえた。



「それはっ……」



想定通りに事が運ばなかった。


そして時間は既に十分経過した。


もうここは棄権することしかできない。


頭ではそう分かっているのが納得できない自分がいて……そんな僕の躊躇いを御崎鋼真は見逃さなかった。



「言わせるかよ」


「っ――――、―――――――!!」



突如声が発せられなくなり、そして自分の左腕の傷に異様な変化が生じた。


――傷口から流れる血がまるでお湯の様に沸騰している。


そして全身の傷からも同じような現象が起こる。


そして、口の中も泡立つ感覚がして、視界が揺れ、激痛に目が開けられなくなる。



「――――――――――――――――――!!!!」



堪らず絶叫しても僕の耳には音が聞こえず、代わりに体の中でボコボコという泡が弾ける音が骨伝導で拾われる。


死線のスキルが迫り来る危機を僕に教え、僕は即座にスキルのままに横に転がる。



「――っぁ、あああああああああ!!!!」



声が戻り、同時に自分が今まで呼吸ができていなかったのだと知る。


目を開けると、視界が真っ赤になっていて、どうやら眼の血管が破裂したらしい。


そうでなくても鬼化の影響で充血していたのに、さらに血の涙まで流すとかどんなホラーだ。



「げほっ、ごほっ……!」


「喋らせない。


お前は自分の罪を悔いて、たっぷり苦しませてから殺してやる」



そして、再び僕は体の内側から泡の破裂する音を聞く。



「――――――――――――――!!!!」





「おやおや、これは酷い。


歌丸くんの周囲だけ局地的な真空状態を作っているようですね。


足が止まった歌丸くんに、あれを回避するのは至難でしょうね」



暢気なドラゴンの声


そして余りの惨状にその場にいた誰もが言葉を失う。


立つこともできず、そして真空の中で体中の水分が沸騰させられる歌丸連理は、痛みにのた打ち回る。


しかしその絶叫すらも真空によって遮断されて誰の耳にも届かない。



「――歌丸くん!」

「――連理っ!」



英里佳が、詩織が真っ先に武器を構えて観客席から会場へと飛び出そうとする。



「きゅきゅうううううううう!」

「ぎゅうう!」

「きゅるるるる!!」



連理のパートナーである兎たちも、これ以上は黙っていられなかった。


もはや棄権すれば勝利は確実だというのに、それをいたぶって楽しもうなど絶対に認められないと、リングに向かおうとしたが――



「――許しませんよ、それは」



実況の席にいるはずのドラゴンの声が、すぐ傍に聞こえた。


その瞬間に、英里佳、詩織、そして兎たちの動きが完全に止められる。


意識もしっかりあるのだが、体が動かない。



「……学園長、まだ試合を続けるつもりですか?」



その場にいてまだ体の自由が利く紗々芽は、今この会場にいるほとんどの人の言葉を代弁した質問をドラゴンにぶつけた。


実況席にいたドラゴンは、顔だけ紗々芽に向ける。



「もちろん続けます。


それがルールですから」


「このままでは、歌丸くんが死んでしまう。


それでもですか?」


「それでもです」



ドラゴンの楽しそうな言葉に、紗々芽は無力であることを自覚しながらも殺意を覚える。



「――大丈夫です」



そんなとき、その場に一人の少女が現れる。



「……千早妃、さん?」



まだ眠っていると思っていたはずの人物の登場に、紗々芽はもちろん、動けなくなった英里佳も詩織も驚く。



「今は、連理様のために動かないでください」


「何を根拠に?」



冷たい眼差しで問う紗々芽。



「私の能力は知っているでしょう。


チャンスは必ずやってきます」



千早妃のその言葉に、誰もが我に返った。


未来予知


その能力を持つ彼女が、歌丸連理の勝利を信じているのだ。



「……ズルい女と、笑っていただいても構いません。


本来の私には、こんなことを言う資格もないのだと重々承知しております」



そして、今までは違う、強い覚悟を込めた目で、千早妃は紗々芽を、詩織、英里佳を見る。



「ですけど今は、私の力を信じてください。


そして……連理様のことを、信じてあげてください。


それこそが……今、一番の連理様の力になるんです」



そう言って、千早妃は深々と頭を下げた。





「連理」



歌丸連理の父である歌丸誉は、息子の苦しむ姿に胸の奥を掻き毟られるような思いになる。



「連理、やめて、お願い……もう……!」



母である羽月は、その姿を見てられずに顔を伏せてしまう。



「ぅ、うぅ……!」



妹である椿咲も、母と同じように今の兄の姿を見ていられず、母と抱き合って顔を伏している。



「誉さん」



そんな三人に声をかけたのは、生徒会の腕章を身につけた生徒――来道黒鵜であった。



「試合を止めましょうか」



一応訊ねてはいるが、すでに黒鵜は試合を妨害する気満々だ。


試合を止めようとすればドラゴンに妨害されるが、来道のスキルならばそれも突破が可能になるはずだ。



「――いいえ、手は……出さないでください」


「あなた……!」


「お父さん、どうして……!」



まさかの父である誉の言葉に、羽月も椿咲も、そして訊ねた来道も納得はできなかった。



「このままでは息子さんの命が危ないんですよ」


「わかってます。


ですが……」



そこで来道は気付く。


誉のズボンに置かれて手……そこからズボンが赤く滲んだ汚れが出来ていることに。


彼は今、手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめていたのだ。



「あの子は今、言葉は発せられなくても、参ったという口の動きすら見せていないんです」



誉が真っ直ぐに見る連理


彼は未だに真空に閉じ込められ、体中の血が沸騰しもがき苦しみ、のた打ち回りながら必死に脱出し、そしてまた、真空に閉じ込められる。


これを何度も続けている。


だが……言われた通りによくその口もをと見てみると、連理が叫び声を上げようとする以外では口を動かしていない。


「参った」とか「棄権する」とか、そんな口の動きを一切しないのだ。



「それに……あの子はまだ手を魔剣を握ってる」



自分の手から血が出ているのに、誉はさらに手に力を込める。



「諦めた人間は、決して何も掴もうとはしない。


まだあの手に魔剣がある限り、あの子は勝利を諦めてない。


諦められない。


連理がまだ勝ちたいという気持ちがあってあの場にいるのなら……私はあの子を応援したい」


「…………わかりました。


なら…………もう少し、ギリギリになるまでは見守ります」



そう言って、来道はその場から離れようとする。


そのとき、会場全体がどよめく。


試合が動く。





「ちっ……」



のた打ち回る連理の姿を見て悦に浸っていた鋼真だったが、自分の槍を見て舌打ちをする。


彼は元々戦士職で、魔力量は特別に多いわけじゃない。


故に、魔力が尽きたのだ。


もう連理を真空に閉じ込めて、もがき苦しむさまを見るはできず、思わず舌打ちをしてしまった。



「まぁいいか……流石に傷も痛んできたし……さっさとテメェを殺して治療とはいるか」



最上級スキルは非常に厄介だったが、今の連理は足の骨が折れて立ち上がることもできない。



「どんな気分だ、これから死ぬのって」



そんな状態ではスキルも碌に使えないと判断し、近づいて槍を突き刺してやろうと考えた。


だが、その時だ。



「――ぼく、の、勝ちだ」



全身が斑模様に赤黒くなった姿の鬼が、顔上げた。





――体中が黒い痣のようなものを纏う。


蒸発した血液で、残った鉄分とかが張り付いているのだろう。


もうどれくらいの血が無くなったのかもわからない。


ただ、血界突破のスキルが無ければ僕はもうとっくに干乾びていたことは理解できる。



「――――」



御崎鋼真が何か言っているが、聞こえない。


どうやら鼓膜が破れてしまったらしい。


だが……状況は理解できる。


奴はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらこちらに迫ってきている。


時計を見る。


視界がぼやけるが、まだ二分以上時間があるのは確認した。


時間一杯まで僕を苦しめるのではなく、それでも接近してきたということは……答えは一つ。



――魔力切れだ。



「――ぼく、の、勝ちだ」



身体に残ったなけなしの魔力で、柄に着けて置いたに魔力を込める。






その瞬間は、殆どの人間が予想外の光景に目を疑った。


突如、リングの上のいたるところで何かが光を発したかと思えば、次の瞬間にはそれらが光の帯によってつながり、御崎鋼真に収束し、光の帯でその手足の自由を奪ったのだ。



「な――」


『こ、こここれは一体、どういうことだーーーーーーーーーーーーー!?』



実況が唾を飛ばすことも気にせずにマイクを持って絶叫する。



『突如御崎選手が、光の帯らしきもので拘束されてしまった!


学園長、これは一体どういうことでしょうか!?』


「あれは歌丸くんのレージングですね」


『レージング……って、たしか試合開始直後にばら撒かれた、あの!?』


「そうです。


歌丸くんは初めからこれが狙いだったのでしょうね。


手首の攻撃、颯での高速移動……真空で苦しむのは予想外だったのでしょうが、とにかく御崎鋼真君に魔力を使わせたかった。


昨日の試合で見せた爆発……それさえなくなれば、レージングの拘束を御崎鋼真くんが突破することは不可能になりますからね」


『な、なんという、作戦? いや、違う、これはもはや、執念!!


勝つために自分の命すら天秤に乗せ、それが今、結果として現れています!!』



会場にいた多くの者がいまだに立ち上がることもできない歌丸連理という少年に、恐怖を抱く。


足が骨折した時点で、作戦は失敗したはずだったのだ。


それが、鋼真が連理に抱く憎悪、苦しめたいという傲慢が、首の皮一枚で彼の勝利へとつながった。


もしかして、それすら計算に入れていたのではないのかと思ってしまうほどに……場の流れが、完全に変わったのだ。



「――――ふー、ふー……!」



魔剣を手から口にくわえ、四つん這いになりながら体を拘束されて倒れた鋼真の元に向かう連理。


とても勝者とは思えない、獣のようなその姿


魔剣の力で鬼化し、全身が自身の血が乾燥したために赤黒い文様のようになっているその姿は、化け物としか形容できないものだった。



「こ、の、く、来るな! 来るなぁ!!」



あまりの迫力に恐怖心を覚えたのか、御崎鋼真は悲鳴をあげる。


風を発生させようとしたが……やはりもう魔力が残っていない。


自分のダメージ覚悟で爆発のような衝撃波を発生させれば、この拘束を抜け出せる可能性があるというのに



そう思った直後、観客席で見覚えのあるリュックらしきものを背負った人影を見つけた。



「――俺を、舐めるなよ歌丸連理!!」



槍を少しでも動かして高い位置にあげる。


――あのリュックは大容量のバッテリー


そこから専用の機材でマイクロウェーブを飛ばし、この槍に電気を送れる。


その電気を魔力に変換し、衝撃波を発せさせる。


昨日三上詩織との試合でも使った反則だ。



(今回は使用しないと考えていたのだが、念のために準備させておいて正解だったな!)



そして自身の勝利を確信する三上鋼真



――そう、本来の予定では、彼は確かにここでレージングの拘束を脱し、歌丸連理を刺し殺せた。



だが、彼は理解していない。


経緯はどうあれ、ノルンという存在を失った彼には……確定した未来を覆されるということを



「――なぜ、おい、どういうことだ、なんだこれは!!」



槍が何の反応も示さない現状に、怒りから叫ぶ御崎鋼真



(さっさと充電をしろ、このままでは俺がこのザコに…………っ!)



そして、御崎鋼真は目を見開く。


リュックを背負った人物の姿が、ぼやけたかと思えば、先ほどとは違う人物がリュックを背負っていたのだと。


そしてその人物は……不敵な笑みを浮かべながら、銃を構えるみたいに指を向けてきた。



「――テメェの負けっスよ、御崎鋼真」



声は決して届かないが、彼にはこの時、確かにそう聞こえた。



「ひ、日暮、戒斗ぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



日暮戒斗が、そこにいたのだ。


自分の用意したスタッフではなく、敵である日暮戒斗が、肝心のマイクロウェーブ充電装置を背負っている。


そんな事実に混乱をした御崎鋼真だったが……



「――ふー……!」


「――ひぃ」



荒い呼吸音に、情けない声が漏れた。


すこし見上げれば、赤黒い斑な模様の肌の鬼が、そこにいる。



「や、やめ、やめてくれ……!


わ、わかった、俺が悪かった!


謝る、あとで謝罪でもなんでもする!


もうお前らに手出しはしない、だから、だから頼む、見逃してくれ!!


お、俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだ!!」



必死に懇願する御崎鋼真


しかし、負けを認める発言自体はしない。できるはずがない。


ここで彼が負ければ今までの不正行為のすべてが白昼の元に晒される。


それは彼にとって死と同義なのだ。だからそれは絶対に避けなければならない。


ならないのだが……歌丸連理は、膝立ち状態になって、口にくわえていた剣を右手で逆手に持ち替え、高く掲げる。


まるで、これから刺そうとするように。



「待て、待て待て待て馬鹿待て馬鹿野郎馬鹿、待て待て待って、お願いします待ってください待って!!」



涙を流し、首を大きく横に振りながら絶叫する御崎鋼真



「金か、金ならやる!! だから頼む、この試合だけは、な、な、ななな、なぁ!!


頼む、頼むって、なぁ!! やめてくれ、お前にも損はないから、な、なぁ!!


お、女でもいい、家、か、車か、いいや、ほら、あの、ほほほほら、スペースシャトルだって用意し――あ、ああああ、待て待て待て待てやめろやめてやめ、待ってくれぇぇえええええええええ!!」



剣を構えることを止めない連理の姿に、とうとう失禁すらしてしまう御崎鋼真


そんな彼に、歌丸連理は絶望的な言葉を告げた。



「鼓膜、破れてて、お前が何言ってるか聞こえねぇ」


「――――――――こ、こうさ」



連理は剣をその場で思い切り突き立てた。

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