第246話 エキシビジョンマッチ① 夜、みんな色々考える。


「――ぁ……ぐ……」


「何してるの、早く立ちなさい」



僕、歌丸連理は痛みに意識が気絶と覚醒を繰り返して視界が明滅するのを感じた。


これはもう限界だろうと判断する。



「ふ、ぅ……!」



手に持った剣で自分の首を斬り、強制的に絶命――瞬時の蘇生を果たして視界が元に戻る。


周囲を軽く見れば、もう僕の血で赤くないところなど見当たらないほど血まみれだ。


もう太陽は沈み、屋上から見える夜景は中々綺麗だが、それだけだ。



「すぅ……はぁ……――お願いします!」



榎並さんは手に持った槍を構え直す。


本来の獲物は刀であるが、相手が御崎鋼真であることを想定して特別に槍を使ってもらっている。


さらには本人曰くあまり得意ではないという嶮山や、その上位スキルも使ってくれた。


それでも十分に強い。


流石は一人で英里佳に複数の武器の使い方を仕込んだだけはある。


英里佳も、普段は蹴り主体で戦っているが、一通りの武器は使えるしね。



「――おぉおおおおおおおおおおおお!」



だから、今この瞬間は本当に大事にしないといけない。


このすべてを僕の血肉に変える。


そして僕は、絶対に明日、勝つ。





「あのザコめ、面倒なことを……」



御崎鋼真は手に握った和紙を力を込めて握りつぶした。


西のドラゴンから送られてきた果たし状……というよりは強制的な命令書。


明日、競技開始前に歌丸連理との完全な一対一でのエキシビションマッチを取り行うことがその中に書かれていた。


ハッキリ言って、このエキシビションを取り行うことに西部学園にとっては旨味は殆どなかった。


なんせ、このエキシビションは歌丸連理の願望を叶えるためのドラゴン側が提示した見返りであって、御崎鋼真は勝っても何も得などない。


だが、しなかった場合の損害が御崎鋼真にとっては身の破滅を招くものだった。


自分がこれまで行ってきた行為……御崎鋼真にとっては普通だが、対外的にも身内的にも知られるのは好ましくない情報というものがある。


それをバラされるとなれば、受けざるを得ない。



「ふん……まぁいい。


あのザコを痛めつけて少しは気晴らしとするか」



この時点で御崎鋼真は歌丸連理に負けることは一切想定していない。


その実力は体育祭の初日でもう見切っている。


三上詩織や日暮戒斗、そして榎並英里佳など、一年にして自分と同格の存在ならば対策をとるところだが……ハッキリ言ってザコだ。


まともに考えるだけ時間の無駄だと言い切っても良い。





ホテルの廊下にて、一人の少女がゆっくりと部屋から廊下に出る。


その際、周囲を見回してゆっくりと確かめるように名前を呼ぶ。



「日暮戒斗……さん」


「……なんスか?」



名前を呼ばれると、虚空から突如一人の少年が現れる。


隠密スキルで今まで隠れていたのだろう。



「……妹の方っスか」


「はい……千早妃様の護衛、ありがとうございます」



一応、日下部文奈が今出てきた室内にも、護衛としてエルフラビットのワサビがいるのだが、正直ちょっと頼りないと思っていた。


こうして一年屈指の実力者である日暮戒斗が傍にいるという事実はとても心強かった。



「別に……俺が勝手にやってるだけッスから気にする必要はないッスよ」


「……正直、貴方は恋人の元にいると思っていました」


「別に椿咲ちゃんとはそう言う関係ではないッスよ」


「別に個人は指定してませんけど?」


「他に該当者がいないんだから当然っスよ」



文奈としては少しからかってやろうというつもりで鎌をかけたのだが、一切動じない戒斗の態度に少しばかり悔しいと思ってしまった。



「で、話を戻すと……神吉千早妃はともかく、お前ら姉妹が西に狙われてる可能性が無いとは言い切れないッスからね」


「……私たちのため、ですか?」


「ぶっちゃけ、うちの三人娘も生徒会も、お前も姉の方もどうでもいいと思ってるッスよ。


というか忘れてるッスね。お前らが野垂死にしても、殆どの連中はお前のこと野良犬程度にしか思わないんじゃないッスかね。


だから、俺以外は誰もお前らを守ることに気を回したりはしないわけッス」


「……じゃあ、どうしてあなたはここにいるんですか?」


「少なくとも一人、絶対にお前らのこと気にしちゃう馬鹿がいるからッスよ。


大して関りもない上にっ、自分が窮地に立ってるにも関わらずっ……そういう馬鹿、いるんスよっ」



苛立ちを吐くように告げる戒斗。



「そして……そんな馬鹿が俺にとっては親友なんスっ……あいつの覚悟に水を差されたくない。それだけッス」


「…………申し訳ございません」


「謝るのは俺にじゃないだろ」


「……はい」


「……別に俺と話すためだけに出てきたわけじゃないッスよね?


買い物ッスか?」


「はい……その、ホテルの売店に」


「さっさと行くッスよ」


「え……ついてくるんですか?」


「一応護衛ッスからね」


「…………下着、なんですけど」


「………………」


「………………」


「なんで今、このタイミングで?」


「……生徒証を没収されているので、着替えが無いんです」


「「……………………」」



気まずい沈黙がホテルの廊下に流れる。



「……ワサビ連れてけ。


ここは俺が見てるッスから」


「別に一人で問題は」「連れていかないと俺が強制で付いていくッスよ」


「……わかりました」



流石に替えの下着を買いに行く男子と一緒というのは文奈にも耐えがたいものがあった。


一度部屋に戻り、少ししてからエルフラビットのワサビを抱っこした文奈が出てきた。



「では、少しの間ここをお願いします」


「さっさと行けっス」



文奈は軽く礼をして、去っていく。


それを確認してから隠密スキルを発動させようとしたとき再び部屋の扉が開いて、そこから先ほど去っていったはずの文奈と同じ顔の少女がこちらを覗き込んでいた。



「姉の方っスか」


「…………日暮戒斗」


「なんッスか?」



ややうんざりした口調でぞんざいに返すと、日下部綾奈は数秒ほど沈黙してから何やら決心した表情を見せる。



「……ありがとう」


「……は?」



思わず耳を疑った戒斗。


聞き返そうか考えた時には、部屋の扉は締まって綾奈は顔をひっこめた。



「……はぁ……可愛げあるんだか無いんだか」



そう呆れる戒斗。


時計を確認すると、深夜2時を回ろうとしていた。





屋上へとつながる階段。


その階段の一番下の段に一人の少女が腰かけて、膝を抱えてうつむく。


そして、そんな少女に二人の少女が近づいていく。



「英里佳、明日の試合に備えてちゃんと休みなさいよ」


「詩織ちゃん、それ、私たちにもブーメランだよ……?」



声を掛けられた榎並英里佳が顔を上げると、そこには三上詩織と苅澤紗々芽がいた。



「……二人とも、寝ないの?」


「…………ちゃんと寝たわよ」


「ベッドには寝てたよね」



そんなことを言いながら、英里佳を挟む形で隣に座る。



「で、英里佳はまた落ちこんでるの?」



紗々芽が優しくそう問うと、英里佳は無言で小さく頷く。


すると反対の隣で詩織がため息をつく。



「あんた、本当うじうじとするの好きよね」


「……別に好きとかそういうのじゃない」


「でもどうせ、連理の奴がまた危ない目に合うのに守れなかった……でしょ?


ワンパターンなのよ、英里佳は」


「…………」



詩織の言葉に苛立ちを覚える一方で、反論もできなかった。



「結局、守るっていうのは守られる側の意志が必要になるのよ。


連理が守られるっていう意識を持たないと、こういう状況じゃしょうがない。


今までだって、連理が本気で守られようと動かなかったことも大怪我の原因だし……今回は完全に連理が悪いんだから、英里佳が気にする必要はないわよ」


「でも……もっと何かいい方法が……!」


「あったかもしれない。


けど……私たちも連理も、それを提示はできなかった。


今更そういうの悩んでも意味が無いのよ」


「――歌丸くんが死んじゃうかもしれないのに、なんでそんな平気でいられるの!!」



淡々と答える詩織の態度が英里佳には気に食わなかった。


もしかしたら彼が明日、死んでしまうかもしれない。


そう思うと、足場が無くなっていくような不安感にずっと苛まれてしまう。


なのに詩織は平気そうな口調で、腹が立った。


だから思わず英里佳は声を荒げて詩織を睨んだ。


睨んで、そして息を呑む。


詩織の目は真っ赤になっていたのだ。


まるで、ついさっきまで酷く泣いていたかのように。



「…………ごめん、なさい」



そんな詩織の顔を見て、英里佳はすぐに目を逸らしながら謝罪した。



「……別に謝るようなことじゃないわよ」


「でも……私、自分のことしか考えてなくて」


「自分のことしか考えてないのは……連理の方よ。


あいつが一番自分のことしか考えてない。


私たちの心配だって、思い出すまで気に留めないんだから……」


「……酷いよね、本当に」



詩織の言葉に疲れたような声音で同意する紗々芽。


英里佳が少しだけ横目に様子を見ると、詩織ほどではないが、紗々芽も目が少し赤くなっているのがわかる。



「……うん」



歌丸連理は、誰よりも優しくて、そして誰よりも酷い男の子だ。


英里佳はそう思う。


守って欲しいと言ったのに、全然自分に守らせてくれない。


それどころか、無理して自分を守ろうする。


こちらの気持ちなどお構いなく、平気で怪我もする。


……最近はようやくその悪癖も収まってきたと思ったのに、ドラゴンはそれが気に食わなかったらしい。


やはり、自分はあのドラゴンとは永遠にわかり合えないし、絶対に倒すべき存在なのだと再認識した。



「……ひとまず、私たちにできることはもう歌丸くんと、英里佳のお母さんを信じることだけだよ」


「そうね、それが一番連理も望むことだろうし……だから、落ち込んでる姿は絶対に見せちゃ駄目。


今私たちにできる連理への最大の援護は、ちゃんと応援してあげることよ」


「…………うん、そうだね」



英里佳は深呼吸をして、振り返り、屋上につながる階段を見上げる。


歌丸連理を信じる。


そして、自分の一番最初の師匠である、母を信じる。


それが今の英里佳にできる、最大の戦いなのだから。


――と、シリアスながらも前向きな結論が出たところで……まだ時間は午前の3時を回ったばかりで、朝まで少し時間がある。


そのため、紗々芽は少しでも不安を紛らわしつつも、今後絶対に避けては通れない話題を一つあげることにした。



「――それはそれとして、今後の歌丸くんの素行についてだけどちょっと真面目に調教した方が良いと思うんだけど、どうかな?」


「「…………詳しく」」



――歌丸連理の未来を決めるトキが、色んな意味で迫っている。





「――どう、です……か?」



息も絶え絶えで、もう立つことも儘ならない。


そんな状態で、僕は問う。



「……まぁ、及第点と言っておきます」



榎並さんはそう言いながら僕の前に立ち、そして槍を突き刺した。



「ぐっ――――!?」



痛みに思わず呻いたが、即座に体の痛みは消えて普通に動けるようになった。


一瞬で確実に絶命させる手腕は本当に凄いなと思いつつ、不死結界のある場所では絶対に敵に回したくないなと思う。



「あとは休みなさい。


スキルで必要はないかもしれませんけど、英気を養っても損はしないでしょう」


「はい…………あの、僕……勝てますかね?」


「九割九分九厘、負けますね」


「え~……」



これだけ頑張っても僕の勝率ってそれだけ?



「何もしなければ勝率は皆無だったところに一厘も可能性が出来たのだから大したものですよ。


有と無じゃ、まったく違います。


そしてあなたのことを確実に弱いと思って相手が油断していること……故に、貴方が勝てる可能性があるのは初戦。


特に初撃がその後の試合の流れを決定づけます。


その好機を逃せば、あなたは永遠に敗北者であることを決定づけられる。


それをゆめゆめ忘れてはいけませんよ」


「…………わかりました」


手に持った刀を鞘に納めると、肉体の変化が元に戻った。


スキルで元々精神的に落ち着いていたが、押さえつけられていた状態から解放されたような、フラットに冷静な気分に戻る。


空は白けだしており、もうすぐ太陽が昇りそうだ。



「……あの、榎並さん」


「まだ何か?」


「いや、その…………この体育祭の期間中に、ちゃんと英里佳と話して欲しいんですけど」



あの様子を見るに、まだちゃんと話せてないのは明白だ。


というか英里佳ずっと競技に出ててそうでないときは僕と一緒だったし。


そして僕の言葉に、榎並さんは少しばかり表情をこわばらせる。



「……言われなくてもわかっています。


さっさと休みなさい」


「は、はい。


……あの、榎並さんは?」


「屋上を掃除してから休みます」



周囲を見渡せば、少なくとも僕が立っている場所から半径10m以上は血の海状態である。



「……手伝いましょうか?」


「いいから休みなさい。


それがあなたにできる唯一の仕事です」



そう言われ、やや強引に背中を押されて屋上から退去させられてしまった。



「――歌丸くんっ」



階段の下で待っていたのか、英里佳、詩織さん、紗々芽さんがいた。



「えっと、おはよう三人とも。


もしかしてずっと待ってたの?」


「えっと、その……まぁ、うん」


「……なにかあったの?」


「な、なんでもないよ」



何か英里佳の視線が合わない気がするし、詩織さんも紗々芽さんも何故か目を合わせてくれない。


どうしたんだろ? もしかして勝手な事して怒らせてしまったのだろうか?



「こほんっ……訓練はもういいの?」



咳払いをしてから詩織さんはいつもの調子で僕に問う。



「うん、あとは試合まで休んでろって言われた」


「英里佳のお母さんは?」


「えっと……屋上の掃除するってさ」


「あー……」



紗々芽さんは色々察した付いたようで遠い目をする。


そりゃね、今の屋上って血の池地獄みたいな状態だから。


殆ど僕の血だけどさ。



「私たちも手伝った方が良いかな?」


「……それは、やめた方が良いと思う」



紗々芽さんの提案をそう言ったのは、英里佳だった。



「お母さん、後片付けって基本的に散らかした人にやらせるの。


それなのに自分でやるって言ってるのは……色々と考え事したいとき。


だから、今は一人の方が良いと思う」



なんだかんだあっても、やっぱり親子には親子にしかわからないこともあるんだな。



「そっか……じゃあ、歌丸くんは部屋で休んでて。


時間になったら起こすから」


「わかった、そうさせてもらうよ」



紗々芽さんの言葉に頷くと、詩織さんが僕の前に立つ。



「今日だけ、無茶しても許してあげる」


「……うん、ありがとう」


「……絶対に生き残りなさいよ」


「わかった」



今度は英里佳が僕の傍に来て、少し僕を見上げていた。


こうして改めて向き合うと、僕、少しだけ身長が伸びたんだなって自覚する。



「……歌丸くん、本当は私はこんなことして欲しくないんだよ」


「……ごめん」


「でも……でもね、歌丸くんが間違ってると思ってもいないの。


歌丸くんのお母さんの言ってたこと、本当に痛いくらいわかる。


……でも、私、歌丸くんのこと信じることが一番だって、一番大事なんだって教えてもらったから」



そう言って、英里佳は詩織さんと紗々芽さんを見る。


二人は優しく微笑んで頷き、それを受けて英里佳はもう一度真剣な表情で僕に向き直った。



「勝って、歌丸くん」



その言葉を受けた瞬間、先ほどまでの訓練で疲弊していたはずの身体と心に、電流が流れたみたいに震えた。



「うん、勝つよ。


絶対に勝つ。勝って、みんなのところに戻ってくるから」



――今ならどんな奴が相手でも怖くない。


僕は心からそう思った。



――時刻は朝の五時を回る。



決戦開始まで、あと五時間。

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