第247話 エキシビジョンマッチ② 試合開始(戦うとは言ってない)



『さて、盛り上がってきた東西合同迷宮学園体育祭! 本日五日目から、集団での戦闘系競技が開催されます。


ですが、本日は両学園長からの計らいで、エキシビジョンマッチを開催いたします』



唐突なスケジュール変更に、会場に集まっていた観客たちがざわめく。


とはいえ、それは小さいものだった。


ドラゴンが実際そのまま大人しくしていると信じる者は少なかったし、この程度の変更なら特に問題は無いだろうなと軽く考えているのだろう。



『まずは、西部迷宮学園所属!


西の若き英傑! その実力の高さはすでに昨日の戦いで知る者も多い!


御崎財閥の御曹司にして、文武両道才色兼備! 完璧超人ここにあり!


御崎鋼真選手の入場です!』



リングの西側から登場する御崎鋼真の姿に、会場にいた女性が声をあげる。


元々ルックスに優れている御崎鋼真は、昨日の戦闘で性格の悪い所はちょっと知られているが、俺様系のイケメン的な感じで認識されているのだろう。



本人はそんな歓声に興味など無いように右手に持った槍を担ぎながらリングに上がる。



『続いて、東部迷宮学園所属!


もはや知らないものがいないのではないかという、世界規模の台風の目!


未知のスキルで数々の死地を生き抜いてきた生命力は目を見張る!


でも、あなた戦闘職じゃありませんよね?


歌丸連理選手、入場です!』



左手に鎖で抜けないように厳重に封をされた刀をもちながら入場する歌丸連理


その姿に会場のざわめきが一層ひどくなった。


そう、歌丸のことは先ほどの紹介でもあったように、もはや世界規模で認識されているのだ。


同時に、彼がこれまでどういう存在であるかも知られている。


間違っても、強いなどという印象はなく、むしろ逆のものであると思われているのが歌丸連理なのだ。



『ルールは制限時間十五分、また、開始から十分までは棄権は両者禁止となっております。


十五分経過の場合は歌丸連理選手の判定勝ちとなります。


また、今回は不死設定が解除された状態となっております。


どちらかが試合中に死亡した場合は、相手側の勝利という判定になります』



実況の言葉に、会場の空気に緊張感が走る。


つまり、あのリングに立つ二人は正真正銘の殺し合いをするということなのだから。


そして、一見すると歌丸が有利なように見えるが、ステータスを考えれば明らかに御崎鋼真の方が有利な上に、十分間も生き残れるのかと多くの者たちが疑問を抱く。



『えー、今回のエキシビジョンマッチでは昨日までのルールとは違い、武装の持ち込みについてはレイドウェポンは一つ限定で、それ以外の武装についての指定はありませんが、武器を隠す等の行為は禁止とさせていただきます。


また、戦闘中は生徒証の使用もできません。


つまり、現状身に着けている武装のみの使用となります。


両名、準備はいいでしょうか?』


「問題ない」


「僕も大丈夫です」


『それでは……これより、開始の合図を、代表として東部迷宮学園長にしていただきます』



実況がそう言うと、御崎鋼真と歌丸連理しかいなかったはずのリングの上に突如スーツを来たドラゴンが姿を現した。



「それでは……」



余計な茶々を入れることもなく、ドラゴンが右手を天に掲げる。


御崎鋼真は特に構えもせず、逆に歌丸は既に構えに入った。



「はっ……おいおい緊張してるのか?


鎖巻いたままでどうやって剣を抜くんだ?」



御崎鋼真がそう嘲笑うが、歌丸は表情を変えず真剣そのものだ。



「――始めっ!」



ドラゴンが手を振り下ろして宣言すると、その場から姿を消す。


そして真っ先に動くのは歌丸連理だった。



「弾けろ」


「――は?」



まず最初に御崎鋼真と観客が驚いたのは、刀に封をしていた鎖だった。


一瞬光ったかと思えば、その鎖は瞬時にバラバラになってリングの上に散らばり、封が完全に無くなった刀は、歌丸が手を動かすだけで簡単に抜ける。



「――なっ」



そしてすかさず二度目の驚き。


鯉口から刀身が少し覗いた瞬間に、歌丸の身にまとう雰囲気が一変し、外見にも変化が訪れたのだ。


額に二本の角が生えて、牙が鋭くなり、目が赤く充血する。


――鬼


まさにそう形容するしかない姿へと変わっていったのだ。


会場の誰もが二度続く驚きの歌丸の行動に言葉を失ったが――




「――ハヤテ



抜刀と同期するようなとんでもない速さで、歌丸連理は御崎鋼真に接近した。



「な――」



その光景に驚く御崎鋼真は完全に反応が遅れ、咄嗟に首を守ろうと槍の柄で首をガードしようとするが……



「――ちぇすとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



絶叫と共に振られた歌丸の刀が、首ではなく御崎鋼真の右手首を捉えた。


そして――まるでビデオの一時停止の如く、二人は完全に動きを止めてしまった。



『……え、あ、え……ど、どうしたのでしょうか?


一体何が起きて……いるのか……実況を任されていながら大変、申し訳ないのですが、さっぱりわかりません』



実況の生徒の言葉は、観客たちの内心でもあった。


一体何が起きて、どうして二人とも動きを止めてしまっているのかさっぱりわからないからだ。



「それが私がお答えしましょう」



拡声器など使ってないのに、声がよく通る東のドラゴン



「試合開始の歌丸くんの速攻で何が起きたのかわからないと思ったので、ちょっとリングの上だけ時間を停止させました」



さらっととんでもないことを言ってのけるが、基本的に人類は「まぁドラゴンだからな」で流してしまうので特に動揺は少ない。



「まず、最初の歌丸くんの行動として、鎖が一瞬で外れたことですが、あれは歌丸くんが唯一持っているレイドウェポンの【レージング】ですね。


単なる鎖と思わせて御崎鋼真くんの油断を誘いました」


『え……レイドウェポンは一つと制限されておりますが……?』


「ええ、そうです。


歌丸くんが抜いたあの刀はレイドウェポン相当ではありますが、レイドウェポンではありません」


『……で、ではあれはいったい何なのでしょうか?』


「魔剣です」


『魔剣…………噂では聞いたことがあります。


強力な力と引き換えに、使い手の身を滅ぼす危険なものだとか……


ですが……実在するものだったのですか?』


「ええ、少なくともすべての学園て発見されましたよ。


というか用意しました」



この瞬間、誰もが「やっぱりお前かよ」と内心で突っ込んだが、声には出さなかった。



「あの魔剣は、抜くだけで身体能力に強力な補正を与えてくれます。


ベルセルクのスキルと同じ効果があり、肉体が変化します。


歌丸くんのあれは見ての通り“鬼”がモデルです。


魔剣・鬼形おになり


どうです? カッコいいでしょう? 私が名付けました」


『は、はぁ……ですが、それでは歌丸選手はベルセルクのように暴走したまま戦い続けるつもりなのでしょうか?』


「そこは心配ありませんよ。


歌丸くんの持っているスキルにはベルセルクの暴走を止めるスキルがあり、今も彼はそれを使って自身の理性を保っているのですから」



さらっと連理の持つスキルの情報をバラすドラゴン


当の歌丸が時間停止状態で気付かないからってやりたい放題である。



「基本魔剣はどれもデメリットが多く、大体は悲惨な結果を生むので、発見した当時の生徒がそのまま破壊、もしくは卒業を機に学園外へ持ち出して封印などしてます。


世界的にも学園に残っているのはかなり少ないです。残っていてもどれも封印か研究用の資料扱いでしょうね。


あまりに危険でベルセルク以上に扱いが難しいですし、開校時の味方殺しの代名詞はベルセルクではなく魔剣の方でしたからね。


とはいえ、現在はレイドウェポンがありますから、わざわざそれを使う必要性は薄いですねぇ~」


『な、なぜ歌丸選手がそんな危険なものを……?』


「それは彼が使った最上級スキルにも関わってきますね」


『最上級スキル……あの、一瞬で御崎選手に接近した攻撃ですか?』


「サムライのスキル【疾風シップウの型】の最上級【颯】


それがあのスキルの名称です」


『確か、疾風というのは斬撃の速さを補正するものだというはずですが……あの動きは一体……?』



実際にサムライである御崎鋼真が試合でも疾風二段という同系統のスキルを使ったはずだが、先ほど歌丸の見せた動きとは似ても似つかないものであった。


それがどうして同系統の扱いになっているのか、誰もが不思議に首を傾げる。



「最速の斬撃に重きを置いたそのスキルは、常に最速の攻撃を追い求める。


その最終到達点とは何か?


――どんなに離れていようと、狙いをつけた場所を斬るために、剣を抜いて、斬るその瞬間に相手を間合いへと捉えるということに他なりません。


まぁ、もっとも……サムライの最上級スキルというのは並のスキルよりも遥かに修得が難しいのですから、特に【颯】は独特な歩方と呼吸、アホみたいに莫大なポイントが要求されますから、他のスキルを覚えた方がビルドとしては建設的でしょうね。


歌丸くんはその辺り、魔剣の補正で乗り切ってますね」


『は、はぁ……ですが、なぜ歌丸選手がそんなスキルを?』


「迷宮学園開校初期、こちらも手探りだったので当時の迷宮生物モンスターの出現頻度や強さは今の学園よりもちょーーーーーーーーーーーっとシビアでして」



この時、誰もが「絶対にちょっとじゃない」という確信を抱く。



「当時の生徒は二年生でも現在の三年生並の実力者がゴロゴロおりましてね。


あ、でも、当時は過半数が北学区で、その分死亡率も馬鹿高かったので、在校生は本当に少なくなったんですよねぇ~


おっと、話がズレました……とにかく、当時の生徒は今の北学区生徒よりもポイントの獲得量が格段に多かったわけですし、実戦経験も窮地に立たされることが多数でした。


現在のような様々な攻略方法が確立したわけではありませんから、様々な方法を試すという具合で、覚えられるスキルは一通り覚えたという具合でしょう。


――今彼が使っている魔剣の当時の持ち主のサムライ。


当時の迷宮学園においての№2の実力者である生徒……そのスキルを、歌丸くんはスキルを譲渡するスキルを活用して、魔剣と一緒に貰い受けたのですよ」



さらっとスキルを他者に譲渡するスキルの存在までもバラす。


このドラゴン、本当にやりたい放題であった。



「サムライの固有スキルは他の職業に比べるとスキルのレパートリーが圧倒的に少ない。


基本の型が5つに、その発展形があるのみですから。


しかし、どのスキルも極めれば必殺技と言っても過言ではない効果を発揮する。


基本的に一つでも使えればかなりの実力者……達人と言ってもいいくらいです。


そんな中でも、あの魔剣の元の使い手は、5つの型、そのすべての最上級スキルを修得している。


サムライという括りに限定すれば、間違いなく歴代最強でしょう」


『で、では歌丸選手はそのすべての型を使えると……?』


「さぁ、それはどうでしょう。


では、歌丸くんの行動についての解説も終わったので、試合を再開しましょうか」



ドラゴンが指を鳴らし、そして試合が再開する。

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