第248話 エキシビジョンマッチ③ 魔剣士・歌丸連理(強いとは言ってない)



開幕即行で放った【颯】により、僕の初撃は狙い通りに御崎鋼真の右手首を斬りつける。



「が、ぁあああああああああああああ!?」



御崎鋼真は絶叫と共に負け蹴りを放ってきたが、その動きも予想通りで事前に動いて回避し、刀身が手首半ばまで入っている状態で思い切り



「――――――――!?」



声にもならない絶叫を上げる御崎鋼真


その叫びの代わりともいうかのように、奴の握る槍から衝撃波が発生して僕の身体を吹っ飛ばした。


とはいえこれも想定の範囲内。


刀で自分を斬らないように意識しながら受け身を取ってリングの上を転がり、すぐに立ち上がる。



「手が、俺の……手、手がぁああああああああああああああああああああああああああ!!」



見れば、御崎鋼真の右手からは槍が零れ落ち、そして出血の激しい右手を抑えながらその場で絶叫していた。



「想定以上の成果だ。


失血死する前に棄権でもするか?」



感情がやや昂っていて強気な発言がホイホイと出てきそうになる。


これで僕に意識覚醒アウェアーのスキルが無かったらとっくに暴走していたところだろう。



「あ、ぐ、ぁ、が……!」


「おいおい、どうしたんだよ御崎く~ん。


そんな生まれたての仔馬みたいにガクガク震えちゃってさ~


もしかして寒いんですかぁ~」



奴がイラつくであろうイントネーションで名前を呼んでやると、右手を抑え、額に脂汗を噴き出した顔でこちらを睨んでくる。



「こ、ろすぅ……殺してやる、絶対に、殺す……!」


「こっちは初めから殺る気満々なんだよこのゴミクズ野郎が」



御崎鋼真は左手で槍を拾い、そしてその場で構えて槍を振るった。


それに合わせて風の斬撃が僕に向かって飛来してくるが……



「颯」



僕は即座に颯のスキルを使用し、何もない虚空に狙いをつけて剣を振るい、高速移動で見えない斬撃を回避した。


詩織さんみたいに切り払えればカッコいいんだが、流石にそこまでは無理だった。



「この、ザコがぁああああああああああ!!」



奴は僕に向かってもう遮二無二に風の刃を飛ばして来るが、僕はひたすらに颯でランダムにリングの上を高速移動し続けて回避する。



『これは、歌丸選手、リングの上を物凄い速度で移動してます!』


「颯の応用ですか。なるほど、本来ならば一撃必殺となる最上級スキルを惜しみもなく逃げに使う。流石ですね」


『で、ですがスキルは基本クールタイムなどが必要で、連続二回が限界な上に、使った直後に反動で体が麻痺するはずでは……?』


「そこも歌丸くんのスキルですね。


筋肉疲労と、筋肉の硬直を解消するスキルを持っているからこそできる荒業です」



いつの間にか解説席にいたドラゴンが僕のスキルについてネタバレしやがる。



「――このザコがぁ!!」



叫びながらまた御崎鋼真の風の刃が放たれ、これを颯でさらに回避しようとした――のだが……



「どわっ!?」



僕は気が付けば地面の上を転がっている。


颯を使用した直後に、足を斬られて踏ん張りが利かなかったのだ。



「な、なんで……?」



痛みよりも疑問符が頭の中に浮かぶ。


何故今斬られた?


こっちは高速移動してるはずなのに……?



「――単調すぎるんだよ、ザコが!」



そんな言葉と共に、僕は咄嗟に急所を両腕を交差してガードする。


すると、心臓と頭を狙ったであろう斬撃に両腕から血が噴き出る。


――制服の耐久力が鬼化して上がってなかったら死んでたな。


そう確信し、痛みの具合から斬撃は骨まで届いていたことをなんとなく悟る。


それでも即座に立ち上がる。


骨にヒビが入ったような状態であるが、筋肉はもう修復されているので問題はないはずだ。



「この、馬野郎!!」



やられたらやり返す。


ここで怖気づいては折角握りかけていた主導権を持っていかれる。


それでは駄目だと僕はもう一度、颯を発動させて接近する。


今度は相手の左手に狙いをつけるが――



「だから単調なんだよ馬鹿が!」



完全に僕の行動を読んでいたのか、刃が相手に届く直前に空気が炸裂し、その衝撃波で僕は吹っ飛ばされる。





観客席にて、歌丸連理と御崎鋼真の戦いを見ていて榎並英里佳、三上詩織、苅澤紗々芽、そして連理のパートナーである兎たちや、連理の家族、北学区の関係者が集まっている一角


その場にいた誰もが、歌丸の初撃に圧倒されたが、今度は血を流しながらリングの上を転がるその姿に誰かが悲鳴をあげた。



「歌丸くん……!」


「やっぱり対応が早い……!


怒り狂って戦い方が荒くなるはずなのに、あいつ理性と感情がマッチさせずに戦えるのよ。


正真正銘の天才よ」



英里佳が連理の姿を見て顔を青くする一方で、詩織は御崎鋼真の才を改めて認識させられる。


もし逆の立場ならば自分はあそこまで冷静に対応できるだろうかと。



「…………あの、榎並さん」


「……何かしら?」



そんな中で、紗々芽は近くに座っていた英里佳の母であり、今回連理の指導をした榎並伊都に問う。


ちなみに、現在は紗々芽と詩織を挟む形で英里佳とは反対側に座っている。



「歌丸くんはこのまま勝てますか?」


「勝利条件の一つは達成しました。


あとは頑張り次第ですね」


「……もしかして、御崎鋼真の失血死が狙いですか?


確かにあの傷なら長くは戦えないかもしれませんけど……」


「それで勝てるなら、あの少年はあそこまで増長はしません。


御崎鋼真は、正真正銘の天才ですから」


「……やけに彼について詳しいですね」


「短期間とはいえ、彼の指導もしましたから」



まさかの榎並伊都の発現に、英里佳も詩織も驚いたような顔を見せた。



「感情に任せた戦い方を矯正し、怒りながらも冷静な知性を保つように仕込んだのは私です」



淡々と語りながら試合を見る榎並伊都


一体どんな感情を抱いて今、この試合を見ているのか、娘である英里佳にはわからなかった。



「だからこそ、本来の御崎鋼真にジャイアントキリングは起こらない。


どれほど慢心して見えても、性根は臆病な面のある彼は致命的な油断だけは絶対にしない」



それは試合の結果が全て見えていると言っていいことだ。


ここから歌丸連理の勝利の可能性はないのだ、と。



「それでも…………歌丸くんだけは、彼の執念……その一点のみが、彼に唯一のジャイアントキリングを引き寄せる、か細い蜘蛛の糸となります。


ここからは、根競べですよ」





「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!!」



御崎鋼真は目を血走らせつつ、器用に左手と右腕で脇を挟みながらベルトを使って右手を止血する。


あれでは失血死させるのは難しいだろう。


そしてそんな行動をしつつも、口に加えた槍の柄から衝撃波が発生して僕を吹き飛ばす。



「がはっ……!」



どうにか受け身を取るので大したダメージはないが、颯を使っても回避しきれない。


こいつこっちの颯のタイミングを完全に読んでる。



「だったら、これでどうだ……!」



再びの颯使用


同時に、足でパワーストライクを放ち急加速。


昨夜の榎並さんとの地獄の特訓でパワーストライクを使ったダッシュ走法の熟練度は飛躍的に上がった。


そして予想通り、こちらの急加速でタイミングがズレたことで奴の風を回避できた。



「――うぜぇんだよザコがぁ!!」



止血が完了し、口にくわえていた槍を左手に持ち替え、振り回す。


今度は広範囲に突風が巻き起こる。



「くっ――!」



切り刻まれるみたいなダメージはないし、先ほどまでの様に体が吹っ飛ばされることもなく、どうにかその場で踏ん張って堪えた。


すると、それを待っていたと言わんばかりに御崎鋼真は左手に槍を持った状態で突っ込んできた。


接近戦でけりをつけるつもりか!



「疾風三段!!」



奴が放ったのは【疾風の型】の上位スキル


槍で放つ三段突きは、片手で、それも利き手ではないとは思えないほど鋭いものだった。


僕の技量ではまともに回避も防御も出来はしない。


――ならばスキルを使うまで。



うつろ



【空蝉の型】


初級の【空蝉うつせみ】と最上級【うつろ】の二種類しかない型であり、サムライの中ではもっとも使用頻度は低いとされているが――対人戦においてはこれ以上に心強い型はない。



空蝉の型の特徴は“後の先”


つまりはカウンター


空蝉は相手の攻撃を回避するための補正を与えて、使用直後に別のスキルを使って連撃をすると威力を向上してくれるという効果がある。


そしてその最上級スキルである空の効果は――



「――なっ」



僕の攻撃により、御崎鋼真の攻撃が弾かれて槍の穂先が空を仰ぐ。


迎撃行動の超絶強化補正


このスキルを使っている時だけ、僕の技術はこのスキルの本来の使い手である榎並伊都さんと同等以上にまで引き上げられる。



「疾風二段!」



槍をかち上げられてがら空きとなった胴体目掛けて今度は僕がスキルを放ったが――



「調子に乗んなノロマが!!」


「――ごほっ」



此方が剣を振るよりも早く、御崎鋼真の前蹴りが僕の腹に叩き込まれた。


一気に気持ち悪くなり、視界が明滅した。


どうやら今の一撃は気絶するほどのものだったようだ。



「――ぁ、やて!」



颯と言おうとしたが、上手く舌が回らない。


それでもどうにかスキルを発動してくれた。



「――ぉえ、ゲホゲホっ……!」



御崎鋼真から距離を取り、その場で軽く咳き込んだつもりだったが、びちゃびちゃと水音が足元から聞こえてきた。



「くっ……」



足元は僕の吐血で真っ赤になっているし、口の中が鉄の味やら臭いやらで酷いことになっている。



「我慢、我慢……!」



自分にそう言い聞かせながら、剣を構え直す。


幸い、今の僕は魔剣の力で自然治癒の効果が付与されているらしい。


しばらく我慢すればきっと何とかなるはずだ。



「今のが疾風だと?


笑わせるなよ、昨日の三上詩織の通常攻撃の方がよっぽど速かったぞ」



失望したとでもいうかのように鼻で笑ってくる御崎鋼真


此方が気にしていることを……



「颯もそうだ。


あの最上級スキル……本来なら視認すらできないほど速いはずだ。


さっきの空だって、本来なら相手の武器を破壊できるほどの代物のはずだぞ。


どうしてそうならないか教えてやる。


テメェの基礎スペックが絶望的に足りてないんだよ。


確か……魔剣とかいう代物だよな、その刀?


見た感じは身体能力を強化か?


俺みたいな天才が使えばともかく、お前が使っても精々一年平均に届くくらいのスペックで、完全に宝の持ち腐れなんだよ」



淡々とそう語りながら槍の穂先を僕に向ける。


奴のサムライという職業の身として、僕が最上級スキルを使用していることを快く思ってないのだろう。



「魔剣の力で誤魔化して、形だけ取り繕った最上級スキルを使ってるだけ。


何一つお前の力じゃねぇ。


てめぇ、他人の力借りて戦って恥ずかしくねぇのかよ?」



今、この場は僕と奴との決闘。


だが、確かに奴の言う通り、僕は僕自身の力で戦っているのかと問われれば……NOだ。


僕は今この瞬間も、榎並さんの力を借りているだけ。


自力で戦ってすらいない。


だが……それでも僕にはこれしかないんだ。



「――女の子をいたぶって平気な面してるお前をぶっ飛ばすためなら、僕は手段を択ばない!!」



叫ぶと同時に口から血がこぼれた。


しかしそんなの知るか。


負けられない。


負けたくない。


こいつにだけは、いくらこいつが詩織さんに勝った、正真正銘の天才だとしても、こいつにだけは絶対に負けたくない。



「怒ってるのがお前だけだと思うなよ、この腐れ外道がぁ!!」



再び颯を使用し、接近戦に持ち込む。



「だから単調だって言ってんだろザコが!!」



そして待ち構えていたかのように奴は刺突を放ち、それは僕の胸を貫こうとする。



「――お前もなァ!!」



だが、それはこちらも同じこと。


刺されることがわかっているなら、それを利用するまで。


左手を前に突き出し、思い切り二の腕部分を貫通した。


だが、槍が刺さったことでその矛先を変えることは簡単だった。



「――しゃああああああああああ!!」



手を振り払い、刺さった槍を強引に弾く。


その際、肉が思い切り抉れるのが見えて、色々と見えてはいけない白っぽいものが見えた気がした。


不思議と痛みは感じない。


でもこれ後で絶対に激痛が来る奴だろうなと、頭のどこかで冷静な自分がいたが、今は構わない。


肉を斬らせて骨を断つ……いや、この場合は突かせて、か。


どっちでもいいか。


今は、ただ剣を振れれば何でもいい。



「はあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



右手に握った剣を下から上へと振り上げて、僕は御崎鋼真の顔を切り裂いた。


手応えは――駄目だ、浅い。



「――ぐ、ぅおおおおおおおおおおおおお!?」



御崎鋼真の悲鳴と共に、風が発生して再び僕の身体は吹き飛ばされる。


完全に不意を突いたのに、また避けられた。


だが……決して無傷じゃない。


剣の切っ先に微かに着いた僕のものではない血液がそれを証明してくれる。



「ぐ、ぅ、ぉ……ぉぉおお、俺の、目が……目がぁ……!」



僕から見て右側――奴は左目を、槍を脇に挟んだ状態で抑える。



「よ、くも、よくも、殺す、殺してやる……お前は、絶対に、殺してやるぞ、歌丸連理ぃぃぃいいいいいいいいい!」



奴の顔は僕が先ほど斬った傷により、右目を失明したのだ。



「はっ……ようやくザコ卒業か」



左目から血を流しながら、血走った右目で僕を睨みつける。


鬼と化している僕よりも鬼のような形相だ。



「すぅ……はぁ……!」



呼吸を整え、冷静に状況を判断する。


相手は右手首を切られ、左目を失明。


対する僕は体中傷だらけな上に左手が動かない。


あと呼吸がちょっと苦しい。



――だが、想定の範囲内。


颯と空


サムライの最上級スキルを二つ持っているとなれば、残り三つの最上級スキルも使ってくるのではないかと御崎鋼真は必ず警戒してくる。


いくら僕が弱くても、最上級スキルを使えば御崎鋼真でも手こずるってことはすでに証明されている。


ここから奴は、迂闊に僕に接近戦は狙ってこないはずだ。



「僕が、勝つ!」



自分にそう言い聞かせて右手で魔剣を構える。


体からいくら血が流れ落ちようと、闘志と一緒に血界突破オーバーブラッドの効果で無限に湧きあがってくる。



――勝利の道筋は、見えてきたぞ。

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